第5話：とある春の日のこと。　作：光芒

「……」

　朝起きた遊希は壁にかかった新品のデュエルアカデミアの制服を何も言わず見つめていた。

「……しかし、面白みのない制服よね。普通制の高校と変わらないじゃない」
―――だが昔よりはだいぶマシになっているのではないか？
「まあね。昔はなんというか……身体の線が出る服装だったらしいしね」

　あの試験から2週間ほどが経ち、遊希の家には見事デュエルアカデミアの合格通知が届いた。筆記試験の出来は上々だったし、実技試験は言わずもがな、の成績である。
　普通にやれば落ちるわけがない。それでもアカデミアには竜司やミハエルのようにかつての自分を知るデュエリストが多いため、色々とやり辛いことには変わりないのだが。

―――気になるのか？
「何が？」
―――お前に堂々と宣戦布告したあの少女のことだ。今までお前の名前を聞くと大抵の者は身を引いていたが。
「……まあ、変に敬遠されるよりかはマシよ。それにあの子だけじゃないしね」



＊



　あの時ミハエルとのデュエルを終え、控室に戻った遊希は予想通り大半の受験生から敬遠されていた。しかし、その例に当てはまらなかった受験生もいた。

「ねえ、あなた本当に凄いデュエリストなのね！」

　疲労困憊な遊希に話しかけて来たのは見たところ身長が150㎝にも満たないような小柄な少女だった。この場にいるということは同学年なのだろうが、そのあまりの小ささに遊希は思わずぷっ、と噴き出した。

「あなた……小学生？」
「もうっ！ 小学生じゃないわ！ あなたと同い年よ！！」

　小柄の身体をぴょんぴょんと跳ねさせて反論する少女。遊希ははいはい、と面倒くさそうに手を振る。

「私は陽川 千夏（はるかわ ちなつ）！ 使うのは【HERO】デッキよ！ いきなりだけど天都 遊希さん、私は今ここであなたにデュエルを申し込むわ！」

　少女―――千夏のいきなりのデュエル宣言に控室がにわかにどよめきだす。遊希は内心では勘弁してくれ、と言いたかったが、デュエリストとして挑まれたデュエルを無碍にするわけにはいかない。
　体調は万全ではないがもう1戦くらいなら大丈夫かな、と思い席を立つ。しかし、それと同時に遊希の身体は大きく傾き、力なくその場に倒れ込んでしまった。

「ちょ、ちょっとどうしたの！？ 大丈夫！？」
「……ごめんなさい、ちょっとね。デュエリストとして挑まれたデュエルには臨みたいのだけれど……」
「いいわ、健康第一よ！ 私とのデュエルは入学した後にいくらでもできるわ！」
「……あなたが、受かってるとも限らないわよ」
「うっ……でもそんな冗談を言えるなら大丈夫ね！ じゃあ約束よ！」

　そう言って小指を出す千夏。やっぱりこの子は小学生なんじゃないか、と思いつつ遊希は指切りげんまんをしてあげた。





＊





―――あの少女は受かっているのだろうか。
「落ちてたら面白いんだけど」
―――そんなこと言ってやるな。お前とデュエルしたいと積極的に言ってくるデュエリストは久しぶりじゃないか。
「……他人事みたく言ってくれるわね。あんた使ってデュエルすると私に負担かかるんだけど」
―――もし厳しかったら他のデッキを作って使ってもいいんだが？
「精霊の癖に変な気を使ってるんじゃないわよ。私は望んであんたを使ってるんだから……」

　遊希はそう言ってベッドの横のライトスタンドの横に立ててあった銀河眼の光子竜のカードをデッキケースにしまう。そして寝間着を脱ぐと、ワイシャツを纏い、その上からおろしたてのデュエルアカデミアの制服に袖を通す。
　今年から新設されるデュエルアカデミアジャパンの制服はエリート校の制服らしくシックな黒のブレザーに赤いネクタイ、チェックのスカートに紺色のソックス。実際着てみるとこのセンス自体は悪くはないな、と遊希は鏡の前でくるりと一回転してみる。最も自分のこの制服姿を本当に見てほしかった人はもうこの世にいないのだが。

「えーと、カバンに定期券にスマホに……ああ、これを忘れちゃダメよね」

　通学鞄と共にデッキおよびデッキ改造用のカードが入ったケースと折り畳み式の自前のデュエルディスク。例え入学式でもこれだけは絶対に忘れてはならないものだった。何故なら、遊希は入学式に新入生代表として他の新入生とデュエルを行うからである。
　それは今から1週間ほど前のことであった。アカデミアの合格通知が届き、制服が送付されてきてからも相も変わらず部屋から一歩も出ない引きこもり同然の生活をしていた遊希の元を竜司が尋ねて来たのは。
　基本的他人に対しては素っ気ない遊希であるが、恩人でもある竜司の前ではみっともない姿を見せたくない。そのため竜司を数十分まだ寒さの残る外で待たせてから部屋に入れた。寒さか花粉かどちらかはわからないが、竜司は子供のように鼻をじゅるじゅると啜っていた。

「で、なんです。元プロデュエリストともあろう者がアポイントも取らずに来るなんて」
「教職というのは大変なんだね、やることが多すぎて目が回りそうだよ」
「でも校長って実際に教壇に立ちましたっけ？」
「……デュエルの実技なら……」

　そう言って遊希が出したお茶に口を付ける竜司。一口飲んでふぅと満足気に息を吐く。

「うむ、君が淹れるお茶はいいね」
「それはどうも。で、わざわざ私のお茶を飲むために来たわけじゃないですよね」
「……実は君に頼みたいことがあるんだ」

　この時頼まれたのが入学式でのデュエルである。そしてそのデュエルの相手はなんと遊希と同じ新入生である竜司の娘・綾香（あやか）であった。
　遊希と綾香には面識はないものの、かつては竜司から娘が最近冷たい、との相談を受けていたこともあり、その存在は知っていた。遊希は下着を分けて洗濯してとは言われない限り大丈夫です、と冗談半分で答えていたが、父親が校長となるアカデミアに入学したということは彼女も父同様デュエリストという道を歩むということになる。本当に父を嫌っているならデュエリストの道になど進むだろうか。遊希がそう告げると、竜司は満足そうにしていた。
　しかし、デュエリストの道は決して甘いものではない。そのため、プロの世界を知る遊希が自分の娘である綾香にプロとの実力差を見せつけることで他の生徒に対する戒めにしようという狙いがあった。

「……いいんですか？ 娘さんにそんなことして」
「親の私が言うのもなんだが、娘は娘でそこそこの実力は持っている。なにせ入学試験の成績は君に次いで2位なのだからね」

　そう言って悪戯っぽく微笑む竜司。歳をとっても昔と変わらぬ笑み。遊希はその笑みに亡き父の姿を重ねていた。



「……さて、そろそろ行きますか」

　真新しい制服に身を包んだ遊希の新たなる生活が始まろうとしていた。