第76話：星天の再会　作：光芒

「……なるほど、犯人は確かにそう言ったんだね」

　エヴァとジェームズのデュエルが終わった後、遊希は竜司とミハエルに病院で千夏と詩織から聞いたこと、そして綾香のスマートフォンを使って黒幕が連絡をしてきたことを事細かに伝えた。
　3日後の夜21時にアカデミアの屋上でデュエルを挑む、ということから最後の戦力をここで使う、ということ。そして黒幕がやたらと遊希に拘りを見せていることまで。

「犯人の言うことが真実なら、これが最後の戦いになると思います。そしてその相手は……」
「綾香……だね」
「はい。最もこんなことをする奴をそのまま信用していいかはわかりませんが」

　竜司はそうか、とだけ言って黙り込む。アカデミアを任される校長として、そして一人の父親として生徒であり娘である綾香を一刻も早く助けたい。自分の中で逸る気持ちをなんとか抑えこんでいる様子であった。竜司が口を閉ざしたタイミングを見計らって今までは時折頷くだけで沈黙を貫き通してきたミハエルが口を開く。

「……ところで電話の相手―――黒幕と思わしき人物について」
「はい」
「本当に知らない者なのか？ よく思い出してみてほしいのだが」
「……正直見当もつきません。私はあの日家族を全て失いました。もう身寄りはないですから」

　遊希の脳裏には両親、そして3歳下だった妹の顔が朧げに浮かぶ。再会することはもはや叶わない。既に皆この世を去っているからだ。

「ただ声は私たちと同年代の少女。丁寧口調で会話の折々に微笑を挟む癖がある。それくらいしか」
「陽川 千夏と月宮 詩織の証言にあった銀髪の女子生徒……やはり銀色の髪を持った女子生徒はエヴァ・ジムリア以外我が校にはいなかった」
「でもエヴァは黒幕により襲撃を受けた。完全に白です」
「……やはり直接叩くしかないですな。校長」
「ああ……」

　竜司は渋い顔をして立ち上がると、そのまま遊希に向かって深々と頭を下げた。突然の竜司の行動に遊希は言葉を失う。

「本当なら私が動きたい。だが……ここは君の力を貸して欲しい。娘を……綾香を、どうか助けてくれ」
「……」

　遊希は何も言わなかった。しかし、その眼には強い決意が秘められていた。






＊





―――遊希。
「何？」

　遊希はシャワーを浴び、夕食を済ませるとすぐにパジャマに着替えてベッドに飛び込む。途中からとはいえスカーライトや地縛神、ダークシンクロモンスターといった強い力を持つモンスターが次々と召喚されるデュエルに関わったため、遊希の身体はすっかり疲れ切っていた。そんな彼女に光子竜が話しかける。光子竜はどこか申し訳なさそうにしていた。

―――怒らないのか？
「……エヴァを疑ってたってこと？」
―――ああ。結果的に白だったが疑ってしまった事実に変わりはないだろう。お前の大事な仲間に対してあのようなことを……
「気にしてないわよ、そんなこと」

　あのデュエルの後、エヴァとジェームズは共に病院に運ばれた。二人とも意識を失っていたが、それほど重症というわけでもなく、千夏や詩織と同じように数日間の入院で済むレベルの怪我であった。
　ジェームズに関してはいつものように企業の後継者となるべく研鑽を重ねるために回復次第イギリスへと戻ることになるだろう。そしてエヴァも数日後にはいつものあの屈託のない純粋な笑顔を見せてくれるはず。


―――あの子には手出しなんかさせないよ。だってこのあたしがいるんだから！


　救急車に運ばれていく時、すっかりエヴァの精霊となったスカーライトはこう言っていた。エヴァの身は自分が守る、だから遊希は目の前の敵を撃て。それは彼女なりの遊希に対するエールだった。

「……それよりもさ」
―――ん？
「……黒幕はどうして私に拘るのかな？ 精霊を使っているから？」
―――まあ、そうだろうな。あまり大きな声で言えることではないが。
「精霊を使うことで変な目で見られたり危険に巻き込まれそうになったことはたくさんあったけど……」

　この時、遊希は嘘をついていた。彼女は黒幕に少なからず心当たりがあった。それでもその心当たりが見当違いである、という気持ちも強かった。犯人像として浮かんでいる人物が犯人であるはずがない。まずあり得ない人物のだから。

（……まさかね）
―――遊希？
「なんでもない。はぁ、今日は疲れちゃった。寝るわよ」

　遊希は頭まで布団を被ると小さく寝息をたて始める。今日は隣で眠る人はいない。それでも寂しくなんて無かった。この数日の出来事は遊希の意志を知らず知らずのうちに強く固いものへと鍛え上げていた。






＊






　3日、と聞くと長いように感じるが実際はあっという間に過ぎていく。黒幕との決着をつけるその日を迎えたのだが、その時までアカデミアは至って平和だった。3日後に決着をつけよう、と約束したことを黒幕は守った形になる。
　平和なことは良いことなのだが、その間捕らわれている綾香は無事なのかという気持ちがひたすら募るばかりだった。最も遊希はその焦りを周りに悟られまいと何食わぬ顔で過ごしていたのだが。

「さて、行こうか―――」

　時計の針は夜の20時30分を指していた。遊希はアカデミアの制服に袖を通すと、寮の自室を出る。するとその前では竜司・綾瀬・ミハエルの三人が遊希が出てくるのを待っていた。

「皆さん……」
「僕たちもついて行っていいだろうか？ もちろんデュエルには手を出さないよ」
「……ありがとうございます」

　遊希はぺこりと頭を下げた。正直一人では心細いところが少しはあったのだ。しかし、竜司たちの同行を許さない者がいた。他ならぬ黒幕である。
　屋上への道を歩いていた四人の前に立ちはだかったのはなんとアカデミアの生徒たちだったのである。そしてその生徒たちは千夏や詩織に敗れ、負傷させられていた生徒たちばかりであった。デュエルに敗れた際に黒幕の瘴気を浴びていたのか、彼らもまた黒幕によって操られる対象となっていたのである。

「っ……これは……」
「どうやら素直に屋上へは行かせてはくれないようですな」

　竜司とミハエルはデュエルディスクを構える。生徒に手をあげる、ということをするのは教育者の彼らとしては心苦しいかもしれない。しかし、今はそんな彼らも自分たちの気持ちを必死に押し殺す。

「待って、二人だけじゃこの人数は……」
「確かに物量では圧倒的不利だ。だが、今はやるしかないだろう？」

　綾瀬が止めに入ろうとするも、竜司もミハエルも聞く耳を持たなかった。綾瀬はため息をつきながらデュエルディスクを展開する。

「奥方様」
「私もやるわよ。これならあなたもミハエルさんも少しは楽になるでしょう？」

　結局この場は竜司・綾瀬・ミハエルが引き受けることになった。三人ともデュエルの実力は高い。そのためすぐにやられる、などということは無いと思うが立ちはだかる生徒は五十人以上はいる。三人で全員の相手をするとなるとやはり物量の差で押し切られてしまうだろう。
　それを覚悟した上で遊希は立ちはだかる他の生徒たちのことを三人に託すと、振り返らず前を向いて走った。四人を取り囲んでいた生徒たちであるが、遊希が一人で屋上に向かうと知るやその囲いを一時的に解いて屋上への道を開ける。黒幕が望むのは遊希と綾香の一対一のデュエル、ということなのだろうか。

（……綾香、今、助けてあげる！！）


　竜司から手渡された屋上へと繋がるドアの鍵を開ける。扉を開けてドアを開け放つと遊希の眼に映ったのは天空に広がる満天の星空、そしてそんな星々の輝きすら曇らせる美しい月だった。
　夏風が吹きつけるデュエルスペースに向かうと、そこには一人の少女が立っていた。千夏の時のようにローブを纏っておらず、詩織の時のように仮面はつけていない。アカデミアの制服に背中まで伸びた茶色の髪が月明りに照らされる。遊希がこの学園において最も信頼を置く女子生徒の姿がそこにはあった。

「来たわね、遊希」
「……久しぶり、綾香」

　遊希はそう言いながらデュエルディスクを起動させる。所定の時間より20分ほど早いが、決戦の時は来た。

「そう言えば前に約束したわよね。いつか二人で最高のデュエルをしよう、って。でも、こんな形でデュエルをしなきゃいけないなんて……」
「あら、最高の舞台だと思わないかしら？ お月様もお星様も私たちのデュエルを観たいがためにこんなにキラキラしてるのよ」
「最高じゃないわ。最低よ……今のあんたとは最高のデュエルなんか出来やしない」

　綾香は普通に喋ってこそいるが、やはり醸し出す雰囲気がいつもと違う。一番強い洗脳が施されているのだろうが、それが強すぎるがため、かえって自然体になってしまっていた。

「だったら……嫌でも最高のデュエルにしてあげる。そしてあの方にあんたをプレゼントしてあげるんだから」
「……奇遇ね。私もあの方に用があるのよ。あんたをそんなんにしたあの方ってやつを……ぶっ倒すためにね」

　夏の夜の風が吹き付ける。しばしの静寂の後、決戦の火蓋が切って落とされた。


「「デュエル！！」」


遊希 LP8000　手札5枚
デッキ：40　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0
綾香 LP8000　手札5枚
デッキ：37　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN01


　コンピューターは先攻後攻の選択権を遊希に与えた。普段なら遊希はデッキの都合上後攻を取ることが多いのだが、今回は珍しく先攻を取った。千夏や詩織の例を考えるとあのデッキが普段綾香の使用する【竜星】のままとは考えにくい。そのため先攻を取って先にフィールドを固めることで相手の出方を伺うことにした。

「私の先攻。私は手札から魔法カード、ギャラクシー・トレードを発動。手札の銀河新星を墓地に送り、2枚ドロー。そして墓地に送られた銀河新星の効果でギャラクシーの魔法・罠カード1枚を手札に加えるわ。私が手札に加えるのは罠カードの銀河割断。そして私は手札の銀河戦士の効果を発動！」

　銀河戦士の効果は手札の光属性モンスター1体を墓地に送ることで自身を手札から特殊召喚できるというものだった。上級モンスターが比較的多いギャラクシーデッキにとってはデッキ回転のエンジンとなる1枚だ。

「手札の光属性モンスター、銀河眼の光子竜を墓地に送って自身を表側守備表示で特殊召喚するわ」
「その効果の発動にチェーンして手札から増殖するGを墓地に送り、その効果を発動。相手が特殊召喚を成功させるたびにカードを1枚ドローするわ」
「……銀河戦士を特殊召喚するわ。そして特殊召喚に成功した銀河戦士の効果が発動。デッキからギャラクシーモンスター1体を手札に加える」
「その効果にチェーンして増殖するGの効果が適用される。チェーン2、デッキから1枚ドロー」
「チェーン1の銀河戦士の効果で銀河騎士を手札に加えるわ」

　増殖するGの効果はこのターン中続く。ここで銀河戦士のみの召喚で止めておけば相手の手札増強を阻止することができるだろう。しかし、守備力0の銀河戦士1体というフィールドのまま綾香にターンを渡すわけにもいかない。

（綾香の手札を増やしてしまうことになるけど……ここは展開を優先する！）
「自分フィールドにギャラクシーモンスターが存在する時、銀河騎士はリリースなしで召喚できるわ。そしてこの効果で召喚に成功した銀河騎士の効果で墓地の銀河眼の光子竜1体を表側守備表示で特殊召喚するわ！ 蘇りなさい、銀河眼の光子竜！！」

　銀河騎士の持っていた剣が空間を切り裂く。そしてその切れ込みから銀河眼の光子竜が光の翼を羽ばたかせて飛び上がり、フィールドに舞い降りた。野外でのデュエルであり、かつ星空が照らす下ということもあって光子竜の身体はより美しく光り輝いていた。

「特殊召喚に成功したので1枚ドローするわ」
「私はレベル8の銀河眼の光子竜と銀河騎士でオーバーレイ！ 2体のギャラクシーモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築！ エクシーズ召喚！ 現れなさい、銀河眼の竜騎士！！」

　これで1ターンで3度目の特殊召喚となり、綾香はさらにカードをドローする。これで綾香の手札は7枚となり、ハンドアドバンテージでは大きく差を付けられてしまった。

「私は銀河眼の竜騎士の効果を発動。オーバーレイユニットを1つ取り除き、自分フィールドのギャラクシー1体をリリース！ その後墓地から今リリースしたモンスターと別のギャラクシー1体を特殊召喚するわ！ 銀河戦士をリリースし、銀河眼の光子竜を特殊召喚！！」
「……これで4回目の特殊召喚。私の手札は8枚まで増えたわ」
「それくらいくれてあげる。私はカードを2枚セットしてターンエンドよ！」


遊希 LP8000　手札2枚
デッキ：36　モンスター：2（銀河眼の光子竜、銀河眼の竜騎士 ORU:1）魔法・罠：2　墓地：3　除外：0
綾香 LP8000　手札8枚
デッキ：33　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：1　除外：0


☆TURN02


「私のターン、ドローよ。私は手札を1枚捨てて速攻魔法“ツインツイスター”を発動するわ」


※ツインツイスター
速攻魔法
(1)：手札を1枚捨て、フィールドの魔法・罠カードを2枚まで対象として発動できる。そのカードを破壊する。


「遊希、あなたのフィールドの魔法・罠ゾーンのカード2枚を選択して破壊するわ」
「……むざむざと破壊はさせない。ツインツイスターの発動にチェーンしてカウンター罠、銀河割断を発動。ツインツイスターの発動を無効にして破壊するわ」

　銀河割断の力によって発生したフィールドに二つの竜巻はその勢いを弱められて消滅する。しかし、綾香にとってこのツインツイスターはあくまで囮でしかなかった。

「これでいいわ。銀河割断を使わせただけで十分よ」
「ツインツイスターは強力なカード。そんなカードを囮にする必要があったのかしら？」
「だって私のデッキは召喚反応系の罠に弱いもの」

　召喚反応系の罠カードを嫌がるデッキ。そんなものほとんどのデッキに当てはまることであり、綾香が普段使っている竜星デッキや遊希のギャラクシーデッキでも例外ではない。遊希はこのターンで綾香のデッキがどのようなデッキなのかを見定めたかったが、今わかっている情報だけでは綾香がどんな戦法を取ってくるかを判断することはできなかった。

「あんたが前のターン、特殊召喚をしまくってくれたおかげでこのデッキに必要なものがあらかた手札に揃ったわ」
「……聞いてもいい？」
「いいわよ、なにかしら？」
「そのデッキで千夏と詩織を倒したの？」
「……そうよ。二人とも案外大したこと無かったわ。最もそれだけこのデッキが強いんだけど」

　そう言いながら綾香は手札のうちから2枚のカードを分けて手に取った。

「ごめんね、遊希。このデュエル……私の勝ちよ」
「……？」
「私は―――





















【スケール5】の“慧眼の魔術師”と―――



















【スケール8】の“竜穴の魔術師”で―――



















―――“ペンデュラムスケール”をセッティング―――！！」










　綾香は手に取った2枚のカードをデュエルディスクの両端にセットする。次の瞬間、綾香の後方の空には青い柱のような光と2体の魔術師のような風貌をしたモンスターが浮かび上がり、その上にはさらに5と8。2つの数字が浮かび上がった。