アフターストーリー：陽川 千夏編・5　作：光芒

　自分は夢でも見ているのだろうか。それが宮戸 遊貴の正直な感想だった。ついさっきまで自分の目の前に立っていた黒髪ロングの美少女・天都 遊希が一瞬のうちに全く別の存在へと変化していたからだ。
　遊希の頭からは牡鹿のような立派な角が、背中からは水晶のように2枚の美しい翼が、腰からは細長く鋭い尻尾が生えており、癖のついた長く美しい黒髪は白銀に染まっていた。それでもその顔立ちには変化はなく、美しいままなのだが、耳はまるでエルフのように先端が尖り、両目は右目がサファイアのように、左目が黄金のように光り輝いている。服装もカジュアルな私服から肩、腋、胸元、背中を露出したショルダーレスでミニスカートのドレスに変わっており、そのドレスの上からは胴体、手首から肘、太腿から足までを夜空のような漆黒の鎧で覆うようになっていた。
　もし隣に美夏がいたとしたら、遊貴は容赦なく彼女の頬を抓り、それが夢であるか否かを確認していたところだった。しかし、その美夏がいないため遊貴は自分の頬を軽く抓ってみた。痛かった。

「あの……えっと、これには色々と訳があるのよ」

　呆気に取られた様子の遊貴を見た遊希はどう説明すればいいのか困惑しているようだった。幸いなことに綾香たちがフォローに入ってくれたことで今の遊希に何が起きているのかを理解できた。
　綾香たちによると、数年前のある出来事により遊希の身体はデュエルモンスターズの精霊と一体化してしまったという。元々は別の命として彼女の身体の中に精霊が存在していたようだが、その状態で数年が経過するうちに遊希の身体にその精霊が適合を始め、今となっては遊希が『人間でありながらデュエルモンスターズの精霊』という前代未聞の事態に陥っていたのだ。

「むぅ……よくわからないけどわかった。でも、どうして今その力を？」
「さっきエヴァが言った“神隠し”って言葉。それに引っかかったのよ。もし千夏と美夏が所謂霊的存在によっていなくなったとしたならば……精霊の力を解放することでこの地に彷徨う霊のようなものの波長を掴むことができるかもしれない、って」

　この科学の時代にあるまじき発言を軽々としてみせる遊希であるが、遊貴からしてみればどんな形であっても美夏を見つけてくれるのであれば、と藁にも縋る気持ちであった。それだけ彼女にとってもまた美夏は大事な存在なのである。

「……」

　遊希は精神を集中させ、全神経を研ぎ澄ます。角や翼、尾を微かに震わせながら自分の持てる全ての力を使ってこの京都中に精霊の力を迸らせた。

「見つけた、行きましょう。みんな、ちょっと怖い思いするかもしれないけど我慢して」

　遊希の両の目がキラリと輝く。次の瞬間、遊貴たちの身体はまるで風に飛ばされるかのように浮き上がっていた。精霊の力を超能力のように活用することで皆の身体を持ち上げる。
　そんな漫画やアニメでしかできなさそうな体験を実際に体験している。遊貴は改めてこれはやはり夢なのではないか、と思って先程抓ったのとは逆の方の頬を抓ってみる。やはり、痛かった。






＊





「あたしはフィールドのペリュトンの効果を発動する！ 手札の炎属性モンスター、“陽炎獣 ヒッポグリフォ”を墓地に送り、このカードをリリースすることでデッキから陽炎獣2体を特殊召喚する！ 来い、2体の陽炎獣 ヒュドラー！！」
「レベル6のモンスターが2体……エクシーズ召喚ね」
「2体？ 何言ってんのあんた？ あんたのフィールドにモンスターが存在し、あたしのフィールドと墓地に炎属性モンスターしか存在しない時、このカードは手札から特殊召喚できる！“陽炎獣 グリプス”！」

※陽炎獣 グリプス
効果モンスター
星6/炎属性/鳥獣族/攻200/守2100
相手フィールド上にモンスターが存在し、自分のフィールド上・墓地に炎属性以外のモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手はこのカードをカードの効果の対象にできない。

「あたしはフィールドのヒュドラー2体とグリプスの3体でオーバーレイ！ 3体の炎属性モンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚！ 行くよ！ 陽炎獣 バジリコック！」

　陽炎獣唯一のエクシーズモンスターであり、全ての陽炎獣を率いる存在であるバジリコックがエクシーズ召喚される。エクシーズ素材の数に応じて効果を得るバジリコックの現在の素材は3つ。よってエクシーズ素材の数×200ポイント攻守を上昇させる効果が適用される。

陽炎獣 バジリコック　ORU:3　ATK2500/DEF1800→ATK3100/DEF2400

「オーバーレイユニット3つのバジリコックね。でも残念ながら攻撃力は餓者髑髏に及ばない」
「誰がオーバーレイユニット3つって言った？ エクシーズ素材になったヒュドラー2体の効果！ 墓地の陽炎獣2体をこのカードのオーバーレイユニットにする！ 素材にするのはスピンクスとペリュトンだ！」

陽炎獣 バジリコック　ORU:5　ATK3100/DEF2400→ATK3500/DEF2800

「そしてオーバーレイユニットを4つ以上持つことで相手のカード効果の対象にならない効果、5つ以上持つことでカードの効果で破壊されない効果をバジリコックは得る！」
「……餓者髑髏の攻撃力を上回ってきましたか」
「バトル！ 陽炎獣 バジリコックで骸の魔妖-餓者髑髏を攻撃！“ヘイズ・ミラージュ・フレア”！」

陽炎獣 バジリコック ORU:5　ATK3500　VS　骸の魔妖-餓者髑髏　ATK3300

千夏　LP8000→7800

「レベル11のシンクロモンスターが破壊されることで、墓地の妖狐は特殊召喚できる。でもその妖狐は既にフィールドにいる。よって墓地から蘇ることはない！ メインフェイズ2、あたしはバジリコックのオーバーレイユニットを1つ取り除いて効果を発動！ 妖狐をゲームから除外する！ 消えろ、妖怪！」

　バジリコックの瞳が怪しく輝いた瞬間、麗の魔妖-妖狐の身体が煌めく炎に包まれて消えていった。魔妖は対応するレベルのシンクロモンスターが破壊されることでその真価を発揮するが、そのモンスターが破壊されて墓地に行かず、除外されてしまった場合は当然蘇ることができない。故に魔妖の得意戦術である連続シンクロおよび墓地からの蘇生の2つを同時に封じたことになるのだ。

「オーバーレイユニットが1つ減ったことでバジリコックの攻撃力はダウンする。けど、まだ効果の対象にならない効果が適用されてるよ」

陽炎獣 バジリコック　ORU:4　ATK3300/DEF2600

「あたしはこれで―――」
「ではこのエンドフェイズにリバースカードを発動。罠カード“魔妖変生”」

※魔妖変生（まようへんじょう）
通常罠
このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できず、このカードを発動するターン、自分は「魔妖」モンスターしかEXデッキから特殊召喚できない。
(1)：手札を1枚捨て、自分の墓地のモンスター及び除外されている自分のモンスターの中から、「魔妖」モンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターを特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターは、このターン相手の効果の対象にならない。

「除外されている妖狐を守備表示で特殊召喚するわ」
「……除外しても戻ってくんのかよ。ターンエンド」


千夏　LP7800　手札3枚
デッキ：23　モンスター：2（麗の魔妖-妖狐、TG ハイパー・ライブラリアン）魔法・罠：3（コモンメンタルワールド×2）墓地：13　Pゾーン：赤/青　除外：1　エクストラデッキ：9（0）
美夏　LP4000　手札0枚
デッキ：26　モンスター：1（陽炎獣 バジリコック ORU:4）魔法・罠：1（陽炎柱）墓地：9　Pゾーン：赤/青　除外：0　エクストラデッキ：15（0）


☆TURN03（千夏）

「私のターン、ドロー」
「このスタンバイフェイズに前のターンに効果で破壊された炎王獣 バロンの効果を発動！ デッキから炎王カード1枚を手札に加える。あたしが加えるのは炎王炎環よ」
「フィールドの炎属性を破壊して墓地の炎属性1体を蘇生するカード……大方サーベラスとのコンボを狙って入れているようだけどバジリコックに使うような真似はしないわよね？」
「……どのモンスターにどのカードを使おうがあたしの勝手じゃないの？」
「それもそうね。まあいいわ、ハイパー・ライブラリアンを守備表示に変更。そして手札のゾンビ・マスターを召喚」

※ゾンビ・マスター
効果モンスター
星4/闇属性/アンデット族/攻1800/守0
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、手札のモンスター1体を墓地へ送る事で、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「私は手札の“ユニゾンビ”を墓地に送り、自分または相手の墓地のレベル4以下のアンデット族モンスター1体を特殊召喚する。私はこのコストにしたユニゾンビを墓地から特殊召喚するわ」

※ユニゾンビ
チューナー・効果モンスター
星3/闇属性/アンデット族/攻1300/守0
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1)：フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。手札を1枚捨て、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。
(2)：フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。デッキからアンデット族モンスター1体を墓地へ送り、対象のモンスターのレベルを1つ上げる。この効果の発動後、ターン終了時までアンデット族以外の自分のモンスターは攻撃できない。

「ユニゾンビの1つ目の効果をユニゾンビ自身に対して発動。手札の“轍の魔妖-俥夫”をコストにユニゾンビのレベルを1つ上げるわ」

ユニゾンビ　星3→4

「そしてレベル4のゾンビ・マスターにレベル4となったユニゾンビをチューニング。シンクロ召喚！ 現れなさい、“PSYフレームロード・Ω”」

※PSYフレームロード・Ω
シンクロ・効果モンスター（制限カード）
星8/光属性/サイキック族/攻2800/守2200
チューナー＋チューナー以外のモンスター1体以上
(1)：1ターンに1度、自分・相手のメインフェイズに発動できる。相手の手札をランダムに1枚選び、そのカードと表側表示のこのカードを次の自分スタンバイフェイズまで表側表示で除外する。
(2)：相手スタンバイフェイズに、除外されている自分または相手のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを墓地に戻す。
(3)：このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分または相手の墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードと墓地のこのカードをデッキに戻す。

「PSYフレームロード・Ω……そんなものまで出てくるか」
「シンクロ召喚に成功したことでライブラリアンとコモンメンタルワールド2枚の効果が発動。デッキから1枚ドローし、あなたに1000のダメージを与える。

美夏　LP4000→3000

「それでも攻撃力ではバジリコックに及ばない。私はこれでターンエンドよ」


千夏　LP7800　手札2枚
デッキ：21　モンスター：3（麗の魔妖-妖狐、PSYフレームロード・Ω、TG ハイパー・ライブラリアン）魔法・罠：3（コモンメンタルワールド×2）墓地：14　Pゾーン：赤/青　除外：1　エクストラデッキ：8（0）
美夏　LP3000　手札1枚
デッキ：25　モンスター：1（陽炎獣 バジリコック ORU:4）魔法・罠：1（陽炎柱）墓地：9　Pゾーン：赤/青　除外：0　エクストラデッキ：15（0）


☆TURN04（美夏）

「あたしのターン、ドロー！」
「このスタンバイフェイズにPSYフレームロード・Ωの効果を発動。除外されてる馬頭鬼を私の墓地に戻すわ。これで私の墓地のアンデット1体を蘇生できる。ちなみにさっき墓地に送った俥夫の効果は特殊召喚成功時に墓地の魔妖1体を蘇生することができるのよ」

　馬頭鬼やゾンビキャリアのように墓地から除外されることの多いアンデット族デッキであるが、それらの墓地リソースの減少を一手に補えるのがPSYフレームロード・Ωというモンスターだ。今や一角のデュエリストにもなっている美夏は、千夏がそのモンスターで何を狙っているか理解していた。

（……PSYフレームロード・Ωは除外されているモンスター1体を墓地に戻すことができて、更にメインフェイズに自身とあたしの手札1枚を次の相手のスタンバイフェイズまでゲームから除外することができる。バジリコックで除外しようにもその効果でかわされちゃうし、馬頭鬼の効果で俥夫を蘇生されたらまた多段シンクロに繋げられる。そうなったらあたしのライフは……）

　脳裏に浮かぶのは悪いことばかり。デュエルも音ゲーも負けることやミスを考えてしまえば、勝利もベストスコアも出すことはできない。それを理解しているはずなのに、美夏は悪い方向にしかものを考えることができなくなっていた。

（あはは……あたしに遊貴の半分くらいデュエルの力があったらなぁ……遊貴、ごめんね）
「何諦めてるの、馬鹿」
「えっ……」

　下を向きそうになった美夏を叱咤する声がする。美夏が顔を上げ、振り返ると後ろには不満そうな顔をした遊貴と、心配そうな顔をしてデュエルを見守る遊希たちの姿があった。千夏に憑りついたものによって、神隠し同然に消えていた二人であったが、同じような神秘の力を持った遊希によってその神隠しは破られたのである。

「遊貴、皆さん……どうしてここに」
「遊希さんが連れてきてくれた。あんたと千夏さんを助けるために」
「……正直かなり手間取ったわ。あんたと千夏にはこの貸しを返してもらう必要がある。だから、このデュエルに勝ちなさい。美夏」
「……すいません、任せとけって言いたいところなんですけどぶっちゃけきついです。逃げてもいいですか？」
「……駄目。逃げるくらいなら正々堂々とやって負けて」
「うん、相変わらずの鬼嫁っぷりだね。あたしの黒猫ちゃんは。でもそれでこそ遊貴だよ。だからこそ……勝ちたい！ あたしは手札から魔法カード“貪欲で強欲な壺”を発動！！」

※貪欲で強欲な壺
通常魔法
このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。
(1)：自分のデッキの上からカード10枚を裏側表示で除外して発動できる。自分はデッキから2枚ドローする。

「デッキトップ10枚を裏側表示で除外して2枚ドロー！！」
「賭けに出たわね。いいカードが引けるかどうかもわからないのに」
「賭けに出なきゃ負けちゃうんでね！ あたしとしてはやらない後悔よりやる後悔の方が身に合ってるのさ！ バジリコックの効果を発動！ オーバーレイユニットを1つ取り除き、妖狐を除外する！ 今度こそ消えろ！！」
「……何度除外しても無駄よ。PSYフレームロード・Ωの効果さえあれば私の魔妖はいくらでも舞い戻るわ！」
「だったらその舞い戻る時を与えない！ あたしは手札から魔法カード―――ブラック・ホールを発動！！」
「ブラック・ホール！？ その発動にチェーンしてPSYフレームロード・Ωの効果を発動！」

チェーン2（美夏）：PSYフレームロード・Ω
チェーン1（千夏）：ブラック・ホール

（オーバーレイユニットが3つのバジリコックは効果破壊耐性を持たない。ブラック・ホールで破壊されてしまう。いくら私のモンスターを破壊するためとはいえ、自分のエースまで……？）

　千夏は美夏の残された2つの手札のうち、炎王炎環ではないもう1枚にブラック・ホールを発動させるだけのものがある、と踏んだ。そしてPSYフレームロード・Ωの効果でそれを除外できればこのデュエルは決まる。

「PSYフレームロード・Ωの効果！ 自身と私から見て……左側のカードを除外する！！」
「チェーン1、ブラック・ホールの効果でフィールドのモンスターを全て破壊する」

　中心に開いた大穴に吸い込まれる形で消えていくバジリコックとハイパー・ライブラリアン。これでフィールドのモンスターは除外ゾーンに消えたΩ以外の一切が破壊された。しかし、その手に対する対策を千夏が講じてないわけがない。

「元々のレベルが5の自分のSモンスターが破壊された時、墓地の轍の魔妖-朧車は発動できる効果があるわ！ 自身を墓地から特殊召喚し、そのターン私のモンスターは戦闘では破壊されない！」
「なっ……マジか」
「何かを狙っていたようだけど、残念ね。墓地の朧車の効果を―――」

　千夏が墓地の朧車の効果の発動を宣言しようとしたその刹那。千夏の動きが止まった。

「なっ……何故。何故動けない！？ まさか……我が霊力を……！！」
「千夏さん……まさか正気に戻ったんですか！？」
「み……美夏！ あんたのその手札……逆転の一手なんでしょ！？ だったら……それで私を倒しなさい！！ 朧車の効果は……発動しな……いっ！！―――おのれ！！ 貴様は眠っていろ！！」

　ほんの一瞬だけ正気を取り戻した千夏によって朧車の効果を発動しないことが宣言される。これで間違いなく千夏のフィールドはがら空きになった。美夏はこういうのはありなのかな、と疑問に思いつつも、千夏の気遣いに甘えることにした。

「千夏さん！ これであなたを助けます！ 魔法カード発動！―――真炎の爆発！！ 墓地の守備力200の炎属性モンスターを任意の数だけ特殊召喚！ 燃え上れ！！ 陽炎獣 サーベラス、陽炎獣 ヒッポグリフォ、2体の陽炎獣 ヒュドラー！！」

　深淵の底より湧き出る炎と共に、美夏の墓地に眠る4体の陽炎獣が主の呼びかけに応じて舞い戻る。陽炎獣というデッキの戦法は何もバジリコックやエヴォルカイザー・ソルデのエクシーズ召喚だけに限られていない。カードの効果の対象にならない、という固有の効果を持った陽炎獣モンスターを大量展開した上で攻めかかるというものもあったのだ。

「バトルフェイズ！ サーベラス、ヒッポグリフ、2体のヒュドラーで総攻撃！！」

陽炎獣 サーベラス　ATK2000

千夏　LP7800→5800

陽炎獣 ヒッポグリフォ　ATK2100

千夏　LP5800→3700

「何故……私が負ける……？」
「それはあんたが偽物の千夏さんだからだよ。もしあんたが本物の千夏さんなら……あたしは負けていたかもね。だから……千夏さんから出ていけ！！」

陽炎獣 ヒュドラー×2　ATK2300×2

千夏　3700→0





＊





「……あなたの勝ちよ。この身体は元の持ち主に返すわ」
「わかったから早く出てきなさい。何が狙いだったかは知らないけど、いつまでも幽霊と会話するつもりはないから」
「手厳しいのね、あなたは。でも楽しかったわ……今の時代はこんなに楽しいことができるのね。私が生きていた時代も……こうだったら。また違った未来が……」

　そう言い残し、千夏は糸の切れた操り人形のように倒れる。これで千夏の中に入り込んでいた何者かが消えたということなのだろう。霊の力に覆われていた世界は消え、残されたのは古ぼけた社のみだった。

「この社には何かあったのかしら……」

　遊希たちはその社の周囲を調べてみる。するとその社の周囲には荒れ果てた石碑のようなものが遺されており、その石碑にはうっすらとこう刻まれていた。



「戦乱、疫病、飢餓二ヨリ失ワレタ命ヲ偲ブ」



　京都という地に残された歴史は決して明るいものではない。過去幾度となく戦争や政争の舞台になったこの場所では血で血が現れ、数多の戦争で多くの命が失われた。この石碑によって先ほどの霊が言い残したかったことが大まかではあるが、遊希たちは知ることができた。
　恐らく、いやきっと、千夏に憑りついていた霊は戦乱、疫病、飢餓において天寿を全うできずに失望と苦しみの中で命を落とした者のものだろう。望まぬ死において成仏することができず、彷徨っていたところ偶然千夏を発見し、彼女の身体に憑依しては生前満たされなかった思いを遂げることができたのかもしれない。

「……光があるところに影があるように、幸せな人がいる裏では嘆き、悲しんでいる人も少なからずいるということなのかしら」
「……ええ……そうよ。あの幽霊はそれを私を通して伝えたかったのかもしれないわね。私たちのように悲しみに塗れて亡くなった存在を忘れないで、って」
「千夏！ あんた起き上がって大丈夫なの！？」
「ええ。ちょっと疲れたけど問題ないわ」

　倒れていた千夏は目を覚ますと、まるで全てを理解していたかのようだった。憑依されていたことで自分に憑りついていた幽霊の悲哀を感じ取ることができたのであろうか。

「私たちがこうして生きていられるのも、先人たちの流した血と涙のおかげ、ということなのデスネ……」
「五山の送り火は彷徨える魂をあの世へ導くもの。あの幽霊は成仏する前にそれを私たちに伝えたかったということなのでしょうか……」

　遊希たちは自然とその石碑に向かって手を合わせていた。自分たちにできることは少ないかもしれないが、こうして一人でも多くの人間が彼らを偲ぶことが慰めになると信じて。

「さて、送り火も終わっちゃいましたし、旅館に帰りましょう。帰ったら……みんなで枕投げ大会でもします？ 明日は今日行けなかった平安神宮とか平等院とか三十三間堂とかにも行くんで英気を養う感じで！」
「むぅ……ムードぶちこわし。なんでそんなに明るくいられるの」
「……こんな時だからだよ。今を生きているあたしたちが笑っていることも供養になる。だから、前向いていこっ？ あたしたちも」

　そう言って美夏はにっこりと微笑む。今を生きるものとして、その一日一日に後悔のないように。











『銀河竜を駆る少女』　アフターストーリー：陽川 千夏編　　　完



Special Thanks：Ales 様




















「むぅ……結局私のデュエルがスルーされた。光芒がAlesさんの作品にまで許可を取りに行ったのに」
「あら、スルーなんてされてないわよ。番外編はもうちっとだけ続くんじゃ、的な？」
「亀●人……遊●人？」
「仙人じゃないから。まあ、詳細は追って伝えるから」