第84話：決意を秘めた決闘者　作：光芒

第84話（番外編第3話）：決意を秘めた決闘者



☆TURN03


「私のターン！」

　美夏によって思いがけない反撃を受ける形となった千夏。さすがに中学生のデュエリストがこうも覆してくるとは思っていなかった。それでも簡単に終わられてはつまらないし、相手が小学生だろうと中学生だろうと高校生だろうと関係ない。
　デュエルディスクを腕に付けて対峙した以上、誰であろうと真剣勝負の相手となる。相手が今持てる手を駆使して来るならば、こちらも全力でぶつかるまでのことだった。

（ここで逆転のカードを引けなければ私は防戦一方。と言ってもモンスターを出したところでバジリコックの効果で除外されておしまい。ここでバジリコックを攻略できるモンスターを出せるかしら……）

　カードをドローする手が震える。どんなデュエリストが相手でも勝負を分けるドローには力が入るものだ。

（いや、恐れちゃだめ。ドローするカードを引けるかどうかじゃない。ここで引くのよ、私は！）
「ドロー！！……私は手札から魔法カード、死者蘇生を発動！ 墓地のE・HERO エアーマンを特殊召喚する！！」
「ここで死者蘇生？ 凄い引きね……」
「まあそれが強いデュエリストの証拠ってやつよ。特殊召喚に成功したエアーマンの効果を発動するわ。チェーンはあるかしら？」
「無いよ」

　召喚にチェーンするカードがない、ということは明らかになっていないセットカードは召喚に反応するカードでないことがわかる。展開を阻害するカードがない以上、千夏のすることは一つだけ。

「だったらエアーマンの効果を処理させてもらうわ。私はデッキからE・HERO バブルマンを手札に加える。そして手札からE・HERO ブレイズマンを召喚！ 召喚に成功したブレイズマンの効果でデッキから「融合」1枚を手札に加えるわ。そして今加えた融合を発動！」

　E・HEROは幅広い召喚方法に適応する汎用性の高いデッキである。しかし、そんなHEROの代名詞といえばやはり融合召喚である。

「“風の英雄と炎の英雄。今その力を一つとして新たな英雄を呼び覚ます！ 暴風を纏いて現れよ！” 融合召喚！ 吹き荒べ！ E・HERO Great TORNADO！！」
「Great TORNADO……んー、やばい」
「Great TORNADOが融合召喚に成功した瞬間、その効果が発動！ 相手フィールドに存在する全てのモンスターの攻撃力を半分にするわ！ “ダウンバースト”！！」

　Great TORNADOの起こした突風によってバジリコックを覆う陽炎が吹き飛ばされていく。それによりバジリコックの攻撃力もまた風にさらされる炎の如くすっかり弱まってしまった。

陽炎獣 バジリコック ATK2500→1250

「バジリコックの攻撃力が！」
「バトルよ！ E・HERO Great TORNADOで陽炎獣 バジリコックを攻撃！ “スーパーセル”！！」

E・HERO Great TORNADO ATK2800 VS 陽炎獣 バジリコック ATK1250

　吹き荒ぶ風の刃がバジリコックの身体を一刀両断の下に引き裂いた。

美夏 LP4000→2450

「バジリコック撃破よ！！」
「っ……でもあたしの手札にはまだ次の手がある。次のターンでGreat TORNADOを攻略して終わり。このターンで決めれなかったあんたの負けよ！」
「私はまだバトルフェイズの終了を宣言してないわよ？」
「……まさか、そのリバースカード……！」
「そのまさかよ、リバースカードオープン！ 速攻魔法、マスク・チェンジ！！」

　マスク・チェンジによって発生した眩い光によってGreat TORNADOの身体はまた別のHEROの姿へと変化する。緑の仮面に棚引くマントが特徴の風の英雄。M・HERO カミカゼが新たに戦場へと舞い降りた。

「っ……ここまでかぁ」
「M・HERO カミカゼでダイレクトアタック！！ “疾風怒濤”！！」

M・HERO カミカゼ ATK2700

美夏 LP2450→0






「……あと一歩だったんだけどな。及ばなかったかぁ」

　思わぬ惜敗にため息をつく美夏。そんな美夏の元に千夏がやってきて手を差し出す。デュエル前はいがみ合っていたとしてもデュエルが終われば分かり合える。それは千夏がアカデミアに入学してから4か月の間に学んだことの一つであった。

「いいデュエルだったわ。少なくとも私がこのターンのドローで死者蘇生を引いてなかったら私の負けだった」
「そんな……でも今のデュエルでわかったよ。あんたが正真正銘アカデミアの学生ってことが。本当に強いデュエリストならドロー力も強いもの」
「あら、私なんかで驚いてちゃダメよ？ 私のルームメイトはみんな私より強いから！」

　それを聞いて「ええ……」と引いたような顔をする美夏。E・HEROやM・HEROをこれだけ使いこなすデュエリストよりもさらに強いデュエリストがいる、という現実に少しばかり気が遠くなるような気がした。

（嘘でしょ……それだけ世界は広いってことなのかなぁ？ 今何してるんだろ、あの子）
「ねえ？」

　ぼうっと青空を見上げていた美夏に千夏が声をかける。

「はい？」
「あんたには今のところ指導してくれているアカデミアの学生っているの？」
「実を言うとまだ……」
「じゃあさ。私と組まない？ 私あんたのこと気に入っちゃった！ 私は陽川 千夏。アカデミアの1年生よ！」
「……あたしなんかでよければ、喜んで。あたしは星崎 美夏。3日間お世話になるわ！」

　千夏と美夏、2人の決闘者は固い握手を交わした。2人の笑顔は何処か似ているような気がした。








＊










　切り株に一人の少女が座っていた。少女は黒のフリフリドレスにぬいぐるみのようなものを抱きかかえて一人でじっと他の参加者を見つめていた。そんな少女に対して声をかけようとする者は少なからずいた。しかし、皆少し声をかけるだけですぐに離れて行ってしまう。少女にその理由はわからなかった。

「ねえねえ、そんなところでキミは何してるの？」

　少女が顔を上げると、そこにいたのは緑色の髪をしたボーイッシュファッションが特徴的な美少女だった。両手を後ろ手で組んでフリフリドレスの少女の顔を覗き込むその顔はまさに興味津々、といった様相である。

「あ、あの……私は……」
「もしかしてまだ組む相手の人見つかってないとか？ じゃあボクが一緒に探してあげるよ。あっ、ボクは早川 凛（はやかわ りん）って言うんだ。宜しくね！」
「ボク？」

　少女は凛と名乗った少女のその一人称に違和感を覚える。ボーイッシュなファッションをしているが、顔立ちや髪型を見る限り彼女はれっきとした女性である。それなら何故男性が用いる一人称を使うのだろうか。

「ああ、ボクが自分のことをボクって呼ぶこと？ んーとね……なんでだろうね？」
「えっ」
「物心ついた時からボクはボクのことをボクって呼んでたんだ。でもボクはボクだからそんなに気にしてないよ？」

　ボク、という言葉がゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど並ぶ。少し変わっているかもしれないが、この人当たりの良さから集団で浮くことは無いのだろう。そう考えると今この場において一人で他の人たちが楽しんでいるのを一人眺めているだけの自分とはまるで違う、と少女は思い知らされる。すると、凛が突然フリフリドレスの少女の手を取った。

「えっ！？」
「ほら、そんなところにいつまでも座っていないでさ。一緒に探そうよ！」
「あっ、そんな引っ張らないで……」

　凛が少女を連れて行こうとした時、少女が抱きしめていたぬいぐるみが地面にポトリと落ちる。凛がごめんごめん、と言いながらそのぬいぐるみを拾い上げた瞬間、凛は小さく「えっ」とつぶやいた。
　そのぬいぐるみはなんと“ワーム・ゼクス”をリアルに再現したぬいぐるみであった。このぬいぐるみは少女の母が自作したものなのであるが、裁縫上手ということもあり、既製品に勝るとも劣らない出来だったのである。
　少女に声をかけた人間はイベントが始まって以来何人かいたが、少女がこのワーク・ゼクスのぬいぐるみを大事そうに抱えているのを見るや否や、この少女からほとんどの人が離れていってしまうのだ。

「……このぬいぐるみ……」
「あ、あの……私、爬虫類が大好きなんです」

　そうこの少女、一 心（にのまえ こころ）はその外見に見合わず爬虫類が何よりも大好きなのだ。しかし、同年代の女子で爬虫類が好きという奇特な人間はそうはいない。そのため元々引っ込み思案な心が唯一の得意分野である爬虫類について話せる相手がいないため、自然と集団から孤立してしまったのである。

「女の子なのに……変ですよね？」

　もじもじしながら訪ねる心に凛が返した言葉は予想外のものだった。

「……凄い。こんなリアルなワーム初めて見たよ！」
「えっ、怖くないんですか？」
「うん。まあホラーは苦手なんだけどこの系統のものは大丈夫だよ？ それにこんな大事そうに手入れされているのを見るとどれだけこのぬいぐるみが愛されているのかがわかるんだ」
「う、嬉しいです……今までそんなこと言われたことなかったから……」

　心が不器用な笑顔を見せる。凛は「やっと笑ってくれた」と満面の笑みで返した。





＊





　一方、ここにも中々参加者に声を掛けることができないでいる人物がいた。詩織である。詩織も綾香や千夏のように自分から一緒にやろう、と気さくに話しかけられるタイプではない。周囲をきょろきょろと見回しながら参加者を探すその姿は事情を知らない者からしてみれば、ただの挙動不審な少女であり、それは敬遠されるに十分な理由であった。

「あのー」

　しかし、そんな挙動不審な少女に声をかける者が一人。

「は、はいっ！」

　緊張で返事が裏返った詩織が見たのは、ニコニコと笑う凛と少し不安気な表情を浮かべる心だった。二人がこの場で出会ったばかりなことを知らない詩織はぎゅっと手を繋いでいる二人を見て、彼女たちは親友同士なのだろうか、と思った。

「ボクたち一緒に組んでくれる人を探しているんですけど……アカデミアの人ですよね？」
（ボク……？）

　詩織もまた凛の一人称である「ボク」に首を傾げる。いや、今大事なのはそこじゃないと自分に瞬時に言い聞かせた。

「は、はい。アカデミア1年生の月宮 詩織と申します」
「そっか、よかったぁ。ボクは早川 凛と言います。それでこの子は一 心ちゃん。実は心ちゃんがまだ組んでくれる人を見つけられていなかったんです。もし誰とも組む予定がないなら組んであげて欲しいんですけど……」
「わ、私なんかで良ければ……」

　詩織が了承すると、何故か心よりも斡旋した凛の方が「やった！」と嬉しそうに声を上げる。

「それじゃあ、心のこと。宜しくお願いしますね」
「あ……ちょっと待ってください。あなたはもうお相手がいらっしゃるんですか？」
「えっと、ボクはまだですけど」
「それだとあなたと組んでくれる人が見つからないのでは？ 他の方に紹介するのは構いませんが、結果的に自分が……まあ原則アカデミアの学生につける参加者の方は一人までとなっていますが……」

　それもそうだな、と考え込む凛。何かを思いついた彼女は背中にしょっていたリュックからデュエルディスクとデッキを取り出した。

「じゃあデュエルで決めるっていうのはどうかな？ 勝った方が月宮さんと組むって感じで」
「えっ……わ、私は別に構いませんけど……」

　成り行きに任せるまま、凛と心のデュエルが始まろうとしていた。


凛　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0
心　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN01


　コンピューターが先攻後攻の決定権を与えたのは凛だった。

「ボクのターン、ボクはカードを5枚セットするよ！」
「えっ！？」
（手札を全部セット……まさかあのデッキは……）
「これでターンエンド！」


凛　LP4000　手札：0枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：5　墓地：0　除外：0
心　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN02


「わ、私のターンです。ドロー。私は手札から“ワーム・ゼクス”を召喚します！」


※ワーム・ゼクス
効果モンスター
星4/光属性/爬虫類族/攻1800/守1000
このカードが召喚に成功した時、デッキから「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。
自分フィールド上に「ワーム・ヤガン」が存在する場合、このカードは戦闘では破壊されない。


「ワーム・ゼクスの効果を発動します。このカードの召喚に成功した時、デッキから「ワーム」モンスター1体を墓地に送ることができます」
「じゃあそれにチェーンしてボクはリバースカードを発動するよ。リバースカードオープン、罠カード“強欲な瓶”だよ」


※強欲な瓶
通常罠
(1)：自分はデッキから1枚ドローする。


（強欲な瓶！ となると早川さんのデッキは……）
「そしてその強欲な瓶の発動にさらにチェーンするよ！ 罠カード“仕込みマシンガン”！」


※仕込みマシンガン
通常罠
(1)：相手の手札・フィールドのカードの数×200ダメージを相手に与える。


「まだまだ行くよ！ 仕込みマシンガンの発動にチェーンして罠カード“おじゃまトリオ”！」


※おじゃまトリオ
通常罠
相手フィールド上に「おジャマトークン」（獣族・光・星2・攻0/守1000）を3体守備表示で特殊召喚する（生け贄召喚のための生け贄にはできない）。
「おジャマトークン」が破壊された時、このトークンのコントローラーは1体につき300ポイントダメージを受ける。


「おじゃまトリオが発動したのはチェーン4！ よってこのカードも発動できるよ！“積み上げる幸福”！」


※積み上げる幸福
通常罠
チェーン4以降に発動できる。自分のデッキからカードを2枚ドローする。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動されている場合、このカードは発動できない。


「そして最後はこれ！ 速攻魔法“連鎖爆撃（チェーン・ストライク）”！」


※連鎖爆撃（チェーン・ストライク）
速攻魔法（準制限カード）
チェーン2以降に発動できる。
このカードの発動時に積まれているチェーンの数×400ポイントダメージを相手ライフに与える。
同一チェーン上に複数回同名カードの効果が発動している場合、このカードは発動できない。


「チェーン6で発動した連鎖爆撃の効果で心ちゃんのライフに2400のダメージを与えるよ！」

心　LP4000→1600

「きゃあっ！」
（【チェーンバーン】デッキの切り札が……しかしこれでは……）
「そしてチェーン5の積み上げる幸福の効果でボクは2枚ドロー！ そしてチェーン4のおじゃまトリオの効果で心のフィールドに3体のおじゃまトークンを特殊召喚！ チェーン3の仕込みマシンガンの効果で心のフィールド・手札の数×200ポイントのダメージ！」
「わ、私の手札は5枚で、フィールドのカードは4枚……」
「よって1800のダメージ！」

心 LP1600→0


「やったぁ！ ボクの勝ちだよ！」

　ライフ4000ルールで猛威を振るうチェーンバーンデッキの本領を発揮したデュエル。心はただモンスター1体を召喚するだけでデュエルに敗れてしまったことになる。凛のデュエルの戦術自体は見事なものだったが、このデュエルを見守っていた詩織には頭の痛くなる悩みがまた一つ増えてしまった。

「早川さん、お見事な勝利でしたね」
「はい、ありがとうございます！」
「……ただ……」
「ただ？」
「早川さんが勝ってしまうと一さんではなくあなたが私と組むことになってしまうのでは……？」

　詩織のその言葉を聞いた瞬間、凛の顔が瞬く間に真っ青になる。デュエルにテンションが上がった凛はそのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

「ど、どうしよう……ボクすっかり舞い上がって……」
「あ、あの、月宮さんと組むのは早川さんでいいから……」
「でもそれだと……ボク、ボク……」

　詩織はため息をつきながら天を仰いだ。このまま自分がどちらか一人を選び、選ばれなかった方にはさようならすれば一応の解決にはなる。それでもそんな解決方法ではどちらも傷ついてしまうし、何より自分なんかに声をかけてくれた二人の少女を悲しませることで詩織自身も後悔するだろう。

「……2人とも、落ち着いてください」
「月宮さん……」
「少し時間を頂けますか？ 私が、なんとかしますから」

　泣きそうな凛とそんな凛を心配そうに見つめる心。そんな2人に詩織は心配はいらない、と優しく語り掛ける。そこには先ほどまで相手を見つけられずおどおどしていた少女の姿はない。2人を優しく見守れるだけの強さを秘めた表情の詩織がいた。