第44話：最後の最後まで　作：光芒

☆TURN07


「私のターン、ドローよ。私はギガプラントの効果を発動。もう1体のギガプラントを特殊召喚するわ」

　フィールドにはまたしても2体のギガプラント。1体除外したとはいえ、残りの2体がその分暴れまわるのだ。その展開力には詩織もさすがに舌を巻く。

「そして今特殊召喚したギガプラントを通常召喚権を消費して再度召喚。これでこの子もデュアルモンスターになったわよ」
「倒しても倒しても増えていく……」
「言ったでしょ。それが植物、美しき花が生き残るために身につけた恐ろしさ。もう1体のギガプラントの効果で墓地のマリーナを特殊召喚するわ。そしてメインフェイズを終えてバトルフェイズよ。ギガプラントで裁きの龍へ攻撃よ！」

ギガプラント ATK2400 VS 裁きの龍 ATK3000

「自爆特攻！？」

薫 LP4100→3900

　ギガプラントは裁きの龍にあえなく返り討ちにされる。一見すれば自身のライフを失うと共に、展開の要であるギガプラントを自ら手放す行為。しかし、この状況においてこれは全く無駄なことではなかった。

「貴女を倒すにはライフなど惜しんでいられないわ。女は時に無茶をするものなのよ」
「えっと……は、花沢先輩は……男の」
「あら？ 今細かいことに気を取られている場合じゃないわよ。姫葵マリーナが存在する時、フィールドでマリーナ以外の植物が破壊された。よってマリーナの効果が発動するわ。裁きの龍を破壊しなさい！」

　マリーナの両手からヒマワリを模した巨大な砲塔が現われる。そしてそこから放たれた灼熱の炎は裁きの龍を焼き尽くしてしまった。これにより、詩織のフィールドにはモンスターが1体も存在しなくなってしまったのである。

「裁きの龍！？」
「これであなたのフィールドのモンスターは全て倒された。そしてこっちには攻撃力2800のマリーナと攻撃力2400のギガプラントがいる。2体の攻撃力の合計は5200」
「……！！」
「さあ、名残惜しいけどこれで終わりよ。まずはギガプラントでダイレクトアタック！！」

ギガプラント ATK2400

詩織 LP4100→1700

「きゃあっ！！」
「貴女とのデュエル。とても楽しかったわ、姫葵マリーナでダイレクトアタック！“プリンセス・オブ・サンフラワー”！」

姫葵マリーナ ATK2800

「まだ……まだ終わるわけにはいきません！ 私は墓地の“ネクロガードナー”の効果を発動します！」


※ネクロガードナー
効果モンスター
星3/闇属性/戦士族/攻 600/守1300
(1):相手ターンに墓地のこのカードを除外して発動できる。このターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする。


「ネクロガードナー！？ いつの間に……」
「裁きの龍の効果で墓地に送られたカードの中にありました。これで姫葵マリーナの攻撃は無効になります」
「まだ私たちのデュエルをデュエルの神様は見たかったのかもしれないわね。いいわ。私はカードを1枚セットしてターンエンドよ」


薫 LP3900　手札1枚
デッキ：25　モンスター：2（姫葵マリーナ、ギガプラント（デュアル化済み））魔法・罠：1　墓地：11　除外：1
詩織 LP1700　手札1枚
デッキ：25　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：23　除外：3


☆TURN08


（私のライフは残りわずか……このターンで決めなければ……ごめんなさい、みなさん。私は……）

　ドローをする手が震える。そんな時、詩織の脳裏には遊希の顔が浮かんだ。

（そう言えば……前もこんなことが……）
　
　それは遊希と初めてデュエルした時のことである。遊希の前に追い詰められた詩織は自ら勝負を捨てようとしたことがあった。
　しかし、デュエルの相手である遊希や見守ってくれていた綾香や千夏たちの励ましによって詩織はドローをし、結果的に負けてしまったものの、凄く充実したデュエルをすることができた。

（……今の私を見たら、皆さんなんて言うんでしょうか……駄目ですね。引く前から諦めては……）
「私のターンです。ドロー！……！！」

　伏し目がちだった詩織の眼に活力が戻るのを薫は見逃さなかった。

（あら、いいカードを引いたみたいね）
「私は魔法カード“儀式の準備”を発動します！」


※儀式の準備
通常魔法（制限カード）
(1):デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。その後、自分の墓地の儀式魔法カード1枚を選んで手札に加える事ができる。


「私はこの効果でデッキからレベル6の儀式モンスター、竜姫神サフィラを手札に加えます。そして墓地の儀式魔法、祝祷の聖歌を手札に戻します！」
「……これで儀式召喚の準備が整ったというわけね」
「そして儀式魔法、祝祷の聖歌を発動します！ 私は墓地の儀式魔人リリーサーと儀式魔人デモリッシャーをゲームから除外し、儀式のための生贄とします！“天より舞い降りし竜姫、救いを求めるものに慈悲を、抗うものに神罰を下さん！”儀式召喚！ 降臨せよ、竜姫神サフィラ！！」

　 詩織のフィールドには詩織のデッキのエースモンスター、竜姫神サフィラが儀式召喚された。その神々しい輝きには当然儀式の生贄となったリリーサーとデモリッシャーの効果が付与されており、サフィラが存在する限り薫は一切の特殊召喚が封じられてしまった。

「リリーサーを素材にした儀式モンスターを出されると私のデッキは壊滅してしまうわ。だからそのモンスターには早々に退場願うわ。リバースカードオープン！ 罠カード・奈落の落とし穴を発動よ」

　発動した奈落の落とし穴から伸びた緑色の亡者の手がサフィラを誘い込もうとする。デモリッシャーは対象を取る効果には強いが、奈落の落とし穴は対象を取らない除去であるため防ぐことは出来ないのだ。しかし、薫の狙いは決してサフィラを奈落の落とし穴で除外することではなかった。

「デモリッシャーを生贄にした儀式モンスターはカードの対象にはならない。けれど奈落の落とし穴は対象を取らない除去よ。よってデモリッシャーでは防げない！」
「墓地の祝祷の聖歌を除外することでサフィラの破壊を無効にします！ これで奈落の落とし穴は無駄撃ちです！」
「そんなのわかりきっていたわ。でもこれでサフィラを破壊から守ることは出来なくなった」

　薫の真の狙いはサフィラを守る祝祷の聖歌を墓地から除外させること。いくら強力な耐性がついたサフィラでも墓地の祝祷の聖歌を除外されてしまえば破壊から守ることは出来なくなる。
　そのため祝祷の聖歌が無くなった現時点において、サフィラを守るものは何もない。特殊召喚が封じられたところで薫のフィールドには攻撃表示での姫葵マリーナがいるのだから。

「サフィラの攻撃力は2500。2800のマリーナには及ばない。確かにギガプラントは倒せるけど次のターンサフィラをマリーナで攻撃すればいいだけの話よ」

　薫がそう言うも、詩織は全く動じなかった。むしろ今まで見せたことのないような笑みを口元に浮かべていた。何故ならこの時点で彼女の手にはあのモンスターがいるのだから。

「私はメインフェイズ1を終えてバトルフェイズに移行します！……竜姫神サフィラで姫葵マリーナを攻撃！！」

　竜姫神サフィラがその翼を広げて対峙する姫葵マリーナへと向かっていく。当然攻撃力は姫葵マリーナの方が上だ。そう、今の段階では。

（自爆特攻……いや違う！ そういうこと。あの子、引いていたのね）
「ダメージステップ！ 私は手札のオネストを墓地に送り、竜姫神サフィラの攻撃力を姫葵マリーナの攻撃力分アップさせます！！」

竜姫神サフィラ ATK2500→5300

（……お見事、としか言いようがないわね）
「響かせよ“竜姫の讃美歌”！！」

竜姫神サフィラ ATK5300 VS 姫葵マリーナ ATK2800

薫 LP3900→1400

「私はこれでターンエンドです。そしてこのカードが儀式召喚に成功したターン、エンドフェイズにサフィラの効果が発動。私は墓地の光属性モンスターを手札に加える効果を発動。墓地のオネストをサルベージします」


薫 LP1400　手札1枚
デッキ：25　モンスター：1（ギガプラント（デュアル化済み））魔法・罠：0　墓地：13　除外：1
詩織 LP1700　手札1枚
デッキ：23　モンスター：1（竜姫神サフィラ）魔法・罠：0　墓地：20　除外：6


☆TURN09


「私のターン、ドローよ」

　薫はデッキからカードをドローする。もしこれでドローしたカードが対象を取らない除去カードならばサフィラを除去できたかもしれなかった。しかし、彼が引いたのはこの状況では全く意味のないカード。彼はそのカードを手札に加えると、やれやれ、といった形の苦笑いを浮かべる。　

（サフィラの効果でギガプラントの特殊召喚は封じられた。デュアルモンスターを使う私のデッキの一番の弱点は特殊召喚封じ。墓地のブレイクスルー・スキルが使えるのならまだ逆転の手はあるけど、サフィラはデモリッシャーを儀式の生贄にしているから対象に取ることは出来ない）
「……もう今の私に出来ることはないわね。無駄に足掻くことは好きじゃないの、サレンダーよ」

　そう言ってデッキの上に静かに手を置く薫。以前デュエルをした後に、遊希が言っていた言葉を詩織は思い出した。サレンダーとはただの降参ではなく、とても勇気と覚悟の必要な行為であるということだ。
　サレンダーを認める認めないは対戦相手のデュエリストに一任されている。そのため、直接ライフを0にするまでデュエルを終わらせたくない、という考えのデュエリストも決して少なくない。しかし、詩織のその澄んだ瞳に映る薫の顔には後悔の色など全くなかった。
　全力でやりきった、そして全力で悩み通して全てを決断したデュエリストの清々しい姿。それこそ最後の最後まで花のように凛としてありたい、という彼の覚悟がそこに現れていた。

「花沢先輩……」
「どうしたの？ サレンダーは嫌？ だったらまだ続けるけど？」
「いえ、花沢先輩の決意……伝わりました。サレンダーを認めます」

薫 LP1400→0





＊





「良いデュエルだったわ。はい、これが私のパズルカードよ」

　薫から手渡されたパズルカードを渋々受け取る詩織。しかし詩織はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。

「先輩……」
「あら、そんな気の毒そうな顔しないでよ。貴女は私に勝ったんだしもっと胸を張りなさい。自分で言うのもなんだけど私結構デュエルの腕には自信があるのよ？」
「でも……」
「でもも桃もないの。それにそんな畏まった態度をとる必要ないわ。一度デュエルを通せばみんな仲間なのよ。私はオカマだけど」

　彼のギャグに苦笑いしながら詩織は薫と固い握手を交わすのであった。

（この子……とても優しい子なのね。でもデュエリストとしてその優しさが牙をむくこともある。それに気付いてくれればいいんだけど）
「ところで……今貴女時間あるかしら？」
「じ、時間ですか？ なくはないですけど……でもデュエルをしないと……」
「何、大して時間は取らせないわ。貴女のような素朴な子を見つけるとね……私色に染めたくなっちゃうのよ」

　そう言って薫は腰につけていたポーチから化粧道具を取り出し不気味な笑みを浮かべる。

「私色に染めるって……えええっ！？」

　詩織はさながら蛇に睨まれたカエルのごとく、その場から動くことができなかった。






＊





「まさかあなたにここで会うなんてね」

　Dブロックに組み分けられた綾香が相対するのは全く知らない相手ではなかった。綾香と対峙するのはカールした長い茶髪が特徴のいかにもお嬢様、といった形の女子生徒だった。

「これも神のおぼしめしというものですわ。父親同士が宿敵、とあらばその娘同士もまた宿敵ということ。この藤堂 美咲（とうどう みさき）、プロデュエリストたる父の名を守るため今ここで貴女を倒しますわ！」

　星乃 竜司は現役時代から日本を代表するデュエリストであった。しかし、そんな彼とライバルでもあったのが美咲の父で日本を代表する財閥の主でもある藤堂 雄一郎（とうどう ゆういちろう）なのでもある。
　それを受けてかこの2年生・藤堂 美咲は竜司を校長として仰ぐと同時に竜司とその娘として今春入学してきた綾香を倒すべき相手、と認識していたのである。

「ここで会ったが百年目、という奴ですか」
（……あれ、藤堂 雄一郎ってパパの飲み友達じゃなかったっけ？）
「まさにその通り！ ここで私は貴女を倒し、藤堂家の歴史に新たなる1ページを書き加えるのですわ！！」

　綾香と美咲。共にプロデュエリストを父に持つ2人はデュエルディスクを構える。そこには彼女たちの勝ち負けもそうだが、父親たちの代理戦争というものもあった。

「デュエル！」
「デュエルですわ！！」