第30話：第二の精霊　作：光芒

（―――相手のライフは残り1000。もはや風前の灯火と言っても過言ではないだろう。だが、まだ勝ちを確信するには早いはず……しかし）

　かつて光子竜はプロ時代に遊希が言っていた言葉を思い出していた。過去に最強を誇ったとあるデュエリストは言った。「勝利を確信した瞬間、その決闘者はすでに負けている」と。
　まだ幼かった遊希は今と違ってそういったミスを犯すことも少なくなく、掴みかけた勝利を取りこぼしたことも多い。それを反省して今のような圧倒的なデュエルが出来るだけの実力を持った遊希がある。
　しかし、遊希は何故かこの時ばかりは勝利を確信してしまっていた。普段最後の最後まで冷静なはずの遊希が。その理由は光子竜にもわからなかった。

（―――遊希……）


☆TURN06


「……泣いても笑ってもこれが最後のドロー、デスネ」

　対するエヴァの心中も穏やかなものではなかった。遊希のフィールドには攻撃力4000のFA・フォトン・ドラゴンがいる。自分のデッキにおいて素の攻撃力で4000を上回るモンスターは存在しない。そのためこのターンで何としてもシンクロモンスターの召喚に繋げる必要があった。
　遊希同様彼女も子供の時にプロデュエリストとして華々しくデビューしたが、それでもデュエリストということを除けば15歳のうら若き少女なのである。流れ落ちる汗を拭う余裕すらなかった。

「神に願いマス、ドロー！」

　エヴァは目をぎゅっとつぶり、デッキからカードをドローする。

「ドロー、スタンバイフェイズを終えてメインフェイズ1に移りマス」
「じゃあその瞬間に墓地の掩蔽竜の効果を発動するわ。掩蔽竜は墓地の自身をゲームから除外することで相手の墓地に存在するカードを2枚まで選択してゲームから除外できるわ」
「……っ！ どこまでも除外に特化した嫌らしいカードですネ……」
「褒め言葉として受け取っておくわ。私がこの効果で除外するのは墓地のバジリスクとライトパルサー・ドラゴンの2枚よ」
「……わかりましタ。この2枚はゲームから除外されマス」

　その2枚のチョイスはエヴァにとって痛手だった。ライトパルサーは墓地から自己蘇生する能力を持っており、バジリスクはチューナーモンスター。エヴァの持つ闇氷竜の中には墓地のチューナーを蘇生できるモンスターもいるため、そのモンスターを引いていた場合は完全に詰みの状況となっていたからだ。

「……遊希サン」
「何かしら？」
「私、憧れの遊希サンとデュエル出来て今とっても幸せデス。そしてこれから3年間同じ学校で共に学びあい、共に高めあうことが出来ることにとってもワクワクしていマス」

　このタイミングで何を言い出すのか、と遊希は少しむず痒くなりながらも素直にありがとう、と礼を言う。

「きっとこの先もたくさんデュエル出来ると思いマス。そのきっかけになったこのデュエル、私はずっと忘れない。ずっと忘れないこのデュエル……私が貰いマス」
「……っ！」
「私は“闇氷竜 ヒュドラー”を召喚しマス！」


※闇氷竜 ヒュドラー
効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1900/守1100
(1)：このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキから「闇氷竜」と名のついたチューナーモンスター1体を墓地に送ることができる。
(2)：このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードの属性は「水」としても扱う。


「闇氷竜 ヒュドラーの召喚に成功した時、デッキから闇氷竜と名のついたチューナーモンスター1体を墓地に送ることが出来マス！ 私が墓地に送るのは闇氷竜 ウロボロス。そしてウロボロスはデッキまたは手札から闇氷と名のついたカードの効果で墓地に送られた時、自分フィールドに特殊召喚できマス！」

　ヒュドラーの効果で墓地に送られたウロボロスがフィールドに特殊召喚される。またしても1体のモンスターからレベル8のモンスターのシンクロ召喚を可能にするフィールドを作り上げた。

「遊希サンはこのデュエルで光子竜はもちろんのことたくさんのモンスターを出してくれマシタ。だったら私も一番のお気に入りモンスターを使ってその気持ちに応えたいと思いマス」
「一番のお気に入りモンスター……？」

　その言葉を聞いて遊希はデュエルの前に竜司と綾香から聞いた話を思い出した。エヴァはかつて大会で竜司に勝ち優勝した時、この世に1枚しかないカードを手に入れていたという。

「今からそのモンスターをお見せしマス！ 私はレベル4の闇氷竜 ヒュドラーに、レベル4のチューナーモンスター、闇氷竜 ウロボロスをチューニング！」

　4つの星と4つのリングが重なり合い、その姿は巨大な竜へと姿を変える。その力の鼓動はエヴァがこれまで召喚してきた闇氷魔竜たちとは全く異なるものだった。

（今なら……成長した私なら……このモンスターを使いこなせるハズ……！）
「“王者の咆哮、今天地を揺るがす。唯一無二なる覇者の力をその身に刻みなさい！”シンクロ召喚！！」

　灼熱の炎の中より現れたのは悪魔のような姿を持ちながら片方の角が折れ、全身に刻印のような傷を負った真紅のドラゴン。
　しかし、そのモンスターを見た時、この場で唯一そのモンスターのことを知っている竜司は驚きを隠せなかった。何故ならそのモンスターはかつて自分がエヴァと競い合って手に入れようとした希少なモンスター……“レッド・デーモンズ・ドラゴン”と似て否なるものだったからだ。

「今こそ私の声に応えて！ “レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト”！！」


※レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
チューナー＋チューナー以外のモンスター1体以上
(1):このカードのカード名は、フィールド・墓地に存在する限り「レッド・デーモンズ・ドラゴン」として扱う。
(2):1ターンに1度、自分メインフェイズに発動できる。このカード以外の、このカードの攻撃力以下の攻撃力を持つ特殊召喚された効果モンスターを全て破壊する。その後、この効果で破壊したモンスターの数×500ダメージを相手に与える。


「レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト……」
―――遊希！

　召喚されたドラゴンを見た瞬間、光子竜が遊希に呼びかける。その声にいつも沈着さはなかった。

（何よ、こんな時に！）
―――こいつだ……
（こいつ、ってこのモンスターが何だっていうのよ！）
―――彼女を、エヴァを探すときに私が感知した波動の正体だ。
（！？……なんですって……じゃあ……）
―――あれは、精霊だ。

　光子竜がスカーライトを精霊と断定する。確かにこれまで現れたモンスターたちとは異なり、光子竜の存在を感じ取ったのか激しく咆哮している。
　しかし、遊希はまだスカーライトの言葉を理解することは出来なかった。光子竜いわく、向こうが心を開かないと人間と精霊はおろか精霊同士でも言葉を交わすことすらできないという。

（精霊はあんただけじゃなかったの？）
―――わからん。だが何らかの形でこの世界に舞い降りたことは確かだ。
（……っ）

　光子竜の言葉を聞いて遊希の表情が曇る。だが、今の時点では精霊であるかないか、ということよりもまずは勝つことが最優先であった。

「……大層なモンスターだけど、そのモンスターの攻撃力じゃFA・フォトン・ドラゴンには到底及ばない」
「レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトには自分メインフェイズに1回このカードの攻撃力以下の特殊召喚された効果モンスターを破壊し、その数×500ポイントのダメージを相手ライフに与えることが出来マス」
「なるほど、破壊効果を持っているのね。それでも……攻撃力は足りない！」
「足りないなら……補えばいいことデス！ リバースカードオープン！ 速攻魔法“イージーチューニング”発動デス！！」


※イージーチューニング
速攻魔法
自分の墓地のチューナー1体をゲームから除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。
選択した自分のモンスターの攻撃力は、このカードを発動するために除外したチューナーの攻撃力分アップする。


「イージー……チューニング！？」
「私は墓地のウロボロスを除外しマス！ これによってスカーライトの攻撃力はウロボロスの攻撃力分アップします！ よって1600ポイント上がりマス！」

レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト ATK3000→4600

「攻撃力4600！？」
「スカーライトの効果発動デス！ FA・フォトン・ドラゴンを破壊しマス！ “アブソリュート・パワー・フレイム”！！」

　スカーライトがプロテクターのようなものがついた右腕で大地を殴りつけると、マグマが噴出するかのように火柱が上がり、それがFA・フォトン・ドラゴンを飲み込んでいく。灼熱の炎に包まれたFA・フォトン・ドラゴンはなすすべもなく、ただ断末魔の叫びをあげながら灰となって消えていった。

「そんなバカな……ここまで来たのに……っ！」
「1体を破壊したので500のバーンダメージを受けてもらいマス！」

遊希 LP2700→2200

「くっ……！」
「そしてメインフェイズ1を終えてバトルフェイズ！ レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトで遊希サンにダイレクトアタックデス！ “灼熱のクリムゾン・ヘル・バーニング”！！」

レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト ATK4600

遊希 LP2200→0






＊






「―――っ！！」

　光子竜が精霊と睨むスカーライトの攻撃によってライフが0になった遊希の身体が大きく吹き飛ぶ。ソリッドビジョンのはずなのだが、まるで実際にダメージを受けたかのように見えた。

「遊希っ！！」

　それを見た綾香が倒れこんだ遊希の元に駆け寄る。遊希に大きな怪我はなかったが、呼びかけてもどこか放心状態、という感じだった。

「……また、ダメだった」

　一方、デュエルの勝者であるエヴァも勝ったにも関わらず悲しげな顔を浮かべながらその場に座り込んでしまった。そちらには竜司が向かい、今の言葉の意図を確かめる。エヴァは竜司にレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトがエヴァの元に現れた経緯を話し始めた。
　それは3年ほど前に遡る。プロデュエリストとしてエヴァが大会に備えて自宅でデッキ調整をしていた時のことだった。手に取り眺めていたレッド・デーモンズ・ドラゴンのカードが激しい紅い光を放ち出したのである。それは一瞬の出来事だった。その光が収まってカードを見るとレッド・デーモンズ・ドラゴンはレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトへと変化していたという。
　当然カードが突然書き換わる、といった類の話を周囲は信じてくれなかったが、エヴァがスカーライトを使って相手のデュエリストに攻撃をすると、相手のデュエリストを少なからず傷つけてしまう事故が多発した。それからエヴァはスカーライトをデュエルで使うことを止めてしまったのだ。

「そうか……だからその時から君は公の場において一度もレッド・デーモンズ・ドラゴンを出さなかったんだね」
「ハイ。でももうあれから3年も経ちマシタ。デュエリストとしても成長したから治ってるかな、と思ったのデスガ……」

　エヴァの様子を見る限り、彼女はスカーライトが精霊だということには気づいていないようだった。最もスカーライトが精霊である、と知っているのはこの場を除いても遊希と光子竜のみなのだが。

「そうか……何にせよ今日は二人とも疲れたろう。私がエヴァくんを部屋に連れていく。綾香は天都くんを……」
「わかったわ！」

　綾香はどこか虚ろな眼をしている遊希に肩を貸すと、ゆっくり歩き始める。遊希の意識ははっきりしているのだが、遊希はさっきからずっと黙り込んでしまっていた。遊希に何があったのだろうか、と疑問に思いながら二人は寮の部屋へ向かった。
　その途上、綾香のスマートフォンが振動する。竜司から無料通話アプリで連絡が来ていた。綾香は遊希に見えないようにこっそり開いて目を通す。スマートフォンの画面には竜司からこのようなメッセージが載せられていた。

「今夜は遊希くんを見守ってあげてほしい。彼女はとても強く凛々しいが、それと同時にとても繊細でか弱い子だから」

　綾香は父のこの言葉の意味が理解できなかった。