第91話：夕刻迎えし決闘者　作：光芒

第91話（番外編第10話）：夕刻迎えし決闘者




　3時はおやつの時間。10代の少女たちにとっては決して譲れない時間であると言ってもいい。最もおやつを食べたい、と言い出した歩美は10代ですらないのだが。
　遊希たちはその時間を目途に指導を切り上げると、キッチンに向かって何か作れるおやつはないか、と冷蔵庫ならびに調味料を物色する。
　すると出てきた材料で人数分のホットケーキが作れるようだった。歩美はデュエルの最中にマドルチェ・ホーットケーキを見てホットケーキを食べたい、と言っていたのもあってちょうどいいチョイスといえる。

「あ、あの……いいだしたのはわたしだからわたしがみなさんのぶんのホットケーキを作りたいです」

　歩美のその言葉を受けて、料理に一家言ある千夏と美夏、そして歩美を指導している綾香の4人でホットケーキ作りをすることとなった。

「じゃあ必要な材料を確認するわね。薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、卵、牛乳にサラダ油が必要よ。まずは薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖をボウルに入れて混ぜるわよ！」

　千夏の指示を受けて3人は作り始めた。美夏は元々料理に自信があるのか、手際よく千夏の指示を受けて生地を仕上げていく。歩美はまだ小さいため料理自体したことはないようだが、綾香と千夏が的確にアドバイスを送ることで無難にこなしていく、といった様子だった。

「千夏さん、言われた通りボウルに入れた卵と牛乳を混ぜたわよ。次はどうすればいいの？」
「じゃあ最初に混ぜたものと今混ぜた牛乳卵の2つをさらに混ぜて。泡立て機を使って粉っぽさが無くなるまで混ぜるのよ！」
「はいはーい」
「うう、うまくまざらないよぉ……」
「大丈夫よ歩美ちゃん。お姉ちゃんが付いてるから」
「綾香おねえちゃん……うん、わたし、がんばる！」

　フライパンで焼こうにも、さすがにコンロが足りないため、備品としてあったホットプレートにも生地を流し込んで焼き上げる。キッチンには瞬く間にホットケーキの甘い香りが充満し、それがリビングの方にも流れていく。

「ウ～ン、いい香りデスネ」
「もうできてるのー？」

　匂いに釣られてやってきたエヴァと凛に千夏は焼きあがった分をリビングの机まで持っていくように言った。いつの間にかウエイトレスなった2人によって出来上がったホットケーキが次々と運ばれていく。

「全員の分を待っているとせっかくのホットケーキが冷めちゃうわね。私とエヴァは後でいいからみんな食べちゃいなさい」
「えっ、いいんですか？」
「みんな頭を使って疲れているでしょう？ 休憩後もまだまだデュエルの練習をするから甘いもので頭をリフレッシュさせておきなさい」

　一見優しい言葉のように聞こえるが、それは遊希による厳しい修行の予告でもあった。遊希は自分自身がそうやって強くなったこともあってか、実戦を通して問題点や課題点を見つけ、それを修正した上でさらに実戦を重ねるといういわゆるスパルタ的な指導であった。
　それこそ幼い歩美や国や文化の違いがあるベアトリスだとついてこれなかったかもしれないが、結衣は何分遊希に対して借りがあったため、そんな彼女の指導に必死に食らいついていた。一方で遊希も結衣の意志を感じ取った上で彼女の実となるように足りない語彙力で自分にできる限りのことを教えていく。

「わかりました……では先に頂きます。心さん、ベアトリスさん、いま2皿ありますがどうしますか？」
「でしたら私は後でいいですよ。私なんてエヴァさんに任せっきりでしたから」

　ベアトリスはそう言って2皿のホットケーキを結衣と心に譲った。ベアトリスの言う通り、エヴァによる大幅なデッキ改造の提案を飲んだ彼女はエヴァとともに運営本部へと向かい、足りないカードを調達していたのである。
　参加者のデッキ改造ということも考えて竜司たちはショップや購買から多くのカードを取り寄せ、それを無料で提供していた。しかし、エヴァはカードこそ受け取ったものの、実際に改造するとなるとまた話は変わる。結局、計画を立てるだけに留まり、実際にデッキ改造には至っていなかったのである。
　遊希とエヴァは同じプロデュエリスト経験者でありながら、本人の性格や価値観の違いによって指導法にも違いが生まれていた。
　実戦を重視し、最低限のアドバイスをしながら一人で進ませる遊希と一緒に考え、一緒に強くなることを目指すエヴァ。どちらの指導法が正しいかどうか、ということはわからないが、ここまでの差が出るのは中々面白い違いと言ってもいいだろう。

「遊希さん、せっかくですから私たちも手伝いませんか？ さすがに全員分のホットケーキを4人で作るというのは酷な気がします」
「……それもそうね。キッチンにスペースがあったら手伝うようにしましょう」

　待つだけでは幾分暇だったのか、キッチンを覗く遊希と詩織。すると次々と出来上がっていくホットケーキを運ぶように千夏に言いつけられた。さすがに6人も入れるほどロッジのキッチンは広くはない。

「ところで遊希さん、遊希さんは随分結衣さんとデュエルをされていたようですが」

　ホットケーキを一緒に運びながら詩織がそう尋ねてきた。詩織は実戦よりも座学の方が得意なタイプである。アカデミアで学んだ4か月、ならびにアカデミア入学まで独学で学んできた知識を元に凛と心のデッキや戦法に助言を加えるやり方を取っていた。

「さすがにスパルタかしら？ でもあの子は実戦を経験しなきゃといけないと思うわ」
「と言うと？」
「あの子は自分でも言っていたけど、済ました顔をしているけど動揺がすぐ顔に出てしまう。知識はあるし、デッキの完成度は高いけど、不測の事態に対処できなければあのまま上に行くのは難しいわ」
「なるほど……ですが、その弱点を克服できれば……」
「最低でも私たちと肩を並べられる存在になれる。私はそう思ってる」
「そうですか……！ では私も負けないように頑張らないと」

　やり方や価値観は正反対の遊希と詩織であるが、根底に流れるものは変わらない。2人は自分のやり方が本当に正しいのか、という疑問を少なからず抱いていたがこの瞬間、その疑問はシャボン玉のようにふわふわと浮かんで消えたのであった。





＊





「ごちそうさまでした」

　最後に歩美が食べ終わっておやつタイムは終了した。ホットケーキを作っていたため、食べ始めるが遅かった綾香と歩美、千夏と美夏以外のメンバーは先に片づけて練習の続きに移っていた。

「皿洗いはどうすればいいんですか？ あたしだったらちゃちゃっとやっちゃいますけど？」
「いや、みんな自分の分は自分でやってくれたから私たちは自分たちの分を洗うだけで大丈夫よ」
「じゃあそれならすぐ練習に戻れますね、デュエル♪ デュエル♪」

　鼻歌を歌いながら自分の分の食器をキッチンへと運んでいく美夏。とにかくデュエルがしたい千夏に最初は辟易していたが、そんな彼女の毒気にあてられたのか元々その素質があったのか。美夏もすっかりデュエルがしたくてたまらないようだった。

「あ、あの綾香おねえちゃん」
「どうしたの？ 歩美ちゃん」
「ホットケーキ作りではずっと綾香おねえちゃんにてつだってもらってばっかりだったから……おさらあらいは私がやりましゅ」
「……いいの？ 一人でできる？」
「できましゅ！」

　相変わらずカミカミの歩美であったが、その表情があまりにも真剣だったため綾香は歩美に食器の運搬と食器洗いを任せることにした。

「本当に大丈夫なの？」
「……何が？」
「歩美ちゃんよ。見たところ家事に慣れていないようだから……」
「可愛い子には旅をさせよ、っていうでしょ？ 大丈夫よ。あの子はお皿を割ったりとかはしないわ」

　綾香がそう言った瞬間である。ロッジ中に「パリーン！」という何かが割れた音が響いたのは。

「あっ……」
「千夏さーん！ 歩美ちゃんお皿割っちゃったー」
「綾香、箒とちり取り！ 美夏、歩美ちゃんにはお皿に触れないように言っといて！！」
「りょうかーい」
（歩美ちゃん……お皿を落としてあたふたして……それでも可愛いよぉぉぉ！！）





＊





　ロッジの中でそんな騒ぎが起こっているのを知ってか知らずか、ロッジの外では先に戻った遊希と結衣、詩織と凛・心、エヴァとベアトリスは変わらずデュエルおよびデッキ改造を行っていた。

「運営本部から足りない分のカードは頂いてきました。このカードでデッキを改造しましょう」
「わかりました。あの、詩織さん……」

　何かを決意したかのような表情の心は自分の正直な気持ちを伝える。ホットケーキを食べながら彼女はずっと自分のデッキのことについて考えていたのだ。

「そうですか、このモンスターを軸にするのですね。しかし、このモンスターは召喚条件が特殊であるため、このモンスターを出すためのカードを入れなければなりませんが……」
「大丈夫です。どのカードを抜くかどうかは決めました……ちょっと心苦しいですけど」
「……わかりました。では今受け取ってきたこのカードの中から、入れるカードを選んでください」

　詩織が貰ってきたのは心のデッキに合いそうな爬虫類族のサポートカードだった。詩織もまた心のデッキレシピを見て彼女のデッキに合いそうなカードを判断して持ってきたのである。
　爬虫類族は比較的古くから存在する種族であるが、その実数は少なくテーマにおいても癖のあるものがほとんどのため使用者は決して多くなく、詩織自身もこの種族のモンスターはほとんど使ったことがない。
　しかし、元来学ぶことや知識を得ることが好きだった詩織は例え自分のデッキに入らないようなカードについても研鑽を積んできた。知っておけば、何かの役に立つかもしれない。その思いが生かされたのが今この時なのである。

「ねえねえ詩織さん、ボクのカードは？」
「凛さんのデッキは完成度が高いので、これらのカードをサイドデッキなり予備カードとして持っておくのが良いでしょうね」

　そう言って詩織が凛に差し出したのは2種類のモンスターであった。

「“溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム”と“ヴォルカニック・クィーン”？ これって相手にモンスターを渡しちゃうカードじゃ……」
「確かにラヴァ・ゴーレムとヴォルカニック・クィーンは相手フィールドに特殊召喚されるモンスターですね。特に前者は攻撃力3000もあります」
「それだと敵に塩を送ることになっちゃうんじゃ……」
「ですが、この2体のモンスターには共通点が2つあります。それは相手フィールドのモンスターをリリースできることと、バーンダメージを与え続けることです。凛さんのデッキはバーンダメージを与えるデッキ。そうなるとどうしても見過ごせないモンスターが存在します」

　次に詩織が見せたのは“ダーク・シムルグ”と“マテリアルドラゴン”の2体である。このモンスターたちもどのデッキにも入るモンスターというわけではないが、専用構築を組んだ場合の強さは言うに及ばない。

「ダーク・シムルグといえば“魔封じの芳香”とのコンボ【アロマダムルグ】が有名ですよね」
「……そっか、ダーク・シムルグがいるとボクはカードをセットすることができなくなる……」
「その通りです。そしてマテリアルドラゴンはバーンをライフゲインに変えてしまいます。まさにバーンデッキの天敵と言っていいカード。攻撃力こそ2400と低めですが、凛さんのデッキには戦闘要員は一切入っていない。これら2種のカードを戦闘および魔法カードの効果を使わずに処理する方法。それはリリースしてしまうことです。ダーク・シムルグもマテリアルドラゴンも……破壊耐性のあるカードもリリースしてしまえばいいんです。そして凛さんは“和睦の使者”や“威嚇する咆哮”で攻撃を阻止し続ければ……」

　詩織のその言葉を聞いた凛の顔はパアッ、と明るくなる。

「これだ、ボクのデッキに足りなかったカードは！ ありがとうございます、詩織さん！」
「……デッキ改造の目途は立ちましたね。デッキを改造したら実際に回してみることにしましょう。そのうち馴染んでくるはずですから」
「「はい！」」





＊




「ベアトリスサン、私は決心しまシタ」
「……決心とは？」
「私は鬼になりマス！ 角が2本生えてきて金棒を持ちマス！」
「日本の鬼、ですね。虎柄の下着を身につけるのですか？」
「オニーのパンツはー……ってそんな恥ずかしい恰好できないデス！！」

　ツッコミを入れたエヴァは真面目な顔をしてベアトリスの方に向き直る。

「ベアトリスサン。私は今からアナタのデッキに手を加えマス。デッキはデュエリストの想いが込められている、いわば魂デス。その魂に他者が触れるということはまさに鬼、悪魔の所業デス。なので私は鬼になるのデス！」
「……エヴァさん」

　ベアトリスにはエヴァが片意地を張っているのがわかっていた。学年こそ1つ下ながら、身長は彼女の方が上である。そんなベアトリスは無意識のうちにエヴァにハグをしていた。

「Пораженный！？ い、いきなりなんですカ！？」
「いえ……今のエヴァさんがとっても愛らしくてつい」
「愛らしいって……ハワワ……」
「エヴァさん。さっきも言いましたが、私はあなたに教えを乞う身。あなたのことを信じてついていくのみです」
「……ベアトリスサン……わかりまシタ。私が用意したこのカードを入れてみて下サイ。ジェネクスの要素は薄くなってしまいますガ、シンクロ召喚にはより繋げやすくなるはずデス」

　エヴァが用意したカードは彼女の言う通り、ジェネクスとは別物のカード。ベアトリスにとってはチャレンジであるが、歩み始めたばかりの彼女に失うものは何もない。





＊





「はあっ……はあっ……」

　太陽が西の地平に沈むころ、遊希と結衣は未だにデュエルを続けていた。デュエルを行い、その後受けたアドバイスを意識しながらプレイングをする結衣であったが、成長が現れているのか遊希のライフにダメージを与えたりすることはできるようになっていた。
　それでも9戦して9敗。高い壁に挑み続けるも弾き返されることばかりが続く。それでも結衣は諦めようとはしなかった。肩で息を整えながらデュエルディスクを構える。

「結衣、もう夕方よ。明日もあるんだしそろそろ終わりにしたら？」
「……わかりました。でも9戦って、なんか半端じゃないですか？」
「それもそうね、じゃあ次で最後にしましょう。結衣、今のデュエルは良かったわ。でもやっぱり目が泳ぎまくってる。疲れもあるかもしれないけど、意識してみて」
「……善処します。ところで、遊希さん。一つお願いしたい事があります」
「何？」
「今日最後のデュエル……私は遊希さんの本気が見たいんです。本当のデッキを使った遊希さんを……」

　遊希の本当のデッキ、というのはやはり【ギャラクシー】デッキのことを指していた。世界中で彼女1人だけが持っているデッキ。表サイバーを使う遊希もサイバー・ダークを使う遊希も決して手を抜いてはいない。
　だが、これら2つのデッキはやはり日常的に使っているギャラクシーデッキとは異なり、身になじんでいないとは感じることはあった。

「わかったわ。じゃあこれが今日最後のデュエルよ」


結衣　LP4000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0
遊希　LP4000　手札5枚
デッキ：40　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN01


　先攻後攻の決定権を得た結衣は迷わず先攻を取った。

（……っ、先攻を取ったはいいですが、この手札は……）

　結衣の最初にドローした5枚の手札全てがモンスターカードだった。しかし、この手札でもできることはある。結衣は遊希に言われた言葉を思い出していた。

（……遊希さんは言っていました。「先攻の場合、最初に引いた5枚の手札で最善の手を尽くしなさい」と。この手札でできる、最善の手……！ そうか、こうすれば……）

　結衣の脳裏には複数枚のカードが浮かびあがり、光を繋いで一つの道となる。