第73話：思いを一つに　作：光芒

☆TURN03


「僕のターン、ドロー！……どうやら勝利の女神は僕に微笑んでくれたようだね」
「そのカードは……！！」

　ドローしたカードをジェームズは意気揚々とエヴァに見せる。エヴァはそのカードを見て言葉を失った。

「このカードをドローした時、自分の手札が0枚だった場合、相手に見せることで発動できる。このカードを特殊召喚する。来い、インフェルニティ・デーモン！」

　インフェルニティ・デーモンは手札0枚の状態でドローすることで手札から即座に特殊召喚できるモンスターだ。これによりジェームズのフィールドには2体のインフェルニティ・デーモンが揃い、そして今ドローしたインフェルニティ・デーモンが特殊召喚されたことで再びジェームズの手札が0枚になる。

「ハンドレスが成立したことでデーモンの効果が発動。デッキからインフェルニティカードを手札に加える。僕が加えるのは……“インフェルニティガン”だ！」
「“インフェルニティガン”……！！」
「今、デッキから手札に加えたインフェルニティガンを発動する」

　ジェームズのフィールドに巨大な銃口を模した機械が現れる。【インフェルニティ】デッキの強さはこのカードにあると言ってもいい。インフェルニティガンはそれだけのパワーを持ったカードなのだ。


※インフェルニティガン
永続魔法（制限カード）
1ターンに1度、手札から「インフェルニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送る事ができる。
また、自分の手札が0枚の場合、フィールド上のこのカードを墓地へ送る事で、自分の墓地の「インフェルニティ」と名のついたモンスターを2体まで選択して特殊召喚する。


「インフェルニティガンは1ターンに1度、手札のインフェルニティモンスターを墓地に送ることが出来る。しかし、インフェルニティガンの真の効果は2つ目の効果にある。だけどまずはラヴァルバル・チェインの効果を発動。デッキからモンスター1体を墓地に送るよ」

　ジェームズがラヴァルバル・チェインの効果で墓地に送ったのはあまり見慣れないモンスターであった。しかし、どのような形であれ、インフェルニティデッキに墓地を肥やされることは決して良いことではない。
　
「ここでインフェルニティガンの真の効果を発動させてもらう！ このカードを墓地に送り、墓地のインフェルニティモンスターを2体まで選択して特殊召喚する！ 煉獄より蘇れ！ インフェルニティ・ネクロマンサー、インフェルニティ・リベンジャー！！」

　インフェルニティガンから射出される形で墓地から蘇る2体のインフェルニティ。前のターンから存在していたラヴァルバル・チェインと1体目のインフェルニティ・デーモンと合わせて5つのモンスターゾーンが全て埋め尽くされる。しかし、インフェルニティデッキの展開はこの程度では収まらない。

「手札0枚からフィールドを埋め尽くすとは……」
「さあエヴァ。強くなった僕の力で……君を満足させてあげるよ。まずはレベル4のインフェルニティ・デーモン2体にレベル1のチューナーモンスター、インフェルニティ・リベンジャーをチューニング！」

　レベルの合計は9。シンクロモンスターをシンクロ召喚するにあたってレベル9は比較的数字を合わせにくいレベルである。しかし、シンクロ召喚をし辛いレベルであるが、それ故に強力な効果を持ったモンスターが多いのだ。
　ジェームズが召喚した三つの頭を持った龍はまさにそんなシンクロモンスターの代表格と言っても過言ではないモンスターである。

「“破壊神より放たれし槍よ、魔の都を貫け！”シンクロ召喚！ その咆哮で世界を滅せ！“氷結界の龍 トリシューラ”！！」


※氷結界の龍 トリシューラ
シンクロ・効果モンスター（制限カード）
星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000
チューナー＋チューナー以外のモンスター2体以上
(1)：このカードがS召喚に成功した時に発動できる。相手の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚まで選んで除外できる。


「トリシューラ……！！」
「トリシューラがシンクロ召喚に成功した時に発動できる。君の手札・フィールド・墓地のカードをそれぞれ1枚まで選んでゲームから除外するよ。僕が除外するのは、ファフニール、ウロボロス、そして僕から見て右の手札だ！」

　トリシューラ。それはインド神話の神・シヴァの持つ先端が3つに分かれた槍のことである。破壊神たるシヴァはこの槍をもって金・銀・鉄の3つの都市を焼き尽くしたという。神話に伝わる槍の名を与えられたこの氷の龍の力によって、エヴァのフィールドのファフニール、墓地のウロボロス、そして手札のバジリスクがゲームから除外されてしまった。

「何度相対しても嫌な効果デス……ですが、何故レッドアイズを除外しなかったのデスカ？ レッドアイズは攻撃力でトリシューラを上回っていマス！」
「確かに普通ならレッドアイズを除外するだろうね。だが、僕はまだ通常召喚権を残しているんだよ？ 僕はインフェルニティ・ネクロマンサーの効果で墓地のインフェルニティ1体を蘇生する！ 煉獄より三度蘇り飛翔せよ、インフェルニティ・デーモン！！」

　この時点においてもジェームズの手札は0。よって一度フィールドを離れているインフェルニティ・デーモンのサーチ効果はさらに発動する。この効果でジェームズはデッキから2枚目のインフェルニティ・リベンジャーを手札に加えた。

「今サーチしたチューナーモンスター、インフェルニティ・リベンジャーを召喚。そして僕はレベル4のインフェルニティ・デーモン、レベル3のインフェルニティ・ネクロマンサーにレベル1のチューナーモンスター、インフェルニティ・リベンジャーをチューニング！ “死者と生者、ゼロにて交わりし時、永劫の檻より魔の竜は放たれる！！” シンクロ召喚！ 現れよ！“インフェルニティ・デス・ドラゴン”！！」

　ジェームズのフィールドに降り立ったのは4つの眼と頭頂部に脳が剥き出しになったまさに“異形”という表現が当てはまる黒竜だった。このモンスターこそインフェルニティのデッキにおいて最高火力を誇るインフェルニティモンスター、“インフェルニティ・デス・ドラゴン”である。


※インフェルニティ・デス・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻3000/守2400
闇属性チューナー＋チューナー以外のモンスター1体以上
自分の手札が0枚の場合、1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。選択した相手モンスターを破壊し、破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ライフに与える。この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。


「インフェルニティ・デス・ドラゴンは自分の手札が0枚の時、相手フィールドのモンスター1体を選択して破壊し、その攻撃力の半分のダメージを与える」
「……だからトリシューラの効果でレッドアイズを除外しなかったんデスネ」
「その通りさ。インフェルニティ・デス・ドラゴンの効果を発動！ レッドアイズ・ダークネス・メタルドラゴンを破壊しろ！ “インフェルニティ・デス・ブレス”！！」

　デス・ドラゴンの放った漆黒の炎がレッドアイスを闇へと葬り去る。そしてレッドアイズの攻撃力の半分である1400がエヴァのライフにダメージとして与えられた。

エヴァ LP8000→6600

「アアッ！？」

　この瞬間、エヴァの身体に電撃のような衝撃が走った。わずか1400のダメージではあるものの、その衝撃は10代の少女を苦しめるには十分すぎるほどのものであった。

（こ、これが……遊希サンがずっと受けていた痛み……！？ そんな、こんなに強いなんて……！！）
「おや、どうやらこの痛みに慣れていないようだね？ 無理もないか。君は今してるような命がけのデュエルなどとは無縁のところにいたのだから。しかし、この程度のダメージも耐えられないようじゃこの先どうなるかな？ バトル！ まずはラヴァルバル・チェインでダイレクトアタック！ “リチュアル・ブレイズ”！」

ラヴァルバル・チェイン ATK1800

エヴァ LP6600→4800

「ウウッ……！」
「そして氷結界の龍 トリシューラで追撃！“トライ・ブリザード・バースト”！！」

氷結界の龍 トリシューラ ATK2700

エヴァ LP4800→2100

「アアアッ―――！！」

　トリシューラのダイレクトアタックを受けたエヴァの身体が後方に大きく吹き飛んだ。衝撃だけではなく、刺すような冷気までもがエヴァの身体を襲った。
　ロシア生まれのエヴァは比較的寒さには強い方ではあるが、モンスターによって生み出され、未知の力でダメージが体感できるようになっている現時点においては自然の寒さとは比較にならないほどの冷たさだった。

「ウッ……ウウウ……」

　うめき声を上げながら起き上がろうとするエヴァであるが、脳から必死に起き上がれと指示が出ていても、身体がそれに応えない。最愛のフィアンセが敵として自分の前に現れたという事実、そして今まで感じたことのないデュエルによる痛みとそこから生じる本能的な恐怖が彼女の身体を麻痺させていた。

（そんな……どうして……なんで……立てないんデスカ……）
「効果を発動したターン、インフェルニティ・デス・ドラゴンは攻撃できない。命拾いしたね、エヴァ。僕はこれでターンエンドだよ」


ジェームズ　LP8000　手札0枚
デッキ：26　モンスター：3（インフェルニティ・デス・ドラゴン、氷結界の龍 トリシューラ、ラヴァルバル・チェイン ORU:0）魔法・罠：0　墓地：10　除外：2
エヴァ　LP2100　手札1枚
デッキ：36　モンスター：0　魔法・罠：2　墓地：3　除外：5


☆TURN04


　ジェームズの猛攻により、初期ライフの8000から一気に2100までライフを削られてしまったエヴァ。彼の長いターンが終わり、エヴァのターンが回ってきたのだが、未だにエヴァは立ち上がれずにいた。

「どうしたんだい、エヴァ？ 君のターンだよ？」

　ジェームズはエヴァが立ち上がれないのを知った上で敢えて問いかけてくる。

「もしデュエル続行不可能ならば僕の不戦勝となる。これで僕の願い、君を取り戻すことが叶うからね、出来れば君のライフを0にして勝ちたかったけど……」
「こ、来ないデ……」

　そう言いながらエヴァの元へと近づいてくるジェームズ。エヴァは残った力で彼の手を必死に振り払おうとするも、力及ばずやがてお姫様抱っこされる形でジェームズに抱き抱えられてしまった。
　自分とは道を違えてしまったジェームズであるが、エヴァを抱き抱える彼の手は暖かい。見上げて見た彼の顔は昔と変わらぬ優しさを秘めていた。

「デュエルとはいえ、君を傷つけてしまったこと……悪く思っている。だけど、これで僕たちは真の意味で結ばれる」
「ジェームズ……」

　遠くなりつつある意識の中、エヴァの中に燃え上がっていた闘志の炎がゆっくりと小さくなっていく。もはや抵抗しなくなったエヴァの右手を取り、デュエルディスクにセットされた彼女のデッキの上に置かせようとした。その瞬間である。




「エヴァ！！」




　二人の前に病院から戻った遊希が現れたのは。遊希は綾香のスマートフォンから電話をかけてきた黒幕により、エヴァの身に危険が迫っているのを知ると、ほんの数十分で病院からアカデミアまで走って戻ってきたのだった。
　遊希は肩で息をしながらエヴァの元に駆け寄ると、彼女の手をデッキの上に置かせようとしたジェームズの腕を強く握りしめて捻りあげる。その痛みにより、ジェームズはエヴァを落としてしまうものの、遊希はそれと同時にその場に屈んでエヴァの身体をキャッチした。

「……痛いな、何のつもりだい？ 暴力は反対だよ」
「……あんたが誰だか知らないけれど、相手を無理やりサレンダーさせるのはルール違反よ」
「エヴァはもう立ち上がれない。ドローすることすらままならない以上、デュエルを続けさせるわけにはいかないのさ」
「それはあんたの勝手な判断でしょう？ 私はこのデュエルにおいては所詮第三者。必要以上に深入りすることは出来ないわ」
「だったら……」
「それならなおさら当事者であるエヴァの意志が大事になる。彼女がデュエルをしたいと望む以上私は彼女にデュエルを続けさせる！」

　そう言ってジェームズからエヴァを奪い取った遊希。遊希はエヴァを抱きかかえたまま彼女に問いかける。

「エヴァ」
「遊希……サン。お恥ずかしい姿を見せて……しまいましたネ……私は、あなたを守りたかったのに……」
「……気持ちはありがたいけど。いつまでも守られるだけってのは流石に嫌。それに親友同士なら危機に陥った時互いに守り合う。それこそが本当の意味の親友なのよ」
「親……友……」
「それでエヴァはどうするの、このデュエル……続ける？」

　エヴァは無言でこくりと頷いた。

「そっか……ねえ、じゃあ私もこのデュエルに混ぜてもらってもいいかしら」
　
　彼女の決断を見届けた遊希はジェームズに対してある提案をする。それはデュエルのプレイングをエヴァに任せ、ドローやカードをデュエルディスクに置く役割を遊希が代わりに務める、ということだった。
　遊希はこの数日間ずっとエヴァに支えてもらってきた。遊希にとって恩人であるエヴァの危機に際して、遊希は自ら彼女の手となり、足となり、口となり、目となることを望んだのだ。

「……つまり君が彼女の手になると？」
「ええ。これならエヴァもデュエルは続けられる」
「ふむ……」
（そう言えば、あの方が仰ってたな。彼女が天都 遊希……）

　この提案に関してジェームズからしてみればこれといったメリットはなかった。ただし、このデュエルに勝てばエヴァのみならず遊希も黒幕への手土産にすることが可能になる。そうすれば自分の目的も果たせ、自分に力を与えてくれた黒幕に対しても恩返しができる。
　いくら天都 遊希ほどのデュエリストが加勢したところでこの状況をひっくり返すことはできないだろう。そうなるとジェームズにそれを断る理由はない。

「いいよ。それでもエヴァの残りライフは2100。次のターン、僕のモンスターで総攻撃を仕掛ければ一巻の終わりだ」
「絶望的な状況。そこからひっくり返すのもまたデュエルの醍醐味。それを教えてあげるわ」

　遊希は一度エヴァを下ろすと、彼女のデュエルディスクを自分の腕に装着する。そして動けなくなってしまったエヴァを片腕で支える形でデュエルをすることになった。
　いくら遊希といえども、所詮は10代の非力な少女。自分より少し小柄とはいえ、白人のエヴァを抱えながらデュエルするのは相当な負担である。そのため、この劣勢を覆しつつ、早期に決着をつけなければならなかった。

「準備は整ったようだね」
「ええ。それじゃあ行かせてもらう……私―――たちのターン！ ドロー！！」

　エヴァの思いを受け継いで遊希がドローをする。二人の少女の気持ちはエヴァのデッキに届いた。

「このカードは……エヴァ！」
「……遊希サン、このカードを召喚して下サイ！」
「ええ。私は手札から闇氷竜 ワイバーンを召喚！ そしてワイバーンの召喚時に効果を発動！」

　ワイバーンは召喚・特殊召喚に成功した時、手札の闇氷チューナーを特殊召喚できる効果を持っている。前のターンでトリシューラの効果で除外されなかった手札のチューナーモンスターをこれで召喚権を使わずにフィールドに出すことができる。

「チューナーモンスター、闇氷竜 ワームを特殊召喚！ そしてレベル4の闇氷竜 ワイバーンにレベル4の闇氷竜 ワームをチューニング！！」

　天空に舞い上がったワイバーンの身体は灼熱の赤い4つの星へと変化し、それを追う形でワームの身体は真紅の4つのリングへと変化する。
　そしてワイバーンが変化した星がリングを潜り抜けようとした瞬間。遊希の身体に光子竜とは違う精霊の力が入ってくるのを感じた。光子竜とは違う荒々しい力。これまで感じたことない精霊の力に遊希の足が少しおぼついてしまうが、ここで遊希までもが倒れるわけにはいかなかった。


「「“王者の咆哮、今天地を揺るがす。唯一無二なる覇者の力をその身に刻みなさい！”シンクロ召喚！ 荒ぶる魂！“レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト”！！」」


　遊希とエヴァ。二人の思いが一つとなった瞬間。精霊―――レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトが二人の下へと舞い降りた。