第10話：ふたりの事情　作：光芒

　けたたましいサイレンの音が響き渡る。漆黒の空を真っ赤な炎が照らしていた。まさに天をも貫かんと勢いよく燃える炎を消すために、防火服を身に纏った消防士がポンプ車からホースを伸ばして放水するも、まさに焼け石の水であった。業火によって全てが無に帰したその日、少女は全てを喪った。
　それはその少女―――天都 遊希がプロデュエリストとなり、世界中から注目を浴びて数年が経った頃だった。その炎により全てを喪った彼女はプロデュエリストの世界から姿を消す。
　しかし、当時最年少のプロデュエリストとして名を馳せた美少女の存在を世間は、社会は忘れても、彼女の雄姿を知る当時のデュエリストたちは忘れることは無かった。そしてその少女の存在は未来のプロデュエリストを志す少年少女の間では伝説とまでなった。





＊





「……ん、んん……」

　遊希が目を開ける。視線の先には真っ白な天井。鼻をつく薬品の匂い。遊希はそこが病院或いは保健室の類であることを理解する。

―――遊希、気が付いたか？
（光子竜……あれ、私は……）
―――あのデュエルの後お前は倒れたのだ。力を使いすぎてな。それで竜司をはじめとした教員たちがお前を此処まで運んだ。
（そうだったの……あはは、倒れない自信があったんだけどな）
―――お前を疲弊させる原因である私が言うのもなんだがな、もう少し自分の身体を労われ。こう何度も倒れられると流石にばつが悪い。それに、お前を心配している彼女のことも気遣ってやれ。

　光子竜のその言葉を聞いて遊希が横を向くと、枕元に顔を埋めて眠る少女の姿があった。綾香である。ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴンの攻撃を受けた彼女もまた遊希同様にダメージを受けたが、遊希のように気を失うほどのものではなかった。
　ミハエルたち教師に助けられた彼女ではあるが、自分の身体よりも彼女は目の前で倒れた遊希を優先した。それは父である竜司と同じように。竜司やミハエルが協力して遊希を保健室まで運ぶ中、彼女もそれに付き添う。そして彼らが動揺する他の学生たちをまとめている間、綾香は遊希の回復を願って枕元で遊希のことを見守っていたのである。

「……よく見ると、校長先生に似てるわね。というか若い頃の校長が女の子だったらこんな子だったかも」

　そう言って綾香の顔を覗き込む遊希。その時、綾香がぱちりと目を開く。目を開けるとさっきまで眠っていたはずの遊希の顔がすぐそばにあった。

「きゃあっ！？」

　今にも肌が触れそうな距離に遊希の顔があったため、綾香は驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまう。

「なっ、何してんのよ！ てか起きてるなら起きてるって言いなさいよ！」
「言おうとしたらそっちが勝手に目覚めて勝手に転んだのよ。というか若い女の子がスカートなのにいつまでも大股開きしていていいのかしら？」
「……！？」

　めくれたスカートに向く遊希の視線に気づいた綾香が恥ずかしそうに立ち上がると、倒れた椅子を起こしてそこに腰かける。彼女は心配して損した、と膨れっ面をしていた。

「本当にそんな柄を履く子っているのね、漫画やアニメの中だけかと思ってた」
「余計なお世話よ！」
「で、あなたは私の眠るベッドで何してたのかしら」
「な、何って……それは……」
「言葉に詰まるようなこと？」

　遊希がそっぽを向く綾香の顔を身体を動かして覗き込む。

「……あなたが、その……心配だった……から」

　綾香が顔を真っ赤にしながらそう言うと、遊希はクスリと笑っては小声でありがとう、と返す。先程のデュエルではあれだけ激しく敵意を剥き出しにしてきた綾香であるが、デュエルが終われば同い年の少女同士である。

「そう……あ、でも気になることがあるわ」
「な、何よ」
「あなた、私のこと嫌っているんでしょう？ 私自身人に好かれる性質じゃないけれど、何の理由もなく嫌われる謂れはないわね」

　ばつが悪いのかそっぽを向く綾香。遊希は正直にデュエル中に感じてみたことをぶつけてみることにした。

「……言えないこと？ まあ仕方ないわよね。父親が自分より血縁のない同い年の少女を可愛がってたら嫉妬もするわよね」
「にゃ……なんでそれをっ！？」
（噛んだ）
―――噛んだな。
「えっと……デュエルで対峙していた時から感づいていたわ。時折集中がこっちから離れることがあったでしょう？」
「っ……」
「それをこいつが教えてくれたから」

　そう言って遊希は光子竜のカードを見せる。カードのイラストは見る位置から見え方が変わるホログラフィック仕様になっている。世界に一枚しか存在しないカードのホログラフィック。精霊を扱えない綾香にもそのカードが特別な力を持っていることはわかる。

「ねえ、あんたその……精霊っていうのと会話とかできるの？」
「できるわ。でも話していることは他愛もないことだし、デュエル中相手の手札を覗き込むこととかはしていない。第一こんなモンスターがデュエルの先を見るとかできるわけないしね」

　小馬鹿にした感じで銀河眼のカードを指で弾く。遊希の脳内に「いてっ」という声が響いた。

「話を戻すけど、これからはデュエル中に他に気を取られないように。入学してからもその調子じゃやってけないわよ」
「わかってるわよそんなこと。私が結果を残さないとパパの名前だって」
「……考え過ぎじゃないかしら？」
「昔からそうだった。私がデュエルする時はいっつもパパの名前がついてきた。それでいて負けちゃうと私だけじゃなくパパも馬鹿にされたわ」
「そのパパはどうだって？」
「気にしちゃいけない、って慰めてくれた。でもそれは昔の話。最近はそもそも家にいることも少なかったから」

　その昔の話、がいつ頃を指すかはわからない。しかし、近年竜司は一人きりの遊希をやたらと目にかけ始めていた。それこそ実の家族のように。竜司にとっては孤独な遊希を気遣ってのことだったのかもしれない。しかし、その裏で実の娘である綾香が周囲の環境をもろに受けやすい思春期の間、ずっと孤独に苦しんでいた。

「……なんで、校長が、あなたのパパが私のことを気遣ってくれたか知ってる？」

　遊希がそう尋ねるも、綾香から返事は無い。最も遊希以外の人間はほどんど皆忘れてしまっていることなのだが。ふぅ、と小さく息を吐く遊希。この話をするのは竜司に続いて二人目。しかもその相手が竜司の娘というのだから、なんとも言えない話である。

「……私がプロデュエリストを引退した理由ってわかる？」
「あなたがプロを辞めた理由？ 確か一時期騒ぎにはなったけど……いつの間にかテレビや雑誌でも報じられなくなって……」
「……実はね、私。今両親いないの」

　両親が居ない、という言い方では少し伝わり辛かったのか、綾香は小首を傾げる。遊希はそんな彼女の様子に気が付いたのか、より物事の詳細を話すことにした。

「私の両親……二人とも死んじゃったのよ」
「……えっ？」
「私がプロとして世界を駆けまわっていた最中、実家は火事で全焼。表向きは失火ということで片づけられたわ」
「表向き……ってどういうことよ」
「最初は寝たばことかストーブの消し忘れとか……そういう偶然が原因かと思われていたわ。でも両親の亡骸を司法解剖に回したら、死因は銃で撃たれたことによるもの判明したのよ。これは後になって聞いたことなんだけどね、私精霊を使えるってことでいわゆる裏社会の人たちに狙われていたらしいのよ。それで私の力をモノにしたかった奴らが家に押しかけて家族を……」
「もういい……」
「両親はそれを拒んで殺された。私が自分の才能を過信してプロデュエリストになっていなければ今でも家族4人で仲良く暮らすことができていたかもね」
「もういいってば！！」

　綾香は無理矢理遊希の話を遮った。見知らぬ同い年の少女に父を取られて寂しがっていた自分を情けなく思った。
　遊希に比べて自分はかなり恵まれているのかもしれない。それなのに自分は弱音を吐いては何もかも父のせいにしていた。遊希にはその弱音をぶつける相手すらおらず、生まれた苦しみや悲しみを全て自分で噛み潰していたのに。

「辛いこと、思い出させてしまってごめんなさい」
「いいわ。いつまでも自分の中でしまっているのも飽きたし」
「デュエルだけじゃなくて、人間としても強いのね。なんだか憧れちゃうな」
「……こんなのより、自分のお父さんに憧れなさいよ。あの人は私なんかよりずっと強いわよ？」

　遊希はクスリと笑いながら自嘲気味に言った。表情の乏しい遊希の顔に笑みが微かに浮かぶ。その微笑みは同性である綾香の眼から見ても実に魅力的に感じた。

「それに……今回のデュエルで私が勝ったとはいえ、追い込まれていたことは事実。次も勝てるかどうかわからないわ」
「もちろん、次はもっといいデュエルが出来るようになるつもりよ。だから……またデュエルしてね？」

　綾香の問いに遊希は一言「もちろん」と返すと、綾香と固い握手を交わす。そんな時、保健室のドアが開く音が聞こえた。保健の先生が戻ってきたのだろうか、と思っていると、遊希のいるベッドのところに現れたのは意外な人物だった。

「早速友達が出来たようだね。感心感心」
「パっ、パパ！？」

　保健室に入ってきたのは他ならぬ竜司だった。突然の意外な訪問者に綾香は驚きの色を隠せない。一方の遊希は竜司に礼を言おうとベッドから出ようとしたが、竜司はそれを制し、ベッドに横になりながらで構わない、と遊希を諭した。

「校長先生、まずは倒れた私を介抱してくれたようでその点については礼を申し上げます。ありがとうございました」
「う、うん……」

　礼を言う、という割に何処か辛辣な口調の遊希にたじろぐ竜司。しかし娘が見ている手前、父として、校長としての威厳を失うまいと毅然と振る舞おうとする。

「ですがさっきのデュエル、最初に倒れたのはこちらの星乃 綾香さんでした。この学校の生徒である以上公平に扱わなければならないですが、それでも彼女はあなたの娘。娘が一大事の時にまっさきに駆け寄らなければならないのは父親であるあなたではないでしょうか？」

　しかし、そんな竜司の心情などどこ吹く風。遊希は敢えて辛辣な言葉で娘よりも他人を優先した竜司をまくしたてる。遊希なりの綾香に対する気遣いでもあった。

「身寄りのない私のことを気遣ってくれるのは結構ですが、私ももう15歳です。成人してないとはいえ、自分の身の周りのことくらい自分で出来ます。なので……これ以上変に介入しないでください。そして今まで私に注いだ時間をこれからは娘さんや奥様に注いであげてください」

　そう言って遊希は再度横になって布団の中に潜ってしまった。竜司は遊希の言葉をハンカチで汗をぬぐいながら聞いていた。そして綾香は自分と同い年の少女に説教される父の姿を笑いを堪えながら見つめていた。

「さ、さて……天都君も元気になったことだし、綾香、そろそろ彼女を部屋に連れて行ってあげてくれないか？」

　その言葉を聞いて遊希が布団から顔を出す。

「部屋？」
「……寮の部屋のことだが？」
「私、寮生活するんですか？ 実家から通うつもりでいましたが」
「……私が入学手続きについて話をしたとき、君には寮で暮らしてもらう、と言ったはずだが？」

　思えば入学手続きなど面倒なことについては全て竜司にまかせっきりだったことを思い出した。カードを弄るのに夢中で竜司が話していたデュエルアカデミア・ジャパンについての詳細な情報については軽く聞き流していたのである。

「……あれあれ～？ 自分の身の周りのことくらい自分で出来るって言ったのは何処の誰だったっけな～？」

　先ほどまでとは打って変わって得意気にこっちを見つめる綾香。遊希は布団から顔の上半分だけが出るようにして朱に染まる頬を隠す。

「……あ、ありがとうございます」
―――全く、先が思いやられるな。
（うっさいわよ）

　遊希はデッキケースから光子竜のカードを取り出すと、一撃。デコピンを食らわせた。光子竜の痛がる声が遊希の脳内に響いた。