第49話：束の間の休息　作：光芒

　太陽が西に沈みゆくころ、校内にはチャイムの音が鳴り響く。それは1日目終了の合図だった。
　このチャイムと共に大会の第一日程が終了し、生徒たちは自分たちの部屋に戻らなければならない。1回のデュエルであっても相当の体力を消費するため、それを複数回繰り返せば身体や精神の負担にもなり得る。そういった学生たちの健康を気遣うのもまた教育者たちには求められることなのだ。

「……終わりか。結局今日では決まらなかったな」
―――まあ早いことに越したことはないが、焦る必要はないだろう。身体を休めるのも重要なことだ。
「休めるも何もまだ4回しかデュエルしてないんだけどね」

　遊希は第一日程で4戦デュエルを行った。初デュエルとなった綾那とのデュエル以降彼女は積極的にデュエルに望み続け、結果4戦全勝という成績を残した。
　それがなくとも天都 遊希の名は学内に響き渡っているのだから同級生はもちろん上級生にも避けられてしまった遊希は今日1日で決勝進出を果たすことはならなかった。もっとも今日1日で決勝進出を決めた学生は全学年を見渡してもいなかったのだが。

「取り敢えず部屋に戻りましょう。皆の結果も気になるわ」





＊





　部屋の前に辿り着いた遊希はドアをノックする。合鍵を持っているのは綾香と詩織であり、その二人のうちどちらかが先に戻ってきていれば部屋に入ることは出来る。

「はいはい、どちらさまー？」

　中からは綾香の声がした。遊希は「私よ」とドア越しに告げる。「今開けるわね」という音とともに鍵が開き、綾香が遊希を出迎えた。部屋に入ると先に戻っていた綾香と千夏が二人で夕食の準備を進めていた。

「あら、色々準備させてしまってすまないわね」
「いいのよ、先に戻ったのは私たちだしね！」
「ええ。一応二人とも勝ち残ってるからさ」
「そう……綾香も千夏も大丈夫だったのね」

　綾香と千夏は共に7戦して5勝2敗という成績であり、パズルカードの所持数は3枚となっていた。1年の中では腕利きと言える二人であってもさすがに上級生の前では膝を屈することもあったということだ。

「ねえところで1年生で全勝が二人いるって聞いたんだけど……」
「二人……」

　それを聞いて遊希の脳裏にエヴァの顔が浮かぶ。組み分けたブロックが違ったのか、遊希は今日はエヴァと出会うことはなかった。
　遊希はあの時以来エヴァとはデュエルを行っていない。しかし、いつデュエルすることがあってもいいように彼女のデッキや傾向は理解した上でデッキを回していた。

（……いつ当たるのかしら。出来れば決勝で当たりたいけど）
「プロの肩書は流石ってところかしらね！ ところで詩織戻ってこないんだけど知らない？」
「詩織？ ブロックが違うからなんとも」
「もしかして予選落ちして帰るに帰れないとか無いでしょうね……」
「滅多なこと言わないでよ綾香！ 詩織が負けるわけ……」

　そんな時、ドアをノックする音が聞こえた。一番ドアの近くにいた遊希が開けに行き、ノックの主が詩織であることを確認する。しかし、その時のやり取りで気づいたのだが、詩織の声は普段以上に何処か弱弱しく感じた。
　綾香の言ったことが現実になってしまったのだろうか。遊希はドキドキしながらドアを開ける。するとそこにいたのは詩織であって詩織とは思えないような煌びやかな美少女であった。

「……えっ？」
「あ、あの……これはですね……」

　その引っ込み試案な性格上、普段あまりメイクをしない詩織であるが、今は薫の手によってプロ顔負けのメイクアップが為され、地味なストレートの黒髪もパーマがついていたりと良い意味で派手になっていた。
　遊希がそんな詩織の姿に驚き硬直していると、綾香と千夏も部屋の奥からやってきては蛹から蝶に化けたような詩織の姿を見て目を丸くする。

「「誰！？」」
「……うう、やっぱり……私にこんな格好似合わないんですぅ……」

　「冗談だってば！」と綾香と千夏が告げ、詩織が泣き止むまで数十分ほどかかった。詩織は8戦して6勝2敗と1年生にしては上々の成績を残すことが出来ていた。もっともそれも詩織の言動に彼女に嘗めてかかった男子生徒たちが自滅したようなものであるが。
　夕食の準備を整え、卓を囲む四人。祝賀会にはまだ早いかもしれないが、ジュースを入れたグラスを片手に四人は小さく乾杯をした。

「まあ取り敢えず全員予選落ちしなかった、ってことでオールオッケーってやつよね！」
「そうかもれないですね。私は次から次へとデュエルを挑まれてしまって少し疲れましたが……」
「でもあの花沢先輩とデュエルして勝つんだから凄いじゃない。そんなメイクしてもらうんだったら私もデュエル挑もうかなぁ……姿は見たことないけどきっと3年生らしい大人っぽい美人だと思うわ！」

　夢見心地に語る綾香であったが、そんな彼女に現実を告げる勇気は詩織には無かった。

「羨ましいわね。私なんて敬遠されっぱなし……まあ神内先輩みたいに誘ってくれる人もちらほらいたけど」
「神内先輩ってあのアイドル志望の人でしょ？」
「ええ。アイドル……らしいデッキを使っていたわ」
―――まあ、エンターテインメントを追い求めていたのは間違いなかったな。
「それでいてデュエルの後にアイドル研究会にスカウトされた」
「えっ遊希、芸能界デビュー？ スクールアイドル？」
「そんな訳ないじゃない。第一柄じゃないしそれだったら綾香や詩織の方が向いてるもの。あなたたち可愛げがあるし」

　遊希のさらりと吐いたその言葉に「えっ」と言って赤面する綾香と詩織。しかしそこに唯一スルーされた千夏が噛みつく。

「ちょっとなんで意図的に私を外すのよ！」
「いや、千夏が入ると子供番組になっちゃうし」
「それどういう意味よ！！」

　大会の最中でこそあるが、遊希の毒舌に突っかかる千夏という光景に皆微かに日常を感じた。そんな中、綾香が明日以降のスケジュールに触れる。

「ところで明日以降のことだけど」
「そういえば2日間ほど空くんですよね。勝ち残った学生でまた組み合わせを再編成するとかで」
「その間身体を休めたりリフレッシュできるわね！ みんなで何処か出かける？ 最近駅前にショッピングモールができたけど」

　ここ数年アカデミアの活動が本格的になったのも相まって、最寄駅前は急速に発展を遂げていた。
　駅に併設されたデパートはもちろん、アウトレットや複合商業施設など女子学生が喜ぶものはもちろん、国内では入手困難なカードを扱う専門店も開店するなど、アカデミアのお膝元に相応しい街になりつつあったのだ。

「あっ、すいません。私この2日間ほど実家に帰る予定でして……」
「ごめん私もちょっと用事があるからパス」
「そうなんだ……じゃあ私と遊希でそこ見に行きましょうよ！ あんたの服選びにも付き合ってあげないと！」
「はぁ？ なんで私の服選びになるのよ」
「あんた相変わらず私や綾香の選んだ服しか着ないじゃないの！ そんなんじゃダメよ！」

　渋る遊希であったが、光子竜の「たまにはいいんじゃないか」という後押しを受けて明日は千夏と共にショッピングに出かけることになった。
　遊希としては休養に充てたい、という気持ちもあったが休みは2日間あるので2日目を休養に充てればいいだけのことだった。この数か月デュエル三昧の生活をしてきたことが功を奏したのか「ギャラクシーアイズ」のカードを使うことに身体が慣れ、入学当初のように保健室を利用することはほとんどなくなっていたのだから。






＊






「さて、こことかどうかしら」

　翌日、遊希と千夏は有名なブランドを数多く取り扱う洋服屋へと来ていた。遊希は以前千夏が選んだ初夏向けの白いノースリーブのフリルシャツに黒のパンツルックと彼女の持つスタイルの良さを活かしたいでたちをしており、そこにもまた千夏のセンスが現れている形だった。
　一方の千夏は黒いTシャツにデニムのハーフパンツとやや幼げのコーディネートだが、彼女の背の低さも相まってそれはそれでマッチしていた。最も街行く人々の大半からは歳の離れた姉妹の買い物、という形で見られていたのだが。

「あら、結構いい値段するのね。まだカードの方が安いわ」
「カードと服を比べるのってどうなのよそれ……第一今日は私じゃなくてあんたが自分で服を選ぶんだから、真剣にね！」
「服選びに真剣って……まあいいわ。取り敢えず私の価値観に一致するものを見繕えばいいのよね？」
「まあ最初はそれでいいわ。その後私がアドバイスするから。店員さんに聞いてみるのもいいかもね！」

　そう言って店の中へと入っていく二人。レディースコーナーを回ってはまるでデッキに入れる汎用魔法・罠カードを選定するように服を見定めていく遊希。ただ彼女の好みなのか、白や黒など遊希のチョイスするものはどれもモノクロ系統のものが多かった。

「ぶっちゃけ遊希はスタイルがいいからどんな服も似合うんだけど……」
「まあ千夏とは違うわね」
「一言余計よ！ で、提案なんだけどもうちょっと明るい色とか着てみれば？ これから夏なわけだし」
「……あまり派手派手したものは好きじゃないんだけど」
「確かにイメージできないかもしれないけど、チャレンジは大事よ！」

　千夏に促されて夏物の売場に足を運ぶ。そして姿見の前でシャツやスカートを当ててはまるで自分を着せ替え人形のようにしてイメージを膨らませていく。
　服を選ぶということではあまり想像力が働かなかったが、デッキを改造している、と考えると遊希の手は無意識に様々な服に伸びていった。

「これはどうかしら……」

　そう言いながら手を伸ばすと、近くにいた女性と同じものを取ろうとして手が重なってしまった。その女性は見たところ30代から40代といった女性であるが、それでも20代で通じるのではないか、と思えるほど若々しい風貌をした女性であった。

「あっ、すいません」
「あらあら良いわよ別に。さっきから熱心に服を選んでいるようだけど……もしかしてデートとか？」
「そんなんじゃないですよ。あまり服を買わないので自分で買えるように特訓してるって感じです」
「そうなの……あっ、だったらおばさんも協力しちゃおうかしら。私あなたくらいの娘がいるんだけど、家を出て学校の寮で暮らしてるから時折服を選んであげてるのよ」

　こうして遊希、千夏、そしてその女性を加えた3人で服を選ぶことになった。