第105話：熱戦の決闘者・6　作：光芒

第105話（番外編第24話：熱戦の決闘者・6



　美夏と凛。2人の少女のデュエルはこれまでの前2戦とはまた違った雰囲気を醸し出していた。1戦目の結衣と歩美のデュエルは結衣の堅実さと歩美の初々しさがぶつかり、2戦目の心とベアトリスのデュエルは心の想いの強さとベアトリスのプレイングの巧妙さが激突するというどちらかというど「動」のデュエルだった。
　一方で今回の美夏と凛のデュエルは2人のデッキの性質も相まって今のところは「静」の様相を呈している。しかし、それは内情を知らぬ外野から見た時の評価であり、実際は美夏と凛の腹の探り合いがこれでもかと行われていた。そしてそれはまるで噴火寸前の火山のように今か今かとマグマが音を立てて噴き出るのを待っている。そんな状況であった。


☆TURN08


「ボクのターン、ドロー！！」

　初期ライフが8000もあるため、一瞬の爆発力に賭ける2人のデッキではあっさりデュエルが終わることは無い。そう思っていたが気づいてみればもうライフは共に初期値の半分以下。いつまでもうかうかしているわけにはいかない。

「……ボクはカードを1枚セットしてターンエンド！」

　ターンエンド宣言する凛の声にも力が入る。デュエルが動くならそろそろだ、と自然と思い始めていたことの現れだった。


美夏 LP4000 手札0枚
デッキ：26　モンスター：1（永遠の淑女 ベアトリーチェ ORU:0）魔法・罠：2（陽炎柱）墓地：12　除外：0
凛　LP3000　手札1枚
デッキ：25　モンスター：0　魔法・罠：3　墓地：9　除外：0



☆TURN09


「あたしのターン、ドロー」

　対する美夏のドローであるが、そのドローは今まで待ち望んでいたあのカードだった。今すぐにでも発動してモンスターを大量展開すれば、凛のライフを削り切れる。少し前までの美夏ならそうしていたであろう。しかし、美夏はここで少し思い止まった。

（……あのセットカードの中にこのカードを逆利用するカードがあったら？ あとあの残り1枚の手札も気になるな……）

　普段あまり深く考えることのない美夏だったが、この時ばかりは考えるようになっていた。最も物事に際して考えなさすぎるのも、考えすぎてドツボにハマるのもいけないことなのであるが。

（切り札ってのは使い時を見極めて使うもの、迷うってことは今はその時じゃないってことで）
「メインフェイズ1を終えてバトルフェイズ！ 永遠の淑女 ベアトリーチェでダイレクトアタック！ “彼岸の来光”」
「相手の直接攻撃宣言時、手札の速攻のかかしの効果を発動するよ！ このカードを手札から墓地に送ってバトルを終了させる！」

　フィールドに現れた速攻のかかしがベアトリーチェの攻撃を防ぐ。これでバトルフェイズは強制終了させられる形になった。

（うわっ、あぶねー。でも無理にこれ発動しなくてやっぱり良かったわ）
「……メイン2に移るよ。あたしはこれでターンエンド」


美夏 LP4000 手札1枚
デッキ：25　モンスター：1（永遠の淑女 ベアトリーチェ ORU:0）魔法・罠：2（陽炎柱）墓地：12　除外：0
凛　LP3000　手札0枚
デッキ：25　モンスター：0　魔法・罠：3　墓地：10　除外：0



☆TURN10


「ボクのターン、ドロー。ボクはカードを1枚セットして、ターンエンド！」

　一方の凛は変わらずドローゴー戦法を取る。チェーンバーンデッキともなるとそうなるのが普通なのだが、それでも普通のデッキと比べてモンスターは速攻のかかしのような遅延系しか出さないため、いかに自分のライフを守り切れるかが大事なのだが。


美夏 LP4000 手札1枚
デッキ：25　モンスター：1（永遠の淑女 ベアトリーチェ ORU:0）魔法・罠：2（陽炎柱）墓地：9　除外：0
凛　LP3000　手札0枚
デッキ：24　モンスター：0　魔法・罠：4　墓地：10　除外：0


☆TURN11


「あたしのターン、ドロー。おっ、いいの来たよ」
「……いいの？」
「魔法カード、ハーピィの羽根帚。これで凛のフィールドの魔法・罠カードを全部破壊するよ！」
「またピンポイントでいいの引くね……だったらチェーン発動するよ。まずは羽根帚にチェーンして強欲な瓶！ そして威嚇する咆哮、“貪欲な瓶”、積み上げる幸福をそれぞれチェーンする！」


※貪欲な瓶
通常罠
「貪欲な瓶」は1ターンに1枚しか発動できない。
(1)：「貪欲な瓶」以外の自分の墓地のカード5枚を対象として発動できる。そのカード5枚をデッキに加えてシャッフルする。その後、自分はデッキから1枚ドローする。


「2枚目の威嚇か……中々攻撃できないな」
「まずは積み上げる幸福の効果で2枚ドロー、そして貪欲な瓶の効果でボクは墓地の連鎖爆撃、積み上げる幸福、威嚇する咆哮、強欲な瓶、仕込みマシンガンをデッキに戻して1枚ドロー、威嚇する咆哮の効果で美夏の攻撃宣言を封じて、最後に強欲な瓶で1枚ドローするよ」

　手札0枚の凛の手札はチェーンドローによって4枚にまで増えていた。美夏にとっては自分のデッキで真炎の爆発に次ぐパワーカードである羽根帚が凛のアシストをしてしまった形となる。

「普通のデッキと違って羽根帚を逆手にとってくるからチェーンバーンは怖いんだよなぁ……あたしはこれでターンエンドだよ」


美夏 LP4000 手札1枚
デッキ：24　モンスター：1（永遠の淑女 ベアトリーチェ ORU:0）魔法・罠：2（陽炎柱）墓地：10　除外：0
凛　LP3000　手札4枚
デッキ：25　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：8　除外：0


☆TURN12


「ボクのターン、ドロー！ ボクはカードを5枚セットしてターンエンドだ！」

　凛は前のターンにチェーンして引いた4枚と今のドローで得た1枚のカードを全てセットする。手札を全てセットするということはまさに近いうちにチェーンバーンの嵐が来ることを予期していた。


美夏 LP4000 手札1枚
デッキ：24　モンスター：1（永遠の淑女 ベアトリーチェ ORU:0）魔法・罠：2（陽炎柱）墓地：10　除外：0
凛　LP3000　手札0枚
デッキ：24　モンスター：0　魔法・罠：5　墓地：8　除外：0


☆TURN13


「あたしのターン、ドロー！……おおう」

　美夏は悩んでいた。それはいつ動き出すか、ということである。慎重になることも大事だが、このまま動かないだけだとじわじわと追い詰められていくだけ。言ってしまえばジリ貧というものであり、凛の思う壺。美夏はそれだけは避けなければならなかった。

（うーん、考えに考えて動くことも大事だけど、あたしにはやっぱり性に合わない気がするなー……よし）
「凛、速攻のかかしを早めに使ってくれたのはあたしにとっては好都合だよ」
「……どういうことかな？」
「そのカードでバトルフェイズを終わらせられたら、このカードが活かせないからね！ 行くよ、あたしは手札から真炎の爆発を発動！ 墓地の守備力200の炎属性モンスターを可能な限り特殊召喚！」

　結衣とのデュエルで猛威を振るった美夏のデッキのキーカード、真炎の爆発。そのカードの強力さはそのデュエルを目の当たりにした凛もよく知っていた。

「ついに引いたんだね、そのカードを」
「さすがにそろそろ引いてくれないとね。でもこれで……」
「だったらその発動にチェーンするよ！！ カウンター罠、神の宣告！！」
「か、神宣！？」

凛 LP3000→1500

「真炎の爆発の発動を無効にして破壊するよ！！」」

　凛のデッキには元々神の宣告は入っていなかったのだが、午前のデュエルで必殺のバーンコンボを心のレインボー・ライフに無力化されてしまったことが相当悔しかったのか、それらのカードに対する対抗策としてこのカードをこのデュエルの前に急遽入れていたのである。

「あちゃー……まさか神宣を伏せてるのは予想外だったよ」
「へへっ、これでキミのキーカードは防いだ。このデュエル、ボクがもらったよ！」

　真炎の爆発を無効化されたのがショックだったのか、美夏はがっくりと俯いてしまう。一方の凛は勝ちを確信して得意気になるのだが、落ち込んでいたはずの美夏はそんな凛の顔を見てニヤリと意地悪な笑みを浮かべていた。

「……ざーんねん」
「えっ？」
「だって……あたしの手札にはもう1枚これがあるんだよね。ということで2枚目の真炎の爆発を発動！！」

　このターン、美夏がデッキからカードをドローした時に変な声を漏らしていたのだが、それは連続で真炎の爆発をドローしたからであった。

「真炎の爆発の効果であたしのフィールドに守備力200のモンスターを可能な限り特殊召喚する！！」
「させない！ ボクは真炎の爆発にチェーンして“自業自得”を発動！」


※自業自得
通常罠
相手フィールド上に存在するモンスター1体につき、相手ライフに500ポイントダメージを与える。


「相手フィールドに存在するモンスターの1体につき500ポイントのダメージを与える！ そしてそれにチェーンしてさらに“仕込み爆弾”を発動！」


※仕込み爆弾
通常罠
(1)：相手フィールドのカードの数×300ダメージを相手に与える。
(2)：フィールドのこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合に発動する。相手に1000ダメージを与える。


「仕込み爆弾はフィールドのカードの数×300ポイントのダメージを与える！ 今の状態だと仕込み爆弾と自業自得を合わせても与えられるダメージは1700だけど、このカードでもっとダメージを受けてもらうよ！ 仕込み爆弾にチェーンしておジャマトリオを発動！！ 美夏のフィールドにおジャマトークン3体を特殊召喚するよ！」

　チェーン4：おジャマトリオ、チェーン3：仕込み爆弾、チェーン2：自業自得、チェーン1：真炎の爆発、の順番でチェーンが組まれる。おじゃまトリオによって美夏のフィールドにおじゃまトークン3体が特殊召喚されるため、美夏が真炎の爆発で特殊召喚できるモンスターは1体のみになってしまう。しかし、それはあくまでおまけでしかない。

（……真炎の爆発の方がおジャマトリオのトークンよりもモンスターゾーンを埋めるから仕込み爆弾と自業自得のダメージは増えるはず。それでもおジャマトリオでチェーンを稼いできた……となるの最後のカードは……）
「そっちが2回切り札を使うなら、ボクももう1度切り札を使う！ おジャマトリオにチェーンして連鎖爆撃を発動！ 組まれているチェーンは5つ、よって2000ダメージを与えるよ！！ そしてフィールドのトークンを数に入れて仕込み爆弾と自業自得のダメージを受けてもらう！ これで美夏、キミのライフは0だ！！」
「……なるほどー、そう来るかー……」

　連鎖爆撃によるダメージが襲い掛かろうとしたその瞬間、美夏の脳裏にはデュエルの前に千夏とした会話を思い出していた。



＊



「ねえ、美夏。あんたこのカードは入れないの？」
「これですか？ うーん、便利なカードだけどメインから入れるカードじゃないような……」
「でもこのカードはチェーンバーン相手に有効だから入れておいた方がいいわよ！ あたしが保証するから！！」



＊



（あの時千夏さんが口酸っぱく言ってたなぁ……）
「美夏、これで終わ―――」

　時間がやたらゆっくりとなる中、美夏は改めて千夏に礼を言うのであった。

（ありがと、千夏さん。やっぱあなたはすごいデュエリストだよ。ちっちゃいけど）
「終わらないよ、あたしは。連鎖爆撃にチェーンしてカウンター罠を発動！！」
「カウンター罠……！？」
「お主も悪よのぉ、越後屋。カウンター罠“魔宮の賄賂”。連鎖爆撃の発動を無効にして破壊するよ！」


※魔宮の賄賂
カウンター罠
(1)：相手が魔法・罠カードを発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。相手はデッキから1枚ドローする。


「魔法・罠カードの発動を無効にして破壊。でもって凛は1枚ドローできる」
「そんなっ……で、でもチェーンの関係上無効にできるのは連鎖爆撃だけだよ！！ あとの効果は発動する！」
「おジャマトリオでトークン3体が召喚され、仕込み爆弾と自業自得の効果であたしはダメージを受けるよ。でもね、今魔宮の賄賂を使っちゃったからあたしのフィールドのカード……減ってるんだよね」

　魔宮の賄賂が連鎖爆撃より先に発動されたため、仕込み爆弾と自業自得の効果処理時にはそのカードはフィールドには存在しない。そのため、美夏のフィールドのカードの合計はおジャマトリオで特殊召喚されるトークンの数を含めてもモンスター4体に魔法・罠カードは永続魔法の陽炎柱と発動した効果処理前の真炎の爆発の2枚の計6枚となる。
　仕込み爆弾で与えるバーンダメージは相手フィールドのカードの数×300ポイントのダメージとなるため、300×6＝1800のダメージ。

美夏 LP4000→2200

　そして自業自得の効果で与えられるダメージはフィールドのモンスター1体につき500ポイント。おジャマトリオの効果でおジャマトークンが美夏のフィールドに3体特殊召喚されたことにより、500×4＝2000のダメージ。

美夏 LP2200→200

「っ……！！」

　凛からしてみれば、連鎖爆撃とおジャマトリオと仕込み爆弾・自業自得のコンボによるバーンダメージで万全を期してオーバーキルを狙ったつもりだったのかもしれない。しかし、まさか美夏のフィールドにカウンター罠。しかも神の宣告のようなメジャーなものではなく魔宮の賄賂がセットされている、という可能性については全く考えていなかったのである。
　仮に連鎖爆撃以外の3枚のカード、おジャマトリオ・仕込み爆弾・自業自得の3枚だけで美夏のライフを0にするならば美夏のフィールドには7枚のカードが存在する必要があった。チェーンバーンのようなデッキを使う上で、相手がカウンター罠でチェーンを妨害してくること、そして相手フィールドのカードの数を常に念頭に入れておくことが求められるのだ。

「惜しかったね。おっと、あたしの真炎の爆発の処理がまだだったねー……そうだな、トークンいるしここはチューナーモンスターのネオフレムベル・ヘッジホッグを特殊召喚するよ」


※ネオフレムベル・ヘッジホッグ
チューナー（効果モンスター）
星3/炎属性/炎族/攻800/守200
このカードが戦闘によって破壊された場合、相手の墓地のカード1枚を選択してゲームから除外する。
フィールド上のこのカードがカードの効果によって破壊された場合、自分の墓地から「ネオフレムベル・ヘッジホッグ」以外の守備力200以下の炎属性モンスター1体を選択して手札に加える。


「せっかくだしここは……あたしはレベル2のおジャマトークン2体に、レベル3のネオフレムベル・ヘッジホッグをチューニング！ “天空を駆ける音速の兵器よ、神の名を宿し、幻影と共に飛翔せよ！” シンクロ召喚！ “幻獣機コンコルーダ”！！」


※幻獣機コンコルーダ
シンクロ・効果モンスター
星7/風属性/機械族/攻2400/守1200
チューナー＋チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、自分フィールド上のトークンは戦闘及び効果では破壊されない。
フィールド上のこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた場合、自分フィールド上のトークンを全てリリースして発動できる。
自分の墓地からレベル4以下の「幻獣機」と名のついたモンスター1体を選択して特殊召喚する。


（まさか……こいつでデュエルを終わらせる時が来るとはねー……わかんないもんだよ）
「バトル！ 幻獣機コンコルーダでダイレクトアタック！ “ファントム・ソニック”！！」

幻獣機コンコルーダ ATK2400

凛 LP1500→0





＊





「はぁ、ギリギリだった……」

　デュエルの勝者となった美夏は流れる汗を拭う。勝ったとはいえ、ライフを残り200まで追い詰められての薄氷の勝利とだけあって、勝ちによる喜びよりも疲労感の方が勝っているというのが正直な感想だった。

「美夏！」
「おう、凛。お疲れさま、ぶっちゃけ負けるかと思ったよ」
「ははは、ボクも負けるとは思わなかったよ。まさかカウンター罠を一緒にセットしてるなんてねー！」
「奇妙なもんだよねー……」

　美夏はこの時、目の前で笑顔を見せる凛の違和感に気付いていた。

「もう汗で全身ベトベト！ 早くシャワー浴びちゃいたいけど……まずは顔洗ってきちゃおうかな……ちょっと行ってくるよ」

　そう言って1人ロッジの中に入っていく凛。すぐにシャワーを浴びれば何故顔を洗う必要があるのか、という疑問も余所に凛は駆け足気味で去っていく。その後ろ姿を目で追う美夏は今の凛を追うことはしなかった。

「凛さん！」

　そんな彼女の下にはデュエルを見ていた結衣たちがやってくる。ラストターンの攻防は見ている方も手に汗握る方だったようで、誰もが興奮で紅潮していた。

「美夏おねえちゃんのデュエルすごかった！ 私もあんなデュエルができそうになりたいでしゅ！」
「いやいや、歩美ちゃんはもうあたしに匹敵するレベルだからね？……ねえ、心」
「……どうしたの、美夏ちゃん？」

　美夏は心にそっと耳打ちする。彼女は自分よりももっと凛のことを追いかけるべき存在がいる、と思っていたからだ。

「……凛のこと、追っかけなよ。あんた、凛のこと好きなんでしょ？」
「っ……な、なんでそれを」
「バレバレだよあんたら。ほら、男でしょ。慰めてあげて」
「！？……わかった。行ってきます」
「頑張れよー」

　美夏は「なんか少女漫画の脇役みたいなことしちゃってるなー」と自嘲しながら結衣たちと共に喜びの輪に加わるのであった。





＊





「あーあ、連敗かー」

　凛は自分のデュエルを振り返りながら、洗面所で顔を洗っていた。鏡に映る濡れた自分の顔は未だにデュエル後の興奮で赤くなっていた。

「ははは……勝ちたかったなぁ……勝てば……」

　脳裏に浮かぶのは心の顔。デュエルの前には「勝って伝えたいことがある」と言ってしまった手前、負けた以上それを伝えることができない。もちろん、負けたことは自分が悪かっただけのこと。それ故に彼女の中では「あそこでああすれば」よかった、などといった後悔が沸々と湧き上がってくる。

「凛ちゃん」
「！？」

　名前を呼ばれた凛が驚いて振り返る。そこにいたのは自分を追ってきた心の姿だった。

「……デュエル、惜しかったね」
「……うん」
「私も、凛ちゃんのように大声を出して応援した方が、良かったかな……」
「そんなことないよ。応援でドローするカードが変わることなんてないし、あの時キミが勝ったのはキミの実力でボクが負けたのはボクがまだまだ未熟だったから。第一キミはそんなタイプじゃないでしょ！ だから気にしないで、ボクも気にしてないから！」
「……凛ちゃん、だったらどうして涙目なの」

　凛の眼からはじわじわと涙があふれ始めていた。さっきまで堪えられていたその涙は心の姿を見て、堰を切ったかのように溢れ出てきたのである。

「だって、ボク勝って言いたいことがあったんだ。でも負けちゃったら……まけちゃったら……」
「ねえ、凛ちゃん」

　泣きじゃくりながらも「何さ」とやけっぱちに答える凛の肩を心は両手で掴む。見た目・服装こそ少女であるが、身体や筋肉の付き方はまさに少年のものであり、凛は思わぬ心の力の強さに戸惑う。
　心の眼は真っすぐだった。真っ赤に泣きはらした自分のものとは違う、綺麗で澄んだもの。心の瞳には凛の顔がはっきりと映り込み、心は1回息を吸うと小さくかつ力強く、自分の気持ちを言葉にした。



―――私、いや僕は凛ちゃんのことが好きです。



「僕はこんなんだし、凛ちゃんに比べて背も小さいけど……きっと凛ちゃんのことを守れるような男になる。だから、僕と……」

　そう言いかけた心の言葉を凛が遮った。凛は口を尖らせながら心を横目で見る。

「……ずるいよ」
「えっ」
「それ、ボクが言いたかったセリフなのに……最初に会った時から一緒にいると心地よかったし、男の子ってわかった時は驚いたけど、昨日の夜は怖がるボクのこと必死に守ってくれた。さっきのデュエルの時だって……だからボクが応えてあげたかったのに……」
「凛ちゃん……ごめんね」
「謝らないでよ……なんだかみっともないじゃん」
「うっ、うん。それで……その……凛ちゃん。返事なんだけど……」
「……心ちゃんのにぶちん。でも心ちゃんが勇気を出してくれたんだから、ボクも応えるよ！



―――ボクだって、キミのことが好き。大好きだよ！！ だから―――ボクと恋人になって？　



　誰もいないロッジの中で2人の少年少女が流した涙の内容を知っているのはこの2人だけだった。しばらくして、泣き止んだ2人は一緒に外に出る。そんな2人を出迎えた美夏とベアトリスは、凛と心、2人の笑顔を見てこっそりとハイタッチを交わすのであった。