番外編：2月3日　作：光芒

○前書き
・本編完結≠更新終了
・相変わらずキャラ崩壊
・遊戯王要素ほどんどなし
・メタ要素多数

それでも良ければ、どうぞ。









「ワルイゴハイネガー！！」


　下手な秋田弁と共にノックも無しに遊希たちの部屋に入ってきたのはバーバリアン1号のお面を被った不審者であった。最もその不審者の正体など遊希たちにはバレバレである。


「エヴァちゃん？」
「どうしたんですかそんな恰好をして？」
「……今日はセッツブーン、デス！ さあ、私に豆を投げるのデス！」
「そういや今日は2月3日ね。豆は買ってあったかしら……」
「早く、早く豆を投げないと太鼓を背負った鬼に皆さんのおへそを取られてしまいマス！ そして豆を投げて怯んだ鬼を犬・猿・雉と一緒に倒すんデス！」
「ストップ、なんか色々混じってるわ」


　節分は、雑節の一つで、各季節の始まりの日（立春・立夏・立秋・立冬）の前日のことを言う。節分とは「季節を分ける」ことも意味しており、江戸時代以降は特に立春（毎年2月4日ごろ）の前日を指す場合が多い。
　一般的には「福は内、鬼は外」と声を出しながら福豆（煎り大豆）を撒いて、年齢の数だけ豆を食べる厄除けを行う。また、邪気除けの柊鰯などを飾る。これらは、地方や神社などによって異なってくる。


「日本では昔から季節の変わり目には邪気……すなわち“鬼”が現れると信じられていたんです」
「本当にバーバリアン1号みたいなものがいたわけではないのデスカ？」

　少しがっかりした様子を浮かべるエヴァ。ここでいう鬼とは一般的にイメージされている角が生え、金棒を持ち、虎柄のパンツを履いているものではない。あくまで邪気を擬人化、形にしたものを“鬼”と呼んでいる。
　邪気とは主に「悪気」や「拗けた心」のような人の精神を意味するものから人の身に悪影響を及ぼす「病気」を指しており、それらを祓うために行われているのが節分の豆まきなのだ。

「人に降りかかる邪気……それを追い払うために悪霊祓いの儀式が行われるようになりました。それが豆まきに繋がっているんですね」
「なんで豆を投げるんデスカ？ 正直豆で鬼を退治できるとは到底思えないデス」
「かつて京都にある鞍馬山という山から鬼が現れた時に炒った豆で鬼の眼を潰したことが由来とされているそうですね」
「あと豆（まめ）の当て字を“魔を滅する”の魔滅（まめ）としたとか。日本人は昔からこういう語呂合わせが好きなのよ」


　豆まきの仕方として有名なの作法に、豆をまく際には掛け声をかけるというものがある。掛け声は通常「鬼は外、福は内」であるが、地域や神社によって異なる場合があり、。鬼を祭神または神の使いとしている神社、また方避けの寺社では「鬼は外」ではなく「鬼も内（鬼は内）」としている。
　また、役行者が鬼を改心させて弟子にした故事から「福は内、鬼も内」としているものもあれば、鬼を神として解釈しているものあり、同じく「鬼は内」とする。「鬼」の付く姓の家庭もしくは鬼が付く地名の地域では「鬼は内」の掛け声が多いという。


「へー、宗教や地域によって掛け声が異なるのね」
「まあ鬼って字が付く苗字の人が鬼は外、って言うのもね。自分で自分たちを外に追い出すことになっちゃうし」
「手塚治虫先生の“火の鳥 太陽編”では鬼は日本土着の神としても描かれていたし、一概に鬼＝悪と決めつけちゃ駄目ね。そう考えると鬼って結構気の毒なポジションにいるわね……」
「厳しい人に対して鬼！悪魔！というけれど、神話によっては悪魔より天使の方が人を殺してるみたいだしね。神様が必ずしも正しいという先入観はやめるべきね」
「では、某ソーシャルゲームの緑色の制服を着た事務員サンはどうなるのでショウ？」
「あれは断罪して然るべきね。鬼や悪魔よりよっぽどあくどいから」
「こらこら」
「ところであれは用意しないんデスカ？ 葉っぱに魚の頭があるやつデス」
「……ああ、柊鰯のことね」


　柊鰯（ひいらぎいわし）とは節分に魔除けとして使われる、柊の小枝と焼いた鰯の頭、あるいはそれを門口に挿したもののことを指す。柊の葉の棘が鬼の目を刺すので門口から鬼が入れず、また塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らないと言う。節分の季節になると、日本各地に広く見られる。


「あれはさすがにね」
「門口に挿さないといけないからここでは無理ですね……でもアカデミアの正門に施されていましたよ？」
「あ、そういうのはしっかりとやるんだ」
「パパ結構拘るのよね……」
「日本人はお祭り好きだから、そんな時に張り切るのはいかにもって感じ。さて、節分用に豆を買ってあるから出しましょうか」

　台所から袋に入った豆とラップを持ってきた千夏は、豆を袋から10粒前後の単位で取り出すと、それを小さく切ったラップの上に乗せて包んでいく。千夏の家は6人と比較的人数の多い家族であるため、家族全員で室内に豆を撒いてしまうと家中が豆だらけになってしまう。そのため豆をラップに包むことで豆撒き後の後片付けをしやすくするのだ。

「なんだかムードが……」
「まあしょうがないわね。後々困るのは自分たちだし」
「自分たちの家ならともかくここはアカデミア。よそ様の土地でもあるから迂闊に汚すわけにはいかないじゃない。ちなみに鬼は外も豆を投げるふりよ」
「千夏さんってたまにお母さんみたくなりますよね」
「いわゆるバブみを感じてオギャる、という奴デスネ！」

　どこで覚えてきたそんなスラング、とエヴァ以外の4人が内心エヴァに突っ込んだ。それでもエヴァが言うと何故だか許せてしまう、という思ってしまうあたり人は見た目が九割とはよく言ったものである。

「さあ、これから豆撒きを始めるわよ。まずは邪気を追い払います！ 窓を開けて鬼は外ー！って声を出しましょう！ せーの、おにはーそとー！」
「鬼ハー！外ー！」

　千夏とエヴァの明るい声がすっかり日の沈んだ世界へと響き渡る。最も窓の外はアカデミアの敷地内であるため、豆を投げるのではなく掛け声だけなのであるが。

「ねえ」
「何？」
「声だけで豆投げないって……なんか恥ずかしいわよね」
「やめてそれ言わないでよ。私まで虚しくなるじゃない」
「豆を投げることのできない節分、世知辛い世の中ですね……」
「ちょっと遊希！ 綾香！ 詩織！ 声出てないわよ！ もっと腹から声出す！」
「「「「はーい……」」」

　外に邪気を全て追い出した後は内に福を呼び込む。千夏から4人には先ほどラップにくるんだ豆が数個渡される。

「じゃあみんなの健康を願って、ふくはーうち！」
「福ハー！ 内！」
「福はー、内。そういや毎度思うことがあるんだけど」
「今度は何？」
「よくテレビのニュースとかで芸能人が豆をまいているじゃない」
「うん」
「なんであんなに人が殺到するの？ 宮司さんとかお坊さんがやるならともかく芸能人の豆に益はあるのかしら？」
「……それもそうよね……」
「芸能人の方は芸能界で成功した人であるから、その成功に肖りたいということなのではないでしょうか？」
「そういうことなのかしら……信じる者は救われる的な」
「あら、それじゃあ遊希とエヴァちゃんの撒く豆もご利益があるわね！」
「なんでデスカ？」
「曲がりなりにもあんたたちはプロの舞台に立ったんだし、私たちデュエリストからしてみれば成功者よ？」
「それもそうね……じゃあ私が豆を投げてあげるから這いつくばってせがみなさい愚民ども……こんな感じ？」
「いや違うから！ なんでそうなっちゃうのよ！！」

　部屋全体に豆を撒き終わった後、5人の手にはそれぞれ自分の年齢分の豆が渡される。年齢の数だけ豆を食べるというのも古来から伝わる節分の風習なのだ。

「遊希が15個で、私を含めた他のみんなは16個ね」
「なんだか損した気分ね……これだから早生まれは」
「数が多い＝利益ではないので大丈夫ですよ。むしろ16個って結構食べるのには量が多いくらいです」
「そう考えるとうちのパパやママは40個以上食べなきゃダメだしね……」
「これに加えてあとは……あれを食べないといけないデス」
「あれ？」
「ほら、えーと……おっきくて、太くて、黒い……」
「恵方巻？」
「それデス！ それも日本古来から伝わる文化デス！」
「盛り上がってるところ悪いけど、恵方巻は別に古来から文化じゃないわよ」
「えっ？ そうなんデスカ？」


　恵方巻とは、一般的に節分の時に食べると縁起がいいとされる太巻き寿司のことを指し、主に大阪など関西を中心として行われている文化である。恵方、というその年々で変わる方角を向きながら何も言わずにその太巻きを食べきると幸運が舞い込むという。
　恵方巻の起源および発祥は江戸時代末期ごろとされており、大阪の商人たちの厄払いを兼ねた儀式のようなものという説もあれば、御座敷遊びの一種という説もあるなど、元々は節分とは結び付きのないものであった。
　しかし、近年に入ってから大手コンビニエンスストアチェーンが「恵方巻」という名称で販売を始めてからその認知度が全国的に高まっていった。それでも関西が主として食べられる場所であり、関東地方では食べないという人が多いという。


「今年は北北西、でしたよね」
「ええ。でもまあ食べる食べないはその人たちの自由よね。ご利益がある、という人もいれば毛嫌いする女性も多いみたいだし」
「何故女性の方が毛嫌いするのデスカ？」
「ええと……説明しにくいわね……まあ、はっきり言うと……」

　遊希はエヴァにだけわかるようにそっと耳打ちをした。すると、瞬く間にエヴァの顔が真っ赤に染まっていく。

「日本人は変態デース！！」
「ちょっとどうしたのよ突然……」
「仮説を説明しただけ。まあわかる人にはわかるわよ」
「あわわ……時代劇の世界デース……小判を渡された悪代官に着物の帯を引っ張られてあ～れ～とかされてしまうんデース……」
「エヴァちゃんがどんなことを想像しているのかだいたいわかっちゃった自分がいるんだけど」
「まああんたも変態だからね、ロリ乃さん」
「変態って言うなし！ ロリ乃さん言うなし！」
「それでどうされますか？ 冷蔵庫の中には具がありますが……」
「具がある以上作らなきゃ勿体ないわね。起源は色々あるけど大丈夫よ！ だって美味しいんだから！」

　どこぞのアイドルのようなことを言いながら千夏は台所から炊き上がったご飯と酢と海苔と具を取ってきた。このような宗教的行事を信じる信じないは当人の問題であるが、この場にいる皆が共通して思っていることがあった。



　それは、今年もこうして5人仲良く日常を過ごせるように―――という純粋な願い。そんな5人は、この共通の願いが叶うことを信じている。