第62話：死闘の果てに　作：光芒

「千夏……なんでなの！？ ねえ、答えなさいよ！ 千夏！！」
―――遊希、落ち着け！！ まだデュエルの最中だぞ！！

　普段は冷静な遊希であるが、仲間たちを襲って傷つけた犯人が千夏だった、ということに酷く動揺していた。そんな彼女を光子竜は必死にたしなめる。

―――遊希、さっきの奴の言葉を思い出せ！
（奴の……言葉？？）

　光子竜は遊希に先ほど千夏が言った言葉を思い出すように促す。それは「この身体の元の持ち主」という言葉だ。仮にこの言葉が事実なら千夏は何者かに操られているということがわかる。
　確かに入学から数か月間千夏と過ごしてきた遊希ならわかることなのだが、千夏が正気なら今自分がやっている行為には誰よりも怒りを露わにするであろう。直情的で無鉄砲なところはあるが、三度の飯よりもデュエルを愛する。それくらいデュエルが好き。それが陽川 千夏という少女なのだ。

「……一つ、いいかしら」

　光子竜の言葉を聞き、遊希は高ぶる感情を抑えながら千夏に問いかけた。千夏はニタリと笑いながら『イイヨォ』と返す。

「千夏……その身体の元の持ち主に何をした」
『……別ニ何モシテナイヨォ？ タダ目的ヲ果タスタメニ申シ分ナイ強サヲ持ッタデュエリストダッタカラ一ツ手駒ニサセテモラッタダケサァ』
「……手駒？ 人の親友を捕まえて手駒呼ばわり……ふざけるな」

　遊希は千夏を指差す。そして怒りを露わにして告げた。

「何処の誰だか知らないけれど、宣言するわ。私はお前を叩き潰す！ そして私の親友を侮辱したことを後悔させてやる！！ 懺悔の用意をしておきなさい！！」
『オオコワイコワイ……オット、今ハアタシノターンダッタネ。ドロースルヨォ！！』

　千夏がデッキからカードをドローする。その瞬間、遊希と光子竜の脳裏に何か小さく電撃のようなものが走った。

（光子竜、今のは……）
―――お前も感じたか。何やら強い力が……
『セッカクダカラコノモンスターデ決メテアゲル！ マズハ墓地ノスピードリバースノ効果ヲ発動！』
「墓地から魔法カードを発動！？」
『コノカードヲ除外スルコトデ墓地ノスピードロイド1体ヲ手札ニ戻ス！ 戻スノハSRベイゴマックス！ ソシテ自分フィールドニモンスターガ存在シナイ時、ベイゴマックスヲ特殊召喚スル！ ベイゴマックスノ効果デデッキカラタケトンボーグヲサーチ！ ソシテ特殊召喚シ、即リリース！ デッキカラチューナーモンスター、赤目のダイスヲ特殊召喚ダァ！』

　千夏のフィールドにはレベル3のベイゴマックスとレベル1のチューナーモンスター、赤目のダイスが揃う。今のままではレベル4、しかもタケトンボーグの効果を使った影響で風属性のモンスターしか特殊召喚できなくなっている。
　レベル4のモンスターで攻略しようにも正攻法でFA・フォトン・ドラゴンを倒せるモンスターはまず存在しない、と言ってもいいだろう。しかし、赤目のダイスにはレベル変更効果がある。

『赤目のダイスノ効果ヲ発動！ ベイゴマックスノレベルヲ6ニスル！！』

SRベイゴマックス　レベル3→6

（これでフィールドのモンスターのレベルの合計は7……）
『アタシハレベル6トナッタベイゴマックスニ、レベル1ノチューナーモンスター、赤目のダイスヲチューニング！』

　ベイゴマックスの身体が6つの星へと変わり、赤目のダイスが変化した1本のリングを通り抜ける。この瞬間、遊希と光子竜は今までに感じた事のない殺気を感じ取った。

『“透キ通リシ神秘ノ翼ヲ持ツ竜ヨ、ソノ美シクモ雄々シキ身体ヲ翻シ、天ヲ駆ケ敵対スルモノヲ殺戮セヨ！！”シンクロ召喚！ 舞イ降リヨ、ソシテ恐怖ヲ植エ付ケロ！！“クリアウィング・シンクロ・ドラゴン”！！』


※クリアウィング・シンクロ・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星7/風属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
(1)：1ターンに1度、このカード以外のフィールドのレベル5以上のモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。
(2)：1ターンに1度、フィールドのレベル5以上のモンスター1体のみを対象とするモンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし破壊する。
(3)：このカードの効果でモンスターを破壊した場合、このカードの攻撃力はターン終了時まで、このカードの効果で破壊したモンスターの元々の攻撃力分アップする。


　遊希の前に立ちはだかったのはその名が表す通り透き通った透明の美しい翼を持ったドラゴンだった。しかし、その美しい姿からは想像もつかないほどのどす黒い混沌のような力を感じる。目の前に立っているだけで常人なら戦意を失ってしまうであろう説明し難い力が感じられた。

「クリアウィング・シンクロ・ドラゴン……こいつ……なのよね」
―――ああ、千夏から感じる禍々しき力の正体だ。もっとも私のような精霊と呼べるほどのものではないが……

　光子竜の言う通り、このクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが千夏を操るにあたって最も大きな力を発揮しているモンスターではある。しかし、光子竜やスカーライトのように宿主とコミュニケーションを取るだけの力を有しているほどのものではなく、元々は何の変哲のないカードだった。
　だがその何の変哲もないはずのカードがこうしてデュエリストを暴走させているということは、そのカードにそれだけの力を与えることの出来る何かが存在している、ということもまた事実であった。

―――確実であるとは言えないが……私とスカーライト以外の精霊が噛んでいる、そのはずだ。
「そう。でも精霊だろうとなんだろうと関係ないわ。誰であろうと……ぶっ潰すだけよ！」
『ブッ潰ス……ネェ。デモクリアウィング・シンクロ・ドラゴンニブッ潰サレルノハオ前ノ方ダヨ！ アタシハ手札カラ“SRシェイブー・メラン”ヲ召喚！』


※SRシェイブー・メラン
効果モンスター
星4/風属性/機械族/攻2000/守0
(1)：このカードは召喚したターンには攻撃できない。
(2)：1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。このカードを守備表示にし、対象のモンスターの攻撃力はターン終了時まで800ダウンする。


『シェイブー・メランノ効果発動！ 1ターンニ1度、コノカードヲ守備表示ニスルコトデフィールドノ表側表示モンスター1体ノ攻撃力ヲターン終了時マデ800ポイントダウンサセル！』
「攻撃力ダウン……それでFA・フォトン・ドラゴンの攻撃力を下げたところでクリアウィング・シンクロ・ドラゴンの攻撃力ではどうにもならないわ！」
『誰ガFA・フォトン・ドラゴンヲ対象ニスルッテ言ッタァ！ 対象ハアタシノクリアウィング・シンクロ・ドラゴンダヨ！！』
「なっ……！！」
『ソシテクリアウィング・シンクロ・ドラゴンノ二ツ目ノ効果発動！ 1ターンニ1度、フィールドノレベル5以上ノモンスター1体ノミヲ対象ニスルモンスターノ効果ガ発動シタ時、ソノ発動ヲ無効ニシテ破壊出来ル！ ソシテコノカードノ効果デモンスターヲ破壊シタ場合、クリアウィング・シンクロ・ドラゴンノ攻撃力ハターン終了時マデソノモンスターノ攻撃力分アップスル！！』

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン ATK2500→4500

「攻撃力4500！？」
『ダカラ言ッタダロウ！ 潰サレルノハアンタノ方ナノサ！！ バトルフェイズ！！ クリアウィング・シンクロ・ドラゴンデギャラクシー・アイズ FA・フォトン・ドラゴンヲ攻撃！“旋風のヘルダイブ・スラッシャー”！！』

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン ATK4500 VS ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン ATK4000

「そんな……駄目デス……遊希サン！！」

　この攻撃が決まってしまえば500の戦闘ダメージが発生し、残りライフ400の遊希の敗北が確定してしまう。エヴァが涙混じりに遊希の名を叫んだ。

『キャハハッ！！ 死ネェ、天都 遊希ィ！！』
「……大丈夫よエヴァ。ねえ、千夏？ あの時のデュエル、覚えてるかしら？ 前に私が銀河眼の重力竜とサイバー・ドラゴン・インフィニティでワンショットキルを決めた時のこと」

　千夏からしてみればあのデュエルは決して忘れられないものになっているはずだ。しかし、今の千夏にその言葉は届かない。

「千夏、私はあんたの前向きさとどんなに転んで決してへこたれない強さは凄いと思うし尊敬してる。でもね、そんなあんたにも言っておきたいことがあるわ。あんたね……いつまで経っても、どんな時でも詰めが甘いのよ！！ リバースカードオープン！ ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴンを対象に罠カード、ギャラクシー・ジャベリンを発動！！」
『ギャッ、ギャラクシー・ジャベリン！？』
「発動後このカードは攻撃力800ポイントアップの装備カードとなる！！ よってギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴンの攻撃力は……」

ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン ATK4000→4800

『……攻撃力4800！？』
「さっきの言葉、そのまま返すわ。潰されるのはあんたなのよ！！ 迎撃せよ、FA・フォトン・ドラゴン！“壊滅のフォトン・ストリーム”！！」

クリアウィング・シンクロ・ドラゴン ATK4500 VS ギャラクシーアイズ FA・フォトン・ドラゴン ATK4800

　まるで高速回転するドリルのように空間を切り裂きながら突撃してきたクリアウィング・シンクロ・ドラゴンであるが、ギャラクシー・ジャベリンによって強化されたFA・フォトン・ドラゴンの攻撃によってその勢いを殺され、やがて光の粒となって消滅してしまった。
　この攻撃で千夏が受けたダメージはわずか300であるが、千夏を洗脳するにあたって最も大きな力を発していたクリアウィング・シンクロ・ドラゴンが破壊されたことでこれまでのどの攻撃よりも千夏ならびに千夏を操っていると思われる存在に対するダメージは大きいようだった。

千夏 LP2000→1700

『グアアアッ……！！』
「モンスターを戦闘破壊したことにより、ギャラクシー・ジャベリンの効果を発動！ 破壊したモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手ダメージに与える！ クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの攻撃力は4500……よって半分の2250のダメージを受けなさい！！」

ギャラクシー・ジャベリンによるバーンダメージ 2250

『―――！！！』

千夏 LP1700→0


　デュエルに敗北した千夏の身体が大きく後ろに吹き飛ぶ。敗れた千夏はこのデュエルのダメージがよほど大きかったのか、全身の至る所に切り傷擦り傷を負っており、所々に出血も見て取れた。

「……千夏……ごめんね、千―――」

　そして勝利を見届けた遊希もまたその場に力なく崩れ落ちた。





＊





「遊希サン！ 遊希サン！！」

　次に遊希が目覚めたのは保健室のベッドの上だった。前にここを利用した時は綾香が傍で見守ってくれていたが、今回はエヴァと竜司とミハエルの三人が遊希が目を覚ますのを待っていた。
　竜司とミハエルをはじめとした教師たちは校長室と職員室でそれぞれ大会の進行に異常がないか見守っていたのだが、カメラで監視しているうちは何の異常も見受けられなかったのである。
　しかし、遊希が千夏とデュエルをしていた時、同時間帯千夏同様操られた学生たちが他の学生を襲っていたことが職員室に逃げ込んできた生徒によって発覚し、教師たちは遊希同様戦い被害の拡大を最小限に抑えたのだ。

「エ……ヴァ？」
「遊希くん！ 無事だったか！！」
「目を覚ましてくれて良かった。君には色々と尋ねたい事があるのでな」

　遊希と共に事の顛末を知るエヴァはともかく、その場にいなかった竜司とミハエルは色々と遊希に聞きたいことがあるようだった。しかし、そんな彼らよりも先に遊希は3人に問いかける。

「千夏……千夏は！！」
「陽川くんは……命にこそ別状はないが意識はまだ戻っていない」
「エヴァ・ジムリアに聞いたのだが、他の生徒たちを襲って危害を加えたのが陽川 千夏、というのは事実なのか？」
「……」

　遊希は無言で首を縦に振った。しかし、これは事実であって事実ではなかった。

「確証は無いんですが、あれは千夏であって千夏じゃなかった」
「……どういうことだ？」
「デュエルの最中会話をしたのですが、千夏は操られていました。そして未知のカードもたくさん使ってきました」
「未知のカード？」
「SRというカードでシタ。私も見たことがないカードデス」

　千夏が使ったカードのことを説明すると、竜司とミハエルは互いに顔を見合わせる。大会の数日前、I2社と海馬コーポレーションで開発中のカードとデュエルディスクが奪われるという事件があった。
　しかし、報道された時にはカードとデュエルディスクが盗まれた、ということのみが報道されたためその子細を知る者は少ない。だが竜司とミハエルはその立場上、I2社から盗まれたカードのことについて詳しく聞いており、その盗まれたカードをまとめたリストの中に千夏が使用したSR、そしてクリアウィング・シンクロ・ドラゴンの名前があったのだ。

「陽川くんを搬送した時、彼女のデュエルディスクから大半のカードを回収した。しかし、1枚だけ見当たらないカードがあった」
「……クリアウィング・シンクロ・ドラゴン」
「ああ。そのカードはいくら周囲を捜索しても見つからなかったんだ」
「……光子竜が言っていたのですが、千夏を操るにあたって最も大きな力を担っていたのがそのカードだったそうです」
「精霊とはそこまでわかるものなのか？」
「はい。ですがクリアウィング・シンクロ・ドラゴンは精霊じゃありませんでした。ただクリアウィング・シンクロ・ドラゴンに一人の人間を操るだけの力を与える何かが別にいます。私でもエヴァでもない。三人目の精霊使いが……」

　遊希は今わかっていることを出来る限り竜司とミハエルに伝えた。その最中、遊希はとあることに気付く。

「……校長先生」
「なんだい？」
「二人は……綾香と詩織は……？」

　目覚めたばかりで混乱していた、というのもあるが遊希は本来この場にいるであろう綾香と詩織の姿が見えないことに気付いた。

「……！！」
「校長、そろそろお時間です。ここは私が……」
「す、すみません。ではお任せします」

　遊希の問いに答える前に竜司はそそくさとこの場を後にする。保健室を出ていく竜司の顔はいつにもなく深刻なように思えた。

「……教頭先生？」

　竜司を追い出す形でその場に残ったミハエルもすぐには遊希の問いに答えようとはしなかった。だがそれには理由があり、彼は心の中でもう一人の自分とせめぎあっていた。

（……昔からこういう役回りは慣れていたが……このようなことを私の口から言わねばならぬとはな……神よ、この運命を恨むぞ）
「教頭先生……どうしたんですか？？」

　横になりながら黙り込むミハエルを真剣な目で見つめる遊希。ミハエルは後ろを向き、独り言を言うかのようにつぶやき始めた。

「心を落ち着かせて聞いてほしい。今回の事件で多数の生徒が負傷し、大会は継続困難となった。数日中にも中止が言い渡されるだろう。そして我々と警察の調査により、負傷者はもちろん行方不明者の存在も確認された」
「行方不明者……」
「そして行方不明者は二人。その二人の名を言おう」
















「行方不明者は―――星乃 綾香と月宮 詩織だ」