第26話：ようこそアカデミアへ　作：光芒

　トライデント・ドラギオンの3連打によって男のライフは尽きた。対するエヴァは1ダメージも受けずの勝利である。
　まさか1ダメージも与えられないで負けるとは思っていなかった男はショックのあまりその場に崩れ落ちた。そんな男の心中を知ってか知らずかエヴァは純粋に勝利の喜びを満面の笑みで表す。

「Спасибо（スパシーバ）、楽しいデュエルデシタ！」

　そう言ってする無邪気なガッツポーズは敗れた男たちの神経を逆なでする。負けた男は取り巻きの二人に命令すると、デュエルディスクを折り畳んでカバンにしまおうとするエヴァを取り囲ませた。

「……？ なんですカ？」
「お嬢ちゃんデュエル強いねー……お兄ちゃんたち驚いちゃったよ」
「エヘヘ、褒められると照れくさいデス」
「可愛くて強くて……俺たちももーっと楽しみたいんだよねぇ」

　負けた男は意地汚い笑みを浮かべながらエヴァを壁際に追い込むと、エヴァの顔の近くに手を置いてエヴァを動けなくする。

「あら……これは日本で今流行ってる壁ドンというものですネ！ 一度されてみたかったデス！」
「そうかい……じゃあその先に行ってみようか」

　どこまでも無邪気なエヴァに対し、男が服に手をかけようとしたその瞬間。男の頭に「カン！」という音と共に軽い衝撃が走った。

「っ……なんだ！」

　周囲を見回すと、男の足元には空き缶がコロコロと転がっている。そしてその空き缶を投げた主が表通りがゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。光子竜の導きによってこの場にたどり着いた遊希である。
　彼女は男たちがエヴァに手を出そうとするその瞬間にエヴァを見つけ、咄嗟に持っていた缶を投げつけたのだ。

「なんだお前は！」
「……何も知らない外国の女の子を路地裏に連れ込んで何をしようとしてるのかしら？」

　癖のかかった黒髪が風にたなびくさまは美しい。しかし、そんな遊希の顔は怒りと呆れに染まっていた。

「あなたは……天都 遊希サン！」

　エヴァが遊希の名を呼ぶと、遊希は小首を傾げる。

「あら、私のことを知ってるの？ エヴァ・ジムリアさん」

　遊希がエヴァに問い返すと、男たちの表情が一変した。

「あ、天都って……あの天都 遊希かよ！？」
「そんでこっちは現役プロデュエリストのエヴァ・ジムリア……クソッ、道理で馬鹿みたいに強いわけだ！」

　男たちはエヴァから離れて身構える。デュエルではまずこの2人に勝てるわけがない。それは男たちが一番理解していた。だが腕力ならまず負けない。相手のスキをついてなんとか抑え込めばエヴァのみではなく遊希にも……と思っていた矢先。大通りから綾香の声が響く。

「遊希、どこ！ お巡りさん連れてきたよー！」

　遊希と別れて探していた綾香は警察にエヴァ捜索の協力をしてもらっていた。自分がアカデミア校長の娘であり、また行方不明になった外国からの留学生を探している、とあらば地元警察も協力しないわけにはいかなかった。

「こっちよ！」
「サツだと……クソッ、ずらかるぞ！！」

　男たちは路地の奥に向かって一目散に逃げ出した。警察官たちは男が逃げていく方向を見ると、二手に分かれて追いかけていった。
　これは後で聞いたことなのだが、最近子供や女性のデュエリストから恐喝まがいの手で金銭やカードを奪う輩がいるということであり、警察としても絶対に逮捕しなければならない存在だったという。どちらにせよエヴァが男たちの毒牙にかかる、という最悪の事態は未然に防ぐことができた。

「さて、怪我はないかしら」
「ハイ。あの……あの人たちはなんでお巡りさんから逃げたんデスカ？」
「……まあ悪いことをしていたからでしょうね。あなたも被害に遭うところだったのよ？」
「そうなんデスカ……あの人たち、本当に悪い人だったのでしょうカ。レアカードまで買ってくれたのに……」

　男たちが犯罪者であることを知ったエヴァは悲しむと同時に憂いを帯びた表情をする。今時こんな純粋な少女がいるのか、と遊希は素直に感心してしまった。そして遊希の関心はエヴァから自分の後ろに子どものように隠れている綾香に向かう。
　連れてきた警察官たちが男たちを追って行った後、綾香はなぜかずっとこうして恥ずかしそうに遊希の後ろに隠れながらこそこそとエヴァを見つめていたのだ。

「で、あんたはいつまでそうしてるのよ」
「だ、だって……本物のエヴァちゃんよ。すごく可愛いじゃない……」
「？……あなたは誰デスカ？」

　綾香を見つけてきょとん、とするエヴァ。その仕草に綾香からは「キュン」と変な声が出る。漫画でさえも効果音で済まされるものを自分の口で言う人間は初めて見た。

「この子は綾香っていうの。星乃 綾香」
「ホシノ……もしかしてホシノ リュウジさんの娘さんですカ！ あなたのお父さんにはとてもよくしてもらいマシタ！」

　覚えたてな片言の日本語に時折ロシア語を混ぜながら目をキラキラさせて竜司との思い出を語るエヴァに対し、綾香は何故か頬を紅潮させながらそれを聞く。

「ちなみに彼はあなたがこれから通うアカデミアの校長であり、私たちはそこの生徒なのよ。学年は？」
「1年生デス！」
「じゃあ私たちと同学年ね。宜しく」
「はい、ヨロシクオネガイシマース！」

　エヴァの元気いっぱいの宜しくお願いします、に何故か綾香は一人身悶えるのであった。





＊






「まさか直通のバスがあるとは思いませんデシタ」
「そう。ちゃんと待ち合わせ場所で会えていればこんな手がかかることはなかったのよ？」

　遊希の左隣の席に座る綾香から「あんたのせいでしょ」とぼやきが聞こえてくる。遊希はそれを無視して続けた。

「さて、学校に着いたらまずは校長先生のところに案内するわ。さっきメールしたけど予定より早く用事が済んで戻っているそうだから」
「パパに会ってもらってどうするの？」
「一応初めての留学生だから、ってことで校長が色々と案内して回るらしいわ。まあ十中八九私たちも付き合わされるけどね」

　そんな話をしているうちにバスはアカデミア前のバス停に着こうとしていた。下車のためのブザーを押し、停留所に着いたバスから遊希たちは降りた。
　初めて見るデュエルアカデミア・ジャパンの校舎にエヴァはただただ子供のように目をキラキラさせていた。自分たちは普段から見慣れている建物なので何も感じない遊希と綾香であったが、外国人からしてみればこの国の建造物の何もかもが新鮮に見えるのだろう。
　少し歩くわよ、と付け加えて遊希たちはエヴァを校長室へと案内する。校長室では少し焦った様子の竜司が落ち着かない様子で机の周りを歩き回っていた。手違いがあって合流に手間取った、という話は綾香から連絡を受けて聞いていたため、気が気でなかったのだった。

「ゴブサタしていマス、星乃さん」
「ああ、エヴァくん……無事到着できたようで何よりだよ。天都くんも綾香も連れてきてくれてありがとう」
「……まあ約束しちゃいましたからね。負けた私が悪いんですし」

　遊希の口から出た「負けた」という言葉に綾香が反応する。

「何？ 負けた？」
「言ってなかったかしら。最初は断るつもりだったけど校長先生とのデュエルに負けたからさ。だからこの役を引き受けた訳」

　綾香はここ数日遊希がどこか気が沈んでいるように見えた理由をようやく理解した。薄々感じ取ってはいたが本人に聞いても「何でもないよ」の一点張りだったため極力気に留めないようにはしていたのだが。
　遊希はそういうことに触れられるのは好きではなさそうとはいえ、気づけなかった自分はどうなのだろうか、と綾香は思った。

「綾香……綾香？」
（遊希にデュエルで勝つ……やっぱりパパはすごいなぁ。それに比べて私は……）
「綾香？」
「！？ なっ、なに！？」
「もう。聞いてなかったの？ これから校長がエヴァのために校内施設を案内するから私たちもついてくって」
「わ、わかった……ってちょっと待ってよ！ 置いてかないでー！！」





＊





　その後、竜司はエヴァにアカデミアの各施設を案内して回った。教室や体育館はもちろん、部活棟や食堂から生徒寮まで幅広く。ちなみにエヴァは遊希たちは違う新設されたばかりの留学生用の寮に入るとのことだった。最も生徒用施設の用途や使用感は遊希や綾香が主に説明していたのだが。

「ここの購買は凄いデスネ！ 駅前のカードショップに引けを取らないデスヨ！」
「一応デュエリストのための学校だからね」
「まあ最新パックは発売日に基本的売り切れだけどね……」
「さて、ここが最後。デュエル場だよ」

　最後に案内されたのがアカデミアのメインデュエル場である。授業中以外は学生用に開放されており、許可さえ取ればいつでもデュエルができる場所だ。海馬コーポレーションと業務提携して設営された最新型のデュエルリンクは日本にも数台しかないものであり、その設備の整い具合は海外からも注目されているものなのだ。

「凄いデス！ 私もここでデュエルできるんデスネ！」
「ああ。まあ今はゴールデンウイークの真っ最中だから誰も使わないだろうけどね」
「あの……今は……」
「今？」
「ハイ！ 私、今ここでデュエルをしてみたいデス！」

　眼をキラキラと輝かせて懇願するエヴァ。困った感じの竜司と綾香の期待を込めた視線が遊希に向かう。遊希は正直今デュエルをしたい気分ではなかった。

「……わかったわよ。私でよければ」

　かつてのプロデュエリストと現役プロデュエリスト。二人の一世を風靡した少女たちのデュエルが閑散としたアカデミアで始まろうとしていた。