第50話：誇りを賭けた戦い　作：光芒

　服を選び終えた遊希たちは同じ商業施設にあるフードコートへと足を運んでいた。買い物が終わった時間がちょうど昼時だったのもあってやや混雑していたが、なんとか3人掛けの席を選ぶことが出来た。

「すいません、服だけじゃなくてランチまで奢ってもらって……」
「いいのよ。娘と買い物してるみたいで楽しかったわ」

　遊希と千夏が出会った女性こと“綾瀬（あやせ）”は娘が遊希たちと同じ高校1年生ということもあってか、彼女たちには親近感を覚えていた。そしてより親近感を覚える理由の一つとしてその娘もまた遊希たちと同じデュエリストであり、アカデミアの学生だったのだ。

「綾瀬さんの娘さんも私たちと同じアカデミアの1年生なのね。でも綾瀬って名前の子いたかしら？」
「さあ……出会ったことはないわね」
「まあ学生の数が多いらしいから中々出会えないかもしれないわね……もし娘とデュエルする事があったら宜しくね？」

　そう言って首を小さく傾げてニッコリと笑う綾瀬。もし家族が皆健在ならば彼女のような母親だったのだろうか。母とこうして服を選んだり食事をとったり、もしデュエルを教えていれば家族でデュエルができたのだろうか。
　空っぽの遊希の心にはとっくの昔に忘れていた感情、思春期の少女が持つ情愛がぽつぽつとこみ上げてくる。

（……私も……お母さんと一緒に買い物とかしたかったな……）
「遊希？」

　考え込んでいたため、千夏の何でもない言葉に酷く動揺する遊希。手に持ちかけていたフォークを床に落としてしまうほどだった。

「っ、な、何かしら？」
「早く食べないと冷めちゃうわよ？ ほら、これ新しいフォークよ」

　動揺を悟られまいと食事を口に運ぶ遊希であったが、急にかき込んだため、喉につかえてしまった。そんな遊希の背を綾瀬は優しく撫ででは水を差しだすのだった。





＊





「ごめんなさいね、我が儘言っちゃって」

　ランチの後、遊希と千夏は綾瀬を地元のカードショップに連れていくことにした。実は彼女も結婚・出産を経験するまではいちデュエリストであったのだが、育児と家事に追われるにつれてカードショップに一人で足を運ぶのが少々恥ずかしくなってしまっていた。
　現状カードショップは主に若いデュエリストが使う場所であり、綾瀬のような40代の女性が一人で足を運ぶには確かに敷居が高い場所でもあった。

「いえいえ、服にランチまで奢って頂いたんですからこちらとしても何かお返しがしたかったので」
「綾瀬さんはどんなデッキを使ってたの？」
「そうねぇ……あまり大声では言えないけどデュエルモンスターズの黎明期に出たカードのデッキでね……」

　二人が案内したのは街中にある一番規模の大きいカードショップであった。以前エヴァが不良たちにカードをせびったのもここであり、アカデミアの生徒から近所の子供たちまで幅広い世代のデュエリストが愛用している店でもある。

「わぁ……カードがたくさん」
「取り敢えずデッキに入るカードを選んでおいてください。私たちは他を見てますんで」
「わかったわ！！」

　よほど嬉しかったのか、綾瀬はすぐに新発売のカードが並べてあるショーケースへと向かって行った。最近は過去に登場したカードのリメイクカードを多く登場させるなど古参のデュエリストを呼び戻さん、というI2社の販売戦略が見て取れる。

「さて、せっかくだし私もカードを探そうかしら」
「遊希も？ 遊希のカードって一般に出回ってないんじゃないの？」
「ギャラクシー、はね。でもギャラクシーモンスターと上手く組めるモンスターはあるわ。それにギャラクシーモンスターだけに頼らないデュエルも出来るようになりたいのよ」
「じゃあ私もHEROのカードを探そうかしら？ 遊希、ゴチになります！」
「は？ あんたは自腹で買いなさい」
「遊希のケチ！」

　遊希と千夏が子供のケンカのような言い争いをしていたころ。綾瀬は自分のデッキに合う新規カードを大量に選んでは店員に在庫があるか確認する。新規カードではあるが、今の若いデュエリストに綾瀬が使うデッキに入るようなカードは受けが悪かったのか、高レアリティのカードでも比較的値段は落ち着いていた。

「このカードを入れてこのカードを発動して……なんだか昔を思い出すわね」

　綾瀬は昔を思い出していた。学生時代、必死に集めたカードで組んだデッキで勝ち負け関係なく皆で楽しくデュエルが出来ていたそんな時代。
　そんな中、出会ったのが当時プロデュエリストを目指してデュエリストしての研鑽を重ねていた夫であった。夫の夢を当時恋人として必死に応援し、夫がその夢を叶えると、彼女はデュエルディスクを置き、彼のサポートに回った。
　そして生まれた娘もまた父や自分と同じデュエリストを志し、その夢に向かって一歩一歩進んでいる。その姿を見て、綾瀬はまたデュエルディスクを手に取る日が来ることをずっと待ち望んでいた。それが今日だったのかもしれない。

「よーし、こんなところかな。店員さーん」

　購入するカードを選び終えた綾瀬がカウンターの店員を呼ぼうとすると、店員たちが店の入り口に固まっていた。目を凝らして見ると、店員たちと三人の若い男性たちが何やら言い争いをしているようだった。

「なんで俺たちが出禁なんだよ！」
「君たちは小学生のデュエリストにシャークトレードを持ちかけたそうだね。そういう方の入店はお断りさせて貰います」

　シャークトレードとは、レアリティの釣り合わないものを無理やり交換させることであり、デュエルモンスターズをはじめとしたトレーディングカードの世界ではタブーとされている行為である。

（まだそんなことをやってる人いるのねぇ……）
「証拠はあるのかよ証拠は！」
「子供たちの証言に君たちの外見がぴたりと合う。一人は細身のパンクファッション、一人は恰幅のいい坊主頭、そしてリーダー格の一人は尖った髪型に両耳にピアスが2つずつ開いている」
「……映像や写真はねーのかよ。だったら明確な証拠にはなんねえだろ？」

　店側としてはこのような不良デュエリストを店に入れるわけにはいかないだろう。そのようなデュエリストが常連となってしまえば、きっと他のデュエリストはこのショップを敬遠して足を運ばなくなる。
　そうなってしまうとデュエリストとしてのモラルを問われるのはもちろんのこと、経営面にも影響を及ぼしてしまうのだ。

「とにかく、俺たちがやったっていう明確な証拠を出してもらわなきゃ納得できねえよ」
「っ……だったら警察に……」
「サツを呼んだらそれこそサツに頼らなきゃなんもできねー店って評判が出回るぜ？ ほら、できねーなら退けよ！」

　そう言ってピアスを開けたリーダー格の男が店員を突き飛ばして店に押し入ろうとする。そんな三人組の通り道に立ちはだかるように立ったのが他ならぬ綾瀬だった。

「……なんだよババア。そこ退けよ」
「悪いけど退くわけにはいかないわね。ここはみんなで楽しくデュエルをするところよ？ あなたたちのように暴力を振るう人を入れるわけにはいかないわ」
「ったく、なんなんだよ今日は。言いがかりはつけられるは変なババアに絡まれるわ……」
「ごめんなさいね、変なババアで。でも曲がりなりにも年上に対してそんな言葉遣いされると変なババアでもさすがに怒るし、あなたたちをここで見逃すのは癪よ」

　そう言って綾瀬は旧型のデュエルディスクを構える。それを見た若者たちはぶっ、と噴き出した。

「なんだよアンタ！ その年でデュエリストかよ！！ 年齢考えろよ！！」
「あら、お年寄りのプロデュエリストだっているんだから年齢は関係ないわ。心が若ければそれでいいのよ」
「口のよく回るババアだ……いいぜ、だったら俺がそのデュエル受けてやるよ。言っておくが俺はつえーぞ？」

　若者たちのリーダー格の言葉は嘘ではなかった。この男のデッキの半分はアンティールールなどで他人から半ば強引に分捕ったカードで構成されてはいる。しかし、それでも彼らの存在がブラックリストに載っていない他の町のショップ大会では優勝を繰り返している。手段こそ非道であるが、その実力は本物なのだ。

「だったらその腕、このおばさんに見せて頂戴？」
「っ……おいお前らもデュエルの準備をしろ。こっちは三人で行かせてもらう」

　男たちは綾瀬が一人であると思い、3対1でデュエルをすれば確実に勝てると踏んでいた。実際問題今日デュエリストとして復帰をする綾瀬が3人相手に勝てる道理はないだろう。しかし、今日の綾瀬は一人ではない。

「綾瀬さん！」
「騒がしいから駆けつけてみたら……」

　そこにはデュエルの準備を済ませていた遊希と千夏の姿があった。購入しようとしているカードを試験的に組み込んでデッキを回すつもりであったが、綾瀬が絡まれているのを見て一目散に駆けつけたのであった。

「連れがいやがったか……だったら三人まとめて潰してやる！」
「何があったか知らないけれど、その言葉そのままそっちに返してやるわ」
「そうよ！ 私の眼が黒いうちはあんたたちなんかに好き勝手させないんだから！！」

　このカードショップの屋上にはデュエル専用のスペースがある。そこで6人はデュエルをすることになった。突然の出来事にそのショップにいた誰もが屋上に駆けつけ、まるで大会が行われているような賑わいを見せることになった。
　綾瀬と遊希は事前に選んだカードを購入し、そのカードをデッキに入れて調整するため、10分の猶予を与えられた。デッキ調整が終わった後、綾瀬は申し訳なさそうな顔をして遊希と千夏を呼び出した。

「二人とも、ごめんなさい！」

　デュエルの前、綾瀬は遊希と千夏に深々と頭を下げる。自分の勇み足で二人に迷惑をかけてしまったことが、年長者としてどうにも謝らずにはいられなかったのだ。
　ただし、綾瀬の中にある「デュエリストの誇りを傷つける」行為をしていた若者たちを許すことは出来ない、という気持ちは遊希と千夏にも伝わっていた。遊希たちは綾瀬に頭を上げるように促す。

「気にしないでください、あなたには恩があります」
「そうよ！ 第一私もその場にいたら綾瀬さんと同じことをしていたわ！ 取り敢えず今は私たちの正しさを証明するため、目の前のデュエルに勝ちましょう！！」

　遊希と千夏、そして綾瀬は円陣を組み、勝ちを誓う。彼女たちの負けられないデュエル。デュエリストとしての誇りを賭けたデュエルが始まろうとしていた。