第11話：ルームメイト　作：光芒

　竜司の指示で体調が戻った遊希を綾香が自分たちの部屋へと連れて行く。まだ少しフラフラしているようではあるが、人の手を借りずに歩ける辺り、だいぶ体力は回復しているようだった。

「いい！？ 明日からはガイダンスに施設紹介とか色々あるからね、忘れるんじゃないわよ？」
「わかってるわよ。で、なんであなたがいちいち私に説明しているわけ？ 大好きなパパから直に仕事頼まれたからって浮かれてるの？」
「ちっ、違うわよ！ どこかの誰かさんが見た目とデュエル以外からっきしだから私がわざわざこうして管理してあげてるのよ！ それもこれもズボラなあんたが悪い！」
「……」
―――遊希、お前の負けだな。
（うるさい）

　綾香と痴話喧嘩が出来るほどまで回復した遊希たちは自分たちの部屋の前に着いた。女子寮の4階は1年生が入ることになっている。学年が上がるごとに階が1つずつ下がっていく形式になっているため、1年生は授業に遅れないように早め早めの行動が義務付けられるのだ。
　そう言った意味では時間にルーズな遊希には綾香のようなきっちりした性格のルームメイトはうってつけなのかもしれない。

「そういえばルームメイトって誰なの？」
「それが私も知らないのよね……まあ入ってみればわかるでしょ」

　そう言ってドアをノックする綾香。中からは「どうぞ！」と元気のいい返事が返ってくる。綾香がドアを開けると、ドアを開けた先には一人の少女が立っていた。

「はじめまして、私は陽川 千夏！ 使用するデッキはひー……」
「ちょっと綾香。ここ小等部の寮じゃないの」
「そうみたいね。すいません、間違えました！」
「ま、待ちなさーい！！」

　部屋から出ようとする2人を顔を真っ赤にして引き止める千夏。自分の身長がただでさえ小さいことはコンプレックスだと言うのに、ここまで来て弄られるというのはさすがに堪えたようだった。

「同い年だから！ 同学年だから！！ ってかあんた受験の時会ったじゃない！」　
「わかってるわよそんなこと。ボケよボケ」
―――お前ボケとかするキャラだったか？
（……見ててイジりたくなるのよ。ああいうのって）
―――そういうものなのか？
「でもあなたたちが同じ部屋で良かったわ！ だってさっきのデュエル見ててすっごくわくわくしたもん！」

　背格好こそ中学生はおろか小学生と間違われかねないほど小柄な千夏であるが、デュエルに対する思いは遊希や綾香に負けないものを持っている。現に受験の時には皆が敬遠していた遊希に自分からデュエルを挑みに行くなど、デュエリストとしての気概はかなりのものであると言えた。

「ねえねえ！ デュエルしましょうよ！ デュエル！」
「……あ、あの……陽川さん、お二人はまだ体調が整っていないから……」

　何処からか聞こえるか細い声。声のした方を向くと、柱の陰からこちらを見つめる細身の少女の姿があった。

「あなたが4人目のルームメイト？ 私は星乃 綾香。知ってるとは思うけど、校長の娘よ」
「わ、私は月宮 詩織（つきみや しおり）と言います……あ、あの宜しくお願いします」

　何処か気弱そうな少女・詩織はそう言って恭しく頭を下げる。デュエル大好きな千夏とは異なり、彼女はそれほどデュエルが好きなわけではないようだった。デュエリストを育成するための学校ではあるが、ここの卒業生が皆デュエリストの道を選ぶかというと、そうでもない。
　卒業生の中には海馬コーポレーションにエンジニアとして就職する者やI2社にカードデザイナーとして就職する者もいる。そのため、詩織のような生徒も決して少なくは無い。

「私は星乃 綾香。でこっちが天都 遊希。さっきのデュエルを見ててくれたなら私たちの素性はわかるわよね？」
「ええ、片や星乃 竜司の一人娘で片や伝説の元プロデュエリスト！ デュエリストとしての闘志が昂ぶるわ！」
「……そんな、伝説なんて」
「そしてその2人を超えてもーっとビックになるのがこの私よ！」
「デュエリストとしての腕よりも先に身長を伸ばすべきね」

「なにをーっ！」と声を上げて遊希と綾香に飛び掛かる千夏。しかし体格差があり、かつ2対1とあってあっさりあしらわれる。そんな光景を見て居た堪れなくなったのか、詩織が新入生の取るスケジュール帳を取り出した。

「……あの、今夜は新入生の懇談会がありますが……」
「あまり人混みは得意じゃないんだけど」
「でもごちそうが出るみたいよ、パパが手配は大変だって言ってたわ」

　渋る遊希の肩を掴んで急かす綾香。ごちそう、と聞いて千夏の眼がキラリと輝く。

「じゃあ行かない選択肢はないわね！ 今後のために顔を売っておくのは大事よ！」
「と言うと？」
「だってそこで友達をいっぱい作っておけば色んな人とデュエルできるじゃない！ デュエリストたるものデュエルをしてナンボよ！」
（ごちそう目当てのくせに）
―――そうは言わずお前も参加したらどうだ？ 仲間は多いに越したことはない。
（……仲間ねぇ……）






＊





　デュエルアカデミア・ジャパンの敷地は存外広い。最も日本中から生徒を集めるのでそれくらいなければいけないのだが。新入生歓迎のセレモニーは遊希たちが寝泊まりする寮から少し離れた大広間で行われる。　その大広間は1年生のみならず全校生徒が余裕で入るくらいの広さを持っており、用途によって設備を変化させることも可能だ。それだけこのデュエルアカデミア・ジャパンに国家予算がつぎ込まれているため、竜司たち教員に課せられた使命も大きかった。

「わあーっ！ ごっちそーうだぁー！！」

　大広間に足を踏み入れた途端、千夏は食器を手に食べ物が置かれているコーナーに向かって一目散に駆けて行ってしまった。

「やーっぱりごちそう目当てだったのね」
「子供だもの仕方ないわ」
「わ……わかっているとは思いますが、彼女は同い年ですよ？」
「さてあんたはまだ体調が万全じゃないでしょ？ ご飯取ってきてあげるわ、何がいい？」
「じゃあ魚介類で」
「わかったわ。詩織は？」
「私は後で自分で取りに行きますので……先に天都さんと星乃さんの分でいいですよ？」

　2人分の皿を持って綾香は食べ物を取りに行った。まだ体調が万全でない遊希に詩織が付き添う形で大広間の端のベンチに座って待つことにした。