第75話：精霊の奇跡　作：光芒

『“数多ノ魂ヲ生贄トシ、蘇レ。地ニ縛ラレシ邪神ヨ！”降臨セヨ！“地縛神 Ccapac Apu”！！』


　“地縛神”と名のついたそのモンスターはとてつもなく巨大なモンスターだった。アカデミアの建物はデュエルをする関係上天井が高く作られている。それはソリッドビジョンに映し出される大型のモンスターを全身しっかりと映し出すためだ。しかし、このモンスターはそんなアカデミアの建物内には収まりきらないほどの巨体を持っていた。
　最もあくまでソリッドビジョンであるため天井を突き破る、ということはない。ただ仮想の存在とわかっていても相対する遊希とエヴァを圧殺するかのような邪悪な力をそのモンスターは発し続けている。

（光子竜！ あのモンスターは……）
―――あのカードは精霊ではないが……恐ろしい瘴気を感じる。まさに神と呼ばれるに相応しい存在と言える……


※地縛神 Ccapac Apu
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻3000/守2500
「地縛神」と名のついたモンスターはフィールド上に1体しか表側表示で存在できない。
フィールド魔法カードが表側表示で存在しない場合このカードを破壊する。
相手はこのカードを攻撃対象に選択できない。
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
また、このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。



「遊希くん！！」
「っ……校長先生、教頭先生」

　デュエルが行われていることに気が付いたのか、竜司とミハエルがその場に駆けつけた。しかし、二人もまた見たこともないような異様なモンスターを前に息をのむ。

「なんだ、この巨大なモンスターは……」
「……わかりません。ただ、あいつは“地縛神”と言ってました」
「地縛神……聞いたことがある」

　この世界には伝説こそ残っているが実在が定かではない“神”の名を持つカードがいくつか存在する。そのうちの一つがジェームズが呼び覚ました“Ccapac Apu”が属する“地縛神”である。
　地縛神は南アメリカ大陸にあるペルーに流れるナスカ川周辺の盆地に存在する地上絵に似た姿を持つ神とされている。その名が示す通り、地に縛られる神とだけあってフィールド魔法が存在しなくなれば自壊してしまうというデメリットがあるがそれを補って余りある効果を持つモンスターだ。
　竜司はこの“地縛神”という存在をかつてI2社の人間から聞いたことがあった。「ナスカの地上絵をモチーフにした強力なモンスターを作ることを検討している」、このI2社の人間から聞いた話を辿れば、このカードもまた開発途中のカードであり、SRや幻影騎士団同様黒幕によって盗難されたカードの一つであった。

『地縛神 Ccapac Apuは戦闘デモンスターヲ破壊シタ時、ソノモンスターノ元々ノ攻撃力分ノダメージヲ相手ライフニ与エル。神縛りの塚ノ効果ト併セレバ更ニ1000ノダメージヲ追加デキル』
「でもバトルフェーダーの攻撃力は0。1000のダメージじゃまだ私たちのライフは0に出来ないわ」
『言イ忘レテイタコトガアッタ―――地縛神ハ相手プレイヤーニ直接攻撃デキル』
「なっ……」
『今ハメインフェイズ2ダカラ攻撃ハ行エナイ。ダガ次ノターンデCcapac Apuヲ倒サナケレバ、貴様ラノ負ケトナル！ 最モ攻撃対象ニナラズ、効果ノ対象ニモナラズ、効果デハ破壊サレナイコノ神ヲドウ倒スノカ……カードヲ1枚セットシテターンエンドダ』
「待った！ エンドフェイズにリバースカードオープン！ 速攻魔法“サイクロン”で神縛りの塚を破壊するわ！！」

　神縛りの塚がサイクロンによって破壊された。これで地縛神は消える―――と思っていたがジェームズのフィールド魔法が破壊されてもなお地縛神はその場に残り続けていた。

「フィールド魔法が消えたのに……何故」
『勘違イヲシテイルヨウダカラ教エテアゲヨウ。地縛神ハ相手ノフィールド魔法デモ依代ニデキルノダヨ』
「っ……私たちの発動した闇氷の霊域ガ……」


ジェームズ　LP3500　手札0枚
デッキ：19　モンスター：1（地縛神 Ccapac Apu）魔法・罠：2　墓地：19　除外：2
エヴァ＆遊希　LP2100　手札2枚
デッキ：30　モンスター：1（バトルフェーダー）魔法・罠：2（闇氷の霊域）墓地：6　除外：5


☆TURN13


　遊希とエヴァのターンが回ってくる。このターンでCcapac Apuを撃破しなければ負けは確実。しかし、ジェームズの言っていた通り、攻撃対象に選べないモンスターをこの手札でどのようにして倒すのか。
　地縛神の弱点はフィールド魔法の損失であるが、遊希とエヴァのフィールド魔法である闇氷の霊域が発動している。そのため、自分たちのフィールド魔法を破壊でもしない限りCcapac Apuは自壊せず残り続けてしまうのだ。

（……どうしよう。何も打つ手がない……）

　この時ばかりは流石の遊希も諦めつつあった。そんな遊希の心中を察したのか、エヴァが遊希の耳元で小声で囁く。

「遊希サン」
「……何？」
「遊希サン、ありがとうございまシタ。後は私がやりマス。だから今すぐこの場を離れて下サイ」
「っ！！ 何を言って……」
「あなたまで巻き込みたくないんデス。あなたが私と一緒に倒れたら誰が綾香サンを助けるんですカ」
「そんな……だからと言ってあんたを見捨てたらどっちにしても後悔するじゃない……」

　遊希とエヴァは普段心に決めていたことを忘れてしまっていた。それは絶望的な状況においても、デッキからカードをドローするまで決して諦めない、という姿勢である。プロの時から心に刻み込んできたその精神すらも忘れさせてしまう。それだけこの状況の地縛神 Ccapac Apuの存在は大きかったのだ。

「早く下がって……そして……私の敵を―――！！」

　エヴァがそう言いかけた瞬間である。遊希とエヴァの脳裏に何者かの声が響いた。





―――バッカじゃないの！！ 何諦めてんのよアンタたちは！！





　遊希とエヴァは脳裏に響く怒声に驚いて互いの顔を見合わせる。

「遊希サン？ 今何か……」
「エヴァ、今の声が聞こえたの？」
「ハイ……しっかりと……」
「……！ ねえ、目をつぶって精神を研ぎ澄ませてみて」

　こんな時に何を、と思いつつエヴァは目を閉じ、無心になろうとする。次の瞬間、エヴァの目の前には灼熱のマグマが溢れかえる世界が広がっていた。

（こ、ここは……一体……）
―――……こっちよ、こっちを向いて。　
（誰ですカ……）

　戸惑うエヴァを呼びかける声。素直に声のした方に振り返ると、そこにはよく見知ったドラゴンの姿があった。傷を負った真紅の身体、折れた片方の角、プロテクターによって分厚く覆われた右腕。紛れもなく自分がずっと会いたいと思い続けていたドラゴンである。

（あ、あなたは……！）
―――まさか、こんな状況になって初めて会えるなんてね。あたしもビックリよ。もっとタイミングやムードってもんを理解してほしいわよね。
（レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト……！ 私……やっと精霊と……）

　目の前に悠然と立つスカーライトの姿を見たエヴァが嬉しさのあまり感涙しそうになる。今までどうやっても遊希と光子竜のようにコミュニケーションを取ることが敵わなかった存在。その精霊が目の前にいる、ということは自分も遊希と同じように精霊使いになれたということ。しかし、それについてはまだスカーライトは懐疑的な見方を示していた。

―――待った。あたしはまだあんたを正式にマスターとして認めたわけじゃないし。
（エッ……私じゃダメなんですカ……？）

　スカーライトはエヴァをまだパートナーとして認めてはいない。そんな彼女の言葉に対し、エヴァの両目には涙が浮かぶ。そんなエヴァを見たスカーライトはいやいやいや、とそれを否定する。

―――い、いやそうじゃないんだけどさ。今は目の前の現実を直視しようよマジで。

　スカーライトの世界の空には精霊の世界においても強大な力を発揮し続けるCcapac Apuの姿が映し出されていた。

―――あれ。どう思う？
（ど、どう思うと言われても……）
―――キモくない？ でっかくて真っ黒で！
（キ、キモい？）
―――あのキモい神をぶっ潰してあのキザ男に根性入れる。あたしたちがパートナーになるのはそ・れ・か・ら！
（そ、そうですカ……でもどうやってあのモンスターを倒すんですカ？）
―――あんたが本当にあたしに相応しいデュエリストなら、次のドローカードでこの状況を覆すことができる！ 今から元の世界に戻すから、ドローカードとエクストラデッキの一番上のカード。そのカードであいつぶっ倒してみなさい！

　エヴァが目を開いた。そして隣で見守る遊希の顔を見てニッコリと微笑んだ。遊希もエヴァが何を感じたか理解できたようだった。

「遊希サン。デッキトップのカードが……」

　眼を閉じる前まで何の変哲もないカードだったエヴァのデッキトップのカードが光り輝いていた。そしてデュエルディスク内のエクストラデッキを収納するスペースからも眩い光が溢れ出している。

『何ダ、コノ光ハ……不愉快ダ』
「エヴァ！」
「ハイ！」

　エヴァは手を伸ばし、遊希と二人でデッキトップのカードを掴む。

「「私たちの……ターン、ドロー！！」」

　二人がドローしたカード。それは見たことも聞いたこともないカードであった。

「私は手札から魔法カード、死者蘇生を発動！ 墓地のレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトを特殊召喚する！！」

　墓地からは灼熱の炎と共にレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトが雄叫びを上げながら飛翔する。スカーライトの攻撃力はCcapac Apuと同じ3000。普通ならスカーライトの効果で破壊できるが、ジェームズのライフを0にしてこのターンでデュエルを終わらせることはスカーライトのみの力では不可能である。
　もっともスカーライトでこのデュエルを終わらせることを遊希もエヴァも、そしてスカーライト自身もそれを望んではいなかった。

―――そう、それでいいのよ！ 次は今ドローしたカード……そのカードを召喚して！！
「「そして……私たちはこのモンスターを召喚する！！ 現れなさい、チューナーモンスター―――」」




















―――“救世竜 セイヴァー・ドラゴン”！！―――



















　遊希とエヴァのフィールドに現れたのは桃色の身体をした小さなドラゴンであった。そのモンスター自体の力は決して強いわけではないが、未知なる力を秘めていることが感じられた。



※救世竜 セイヴァー・ドラゴン
チューナー（効果モンスター）
星1/光属性/ドラゴン族/攻0/守0
このカードをシンクロ素材とする場合、「セイヴァー」と名のついたモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。



『救世竜……ダト！！』
「「私たちは、レベル8の“レッド・デーモンズ・ドラゴン”としても扱うレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトとレベル1のバトルフェーダーにレベル1のチューナーモンスター、救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング！！」」

　翼を広げたセイヴァー・ドラゴンは回転しながら天空に舞い上がり、光を発しながら巨大化する。そしてシンクロ素材となるスカーライトとバトルフェーダーの2体がセイヴァー・ドラゴンの身体に取り込まれていく。
　セイヴァー・ドラゴンとその命を一つとしたスカーライトの身体はそれまでの悪魔を模したものから四枚の翼にルビーの如く光り輝くものへと変化した。その光はまさに“救世”と名を持つに相応しい輝きであった。





―――“研磨されし孤高の光、真の覇者として大地を照らす！ ―――





―――光輝け！！”シンクロ召喚！―――





―――大いなる魂！！“セイヴァー・デモン・ドラゴン”！！―――





※セイヴァー・デモン・ドラゴン
シンクロ・効果モンスター
星10/闇属性/ドラゴン族/攻4000/守3000
「救世竜 セイヴァー・ドラゴン」+「レッド・デーモンズ・ドラゴン」+チューナー以外のモンスター1体
このカードはカードの効果では破壊されない。
このカードが攻撃した場合、ダメージ計算後にフィールド上に守備表示で存在するモンスターを全て破壊する。
1ターンに1度、エンドフェイズ時まで、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してその効果を無効にし、そのモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力をアップできる。
エンドフェイズ時、このカードをエクストラデッキに戻し、自分の墓地の「レッド・デーモンズ・ドラゴン」1体を選択して特殊召喚する。


『セイヴァー・デモン・ドラゴン……レッドデーモンズガ更ニ進化シタダト……！！』
「「セイヴァー・デモン・ドラゴンの効果発動！ 1ターンに1度、エンドフェイズ時まで相手フィールドに表側表示で存在するモンスター1体を選択し、その効果を無効にする！！」」
『何ダト！？』
「「さらにこの効果で無効化したモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力はアップする！ 対象は当然Ccapac Apu！！ 大いなる光の前に屈しなさい！“パワー・ゲイン”！！」

　セイヴァー・デモン・ドラゴンの吐き出した煌めく炎を浴びたCcapac Apuは真紅の宝珠に封印される形となってしまい、その力を失った。そしてその失った神たる力のぶんスカーライトの攻撃力が上昇する。

セイヴァー・デモン・ドラゴン ATK4000→7000

『馬鹿ナ……神ガ……地縛神ガ……』
「「バトル！ セイヴァー・デモン・ドラゴンで地縛神 Ccapac Apuを攻撃！！ 大地に還りなさい、地に縛られし邪神よ！“アルティメット・パワー・フォース”！！」」

セイヴァー・デモン・ドラゴン ATK7000 VS 地縛神 Ccapac Apu ATK3000

ジェームズ LP3500→0


―――やった！ 最っ高じゃない！……だいぶ遅くなっちゃったけど、これから宜しくね？ エヴァ。世界にたった一人の―――私のマスター。


　地縛神が破壊されたことにより、ジェームズの身体に憑いていた闇の力が失われる。正気に戻ったジェームズはその場に力なく倒れた。

「ジェー……ムズ……」

　一方で精霊の正式な所持者となり、かつセイヴァー・デモン・ドラゴンというスカーライトの新たな一面を引き出したエヴァも体力を使い果たして倒れてしまった。そんな時、遊希のポケットにしまってあったスマートフォンが振動する。画面には「星乃 綾香」の名前が表示されていた。

「うふふっ、凄いデュエルでしたね。私、感動してしまいました」

　電話に出ると、相手はやはり先ほどと同じ相手だった。あまりの白々しさに遊希は電話口から思い切り聞こえるように舌打ちをする。

「あら、舌打ちとは女性らしくないですね。やめた方がいいですよ？」
「……ねえ、こんなことして満足なの？」
「はい？」
「こんなデュエルを見続けて本当に楽しいのか、って聞いてるのよ」
「……愚問ですね。とても愉しいです。私はデュエルが大好きですから。でも……私が一番好きなのはあなたですよ、天都 遊希さん。うふふっ」

　電話相手はまるで恋人に囁くかのような歯の浮いた言葉を投げかけてくる。それに対してあからさまな嫌悪感を浮かべる遊希。

「っ……気持ち悪い……そんなにデュエルが好きならあんた自身が出てきなさい。ぶっ倒して皆の前で惨めに謝罪させてやる」
「それには至りません。私のもとにはまだあと一人……戦力がいますから」

　電話相手の言う「最後の戦力」が誰を指すのかは言うまでも無かった。

「さすがに連戦でお疲れでしょう？ なのでお時間をあげます。3日後の夜21時……一人でアカデミアの屋上デュエル場に来てください。そこであなたの親友が待っていますよ」
「……！！」
「それでは、さようなら。うふふっ」

　竜司とミハエルがエヴァとジェームズの介抱に慌ただしく動く中、遊希はしばらくスマートフォンを握りしめたままその場に立ち尽くしていた。