第87話：ポンコツ揃いな決闘者　作：光芒

第87話（番外編第6話）：ポンコツ揃いな決闘者







　遊希の自己紹介が終わり、次は参加者たる6人の自己紹介の番となった。席の並び順で綾香から時計回りに自己紹介が進んでいたため、次は来たばかりの結衣から自己紹介をすることになった。

「私からでいいんですよね？ では、改めて……私は白幡 結衣（しらはた ゆい）と言います。中学1年生の13歳です。使っているデッキは【海皇水精鱗】です。宜しくお願いします」

　海皇水精鱗使い、というのを聞いて遊希以外の4人がおお、とリアクションを取る。中学生で音に聞こえる海皇水精鱗デッキを使いこなすとなればそのリアクションも頷ける。
　海皇水精鱗は強いデッキではあるのだが、相手ターン中も絶えずモンスターが特殊召喚されたり効果を発動したりと初見ではどのように動いているのかを理解するのが難しい一面がある。そのため、安易に初心者は使うことができないデッキでもあるのだ。

「凄いじゃない、その歳で海皇水精鱗を使うって！」
「ですが、遊希さんには何もできずに負けてしまいました」
「それは仕方ないわね。だって遊希だもん」

　最も相手のデッキパワーが勝っていたとしても持ち前のタクティクスとドロー力で何もさせないのが遊希であり、綾香たちはそれをよく知っていた。だからこそ遊希に負けた、ということを軽く受け止めて流すのが上手かったりもする。

「次は私ですね。ボンジュール、ベアトリス・オルレアンと申します。フランス生まれで中学3年生の15歳です。この中では一番お姉さんですね。この度はエヴァ・ジムリアさんの下でお世話になります」
「改めて宜しくデス！」

　流暢な日本語を喋るベアトリスに対し、片言の日本語で返すエヴァ。朝の時もそうだが、ますますこの差の謎が深まる。

「しかし、よくエヴァと組めたわね。プロなんだから倍率高かったでしょう？」
「いえ？ エヴァさんも相手が見つからないとか言っていて……お花を眺めて現実逃避してました」

　エヴァに遊希たちから向けられる白い目。エヴァは口笛を吹いてやり過ごそうとするも「すぴー」と空気が口から抜けてもはや口笛にすらなっていなかった。

―――いやいやいや、口笛吹けてないから。
「と、と、ところでベアトリスサンは使っているデッキは何ですカ？」
―――あ、逃げた。
「使っているデッキは……大まかにいうと【ジェネクス】でしょうか？」
「……大まかにいうと、とは？」
「デッキにはジェネクスモンスターが多めですが、それ以外のモンスターも入っているんです。私は自然が大好きですなのですが、ジェネクスというカテゴリーには自然と文明、二つの相反するものが合わさっているような気がするんです。今の文明の利器が発達した世の中においても人間と自然は手を取り合って日々生きていければ、と思っています」

　さすが6人の中では最年長、とだけあって話す内容のスケールが大きい。そんなベアトリスに関する興味はまた別のところに移る。

「そう言えば、ベアトリスさんって協賛者の方でしたよね？ 何故こちらに？」
「私も初心者デュエリストの端くれでして……いち協賛者として運営側に回るべきだったんですけど、先ほどのあなたの行動を見て火が点いちゃって」
「先ほどの……あっ」

　ベアトリスの言葉に心当たりのある詩織の顔がリンゴのように真っ赤になる。

「なになに、詩織何したの？」
「そちらの方……詩織さんがこちらのお2人の面倒を1人で見る、と星乃 竜司さんに掛け合ったんです。まさに年長者、そして教育者の鑑でした。その姿を見て私も参加したい、と思ったんです」
「へー……やるじゃない詩織ぃー」
「流石、根は熱い女！」
「そんな、私は……あうぅ」

　綾香と千夏にからかわれて湯気を出しながら俯いてモジモジする詩織。あの時の詩織は凛と心、2人のために必死だったため、自分がどれだけのことをしたのか、という意識に欠けていたのかもしれない。しかし、そんな詩織を庇うかのように凛と心が立ち上がる。

「待ってください、元々は私たちのせいで……」
「詩織さんはボクたちの恩人です！ 皆さんとボクたちを引き合わせてくれた運命の女神様なんです！」
「だからそんな大声で言いふらさないでくださいぃぃ！」

　しかし、凛と心が詩織に対する恩義の言葉を重ねるにつれてますます他の4人に好奇の目で見られてしまうのであった。

「えっと、立ち上がったついでにボクたちも自己紹介しますね！ ボクは早川 凛（はやかわ りん）、中学2年生の14歳！ 使うデッキは【チェーンバーン】です、宜しくお願いします！」
「凛ちゃんと同じく、詩織さんにお世話になる一 心（にのまえ こころ）です。中学1年生の13歳です。あの、にのまえ、というのは漢字で一と書きます。使うデッキは【爬虫類族】です。その、宜しくお願いします」
「2人とも宜しく。詩織1人で大変かもしれないけど、私たちもサポートするから。ところで……一さん？」
「……はい？」
「その、手に抱えているものは何かしら」

　遊希に指摘され、心はずっと抱えていたものを皆に見せるように出した。それを見た瞬間、詩織と凛以外の全員の顔が強張る。それはぬいぐるみなのだが、お世辞にも可愛いとは言えないワーム・ゼクスをリアルに象ったものであった。

「それ、確かワーム・ゼクスよね？」
「はい。私爬虫類が好きで、このぬいぐるみはママに作ってもらったんです」
「……見た目はアレだけどよくできているわね。作った人は相当の技術を持っている」
「まあ爬虫類族デッキ使うんだもんね！ ワームが好きでも悪いことじゃないわ！」

　理解が良くて助かった、とほっと胸を撫で下ろす詩織と凛。仮に変わった好みを持っていたとしても、心自身に罪があるわけがないのだから。

「えっと、次はあたしでいいんだよね？ あたしは星崎 美夏。中学1年生の13歳で使うデッキは【陽炎獣】。ここに来たのは白幡さんと同じでデュエルの腕を磨きたかったから。でもって目の前に座る千夏さんにお世話になります。よろしくね！」
「なるほど、ちびっ子コンビね」
「いやいやいや、あたしはまだ千夏さんと違って成長期だから」
「ちょっと！ 私だってまだ伸びるんだけど！！」
「女の子は小学校から中学校にかけて背が伸びるそうですね。それこそその時期は男の子よりも大きくなる子もいるそうですし」

　先ほどからかわれた仕返し、とばかりに理論的なデータを千夏に突き付ける詩織。毎日牛乳飲んでるんだからね！ と返すも誰からも相手にされていなかったのは言うまでもない。

「まあ千夏さんはちっちゃいし今後背が伸びる気はしないけど」
「おい、今なんて」
「器はとっても大きいです。なんせ私と他の参加者の間を取り持ってくれたんですから。ダメですよね、あたし熱入ると周りが見えなくなるところがあって……」

　美夏のその話を聞いて遊希・綾香・詩織の3人はクスクスと笑い出す。3人は入学式の日のことを思い出していた。
　あの時は入学式直後の懇親会、として催されたパーティーなのだが、真偽が定かではない噂を口走った孝輔ら3人の男子生徒に千夏が食って掛かり、あわや入学式初日から謹慎もあり得た事態になりかけたのである。

「千夏も成長したのね……私は嬉しいわ」
「そうですね、入学式当日に男子生徒の方に飛び掛かった千夏さんが……」
「あの頃の血の気の多い千夏がもう見れなくなるのは寂しいわね」
「ちょっ……！！」
「えっ、それどういうことですか？ なんか面白そうなんで後で話聞かせてください！」
「美夏、あんた調子に乗るんじゃないわよ！！」

　興奮する千夏をなんとか宥め、ついに最後の参加者の自己紹介の番だった。まさか自分が最後になるとは思ってもいなかったその少女は身体を小動物のようにプルプルと震わせながらも、意を決した表情で口を開いた。


「わ、わたしはしゅわべあゆみでしゅ！ しょうがく2ねんしぇいの7歳でしゅ！ よろしくおねがいしまちゅ！」


　最後の1人、諏訪部 歩美（すわべ あゆみ）が自己紹介した瞬間、ロッジ内にはなんとも言えない空気が流れた。

「あうう……またまたかんじゃったよぉ……やっぱりへんな子っておもわれちゃう……」
「ねっ！ メチャクチャ可愛いでしょ！！」

　綾香の言葉に全員が「うん！」と頷く。「ふぇっ！？」と驚いた様子の歩美であるが、自分以外の全員が暖かい笑みを拍手で歩美を迎え入れた。
　安堵の表情を浮かべてソファーにもたれかかる歩美。見ればわかる通り、今回遊希たちの元に集まった参加者の中で最も幼い小学2年生である。当然彼女の無垢な可愛らしさもそうだが、そんな幼いにも関わらず1人でこのイベントに参加したその勇気と度量は誰もが認めていたのだ。

「宜しくね、歩美ちゃん。ところで歩美ちゃんもデュエリストよね？ どんなデッキを使うの？」
「わ、わたしはまだはじめたばっかりなんだけど、【マドルチェ】ってデッキを……」
「あら、歩美ちゃんって【マドルチェ】デッキを使うのね！ 確かにイラストが可愛くて歩美ちゃんにぴったりよね！」

　綾香のその言葉を聞いて、遊希の顔が曇った。遊希たちは組む相手に事前にデュエルをするなどしてデッキの内容を確認していた。そうすればどうやって指導するかの計画も立てやすくなるからだ。しかし、今の反応からして綾香は歩美のデッキのことを知らないようである。

「ちょっと綾香。あんた歩美ちゃんのデッキ、事前に聞いてなかったの？」
「えっ、ええ……まあ色々あって……」
「ごめんなさい、わたしがわるいんでしゅ。綾香おねえちゃんにくんでもらうことがきまってから綾香おねえちゃんにいろんなところにつれていってもらってあそんでもらっていたから……」
「あっ、歩美ちゃん。それはお姉ちゃんと歩美ちゃんだけの秘密……」
「へぇ……」

　さっきまで訝しむ様子でソファーに掛けていた遊希であったが、歩美の話を聞いた途端にその顔に何やら黒い笑みが浮かび上がる。そして後ろに回って綾香の右肩に顔を乗せることで綾香が動けないようにした。

「あーやーかー……」
「そ、そのさっきはごめんね。長々と説教しちゃって！ ほ、ほらもうお昼だからランチを作らないと！ カレーとかどうかしら？」
「そうね、じゃあ早速みんなで作り始めましょう。千夏、詩織。指揮をお願い。私は綾香と大事な話があるから」
「ちょっ、みんなに任せているだけじゃダメだと思うんだけど」
「いいから。私たちはあっちの部屋で大事なお話をしなきゃいけないから。出てくるまで誰も覗いちゃダメよ？」

　遊希のなんともいえない笑みに全員がハイ、と返事をする。今の遊希に関わるととんでもないことになる、と生物の本能がそう告げていた。

「あっ、ちょっとみんな……助けて……」
「はいはい、こっちに行きましょうねー、綾香おねぇちゃん」
（自分だけ真面目ぶって人に数十分もの間説教した挙句、痺れた足を踏んづけた恨み。今こそ果たさでおくべきか）
―――おいおい、さすがにそれは幼稚なんじゃないか。
（綾香が私にした時より10分長く説教してあげる。それでいて痺れた足を踏みつけて足ツボマッサージの形に処す）
―――ダメだ。全く聞く耳を持たん。

　遊希と綾香が別の部屋に行った後、千夏たちが昼食を作る準備を始める中、歩美を除く4人が顔を見合わせ、この自己紹介の時に感じた率直な感想を美夏が漏らした。

「あのさぁ……あたし思うんだけどさ。この人たち経歴や実力こそ凄いけど、結構なポンコツだよね」


・元プロだけど、加減ができず女子中学生4人を泣かす。そしてそれを黙っていて怒られる。
・日本を代表するプロデュエリストの娘だけど、可愛いものに目が無くてやるべきことをし忘れて復讐される。
・喧嘩を止めに入るなど世話焼きだが、過去に自分も似たようなことをして罰を受けている。
・決意すると凄い行動力を発揮するけど、普段は引っ込み思案で恥ずかしがり屋。
・国を代表するプロデュエリストだけど、組む相手が見つからなくて花を眺めて現実逃避。


「そうみたいですね……意外と言うかなんと言うか……」
「でも、そんな人たちだからこそ面白いと思うのですが」
「ボクもそう思うよ」
「3日間、楽しくなりそうね。互いに頑張りましょ！」

　1つのロッジに揃ったのは生まれも育ちもデュエルスタイルも違う11人の少女。彼女たちの夏が今、始まる。