地影vsメリッサ プライドを賭けた決闘　作：はにわ改

　
ーーその次の日。
授業を四時限目まで終え、昼食を済ませた生徒たちは体育館へと移動した。
今日から３日間、五時限目と六時限目の二時間を使い、
アメリカから来日した、世界大会の代表選手と親睦デュエルが行われる。
この機会に自分の実力を試すもよし、観戦して今後の参考にするもよし、それは生徒の自由である。
だがやはり皆、デュエリストの性だからだろうか、約３分の２の生徒たちがデュエルに臨むようだ。

ーー対する代表選手側は、シェリルとメリッサ。
ワシントン・アカデミアにおいて、久遠・アルフレッドに並んで四強に数えられる最強のデュエリストである。

ちなみにデュエルの際は、クロエとワシントン校のクリス教諭に加え、英会話が得意な教諭、更に生徒会メンバーと久遠・アルフレッドが通訳として交代で審判につくようだ。

ーーそうして親睦デュエルが始まっておよそ一時間。
既に八十数名の生徒たちがシェリル・メリッサの二人に挑んだがーー未だ勝利者なし。
いや、勝利を得るどころか、手も足も出ずに僅かなターンで終わってしまうことも少なくない。
そんな情けない、ともいえる生徒たちにクロエは少なからず呆れているようであり、
逆にワシントンサイドのクリスはすこぶる上機嫌だ。

「あちゃーっ、誰も勝てないのか・・・まいったな、こりゃ」

ーー観客席。
観戦者の殆どが壇上間近で見ているのに対し、
透矢たちは席に座って生徒たちが代表に挑む様を眺めていた。

透矢は既にシェリルとデュエルをしていて、彼女の実力は知っているからある意味ここまでの結果は不思議でもないが、
それにしても誰１人、せめていい勝負でも出来ないものか、と透矢は思わず嘆いた。

「ま、しゃーないさ。
あの二人には、あたしたちも前回やられちまってるからね」

透矢の後ろに座る炎魅子が口を挟む。
炎魅子もこの内容は想定の範囲内のようだ。

「ふむ・・・しかもあの二人、未だに全力で戦ってませんね」

炎魅子の隣りに座る地影は、自前のノート型ＰＣに指を走らせつつ、
眼鏡の位置を直しながら呟く。

「良くて五分の力・・・実際は二、三割程度の力でしょう」

「ま、マジか、朝霧？」

「あのメリッサさんとは、去年私も戦いました。
終始ペースを掴まれてしまい、どうにもなりませんでしたが」

「あ、朝霧がか・・・？」

「はい。
実力の差を思い知らされました」

過去の敗戦を淡々と語る地影。
そこに悔しさや歯痒さといった感情は見られない。

「そういや朝霧、さっきから熱心にＰＣいじってるけど、生徒会の仕事か？」

「いえ、ここまでのシェリルさんとメリッサさんのデュエルの流れを記録しています。
二人の実力を知るいい機会ですし」

「あ、そっか！
なるなる」

「でもーー戦って下さってる生徒の皆さんには申し訳ないですが、
あまり有益なデータは取れていません。
さっきも言いましたが、あの二人、全く全力出していませんから」

「そうか・・・」

「（やはり・・・私が自分でーー）」

最後に地影が何か考え事をするようにしながら、小さく呟いたが、透矢には聞こえなかった。

「ーー透矢くん、真希の様子は？」

透矢の左隣りに座る刹那。
ふと小声でそう聞いてくる。

「おばさんの話じゃ大したことないらしいんだけど、昨日あれから会ってないからな・・・」

「そう・・・」

透矢が答えると、刹那が目を閉ざす。

今日、真希は欠席。
どうやら風邪をひいたとの事である。
透矢が言うように、真希の母親は大したことはないと語ったのだが、
昨日のあの一件から真希とは会っていないため、実際のところは具合の程はよく分からない、というところだ。
透矢の右隣に座る千鶴も真希と会っておらず、不安そうに俯き、心ここに在らず、といった様子である。

「なぁ・・・真希の奴、昨日なんでいきなり逃げ出したんだと思う？」

「・・・」

「刹那さ、あの時真希と少し話してたよな？
何か知らないか？」

「・・・さぁ、私には、何もーー」

透矢の問いかけにそう答える刹那。

だが彼女は当然気が付いていた。
自分の行動が真希を傷付けてしまったということを。
故に刹那も強く心を痛めており、普段と比べてどこか意気消沈している節がある。

「そういえば刹那はどうなんだ？
久遠とはあれから話したのか？」

今、久遠とアルフレッドは通訳のため、壇上へと赴いている。
壇上にいる久遠を見て、刹那は少し悲しげに目を狭める。

「う、うん・・・まぁ、程々にね」

「そっか。
ま、何か出来ることがあるなら、言ってくれよな？
俺でよけりゃ力になるからさ」

自分を気遣ってくれる透矢。
刹那は正直そんな透矢の気持ちが嬉しく、また昨日のように甘えたい気分にも襲われるが、
彼女はじっと自分を抑える。

「私の事はいいの。
それよりも真希の事をしっかりフォローしてあげて？」

「あ、ああ・・・そりゃまぁ、分かってるけどな」

「真希を元気に出来るのは、多分透矢くんだけだと思うから」

釘を刺すように透矢に告げる。
これは刹那が真希にしてやれる、せめてもの行いであった。

「ーーさて、それではそろそろ行ってきます」

不意にノート型ＰＣを閉じ、立ち上がる地影。

「え？朝霧、どこか行くのか？」

「はい。
私もこれからあそこでデュエルしてきます」

「おっ、朝霧がデュエルすんのか！
こりゃ楽しみだな！
で、どっちとやるんだ？」

「メリッサさんとです。
何とか彼女の力を引き出させて、有益なデータが取れれば、と思ってます。
それとーー」

「それと？」

「負けたままでは・・・いられませんからね」

力強い表情で語る地影。
さっきは淡々と自らの敗戦を語っていたが、やはり彼女もデュエリスト。
己のプライドを重んじる彼女の姿に、透矢も力強く頷いてみせた。

「頑張ってこいよ、朝霧！
ここでしっかり見てるからさ！」

「・・・はい！
ありがとう、遊戦名くん」

自分の中でも高めた気合いを預けるように透矢が言うと、地影は笑顔を見せながら頷いて見せた。
そしてそのまま下に降りるのかと思えば、ふと千鶴の側に歩み寄る。

「鳴瀬さん」

「あ、はい！」

「これ、預かって頂けますか？」

自前のＰＣを差し出し、千鶴に手渡す地影。

「昨日のメール、読んで頂けましたか？」

「は、はい！
よ、読みました」

「よかった。
ではお願いします」

「はい、た、大切にお預かりします！」

ぎくしゃくとした千鶴の態度。
そんな千鶴に穏やかに笑いかけると、地影は闘いの場へと向かった。

「ーーどうかしたのか、千鶴？」

少し気になった透矢が千鶴に聞く。

「うん・・・あ、あのね。
今日、朝霧先輩がデュエルする時、
そのデュエルの記録を頼まれたの」

「へーっ！
でも、千鶴、コンピューター、大丈夫なのか？」

「う、うん！
実は何度か、朝霧先輩に教わってるから」

「そうなのか、いつの間に」

「大会では私も記録係だから・・・ちゃんと出来るようにならないとーー」

千鶴の話によると、どうやら前々から打ち合わせを重ねていたようだ。
千鶴はさっそく預かった地影のＰＣを開くと、手慣れた指捌きで地影が作成したというデュエル・モンスターズのアプリケーションを起ち上げていく。
自分にはない能力を身に付けていく千鶴に、透矢は頼もしさすら感じてしまったのだった。







ーーデュエル場。
もうすぐ二人合わせて百人目のデュエルを迎えようという中、メリッサは疲れたように息を吐いた。

『うー、ちょっと疲れたね、シェリルー？』

『疲れてはいないがーー正直、退屈だな』

『そーお？
あたしは色んな人とデュエル出来て、チョー楽しいけど？』

『お前はそうかもしれんが、さすがにこうも歯応えがないと、だれてくるな』

英語で会話する二人。

もう五十戦近く、連続デュエルをしているというのに、まだまだ余裕がある二人。
デュエルが強いばかりでなく、こういった連戦においてもかなりの持久力を持っているようだ。

『ふん・・・まぁ、所詮親睦デュエルだ。
この程度の相手ばかりなら、こちらの手の内も読まれずに済みそうだな』

『ーーそれはどうでしょうか？』

『何・・・っ？』

二人の会話の間に突如、割り入ってきた人物。
掛けられた眼鏡に光が反射し、瞳を覆い隠しているが、それは地影の発する眼光のようにも見える。

『ーー“チカゲ・アサギリ”か』

『私も一手、勝負を所望させて頂きます』

『わぉっ！
“チィカゲ”！』

『メリッサさん。
前回は勉強させて頂きました。
今回はそのお礼をさせて頂きます』

勤勉家の地影が為せる技か。
見事に英語を使いこなし、メリッサと向き合うと、
シェリルは途端に警戒の眼差しに切り替わり、
メリッサは嬉しそうに飛び上がった。

『ーーメリッサ、気を付けろ。
“チカゲ”は日本側のブレインだ。
調子に乗って、足を掬われないようにしろ』

『ヘィ、ヘィ！
“チカゲ”とは大会以来だもん！
またデュエル出来るなんて、チョーテンション上がるんだけど！』

『・・・駄目だな、これは。
やれやれ・・・』

今日はあくまで親睦デュエル。
だが後に迫る本番に向けて、手の内を見せすぎないようこれまでも忠告してきたシェリルだが、
テンションが最高潮に達したメリッサに何を言っても無駄、と諦める。

『（・・・さすが、油断ならないな。
他の生徒たちでは私たちの実力を引き出せないと予想し、最初からこうして自ら私たちの実力を測りにくるとはな）』

地影を睨むシェリル。
前回の大会で出会ってから、地影を優秀なブレインと認めていたシェリル。
この親睦デュエルで突如、名乗りを上げた地影を見て、改めて己の認識を深めていた。

ーーそうして、シェリルの向かいにも新たな生徒が姿を見せ、デュエルが開始を告げられようとしている。
地影は今日のために用意したデッキを、力強くデュエル・ディスクに納めると、メリッサと胸を張って向き合った。

『よろしくお願いします、メリッサさん』

『イェイ！
早く始めましょー！
楽しみですっ！』

データを取るべく自ら乗り出した地影。
だが同時に彼女のプライドも懸かっている。
一方、メリッサは純粋にデュエルが楽しみな様子であり、
両雄の気持ちには違いがあった。

『ーーデュエル！』

そして始まった地影とメリッサのデュエル。
日米の代表同士が戦う、注目の闘い、その火蓋が切って落とされた。