舞、救出　作：はにわ改

　
ーー突入開始から二十数分。

「ーーどうやら、このルートはハズレか。
見たところ、何か仕掛けがあるとも思えんしな」

ーークロエの辿ったルート。
その行き着いた先は、出口の数メートル手前で、乱雑な板張りで封鎖された場所、即ち行き止まりであった。
クロエは川の水を挟んだ両岸を行き来して、左右の壁に手で触れて探るも、特に何もないことを確認する。

「ーーどうだ、そいつは吐いたか」

クロエが声を掛けた先。
そこには仮面を剥がされた『黒の一団』の一人が、クロエの配下に詰問されている。
更にその周囲には同じ『黒の一団』のメンバーたちが倒れていて、それらはクロエが通ってきた道にも骸のように転がっている。
少し前まで交戦が行われていたのだが、主にクロエの配下６人がその役割を担い、打ち倒したのだった。

「ーーこの者、どうしても口を割りません」

「そうか。
ーー代われ」

抵抗する力を無くした、『黒の一団』の一人。
水花、舞の居場所、そして首魁の事を聞き出そうとするが、頑なに口を閉ざす。
ならば、とクロエが自ら詰問すべく、その者の前に立つ。

「ーー私の質問に答えろ」

壁に寄りかかり、尻を付いているその男。
クロエはしゃがむと、早速詰問を開始する。

「質問１、水花と舞は何処にいる？」

「……」

「質問２、お前たちを操っている奴は何処にいる？」

「……」

「何とか言ったらどうなんだ」

「……」

「ふむ……口を割らん、か」

何も答えない男に、特に苛立つ様子も見せないクロエ。
また同じ質問を二度聞くこともせず、そのまま身体を立ち上がらせて、男を見下ろす。

「ーーよかろう、少し興味が湧いた。
お前が口を割らないのは、意地か忠誠心かは知らないが、それがどれ程のものか、試してやろう」

そう言いながら、懐から取り出したのは１枚のカード。
男からは裏しか見えず、それが何のカードなのかは分からない。

「答えるも答えないも、お前の自由だ。

……だが１つ言っておく。
私は決して『途中で止めないからな』」

カードを握った瞬間から、クロエから発せられる嫌な空気。
男もそれを感じているのか、額に汗を滲ませる。

「遠慮はいらん。
辛かったら己をさらけ出してくれていい。

私が全て、『受け止めてやる』」

嗤うクロエ。
それをきっかけに、まるで示し合わせていたかのように、その場から席を外す配下たち。
やがて配下たちの姿は見えなくなり、その場にはクロエと男のみが残された。

「人を素直にさせるための最適な手段を、今から教えてやる。

ーーお前の、身体にな」

クロエが指でカードを反転させて、男にその正体を見せる。

ーー交戦中、『敢えて』その力を見せる事はなかったクロエ。
その理由は彼女の持つデッキにこそある。

これから男には阿鼻叫喚の地獄が待っていた。




……一方、クロエとは真逆のルートを行ったクリス・シェリル組。

「ーーはぁああああっ！！」

身軽に宙に浮き上がるシェリルの長身。
同時に振り上げられていた足、その踵が、『黒の一団』の首筋を捉え、一撃で沈黙させる。
ここまでの道には、シェリルの鍛え上げられ、訓練された肉弾戦によって倒された『黒の一団』のメンバーが倒れている。

「ーー喰らえっ！」

残った一人がカードを片手にし、そこから放たれたのは巨大な火球。

ーー『ファイヤー・ボール』。

シェリルのみと言わず、傍にいるクリスをも呑み込もうという大きさである。
『Ｒ・Ｅ・Ｃ』による攻撃であるが、それを前にしてもクリスは果敢に前へと踏み出る。

「ーーこんなものっ！！」

ーー何という事か。
クリスは迫り来る火球にタイミング合わせてグローブを付けた拳を繰り出すと、それを殴り付け、文字通り『跳ね返した』。

まさかの出来事に狼狽した『黒の一団』は、返ってきた火球を回避できず、直撃を受けてしまう。

全身を燃え盛る火炎に包まれ、悶え苦しみ、床を転がり回る。

「おっと……死なれたら困るな」

はっと気づいたクリスがすかさず、『魔法解除』のカードを投げる。
すると瞬く間に火炎は消え去り、後には軽い火傷で済んだものの、ショックで意識を失った男だけが残された。

「やれやれ……また落ちてしまったか。
お互い、手加減出来ないのには困ったものだな、シェリル？」

この場にて遭遇した敵を全て倒したクリスとシェリル。
一息付きながら肩を竦めて、自虐交じりに余裕すら見せる。

そんなクリスとは対照的にシェリルは、倒して気絶させた敵の仮面を外して、その素顔を一人一人確認して回っている。

「ーー先生。
改めて言うことでもありませんが、『彼ら』は全員行方不明ーーいや、誘拐されたプロデュエリストに違いありませんね」

「ふむ……」

「それも上位に名を連ねる者から、無名の者までーー。
見境いなく隙を見せた者たちから誘拐し、そして『洗脳』を」

前にも己の目で確認していたその『事実』。
シェリルは改めて認識を深める。
すなわち、行方不明になった者たちは『被害者』でもあり、『犯人』でもあったのだ。

「これだけの人数を洗脳・掌握し、しかも『Ｒ・Ｅ・Ｃ』の能力まで持たせるーー。
普通の者ではできぬ芸当だな」

「先生……これは、やはりーー」

最大の謎。
それはこの一連の動きを影で指示している『黒幕』。
考える素振りを見せるクリスに、シェリルは以前から挙げられていた『可能性』を口にしようとする。

だがそこへ、クリスが携帯端末が小刻みに震えたのを感じて、その着信を受けとる。

「ーークロエか。そちらはどうだ？」

『ーーハズレだ。
だが収穫はあったぞ。
ーー舞・水花、二人の居場所が分かった』

「ーー何っ！？」

クロエからの着信。
今回の作戦に於ける最重要事項の達成、つまり誘拐された舞と、囮にした水花を取り戻すこと。
クロエは既にその居場所を突き止めたのだ。

『舞はその先にいくつかある小部屋の１つに監禁されているようだ。
マーキングしてあるから、電話を切ったらすぐに地図を確認しろ。

そして水花は、刹那たちが辿ったルートの先だ。
私はこれから刹那たちを追う』

「どうやって突き止めたんだ？」

『奴らの一人から聞き出した』

「聞き出した、って……そんな簡単に吐くはずがーーって、お前、まさか！」

『ふふふ……軟弱な奴だったよ。
５分で音を上げた』

クロエをよく知るクリスがすぐに察する。
誰かから何かを聞き出すなら、クロエは最適任である、と。
ただし、手段を問わない、という条件付きだがーー。

「お前な、いくら闇に堕ちたとはいえ元は一般市民同然だぞ！
やり過ぎてないだろうな！」

『それはこちらの台詞だ。
……何も聞き出せていないところを見ると、大方お前も加減できてないのだろう』

「う、うるさい！」

電話の向こうから聞こえてくる、見透かしたような笑い声。
実際その通りなだけに、クリスは何も言い返せない。

『とにかく、舞は頼んだぞ。
外の待機組も突入させているから、お前は舞の身柄を確保した後、彼らと合流しろ』

「分かった。
舞の身柄を預け、私たちも刹那たちの後を追えばいいのだな？」

『頼んだぞ』

要件だけを伝えると、すぐに切られる通話。
クリスはすぐにクロエの言ったこの水路の地図を確認し、舞がいるという場所を確認する。

「ーーシェリル、舞はこの先にいるようだ。
すぐに救出に向かうぞ」

「ーー了解しました、先生」

シェリルに声を掛け、すぐにそこから先へと進む二人。
たった二人の編成ながら、その実力と互いを知り尽くす息合わせにより、後続の敵たちを次々となぎ倒していくのだった。


ーーそして、それから１０分足らず。

「ーーここだ！」

クリスは遂に舞が囚われているという小部屋を発見し、宛がわれた扉を容易く蹴破る。
元々、どういう用途でこの小部屋が造られたかは謎だが、とにかくそこに囚われの仲間を発見する。

鎖を両腕に巻き付けて拘束し、それを天井から吊るして立たされている、顔をだらんと俯かせた囚人。
着ていた服も無惨に擦りきれ、そこから白い肌を露出させており、箇所によっては血が滲んでもいる。

「ーー舞っ！」

クリスが駆け寄り、呼び掛ける。
だが俯いた頭が自力で上がることはない。

「舞っ！おい、舞っ！」

顎を持ち上げて、頬を叩きながらなおも呼び掛け続けるクリス。
するとようやく瞼がひくひくと反応し、やがてゆっくりとそれは開かれた。

「んー……？
おや……クリス、じゃないか……」

「舞！」

意識を取り戻した舞。
クリスの表情が緩む。

「ふわぁ……っ、と。

あれ……？
随分と……助けに来てくれるのが早いじゃないか……」

「何言ってる！
お前が囚われてから、２日以上経ってるんだぞ！」

「はは……２日、で助けられりゃ、早い方、じゃないか……」

弱っているように見えるが、何度か欠伸を繰り返すあたり、寝起きで喋り口が覚束ないようにも見える。

「ーー全く、貴様という奴は！
勝手に動いた挙げ句、敵の手に落ちるなんて……お陰で手を焼いたぞ！」

「は、はは……面目ない」

「後でたっぷり説教してやるから覚悟しておけよっ！

待ってろ、今、それをほどいてやる」

舞を拘束する鎖、それから解放してやろうと、早速クリスが手を伸ばす。

「ちょいと、待った。
その前にーー」

「なんだ、どうした？」

普通ならば一刻も早く解放されたい、と願うだろうに、それを止める舞。

その理由はーー。

「その前に……悪いけど、懐に入ってるシケモクを吸わせちゃくれないかねぇ。
２日も禁煙を強要、口元が侘しいんだよ……」

「ーー全く貴様という奴は……呆れて物も言えん！」

思わず舞の頬をひっぱたくクリス。
だが２日も囚われながら、相変わらずの様子を見せられ、その表情には笑みが溢れていた。



「ーーふぃ～……、やれやれ、ずっと同じ態勢だったからしんどかったよ～。

ーーっか～！
２日ぶりの煙草は堪えるねぇえ……！」

ーー拘束から解放された舞。
そして１番に彼女がしたのは、大好きな煙草をふかす事。
汚れた地面に胡座で座りながら、その一服を噛み締めている。

「ーーおい、あまり休んでいる間はないぞ。
お前を助けるために、こちらはかなり無茶をしてるんだ！」

「そういえばどうやってここが分かったんだい。
今まで見つけられなかったこの場所を、たった２日でさ」

「それはーー」

クリスが舞に話す。
舞を救出するために、やむを得ず採った作戦の概要を。
すると緩んでいた舞の顔が一気に凝り固まり、咥えていた煙草が地面に落ちる。

「な、なんだって、水花をーー？」

「やむを得なかったのだ。
上の連中からも今回の件については煽られていてな。
時間が足りーー」

「ーー馬鹿っ！
なんだって、あたしなんかのために！」

立ち上がる舞。

「クロエの奴、随分と焼きが回ったね……！
『神子』をむざむざ、敵に渡すなんざーー」

「ど、どうした、舞、突然……！
クロエはお前を助けるためにーー」

「ーーそれが馬鹿だっつってんだよっ！」

吠える舞。

「ーー『ラピス』」

「な、に……？」

「『ラピス』が目覚めたんだよっ！」

その舞の言葉を聞き、クリスも事の重大さを把握させられた。
同時に今回の作戦が完全に自分たちの、敵に対する認識不足、また甘えがあった事を思い知らされたのだ。

ーーそう。
既に『彼の存在』はこの世に目覚め、降り立っていたのである。