知らされる『真実』　作：はにわ改

　
「ーーカウンタートラップ、発動！」

『グラボイド』の触手が迫る中、透矢が動く。

「ーー『女帝の裁き』！」

発動と同時に女帝が動く。
月を象った杖を斜め上に掲げると、透矢のフィールド全体が薄黄色の透き通った障壁に覆われる。
それが『グラボイド』の触手の侵攻を阻み、返す刀で女帝が反撃に移る。

『ーーはぁっ！！』

月の杖に白く輝くエネルギーを収束させて巨大な光弾を作り上げると、一喝と共にそれを『グラボイド』に向けて撃ち放つ。
それは巨大な体躯の中心を突き抜け、その命を絶った。

「自分フィールド上または手札に『女帝』が存在する時に発動可能！
相手モンスターの効果の発動を無効にして破壊する！」

『くすくす……お前もなかなかどうしてしぶとい奴だな』

「負けるわけにはいかねぇんだ！
水花と刹那を助けるためにな！」

ーー『女帝の裁き』。
『ガブリエル』が引かせてくれた、『グラボイド』に対する策。
これによりまたひとつ、透矢は死線を潜り抜けたのだ。

『くす……この二人を取り戻せた、としてーーお前はどうする？』

「ど、どうする、ってどうもしねぇよ！
ただ、俺にとって二人とも放ってはおけない存在なだけだ！」

『なるほど……この二人と“偽りの世界”で、“仮初めの平和”の中、“夢”を見続けたいわけか』

「な、何言ってんだ！
てめぇ、さっきも訳の分からねぇこと言ってやがったなっ？！」

『ラピス』の如何にも、意味のありげな単語。
だがやはり透矢にそれを理解出来るはずもなく、むしろ彼の意識を苛立たせる。

『ーーよかろう。
ならば、ここまで戦い抜いた褒美として、お前に真実を教えてやる。

この……“暗黒物質（ダーク・マター）”に我が力を乗せてな』

「な、なんだと？！」

『その目で確かめるがいい。

ーー“暗黒物質”、発動』

発動された刹那の命を奪い去った、忌まわしきカード・『暗黒物質』。
今度はそれが透矢に向けて発動され、瞬間的に透矢の身体を黒い霧が包み込む。

「く、くそ……っ！
こんなもんに、負けてたまるかっ！」

『ーー透矢っ！』

自分を襲うであろう『激痛』に耐えるべく、覚悟を決める透矢。
そしてラグナシアの声が響くのと同時に、彼の全身を『痛み』が突き抜ける。
透矢は反射的に開いた口から、悲鳴を轟かせるが、次の瞬間には彼の意識は途絶えた。
故に意識を失い、制御を失った彼の身体が地面に伏した事、
ラグナシアの声、更に背後から上がる蓮華たちの声、
それらを彼が認識することはない。

まるで一瞬にして魂を奪い去られたかのように、透矢の意識は深く底の見えない闇に落ちていったーー。









ーー何かが当たる。

身体中に何か冷たいものが上から降ってきて、当たっている。

その感覚に助けられて、透矢は意識をゆっくり覚醒させてゆく。

「ん……冷てぇ……な、なんだ……？」

深い眠りに落ちていて、そこから目覚めたときのような頭の重さ。
そんな彼にその冷たさはいい気付けとなる。

「水……？」

徐々に取り戻していく意識。
するとどうやら自分は地面に寝そべっていて、上からは冷たい水滴が降ってきているようだ。
地面を跳ねる水滴が弾け、更に彼の身体を濡らす。

「俺は……あいつのあのカードを喰らってーー」

最後の記憶。
『ラピス』が発動した『暗黒物質』によって黒い霧に覆われ、そして身体中に激痛がーー。

覚えているのはそこまで。

「俺、気絶しちまってたのか……？」

透矢はそう思い当たる。

だとするなら寝てる場合じゃない、と無理にでも身体を起き上がらせる。
『ラピス』とのデュエルはまだ終わっていない。
刹那と水花のために今ここで、自分が倒れるわけにはーー。

「え……？」

だが身体を起き上がらせて、まず正面を見た透矢が目を見開いた。
そこに広がる光景。
それは今まで自分がいた薄暗い地下水路の一角ではない。

「ど、どこだ、ここは……？」

まだ完全ではない意識で、周りを見渡す。

自分がいた場所はコンクリートで舗装された車道ーー？
だが正面に伸びるそれは地下から何かが隆起したように盛り上がり、崩壊している。
更に周りには大小の瓦礫が山を構成しており、両側の歩道に合わせて並ぶ建造物は無惨に崩れ落ちている。

そして自分を起こし、今も身体を濡らすのは止めどない雨。
手の平を広げてその滴を受けると、それがどす黒く濁っているのがよく分かる。

「な、なんなんだ、ここはっ？！
俺はどうしてこんなところにいるんだっ？！」

ーーある意味見慣れた光景。

舗装された道路。
その道路に取り付けられた標識や信号。
歩道に等間隔に設置された植木。
建物には自分がよく利用するお店の看板が付けられている。

だが決定的に違うのは、それらの全てが無惨に『破壊』され尽くしているということ。
そして普段なら行き交っているだろう人々の姿が完全に皆無ーー、生命の一欠片すら感じられない。

一体、何が起きればこのような状態に陥るのか？

天災か？

大規模な事故か？

それとも度々、世界の各地で起き、人々の暮らしを脅かすテロの類いか？

いずれにしても、変わり果てた『自分たちの世界』に独り立つ透矢は、始めに押し寄せた混乱の後、しばらくの間、呆然とすることしか出来なかった。

ーーそんな時である。

背後から聞こえてきた声に、透矢は身体を振り返らせると、
遠くから一人の男が何かから逃げるように後ろを向きながらこちらに走ってくる。

「お、おーいっ！」

目覚めて初めて見る同じ人間の姿に、透矢はいてもたまらず、声を上げながら合流しようと走り出す。
だが透矢の声が聞こえないのだろうか、その男はこちらを向いてくれる様子はない。

ーーそんな透矢を衝撃的な光景が襲いかかる。
突如、地面の下からコンクリートの道路を突き破り、その男をかち上げるようにして食いついた巨大なムカデのような生き物。
上空に向かって１０メートル以上に伸びたその生き物は、かち上げたその男を口の両側に付いたハサミのような歯を利用して捕らえ、口内に放り込む。

「ぎ……っ？」

人間が虫に食われるというあまりに被虐で正視に耐えないその光景。

ーーだがその巨大なムカデの姿に見覚えがあった。

それは『ラピス』が使っていたモンスターの内の一体、『アフロディトイス』。
獲物を捕らえたそのモンスターは、逆再生するように自らが空けた穴へと帰る。

「う、嘘だ、ろ……！？
な、なんなんだよ、この『世界』はっ！？」

人間がモンスターに襲われ、殺される様を見せられた透矢。
脂汗を吹き出し、膝を小刻みに震わせる。

だがこの『世界』を物語る上で、今見た光景はほんの一抹に過ぎない。

ーー透矢は知る。

深淵より現れしその異形の姿で人々を震え上がらせた『Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）』。
それまでの生活、そして命を残酷に奪われ、支配された『真実の世界』をーー。