アラスカ・アカデミア 謎に満ちた実力　作：はにわ改

　
「ーーふぅ～」

控え室から少し離れたトイレに駆け込んで数分。
用を済ませた透矢がすっきりしたお腹を擦りながら、トイレから出てきた。

「んー、やっぱり緊張してたのかな……？
急に腹が痛くなるなんて、今までに無かったもんな」

透矢が首を傾げつつも、自分の身体の事をそう推理してみる。

ーーほんの十数分前までは大歓声の中で壇上に上がり、観客たちの好奇な眼差しが降り注ぐ中、デュエルをしていたのだ。
デュエル・アカデミアでは生徒たちが見つめる中でデュエルするという事はあったが、それとは当然訳が違う。

自分では意識していないつもりでも、必要以上に身体に力が入っていて、その結果生じた身体の異変ーー。
あるいは単に腹を下しただけかーー？

「ーーおっとと、いけね！
早く戻らねぇと、一戦目が見れなくなっちまう。
もう始まってるだろーしな！」

そんな腹の事はさて置きと、透矢はそう思い返し、足を駆け出させる。

「えーと……俺たちの控え室は……っと」

トイレを出て最初の別れ道でいきなり躓く透矢。
何しろ初めての場所。
デュエル以外の物覚えの良さには、あまり自信のない透矢は必死に自分が辿った経路を思い出す。

「確かこっち……だったよな」

いまいち確信を持てないながら、足を進めていく。
そんな大した距離ではない。
とにかく歩きながら思い出せば、きっと帰れるだろう、とそんな事を思っていた。



「ーーやべぇ、迷った……」

どこでどう間違えてこんな場所に行き着いたのか。
透矢は静まり返った廊下で途方に暮れる。

「俺って、方向音痴だな～。
くそ、これじゃデュエルを見逃しちまうじゃねぇか……」

当てもなく歩く透矢。
携帯電話で真希や刹那に連絡する方が早そうだが、さすがにそれは格好悪いし、また観戦の邪魔をしたくない、という躊躇いがある。

そんな意地を抱えつつもまた、目の前に差し掛かる直進と、右に曲がる別れ道。
そこへ透矢の耳にある『声』が聞こえてきた。

「……うむ。
ーーああ、分かった。
ここが終わったら、私もすぐに出頭しよう」

「ん……この声はーー」

聞き覚えあるその声。
そして道先の壁に配置された鏡に、右の道の壁に寄りかかる女性の姿が映っている。
服装、そして顔を確認し、透矢は天の助けを得たと感じる。

間違いなくクロエ先生だ、と。

クロエに控え室までの経路を聞こうと駆け寄る透矢。

ーーと、そこへ。

「ーーところで、舞の事だが……」

鏡に映るクロエ。
耳に携帯電話を当てて話している事から、誰かと話しているというのが分かる。

そしてふと聞こえたその内容に透矢は自分の耳を疑った。

「そうか……やはり、見つからないか。
誘拐されてーー半日か。
これ以上、時間を掛けるのは舞の身が危険、だな」

「（誘拐……？
それに今、舞、ってーー）」

透矢は思わず足を止める。
右に続く別れ道。
その壁のすぐ先にクロエがいる。

「ーーうむ。
もってあと１日、２日、と言ったところだな。
それまでに奴らのアジトを突き止めなければなるまい」

「（誰と……話してるんだ、クロエ先生）」

真剣、いや、深刻と言った方がしっくり来る表情で誰かと電話のやり取りをするクロエ。
透矢は出て行き辛いものを感じ、足を踏み出せないでいる。

「（舞、ってまさか暗木先生じゃないよな……？）」

気になる単語。

ーー『誘拐』

ーー『舞』

透矢はその２つの単語の組み合わせから、まさかという思いを抱く。
だが暗木舞は、二日酔いで自室で寝ているとクロエが言っていたはずだがーー。

透矢の考えがまとまらない内に、その存在に気付いたクロエが不意に電話を切ると、透矢の目の前に立つ。

「ーー遊戦名……！
お前、こんなところで何している」

「せ、先生！
今の話、ってどういうことなんですかっ？」

「お前……聞いていたのか！」

「舞、ってまさか暗木先生じゃないっすよね？！」

不可抗力とはいえ、聞いてしまった透矢がクロエに詰め寄る。
だがクロエの鉄仮面はまずい事を聞かれた事にも、些かの動揺を感じさせない。

「お前が気にすることではない。
さ、早く控え室へ戻れ」

「先生！
暗木先生は本当に……！」

「ーーくどいっ！！」

一喝。
電気が走るようなその喝に透矢は気圧されてしまう。

「お前は世界大会に集中すればいい。
余計な事は考えるな」

「よ、余計な事ってーー」

尚も食いかかろうとする透矢。
その頬が鋭く弾かれて、後ろに仰け反る。
クロエの平手が、透矢に反応を許さず弾き飛ばしたのだ。

「何度も言わせるな、遊戦名。
さっさと控え室へ戻れ」

「せ、先生！」

踵を返し、歩き出すクロエ。
透矢が何度も呼び掛けるも、それ以上、クロエは何も語ることはなかった。



ーーそれから数分。
施設に点在するナビゲーターの案内でようやく控え室へ戻った透矢。
だが彼の頭の中から、さっきクロエが話していた内容が消える事は無かった。

「誘拐……暗木先生、が？」

昨日、自分と真希を元気付けてくれた舞。
その後、煙草を吸うといって夜の外に出ていったのを最後に、一度もその姿を見ていない。
二日酔いで部屋で寝ている、とはクロエの言であり、実際にそれを見たわけではない。

「クロエ先生、誰と話してたんだ……？」

ドアノブに手を掛けながら、中々開けられない扉。
考えに頭の神経が集中し、身体の動きが鈍くなっているようだ。

それでもようやく開いた扉をくぐり、控え室へと戻った透矢。

「ただいまー……」

何とか出たその言葉。
やはり意識はクロエの事で目一杯である。

だが、そんな透矢の声にも誰も反応しない、不気味に静まり返った控え室。
全員が画面をぼんやり眺めているかのようだ。

「な、何だ、どうしたんだ、みんな。
デュエル、どこまで進んだんだー？」

側へ近寄りながら問いかける透矢。

すると真希が振り返り、透矢を見る。

「透矢……」

「真希？」

「遅かった……ね」

放心したように真希が言う。

「な、なんだ、もう一試合終わっちゃったのか？
ちょっと、道に迷ってさ、帰るのが遅れちゃってよ」

「そう……」

「な、何だよ？
そんなに凄い試合だったのか？
見逃しちゃいけなかったか？」

落胆したような真希。
透矢は真希のその態度と、未だに画面を眺めたままこちらを見てくれない、他の一同の様子が気になる。

「もう……終わったよ」

「ああ、分かったよ。
これから第二試合か？」

「ううん。
もう、終わったの。全部」

「は？全部、終わったって？」

真希がそう言いながら再び画面に目を遣り、透矢もそこへ視線を映す。
するとそこには、地に膝と手を付いて打ちひしがれるような一方と、泰然と立つもう一方の姿。

そして画面の下側に映る『３ー０』の文字。

「あんたがトイレに行ってる間に、２回戦終わっちゃったのよ」

「はあ？
そんな馬鹿な！
確かに帰ってくるの遅れたけどーーそれでもまだ１０分くらいしか……」

「うん。
だからその１０分の間に終わっちゃったのよ。
アラスカ・アカデミアが圧倒的なデュエルで、ニューヨーク・アカデミアをーー」

二度、驚かされる事になった透矢。

久遠が推していたニューヨーク校は、何と新参のアラスカ・アカデミアに瞬殺されたのだというーー。

一体、何が起きたというのかーー？

凄まじいものを見せられた後だからだろうか。
その透矢の問いに答えてくれたのは、それからしばらくしての事だった。