揺れる三角関係　作：はにわ改

　
「ーー真希、いつからそこにいたの」

刹那の睨むような視線が真希に突き刺さり、真希は正視できずに視線を反らす。

「ーー覗き見するなんて感心しないわね」

「の、覗き見なんか！」

「じゃあこんなところで何してたの」

「あ、あたしは久遠にーー」

「久遠が・・・？」

「久遠が・・・刹那が屋上にいるってーー」

「（あの子ーーっ）」

厳しい表情を見せる刹那に、まるで怯えた様子さえ窺わせる真希。
刹那はその真希の反応を見て、何時からここにいて、自分たちの様子を伺っていたのかは大体想像がついた。
そして久遠が真希をここへ呼んだ、という事を聞き、そこにあるであろう久遠の思惑について考察する。

「お、真希じゃん。
お前もここまで探しにきたのか？」

そんな時、刹那の後ろから透矢が姿を見せる。

「と・・・とうや・・・」

「あん？
どうしたんだ、お前。
変な顔して」

「あ、あたし・・・あたし・・・」

「何だよ」

透矢の姿を見て、後ずさる真希。
何かを言いかけていたようだが、結局それは感情の波に押し潰されて声にはならない。
その果てに彼女は突然、踵を返してその場から走り去ってしまった。

「ーーおいっ、真希！

・・・なんだ、あいつ？」

状況を全く把握していない透矢は、突然逃げ出した真希を、呆けた表情で見送ってしまう。

「透矢くん、早く追ってあげて」

「へ、でもあいつ、何で逃げたんだ？」

「ーーいいから早く！」

「あ、ああ・・・じゃ、じゃあまたな、刹那」

苛立ちが頂点に達したような刹那の一喝で、透矢は弾かれるように真希の後を追う。
そして誰もいなくなった中で、刹那は小さくため息をついた。

「ーーごめんなさい、真希・・・」

身を縮めながら、走り去っていった友達に対して詫びる。
気持ちが沈んでいたとはいえ、拠り所を求めて迂闊な行為に走った自分を、刹那は強く恥じた。





ーー走る真希。
何故逃げてるのか。
何から逃げてるのか。
それは自分でも分からない。

ただ自分が見てしまった光景を頭から打ち払うように、彼女は目を瞑って走り続けた。

そんな走り方だからだろうか、曲がり角で何者かと鉢合わせるように互いの身体が激突してしまう。
お互いに逆の方向へ弾き飛ばされてしまう二人。
相手が受け身をとってくれたからだろうか、真希に痛みは少ない。
そして真希が目を開くと、ぶつかった者の正体が明らかになる。

「あ・・・アル、フレッド」

「ーー真希？
どうしたんだ、そんなに急いで。
危ないじゃないか」

ぶつかってしまったのはアルフレッドだった。
彼も未だに刹那を探して、校舎の中を歩き回っていたのである。

「ーー大丈夫か？
かなり強くぶつかったからな、痛いところとかないか？」

真希の不注意でぶつかったというのに、先んじて彼女の身を案じるアルフレッド。
するとそんな真希の顔を見たアルフレッドが、何かに気付く。

「・・・どうした？
やっぱり痛かったのか？」

「えっ、あっ、あは、あはは！
だ、大丈夫、大丈夫！
どこも痛くなんてないし」

「だってーー」

自分の顔をまじまじと見てくるアルフレッドに、真希はようやく自分の顔の変化に気付き、
それを慌てて腕で乱暴に拭う。
だがそんな仕草が余計にアルフレッドに疑いを持たせてしまう。

『ーーおーい、真希～！
待てってばーっ！』

すると真希の後ろから聞こえてくる透矢の声。
真希はその声に電気が走るかのように身体を強く震わせると、アルフレッドの横を抜けて再び走り出す。

「お、おい・・・」

「ごめん、アルフレッド！
本当にごめん！」

アルフレッドは走り去る真希に声を掛けるも、彼女は謝りながら全速力でその場から走って行ってしまった。
その直後、遅れて透矢がアルフレッドと合流する。

「お、アルフレッド！
いいところに！」

「透矢・・・君まで息を切らせてどうした？」

「い、いやさ、真希がこっちに来なかったか？」

透矢もまた全速力でここまで来たようで、しかも真希の事を追っているらしい。
アルフレッドは疑問を深める。

「・・・真希なら向こうへ走っていったけど」

「お、そうか、サンキュー！
じゃ、またな！」

「ちょっと待ってくれ」

「なんだ？
今、ちょっと急いでるんだ。
用なら後で聞くからさーー」

真希の行方を教えながらも、引き留めるアルフレッド。
焦る透矢はその場で激しく足踏みさせる。

「ーー彼女に何かあったのか？」

「いや、それが実は俺もよく分からないんだけどさ。
あいつ、いきなり逃げ出しやがって・・・」

「分からない・・・？」

理由も分からず、真希は逃げ、透矢が追っているということか。
当然アルフレッドにその理由を想像出来るわけもないが、直前に見た真希の様子からただ事ではないということは分かった。

「透矢。
彼女、泣いていたみたいだぞ」

「え、泣いていた・・・？」

「さっき、俺とここでぶつかったんだ。
最初はそのせいかと思ったんだけど、よく考えるとそれ以前から泣いていたようだった」

「真希がーー？」

最初は突然逃げ出した真希を、ただ漠然と追いかけていただけの透矢が、アルフレッドのその言葉を聞いて、初めて事を深刻に捉える。

だが何故、真希が泣いていたというのか。
ちょっと考えただけでは、その理由が分かるはずもないが、
とにかくアルフレッドの言う通り本当に泣いていたのなら、尚更放っては置けない、と思い直す。

「ご、ごめん、俺、真希を追いかけるわ」

「ああ、引き留めて済まない。
早く行って上げてくれ」

「悪いな、アルフレッド！」

透矢は再び駆け出す。
ところが何かを思い出したように、再び足踏みをしながら立ち止まった。

「ああ、アルフレッド！
刹那は屋上にいたぜ！」

「屋上に？」

「ああ！
悪いけど、朝霧たちに知らせてくれないか？」

「了解だ」

「じゃ、また後でな！」

慌てつつも、大事な事をしっかりアルフレッドに言付けた透矢は、心置きなく真希の後を追うのだった。





ーー透矢を見送ったアルフレッドは、刹那がいるという屋上に向かうことにした。
だが屋上に行くまでもなく、その道中で刹那と会うことが出来た。

「ーー刹那、探したぞ」

「・・・フレッド。
あなたも残ってたの？」

少し疲れた様子の刹那。
アルフレッドはそれに気が付きつつも、敢えて触れない。

「君がいなくなったと聞いて、ずっと探していたんだ」

「そう。
ごめんなさい、心配かけたかしら？」

「いや、それはいいんだけどーー屋上で何をしていたんだ？」

「別に・・・気分転換よ。
ちょっと、疲れてたから」

表情の起伏がない刹那。
何故か刹那は、アルフレッドと話す時はいつもこんな態度を取る。

「ーー昨日の事か？」

「・・・」

「久遠にあんなこと言われて、ショックだったのか？」

「別に・・・何でもないわ。
あの子に何を言われたからって、別に気にしてないし」

「刹那・・・」

真顔で答える刹那。
だがいかにも何でもない、というその態度が彼女の強がりである、ということをアルフレッドは気が付いていた。

「ーーごめんなさい、まだ仕事が残ってるの。
久遠と一緒に先に帰っててくれる？
あの子もまだアカデミアにいるみたいだから」

そうしてアルフレッドの横を通り過ぎようとする刹那。
そんな刹那の手首をアルフレッドは不意に握りしめた。

「ーー何？」

「刹那・・・久遠の側にいるよりも、傷心している君の側に居てあげたい、と思うのは迷惑か？」

「傷心・・・なんてしてないわ」

「強がるなよ、刹那。
君の今の気持ちぐらい、察して上げられるつもりだ」

「フレッドーー」

「俺はずっと君を見てきたんだ。
離れている時も、ずっとーー」

「・・・」

包み隠さず、己の気持ちをストレートにぶつけてくるアルフレッド。
手首を握る腕にも自然と力が篭り、もう絶対に離さない、と強い気持ちが表れている。

だがそんな彼の腕を、刹那は無理に引き剥がした。

「ーーごめんなさい、フレッド。
何度も言ってるけど、あなたの気持ちには応えられないわ」

「刹那・・・、久遠に遠慮してるのか？
だったら俺はーー」

「自惚れないで。
単に私があなたをそんな風には思えない。
ーーそれだけのことよ」

きっぱりと強く言い切った刹那。
アルフレッドもさすがに少なからず落胆したのだろうか、気持ちと同様に視線に込められていた力が急激に弱まる。

そんなアルフレッドに最早、何も言葉を掛けずに歩き出す刹那。
アルフレッドからは窺えなくなったその頬を、そっと光るものが伝っていた。