『機関』　作：はにわ改

　
ーーアメリカ、ワシントン。

世界有数のプロデュエリストが集う、プロデュエル組織の総本山が置かれる首都。
だが近年、そんなプロデュエリストが次々に蒸発するという怪事件が起きている。
誘拐なのではないか、という声も囁かれるが、それを肯定する情報や証拠、
また誘拐だとするなら、犯人側の意図がまるで掴めない状況にあり、関係各機関は頭を悩ませていた。


ーーそんな中、今日もーー。



「ーーや、やめてくれ！
か、金ならいくらでも払う！
だから命だけは助けてくれ！」

ーーワシントン郊外、夜。

とあるプロデュエリストが、夜道を歩いていると『黒装束』の一団に追われた。
彼は最近の物騒な噂から警戒し、ボディーガードを数名引き連れ、更に車で住まいまで移動。
だが車を降りた直後に襲われたのだ。

屈強なボディーガードたちは、黒装束の一団が使う『不思議な力』によってなす統べなく気絶させられ、そのプロデュエリストは恐怖に腰を抜かして、地べたを這いずるようにしていた。

そんな彼に、黒装束の一団の魔の手が伸びるーー。

「ーー待て！」

プロデュエリストがいくら悲鳴を上げても、誰も助けてくれない不気味に静まり返った夜の街。
絶体絶命の彼に、救いの手が差しのべられた。
黒装束の一団の目がその『声』の方向に向けられる。

「ーーお前たちの好きにはさせない！」

褐色の肌に短い金髪の、かなりの長身だが年齢的には若い女。
鋭い眼光が煌めき、たった一人で黒装束の一団に立ち向かっていく。

『ーーおのれ！
邪魔が入ったか！』

黒装束の一団の内の一人が、低い男の声を響かせながら、向かってくる女の正面に立つと、
懐から取り出した平べったい何かを投げつけた。

横に回転する手裏剣のようなものーー。

いや、カードである。

するとそのカードは飛来する途中、突如赤い炎の球体へと姿を変え、夜の街を明るく照らし出す。

プロデュエリストは『あっ』と叫んだ。
自分が引き連れていたボディーガードたちは、この黒装束の一団が放った不思議な力によって無力化させられたのだ。

女は迫り来る火球を前にして怯む事なく、左腕に装着していたデュエル・ディスクからカードを引き抜く。

「ーーハッ！！」

そして黒装束の男がそうしたように、女もまたカードを火球に向けて投げつけたのだ。
するとそのカードは、火球に包まれていたカードを弾き飛ばし、２枚のそのカードが地面に落ちる。
同時に火球も吹き散るように消え去った。

地面に落ちたカードは、『ファイヤー・ボール』と『マジック・ジャマー』。
何れもデュエルモンスターズのカードである。

『ーーちっ！』

黒装束の男が舌打ちしながら、再び懐をまさぐり取り出した物。

ーー拳銃。

だが女は自らに向けられた銃口にものともせず、駆ける足の勢いのままに地を蹴り、高々と宙を舞わせる。
直後に火を噴いた拳銃から発せられた弾丸は女の残像を掠めた。
そうして飛び上がった女は、身軽な身体を宙で１回転させる。

「ーーてぇあぁっ！！」

掛け声ひとつ。
宙返りした身体の遠心力を乗せ、ブーツを履いた足から繰り出された蹴りが、女に向けて構え直した黒装束の銃を弾き飛ばす。
黒装束の男自身もその蹴りの勢いに押されるように背後によろめき、女は体を崩す事なくしなやかに着地した。

『ぐ・・・退け！』

弾かれた手を押さえながら、黒装束の男は背後の者たちにそう促す。

「ーー逃がすかっ！」

女はすかさず前に足を踏み抜くと、渾身の拳打がその黒装束の顔へと叩き込まれた。
ーー固い木を打つような音。
女は何かを砕く、確かな手応えを感じる。
黒装束の男は後ろに吹き飛ばされ、他の黒装束の者たちがそれを受け止めた。

『ぐ・・・ぐぐ、き、貴様・・・！』

顔を覆っていたらしい木作りの仮面が砕かれ、その破片が地面に落ちる。
すると隠されていた顔が女にも見えて、はっとなる。

「お前・・・っ！
やはり！」

女は前から立てられていたある予測、それを肯定するものが仮面の奥にあった。
男は既に見られた素顔を手で覆い隠す。

『ーー我らの意志を邪魔する愚か者め・・・！
必ず思い知らせてやる！』

恨みつらみのような声を洩らすと、その男は手に握るカードを地に向けて投げつけ、カードの角が地面に突き刺さった。
ーー同時。
周囲を埋め尽くす黒煙が巻き上がり、女の視界を奪う。

「ーーちっ！」

しまった、と舌打ちする女。
だが視界を奪われては迂闊には動けず、咄嗟に身を引いて黒煙から脱出する。

「ーー『サイクロン』！」

そして再びディスクから引き抜いたそのカードを、黒煙の中に投げ付けると、突如吹き荒れた突風が黒煙を上空へと巻き上げる。

一気に晴れる視界。

だが視界が晴れた先に黒装束の一団の姿はなく、自分が放った１枚と黒装束が放ったカード１枚だけが残されていた。

「・・・逃げられた、か」

女は特に追おうとはせず、ゆっくり前に足を進めると、地に突き刺さったカードを手で引き抜いた。

「・・・『盗賊の煙玉』か。
ふん、味な真似をーー」

カードを見て鼻を鳴らす女。
次に女は地べたで縮こまったままの、プロデュエリストの男に目を遣る。

「ーー大事ない、ですか？」

問いかけた女。
一部始終を震える身体で見届けるしかなかった男がようやく口を開き始める。

「な、なんなんだ、あいつらは？！」

「ーーあなたが知る必要はありません」

「知る必要ない、って・・・あんたは知ってるのか、あいつらの事を！」

男の問いかけに何も答えない女。
男は冷ややかな女の視線を受けながらゆっくり立ち上がる。

「ま、まぁいい！
と、とにかく警察にーー」

男は女の言葉を待たずに自らの判断でそうしようと、懐の携帯電話を取り出す。
だが電話をかけようとしたところで、不意に女がその携帯電話を強引に奪い取った。

「な、何するんだっ！」

「警察に電話されるのは困ります」

「何言ってるんだ！
俺は襲われたんだぞ！？」

「はい。
ですからそのあなたをこのまま帰すわけにもいきません」

「な、何・・・」

女がそう話した直後、素早く男の後ろへ回り込むと、
鋭く振り下ろされた手刀が男の首もとで跳ねた。
男の意識はそこで途切れ、地面に崩れ落ちるように倒れる。

女はそれを見て、一つ息を吐き出すと、短パンのポケットから携帯電話を取り出した。

「ーー先生、シェリルです。
コード３、発生。
現地にて交戦。
例の一団には逃げられましたが、襲われたプロデュエリストを無事確保しました」

『先生』に電話をかける『シェリル』。
状況を要点だけに絞り伝えていく。

「・・・はい。
眠らせてあります。
『機関』の方にて、回収・処理をお願いします。
・・・了解。
それまで現地にて待機します」

報告を短く済ませたシェリルは電話を切る。

ーーそれから数分の後『機関』の人間たちが到着すると、そのプロデュエリストとボディーガード数名の身柄を回収。
更にプロデュエリストが乗っていた車も同様に回収され、一切の証拠となるものはその場から消えて無くなった。

ーー他に目撃者もいない。
故にこの事を知る者は『機関』の人間を除いて、誰もいないーー。



「ーーそうか。
やはりーー」

「はい。
例の一団がプロデュエリストを誘拐する度に勢力を伸ばしてるのはそのせいかと」

「デュエリストを誘拐し、何らかの方法で洗脳、かーー」

ーー全てが終わった後。
シェリルと『先生』ことクリスが合流すると、夜道を歩きながらシェリルは電話では話さなかった事を報告していた。

ーーシェリルは見た。
黒装束の男の素顔を。
そしてそれはシェリルとクリスが所属する『機関』が、前々から推測していた黒装束たちの目的の一つ。

シェリルはそれを裏付ける証拠を確かにその目で見たのだ。

「奴等のアジトさえ分かれば話は早いのだがな」

「霧のように現れて霧のように消える不可思議な連中です。
簡単には尻尾を掴ませてはくれません」

ーー進展のなさに二人はいつも歯痒さを感じずにはいられない。
人知れず、巷を騒がせる謎の一団と立ち向かい続ける彼女たちの『機関』。
日々、こうして夜の街を歩き、その正体を掴もうとしているーー。

「ーーそういえば、いよいよ、明日だな。
明日、彼らが来る」

「・・・はい、先生」

不意に思い出したようにクリスがそう切り出すと、シェリルがそれに頷く。

「ーー『この地』で出来る最後のデュエルだ。
シェリル、その時はお前も全てを忘れて楽しんだらいい」

「はい。
そうさせて頂くつもりです」

「ん。
後は作戦を無事遂行し、彼らの協力が得られればーー光は見えてくる。
この束の間の一時を、夢ではなく現実とするためにーー」

「ーーはい」

ーー足を止めた二人。
何かその先にあるものを見つめるかのように、夜空を見上げる。
無数の星たちが散らばる闇を見つめながら、二人は同じ思いに馳せた。

ーーそう、夢の終わりは近いということに。