イギリス代表大将 エリザベート　作：はにわ改

　
ーー女に手を引かれるまま、狭い路地を通り抜けて表通りに抜け出した透矢。
そのままドーム近くの、人が大勢いる広場まで逃げてくる。
その間、透矢を襲おうとした黒装束たちが後を追ってくることはなかった。

「ーーふぅ・・・もう、大丈夫そうですわね」

「あ、ああ・・・」

広場にて足を止め、ようやく透矢から手を離した女。
改めて見るとかなり若い女の子であり、歳は透矢と同い年かそれ以下か。

カールを巻いたような長い金髪のその少女は、神楽坂家の待女が着ていたものを連想させる、袖にひらひらがついた黒のワンピース。
黒と白のみを集めたようなその服と装飾品は、透矢には奇異に映った。

「ーーちょっと、あなた」

「え？」

「わたくしに何か言うことはありませんの？」

「えーと・・・」

「せっかくわたくしが、危機を迎えていらした貴方を助けて差し上げましたのに」

「あ、ああ・・・そ、そうだな！
あ、ありがとう。
助かったよ」

話すたびに口元から覗かす、常人のそれと比べてやたら長く伸びて見える少女の犬歯。
咎められた透矢が笑みを合わせながら礼を言うと、満足したのか少女は微笑んだ。

「えっと、さっきはアレ、何やったんだ？
あいつら、君が持ってる何かに触れて、すげぇ痛がってたけど」

「ああ、これのことかしら？
触れると電気が流れるようになっていますの」

少女が取り出した小さな器械。
黒装束の様子から見て相当痛いらしく、使い方を間違えば危険な代物だが、
少女はどうやら護身用に持ち歩いているようだ。

「ま、何にしてもありがとな！
ここに来て早々、あんな奴等に襲われて焦っちまったよ」

「偶然、あなたがあんな狭い路地に入ってくのが見えて、
その後にあんな怪しい方々が後を追っていくのが見えましたの。
ですから気になってーー」

「見ず知らずの俺のためにか？
正義感、強いんだな」

とりあえず日本語が通じる、という事でいつも通りに話す透矢。
少女はお嬢様言葉のような話し方をしていて、透矢も少し気にはなるものの、意志疎通出来ることの方がありがたい部分もあるようである。

「ーーだってあなた・・・デュエリストでしょう？」

「え？」

少女がまるで分かっているかのような顔で訊き、透矢は少し驚く。

「な、何で分かったんだ？」

透矢が逆に聞き返す。
荷物はホテルの部屋にあるから、少なくとも今は、デュエリストと感じさせるような所持品は身につけていない。
ならば何故少女は、そう判断できたのか。

「だって・・・見たところ私と貴方、歳はそんなに離れているようには見えませんし。
『この時期』に『この場所』の付近を、貴方のような日本人が歩いているとすればーーひょっとしたら日本の代表選手かな、と思い至っただけですわ」

「そ、そうか・・・」

「それとーー貴方からわたくしと同じ匂いがしましたの。
『デュエリスト』の匂いが・・・」

控えめな鼻をわざとらしく鳴らしながら、そんな事を口にする少女。

「てことは・・・まさか、君も？」

少女の話をここまで聞いて、透矢もぴんと来る。
少女は頷いて応えた。

「ーー透矢くん！
こんなところにいたのか！」

そこへ、突然自分の名前を呼ばれて透矢はその方を見る。
するとドームの方から、クリスが手を振りながらこちらに駆け付けてくる。
すぐに合流したクリスは透矢の肩に手を付いて、大きく息をついた。

「良かった・・・すぐに見つかって。
駄目じゃないか、透矢くん。
あんまり離れたら・・・どこに行ったのかと心配したぞ」

「あ、やっぱりっすか・・・？
ごめんなさい、水花の姿を追っていてーー」

「水花・・・？
何を言ってーー」

透矢を探して辺りを走り回っていたクリス。
透矢の予感は当たっていたようだ。
透矢が場を離れた理由を話そうとするが、ふとクリスが傍らにいる少女の存在に気付く。
そしてその少女の事はクリスも知る人物であった。

「君は・・・『エリザ』！」

「あら、クリスティーアさん。
ご無沙汰しておりますわ」

「ははは、こんなところで会えるなんて奇遇じゃないか。
いつ来たんだ」

「うふふ、昨日の夜に到着しましたわ。
今日は、ワシントンの街を一人で気ままに散歩しておりましたの。
そうしたらーー」

「ちょ、ちょっと待った。
クリス先生は知り合いなんですか？」

『エリザ』と名指しされた少女。
どうやら気心知れた仲であるらしい二人の間に、透矢が割って入る。

「ああ、彼女はエリザベート・フリードイッヒ。
イギリスアカデミアの代表選手だよ」

「イギリスの・・・代表？」

「出身はドイツですけど。
あら、でもこの方はクリス先生のお連れですの？」

「いや、私は彼にこの街を案内していただけさ。
彼は日本の代表で、遊戦名透矢という」

「トーヤ・・・でいいのかしら？」

二人を知るクリスが代わって、互いの名前を明かし、
ここで二人はようやくお互いの名前を知る。

「えっと、エリザベー・・・」

「『エリザ』と呼んで下さいまし。
その方が呼びやすいでしょう」

「あ、ああ。
エリザに危ないところを助けてもらったんです」

「危ないところ・・・だと？」

「彼・・・『例の連中』に襲われてましたの」

「なーーっ？！」

クリスの表情が変わる。
青ざめたような表情で、透矢を見る。

「な、何ともないのか？
透矢くん！
何かされたのか？！」

「い、いえ、大丈夫です！
さっきも言いましたけど、エリザが助けてくれたのでーー」

「そ、そうかーーよ、良かった・・・」

両の二の腕をクリスに強く抑えられて、
身体をくまなく観察させられる透矢。
だが無事だという事が分かると、すぐに手を離す。

だがクリスが一瞬見せた表情は鬼気迫っていた。

「済まないな、エリザ。
私の不始末だ。
君のお陰で助かったよ」

「ふふ・・・トーヤが無事で何よりでしたわね」

「ああ。
でもあいつらは一体・・・？
変な黒いマントみたいの被って・・・先生は何か知ってるんですか？」

透矢の問いかけに険しい表情を見せるクリス。

「・・・我が国の恥だがな。
この辺りには夜な夜な、妙な連中が現れて、街を騒がせているんだ」

「妙な連中・・・」

「透矢くん。
ここは日本ではない。
君の常識が通じないところもある。

ーーだからあまり目立つような行動は慎んでくれよ」

「は、はい・・・すいませんでした」

多くは語ってくれなかったが、透矢は心配かけた事を素直に謝る。
透矢はクリスの言うことを素直に信じ、アメリカにはあんな連中が出没するのだということをその目と肌で感じ、真希や千鶴の事も思いやって、気を引き締め直した。

「まぁ、無事だったんですからいいじゃありませんの。

ーーそれよりも、トーヤ。
貴方、やはり日本の代表選手でしたのね」

「ああ」

「明日の一回戦。
お互いに正々堂々、戦いましょうね」

「へ・・・？

ーーあ、そうか！
一回戦、確かイギリスアカデミアだたっけ」

「何だ、忘れていたのか？

エリザはイギリス代表の大将だ。
クロエが透矢をどの位置にするかは分からないが、
ひょっとしたら明日、二人は戦うかもしれないな」

「君がイギリスの大将・・・ってことは、イギリスアカデミアで１番強いのか？！」

途端に目を輝かせる透矢。

「ふふ・・・そういうトーヤこそ。
去年はいなかったようですけど、日本側の期待のホープ、といったところかしら？」

「俺としては代表に選んでもらえて、こんな場所でデュエル出来るってだけで感激してるんだけどな。

ーーあ、でもエリザは大将か。
俺は多分、大将戦では出ないんだろうな・・・」

「あら、そうなんですの？」

「まぁ、でももし明日、戦うことになったら、よろしく頼むぜ！」

「こちらこそーーお手柔らかにお願いしますわ」

透矢が差し出した手を握るエリザ。
本来なら、明日に顔合わせするはずだった二人。
ひょんな偶然を経て、先んじて知り合った二人は、互いの健闘を祈り合うのだった。

「・・・あら、大変。
もうこんな時間ですのね。
仲間との約束に遅れてしまいますから、お先に失礼しますわ」

「む。そうか。
世話になったな」

「本当にありがとな、エリザ。
また明日、な！」

約束があるということで、１人この場を離れるエリザ。
明日会うのは確定しているが、再会を約束してエリザは街並みの中へ姿を消した。

「ーーさ、私たちも戻ろう。
千歳さんも、鳴瀬さんも君を心配しているぞ」

「あ、はい」

そして透矢とクリスも、真希たちが待っているドームの方へと帰る。
透矢が帰ってきたのを見て、千鶴が泣き出したり、真希が怒って殴る、などということがあったものの、とにかく無事でめでたしとなった。
ただ透矢は水花の姿を見て、後を追ったと弁明したが、クリスがその場でホテルにいるクロエに電話し、
水花はホテルにいるということが分かる。
すると透矢が見た『水花』は他人のそら似か、幻かーー。
納得のいかないものがあったが、真希や千鶴のフォローに追われ、あまり考えさせてもらう暇はなかったのだった。