序章 闇から現れし者たち　作：はにわ改

　
ーーアメリカ・ワシントン郊外。

高い建物に挟まれた夜の道。
不気味なほど人気の無いその中を、一人のデュエリストが何かに追われているかのように、息を切らしながら必死に走り続けていた。

「（一体・・・奴等は・・・奴等は何者なんだっ？！）」

彼は日本人、そしてその職業はプロデュエリスト。
一年前に渡米し、最高峰のプロ組織があるワシントンへとやってきた。
まだ新人（ルーキー・デュエリスト）でありながら、既に活躍を見せ始めている期待の新人であるーー。

その彼がいつもの帰りに、突然正体不明の一団に襲われた。
何とか逃げてはいるが、後ろから複数の不気味な足音が聞こえて、彼の恐怖心を煽る。

「誰かーっ！
誰か、助けてくれーっ！！」

苦しい息の中、必死に助けを呼ぶも、誰も助けてはくれない。
むしろ周りに人の気配が感じられない。
延々と建ち並ぶ街中、いくら夜とは言っても、誰か一人ぐらい彼の叫びを聞いてくれても良さそうなものだがーー。

やがて体力の限界もあり、追手の姿が見えなくなったのを見計らって、路地裏へと逃げ込む。
そうして身を潜め、激しい呼吸を隠すため口を塞ぎ、後方へと目をやる。

ーー足音は・・・聞こえなくなった。
誰かが追ってくる気配も・・・ない。

慎重に確かめた彼は、少し安心したように息をつき、落ち着きも取り戻す。

だがまだ油断は出来ない。
何故追われたのかは検討もつかないが、とにかく見つからないように夜の闇に紛れて、更に安全な場所へと赴き、そこで警察なりに電話をしようと考える。

ーー同じ場所でいつまでも留まるのは危険だ。
慎重に移動を始めよう。

少し体力を回復した彼は、路地裏を抜けて向こう側へと出ようとするがーー。

「ーーああっ！？」

振り向いたその先には、全員が黒装束に全身を覆い隠した一団が道を塞いでいた。

ーー間違いない。
自分を追ってきた奴等だ。

彼はたじろぎながら、引き返そうと身体を翻らすがーー。

「ーーうわぁあああっ？！」

つい数秒前まで誰もいなかったはずなのに、路地裏出口も既に同じ一団が道を固めていた。

ーー周りは高い建物。
当然登れるはずもなく、他に逃げ道もない。
彼は絶望したように膝を付いた。

「た、助けてくれーーっ！！
誰かーっ！！」

にじり寄ってくる黒装束の一団に、彼は半狂乱になりながら泣き叫ぶ。
しかし、その声を聞いてくれるものはいない。

するとその背後に、黒装束の一団の中から抜け出るように現れた何者かが足音を立てる。
彼は振り向くと、左腕にデュエルディスクを付けた、黒い衣服を身に付け、不気味な化け物のような仮面を付けた性の区別がし難い誰かが立っていた。

「ーーデュエル、だ」

「な、何だって！？」

「俺に勝てば見逃してやろう」

低い男と思しき声。
その声が不意に切り出してきたのは、何とデュエルの申し込み。
恐怖に戦く彼が、それを聞いてふとなにかを思い出す。

「そ、そうか、お、お前たちが最近、デュエリストを襲っているって噂のーー」

最近、度々世を騒がせているデュエリストの誘拐事件。
警察も全く手がかりを掴めていない謎だらけの事件。
彼が所属するプロ組織からも注意喚起がなされていたが、まさか今日、自分が襲われるとはーー。

「な、何が目的なんだ！？
俺が持ってるカードか？
だったらデッキごとくれてやるから、だから、頼む・・・っ！
見逃してくれ！」

命乞いをするように彼は叫ぶ。

するとそんな彼に対して、デュエルディスクを構えた男は、不気味な笑い声を上げながら、身体を振るわせる。

「・・・デュエルして勝てば、見逃してやると言ってる」

「デュ、デュエル・・・って」

「それともなんだ、ファイトマネーが出ないデュエルでは、本気を出せないか？」

あくまでデュエルを持ちかけてくれる何者か。
デュエルで勝てば見逃すという言葉は果たして本当か。
しかしどうあっても逃してくれそうにない雰囲気に、彼はその言葉に一抹の希望を賭けるしかなかった。


「ーーほ、本当に見逃してくれるんだな？！」

「二言はない。
先攻はお前にくれてやるから、さっさと始めろ」

互いに少し距離を取り、やむなくディスクを構えた彼。
己が命運を賭けたデュエル。
月下の路地にて始まろうとしていた。

「お、俺の先攻！
俺は手札から『六武衆 ザンジ』を召喚！」

手札から召喚された、日本に伝わる武士が身に付けていた、赤い甲冑に全身を包んだモンスター。
両手に槍が握られている。

レベルは４で、攻撃力は１８００だ。

「更に手札から『六武衆の師範』を特殊召喚！」

更に現れたのは隻眼の長い白髪を蓄えた、黒い胴着と黒光りする甲冑に身を包むただならぬ雰囲気を兼ね備えた老兵。
このモンスターは場に六武衆モンスターがいるときに特殊召喚が可能である。

レベルは５で、攻撃力は２１００。

「更に特殊召喚！
『大将軍 紫炎』！」

そして姿を現すは六武衆を統べる将軍にして、最強のモンスター。
赤い炎のような甲冑に、紫の布地を宛がった外套。
顔は兜の影によって見えづらく、不敵に光る両目が、見る者を圧倒する。
手に握られたその日本刀で、一体今まで幾将のしるしを上げてきたのか。
歴戦の猛者が作り出す雰囲気は、正に紫炎のごとき圧倒さである。

レベルは７、攻撃力は２５００に至る。
このモンスターは場に六武衆モンスターが２体以上存在すると、特殊召喚が可能なため、リリースモンスターは必要としない。

「更にカードを１枚セットして、ターンエンドだ！」

そしてリバース・カード。
１ターン目に得意の布陣を作り上げて、彼はまずまずの流れ、と自信を深めていた。

「（リバース・カードは『六尺瓊勾玉』・・・。
場に六武衆が存在するとき、相手が発動した破壊効果を無効にして破壊できるカードだ）」

六武衆を除去から護る頼れる罠カード。
更に『大将軍 紫炎』がいる限り相手は１ターンに１度までしか魔法・罠カードを発動出来ない。

この布陣を切り崩すのは容易ではなく、切り崩せなければ、場に並べた大将軍を始めとしたモンスターたちで、次のターンに総攻撃が掛けられる。

「（こんな奴らに・・・負けてたまるか！）」

彼は攻防共に優れた布陣を作り上げたことで、自信を深める。

「ーー俺のターン、だ」

だがその自信も、この黒衣の男のターンで脆くも崩れ去る事となる。
既に彼は、闇の呪縛に引き込まれていたのだった。