刹那の処断　作：はにわ改

　
ーー真希と千鶴のデュエルは終わった。
千鶴の本校在籍の存続を賭けたこのデュエル、勝者はその試験官・真希。
最初は真希も自分が勝とうなどと一分も思ったりはしなかったが、
デュエルを通して千鶴の思いを悟り、それに応えるべく全力を尽くしたのだった。

「・・・強く、なったね。
あたしもうかうかしてらんないな」

「お姉ちゃん、ありがとう。
全力で、戦ってくれてーー」

デュエル場の中央で、二人は互いの健闘を称えあっていた。
負けはしたものの、精一杯戦えた千鶴は満足そうに微笑んでいる。
そんな千鶴の頭を真希は優しく撫でるのであった。

「真希・・・千鶴・・・」

ただ透矢の心中は穏やかではない。

確かにいいデュエルだった。
二人の全力のデュエル、今まで見てきた中で今日が最高とも言える。

しかしながら、このデュエルには千鶴の首が懸かっていた。
千鶴はどうなってしまうのか。

ーーいや、真希相手にここまで戦えたのだ。
勝てはせずとも、その能力は認めてあげるべきだ。

「なぁ、刹那ーーって、あれ？」

ーー透矢は刹那に懇願しようと横を見るも、そこには刹那の姿はない。

改めて見回してみると、いつの間にか刹那はデュエル場へと上がり、真希と千鶴の方へ近付いていく。

ーー刹那の処断が下ってしまうのか！

透矢は止めようと足を踏み出させるも、後ろから伸びた手に肩を押さえられる。
誰か、と思って背を向くと、そこには観客席から下りてきた炎魅子、そして水花を引き連れた地影。

「ーー大丈夫だよ、透矢」

「え・・・？」

「鳴瀬は充分に刹那の期待に応えてくれたさ」

「期待？」

透矢の肩を抑えながら、笑顔を見せる炎魅子。
だが事情を知らない透矢は、その笑顔の意味が分からない。

「遊戦名くん、私からお話します。
実はこのデュエルはーー」

地影が炎魅子の後ろから、透矢にその事情を語り始める。
そこには千鶴のこのデュエルに於ける、もう１つの意図が隠されていた。


「ーーお疲れ様。
真希、鳴瀬さん」

「ーー刹那」

「神楽坂、会長さん・・・」

デュエルを終えた二人に、静かに歩み寄った刹那はまず穏やかに笑い掛ける。
真希は最初ほどの厳しさはないが、刹那を見る目には力が込められている。

「・・・ねぇ、刹那。
お願いがあるの」

「あら、お願い？何かしら」

真希がこのデュエルに全力を注ぐと決めてから、同時に抱いていた決意。
その覚悟を今一度心に決めて、刹那に伝える。

「千鶴ちゃんの不正入学の責任はあたしがとる」

「お、お姉ちゃんっ？」

「あたしが辞めるから、千鶴ちゃんは今まで通りこのアカデミアにーー」

「そ、そんなのダメ、お姉・・・！」

真希の衝撃的な発言に、千鶴は当然のように反発するが、真希が千鶴と刹那の間に入るようにしてそれを遮る。

「今日のデュエルで分かったの。
千鶴ちゃんはあたしなんかより、ずっと未来に可能性がある。
だから、千鶴ちゃんだけはお願い！
助けてあげて、刹那！」

「お姉ちゃん！」

刹那に必死の面持ちで懇願する真希。
千鶴の将来性に自分を超える可能性を見た真希の願い。
加えて姉としての自己犠牲からくる思いか。
千鶴は後ろから真希の服の裾を引いて制止しようとするが、真希は頑として動かない。

すると刹那はそんな真希に厳しい眼差しを向けた。

「ーー真希、まだ分からないの？
あなたがそうやって何でも鳴瀬さんを庇うから、鳴瀬さんの成長を妨げてるのよ」

「あたしが・・・庇うから？」

「鳴瀬さんのため、鳴瀬さんのため、ってあなたは言うけど、
それが鳴瀬さんに重圧にもなり、何より真希、あなたの枷にもなってる」

「・・・」

刹那の言葉に何も言い返せない真希。
言われてみて、感ずるところがあったのだろうか。
千鶴も黙ってただ俯いている。

「ーーそれにね、鳴瀬さんの代わりにあなたを辞めさせたら、私が鳴瀬さんに恨まれてしまうわ」

「でも、刹那！」

「早とちりしないで、真希。
私、鳴瀬さんの処分について、まだ何も言ってないわよ？」

「え・・・でもーー」

困ったように笑う刹那。
戸惑う真希から目を反らすと、回り込むように足を動かし、真希の横から千鶴と向き合う。

「ーー鳴瀬さん、いいデュエルだったわ。
結果は残念だったけど、あなたの実力を知る事が出来た」

「会長さん・・・」

「充分に合格点を上げられるわ。
おめでとう、鳴瀬さん」

笑顔でそう告げた刹那。
それを聞いて、まさか、と真希が驚きに声を張り上げる。

「ちょ、ちょっと、刹那？
どういうことよ、それ！」

「どういうことって？」

「だって、負けたら退学なんじゃ・・・」

「そんなこと一言も言ってないわ。
試験に落ちたら、とは言ったけど」

「へ・・・？
じゃ、じゃあ、千鶴ちゃんは？」

呆けたように聞く真希に、刹那は笑顔で頷く。
その意味はつまり千鶴の在学を認めるという事であった。

つまりこのデュエルに千鶴は初めから勝つ必要はなく、ある程度の実力を示せれば合格、という通常の実技試験と同じ裁定方式だったのである。

もちろん勝てば文句は無かったが、千鶴は充分に実力を示したため、刹那は合格の判定を下したのだ。

「な、何よ、それ！
それだったら初めから言ってよ！
あたしはてっきり・・・」

「ごめんなさい、真希。
確かにあなたには辛い思いをさせてしまったと思う。
そこは素直に悪いと思っているわ」

頭を下げて詫びる刹那。
だがそれだけでは真希は納得できていないようだ。

「ーーやめて、お姉ちゃん！
このデュエルは私が会長さんに、お願いしたの！」

「え、千鶴ちゃんがーー？」

「う、うん・・・」

「な、何？
どういうことなの？」

そんな真希を止めたのが千鶴。
その口から今まで秘密にしてきた事実が語られる。

「お姉ちゃんに・・・世界大会に行ってほしかったから」

「世界大会・・・？」

なんと千鶴は真希に、来月に控えた世界大会に参加してもらうために、今回の事を仕組んだという。
真希が自分に遠慮して、世界大会への参加を諦めた事を知り、千鶴はどうにかしたいと思ったのだと言う。

でもどうすれば真希が世界大会に参加してくれるだろうか、とそう考えた時に、悩みに悩んだ末に考え付いたのが今回の事である。

何とか自分の実力を真希に示し、自分はもう大丈夫だから自分に遠慮なんかしないでほしい、と訴えるためのデュエルだったのだ。

真希はそんなことのために自分を騙したのかーーと、嘆く。
それならそうとはっきり言って欲しかったと。

「ーー真希、千鶴なりに悩んだ事なんだろうぜ？」

「と、透矢・・・」

するとそこに透矢が寄ってくる。
その後ろには炎魅子と地影の姿もある。
地影から先んじて事情を伝えられた透矢。
千鶴の側に寄ると、その頭を軽く小突く。

「全く・・・真希本人に言い辛かったのは分かるけどな？
それだったら俺に相談してくれても良かったんじゃねぇのか？」

「ご、ごめんなさい、お兄ちゃん・・・」

「ま、でも千鶴は自分１人でこのヤマを片付けたかったんだよな？
俺や真希に頼ったら、真希が安心してくれないって、さ」

千鶴が頷く。
何とも不器用な手段を用いた千鶴であったが、彼女なりに悩んだ末の結論だったようだ。

「悪いな、刹那。
刹那は千鶴に協力してくれたんだな」

「ふふ、何の事かしら？
私も真希に世界大会に参加して欲しかっただけだもの」

「刹那・・・あんたーー」

「真希がいるかいないかで、こちらの戦力は劇的に変わってくるから。
そのために協力するのは当然よ」

飄々と語る刹那。
きっとその通りなのだろうが、その裏にある感情も、何となくだが透矢は感じ取っていた。

「なあ、真希？
千鶴も手段はどうあれ、ここまでしてくれたんだ。
お前もそれに応えてやれねぇか？」

「でも・・・」

「お、お姉ちゃんも本当はお兄ちゃんと一緒に大会に参加したいんでしょ？
それだったら私に遠慮なんてしないで、お姉ちゃんのやりたいようにやってほしいの」

「千鶴ちゃん・・・」

「お願い、お姉ちゃん。
私のために・・・私なんかのために、お姉ちゃんがなにかを我慢するなんて、私、嫌だよ・・・っ」

普段は真希に対して柔順な千鶴が、必死に自らの思いの丈をぶつけてくる。
だがそんな千鶴に対して、真希は未だに踏み切れない。

確かに大会には１人のデュエリストとして参加はしたい。
透矢も一緒に、とあらば尚更だ。

だがやはりそこに千鶴がいないのは真希を躊躇わせる。
これは遠慮、とかではなく、思い出を千鶴だけ共有出来ないのが悲しいのだ。

「まぁまぁ、待って、二人とも。
それじゃ真希に参加を強要しているみたいじゃない」

見かねた、というよりは何か考えを持って刹那が止めに入る。

「真希？
要は鳴瀬さんも参加出来れば、あなたも参加してくれるんでしょ？」

「え・・・？」

「刹那？」

刹那の声に真希、そして透矢が驚きに声を上げる。

「どうかしら、理事長先生？
真希とここまで戦えた鳴瀬さんなら、補欠として連れていく価値がありませんか？」

刹那が不意に目をその方向に移し、透矢と真希がそれを追う。
するとその先には炎魅子、水花を連れた地影と同様に、観客席から下りてきたクロエの姿があった。
腕を組んだまま、ハイヒールの音を立ててこちらに近付いてくる。

「り、理事長先生・・・？
クロエ先生が・・・ですか？」

「あぁ、千鶴はまだ知らなかったよな。
クロエ先生、実はこのアカデミアの理事長なんだ」

「えぇ？！
お、お兄ちゃん、それって本当なの？」

「この事は秘密らしいから、千鶴も頼むな？
ま、詳しい事は後で話すから」

クロエが理事長とは知らなかった千鶴。
当然驚いたようだが、透矢が軽くフォローをいれ、取り敢えずこの場はそれで済ませる。

「あ、で、でも、か、会長さん・・・？
そ、その話は私がお姉ちゃんに勝ったら、という話でしたよね？」

「まぁ、一応、ね。
でもあなたは立派に戦い抜いたわ。
真希にも悪いことしてしまったし、何とか報いてあげたいのだけどーー？」

千鶴が訊くと、刹那はそう答えながらも、最終的な意志を委ねるようにクロエを見る。

「ーー良かろう。
補欠、とするにはまだまだ力が足りないがーー。
大会のデュエルの記録係、また偵察要員として、なら連れていく事を許そう」

「先生！」

「費用も特別にアカデミア側が負担する。
理事長として約束しよう」

「ありがとうございます、クロエ先生」

記録係として、ではあるが参加を認めたクロエの言に、まず炎魅子が喜ぶように声を上げ、
参加費も面倒を見てくれるという言葉に刹那も穏やかに微笑んだ。

「良かったわね、鳴瀬さん。
あなたも世界大会に参加出来るわよ」

「あ、はい・・・で、でも、本当に私なんかでーー」

「鳴瀬さんは学業成績が優れているもの。
安心して記録係を任せられるわ」

「は、はい！
あ、あの・・・私、頑張ります！」

喜びを露にしながら、刹那に、そしてクロエに頭を下げる千鶴。
そんな千鶴の両肩に刹那は優しく手を置いた。

「ーーどうだ、千歳。
これならば文句はあるまい」

「クロエ、先生・・・」

「お前の力を貸してほしいのだ。
前大会の借りを返すためにも、そして我がアカデミアが世界の頂点に立つためにもな」

真希は望外の展開に、頭が付いていっていない。
しかし確かに透矢も、そして千鶴も参加出来るのであれば文句はない。

ーー透矢が真希の肩を叩く。
透矢と顔を合わせて、彼の笑顔に自分も表情も合わせると、強く頷いた。

「ーーはい。
千歳真希、喜んで大会に参加させて頂きます！」

敬礼の姿勢ではっきりとそう告げた真希。
途端に炎魅子が真希に駆け寄り、首に腕を回しながら喜びに湧く。
水花を連れた地影は性格からかそこまで態度には表さないが、嬉しそうにしている。

刹那も万事上手く行った事で、肩の荷を下ろしたように息をつく。
そして透矢と目が合うと、お互いに小さく笑い合った。


「ふん・・・なんだかよく分からないけど、取り敢えずこれで真希も参加、か。
少しは楽しくなりそうねーー」

ーーそんな皆のやり取りを、何故か自分は参加せず見守るだけの久遠。
彼女もまた小さく微笑むと、１人その場を後にした。