透矢と黒の一団 そしてーー　作：はにわ改

　
「ーー透矢くんがいないっ？！」

「は、はい。
ほんの少し目を離したら・・・いなくなっていてーー」

ーーアルフレッドがクリスにその事を伝えて、一行に緊張が走る。

そう、透矢がいなくなったのだ。

真希たちは慌てて、透矢の名を叫びながら辺りを見回す。
もし自分たちの声が聞こえるなら、何らかの返しがあるはずだが、呼ばれた主がひょっこり姿を現してくれる気配はない。

「あんの馬鹿・・・っ！
炎魅子先輩の言ってた事が本当になっちゃったじゃない！」

「お、お姉ちゃん・・・っ！
どうしよう、どうしよう！
お兄ちゃんが・・・迷子っ！？」

まだアメリカに来て数時間。
早々にはぐれてしまった透矢に真希は怒る様子を見せるが、それは不安の裏返しでしかない。
千鶴は急にいなくなった透矢が心配で仕方ないのか、既に泣きそうである。

「ーー落ち着いて。
まだ、そう遠くには行っていないはずよ。

ーーフレッド。
二手に別れて探そう」

「はい」

「千歳さんと鳴瀬さんはここで待っていてくれ。
もし、透矢くんが戻ってきたら私に連絡を」

「せ、先生・・・っ」

「大丈夫。
きっと見つかるから。

ーー十分後にもう一度ここで合流。
いいな、フレッド」

「はい」

一時的な引率者であるクリスが手早く判断を下して、それぞれの役割を決める。
真希も本当は探しに行きたいようだったが、当然この辺りの地理には全く知識がなく、下手をすれば自分たちまで迷子になる。

クリスとフレッドが探しに行ったのを見届けてから、真希は千鶴を抱き寄せてその頭に手を置く。

「大丈夫、千鶴ちゃん。
きっと見つかるから・・・」

「う、うん・・・お姉ちゃん」

「ったく、馬鹿透矢・・・！
戻ってきたら一発ぶん殴ってやるんだから！」

近くのベンチに腰を下ろした二人。
早く、そして何より無事に見つかる事を祈るのだった。




ーーその頃、透矢は水花に誘われるがままに、ドームから少し離れた建物と建物の間にある狭い路地を通っていた。

「（やべぇな、結構遠くまで来ちまった・・・。
でも水花をほっとくわけにもいかないし・・・）」

透矢はふと後ろを見ながら、真希たちの事に憂いを抱く。
ひょっとしたら急に消えた自分を探しているかもしれない。
だがそれ以上に何故か単独で行動している水花が気がかりだ。
見失ったら大変、という思いから透矢は水花を追い続けた。

『フフフ・・・』

「おい、水花！
いい加減にしろ！」

そして路地の先で、建物の影に隠れた水花。
狭い路地に身体をぶつけながら、透矢もついに憤慨を露にしながらその場所へと出る。
すると四方を建物に囲まれたスペースに出た透矢。
太陽の光も遮られていて、周りはとても薄暗い。

「ありゃ？
水花・・・？」

確かにこの場所に水花は逃げ込んだはずだが、そこに水花の姿はなかった。
それでも辺りに置かれた小さな物陰などをくまなく探すが、やはり水花はいない。

「どういうことだ・・・？」

不可思議な出来事。
水花の姿が完全に消失した。
戸惑う透矢。

「ーーえっ？！」

そんな透矢が不意に妙な気配に気付いて、自分が通ってきた路地の方を向く。
するとそこから黒装束で全身を包んだ何者かが、次々とその路地から姿を現す。

「な、何だ、何だ？！」

後ろにのけ反り、建物の壁に背を付ける。
いくら国を隔てた地、文化も環境も違うとはいえ、
まだ日が出ている暖かい内から、黒装束で全身を覆い隠す人間など、どう考えてもまともではない。

ーーそうして現れた黒装束の人間は全部で五人。
明らかに透矢の方を窺っている。

「な、何だよ！
あんたら、俺に何か用か？！」

果たして日本語が通じるかーー。
そんな事を考える間もなく、透矢は黒装束の人間たちに強い調子で訊いた。

『ーーこの少年が・・・？』

『例の・・・？』

『そんな気配は感じないがーー』

ぼそぼそと小さい声で語り合う黒装束の人間。
透矢には断片的にしか聞き取れなかったが、どうやら自分の事を話しているらしい事は分かった。

『ーーまぁいい・・・捕らえるぞ』

そして黒装束は遂に透矢との距離を縮め始める。
透矢は咄嗟に構えた。
目的は分からないが、まさか友好的な態度で臨んでくるとも思えない。
本能が身の危険を感じさせたのである。

ーーだが相手は五人。
さすがに真っ向勝負では分が悪い。
あるいは大声で助けを呼ぶべきか、とも透矢は思いつつも、
緊張で乾いた口からはまともに大声が出せそうにもなかった。

短い時間の中で、透矢は何とか一人に狙いを絞って体当たりで機先を制し、あわよくば強行突破を果たし、あの路地から逃走しようと考える。

透矢の性格から出た決断であり、それに委ねる覚悟を決める。

そして相手が近付いてくるタイミングを見計らって、前に飛び出そうとしたーー。

その時だった。

『ーーあぐわぁああっ！？』

突然、路地に一番近い距離にいた黒装束の人間が、男の声で悲鳴を上げて倒れた。
するとその後ろに、手に小型の器械を握った金髪の女の姿が現れる。

透矢はもちろん、残りの黒装束の人間たちも何事かと狼狽する様子を見せる。

「ーー何、ぼぉっとしてますの！？
早く逃げますわよ！」

「え・・・えっ？」

初めて見るその顔。
明らかに日本人ではない顔付きだが、日本語で強くそう言われて透矢も咄嗟に身体が動かない。
先に我に返った黒装束の一人が、そうはさせじと女に襲いかかる。

「ーー汚い手で触らないで下さいまし！」

だが女は逃げず、むしろ小さな長方形の器械を握っ手を突き出した。
するとその器械の先が黒装束の身体に触れるや、先に倒された男と同様に激痛に喘ぐ声を上げて、後ろに弾き飛ばされる。
するとその身体が他の者たちに倒れ込み、巻き添えになるように態勢を崩す。

その隙を逃さず女は透矢へ駆け寄り手を掴む。

「ーー逃げますわよ！」

「えっとーー」

「早くなさい！」

藍と橙のオッドアイが叱り付けるように透矢を見据え、女は透矢の手を引いて足を駆け出させる。

『ーーま、待て！』

低い男の声が響いたが、その時には二人は路地へと至っており、密室から脱出に成功していた。

何がどうなっているのか？

透矢はそれを聞く間も与えてもらえず、ただ腕を引かれるままに走り続けたのだった。