サタン・ルキフェル⑤　作：はにわ改

　
「ーー久遠！」

不意に後ろから呼ばれた久遠が振り向く。
すると観客席の下、ワシントン校が通ってきた入場口に、声の主である姉・刹那の姿があった。

「くす……さすがはお姉さま。
デュエルの流れから、私が何をしようとしているか、察してくれたのね」

姉の姿を見た久遠が邪悪な笑みを見せる。
姉が何をしにきたのか、久遠は一瞬で見抜いたのだ。

「でももう遅い。
如何にお姉さまと言えど、この状況で私を止める事など出来ないわ」

姉を嘲笑う久遠。
そうしてから彼女は再びデュエルの相手に向き直った。



「ーー刹那？」

「刹那っ！
どうしたんだ、控え室で観戦していたんじゃないのか」

刹那が突然現れたことで、当然だがクリスたちもその方向へと振り返る。
アルフレッドがすかさず駆け寄り、何事かと皆を代弁するように尋ねる。

「あの子をーー久遠を止めないと……」

「久遠を……止める？」

「どいて、フレッド！」


前に立つアルフレッドを押し退けて、更に前に出ようとする刹那。
だが今度はシェリルがその行く先を遮る。

「シェリル……どいて」

「出来ない相談だな」

「あの子が何しようとしているか……シェリルにも分かるでしょ？」

「だとしても、だ」

鋭い視線で見据える刹那。
対してシェリルはそれに全く気圧された様子のない、まるで堅固な鎧を連想させる冷ややかな無表情。

「Ｗｈｙ？
何で久遠を止めなくちゃいけないの～？」

「そうだ、刹那。
久遠が何をしようとしているっていうんだ？」

横からメリッサ、そして後ろからアルフレッドが訊く。
だが刹那はそれに何も答えない。
いや、『答えられない』。

「ーーお前らしくない、逸った行動だな、刹那」

「クリス先生……！」

「今はデュエル中、それも世界大会という大舞台だ。
それを理由もなく、制止出来るはずがなかろう」

クリスもまた、冷ややかな視線で刹那を見る。

「ですが先生、『あのカード』はーー！」

「デュエルの邪魔だ。
ーーシェリル、刹那を追い出せ」

「はい、先生」

聞く耳持たない、と刹那から目を反らしたクリスがシェリルにそう命じると、
それに盲目的に従うシェリルが、刹那の両腕の服の裾を掴み、そのまま押し動かしていく。

「ちょ、ちょっと待て！
刹那の話も聞いてやった方がーー」

力ずくで押しやるシェリルの肩を掴んだアルフレッド。
だがシェリルは無言で掴まれた肩の腕を振るい、それをあっさり弾いてしまう。

「シェ、シェリルーー！」

「止めて、フレッド」

「せ、刹那……！？」

刹那を庇おうとするアルフレッド。
だがそんなアルフレッドを制止したのがその刹那だった。

「ーーごめんなさい、シェリル。
一人で戻れるわ」

「……そうか」

諦めたかのような刹那。
それを本心、と悟るとシェリルも刹那から手を離す。

そうして刹那はクリスを背中から見つめた。

「ーークリス先生。
今、久遠を止めないとただでは済みませんよ」

一言、まるで脅しを掛けるかのような物言いでクリスに語り掛ける。

だがクリスはそれにも振り返る事はない。

「ーー早く戻れ、刹那」

刹那の言葉にも応えることはなく、ただ冷たく言い放った。
それを聞いた刹那は目を閉じて俯き、ため息をつく。
そしてすぐに踵を返すと、入り口の方へと帰っていった。

「刹那……っ！」

「ーーフレッド。
追う必要はない」

「せ、先生……」

刹那を追おうとしたアルフレッド。
だがそれもクリスの声に阻まれて叶わなかった。

「変なのー、刹那ったらどうしたんだろーね？」

メリッサが首を傾げて考えるような素振りを見せるも、事情を知らない彼女に何か察する事が出来るはずもない。

「ーー刹那には悪いことをしたな」

「……仕方ないでしょう」

「お前も久遠を止めるべきだと思うか」

「ーー先生の判断を、私は尊重するだけです」

「ふ……そうか」

小声で短く言葉を交わすのはクリスとシェリル。
アルフレッドはその声こそ聞こえはしないものの、二人のその様をじっと見つめているのだった。



「ーーさて、と。
邪魔者もいなくなりましたし。
続けさせて頂きますわ」

姉が追いやられる様を、目で見ずとも耳で聴いていた久遠。
ようやくデュエルを続行させる。

「私の場にはチューナー含めたレベル９のモンスターが３体。
それら全てを墓地に送ってシンクロ召喚します」

「レベル９モンスター３体で、シンクロ……？」

相手は耳を疑う。
久遠のフィールドにいる３体のモンスターは、『星を紡ぐ者』の魔法効果により全てレベル９。
シンクロ召喚とは基本的には、チューナーモンスターとチューナー以外のモンスターのレベルを、合計したレベルと等しいレベルを持つシンクロモンスターをエクストラデッキから召喚する方法である。

だがデュエル・モンスターズに於ける最大のレベルは１２のはずである。
レベル９モンスター３体でどうシンクロ召喚するつもりなのか、と。

「くす……今から私が呼ぶカードはレベルが『ありませんの』」

「レベルが……ない？」

「このカードはチューナーとそれ以外のモンスターを一体ずつ以上を含む、３体以上の同レベルモンスターを墓地に送る事で特殊召喚が可能ですの。
そしてこのカードのレベルは、墓地に送ったモンスターの合計した数値になる……！」

「な、何だそれ……っ！
そんな召喚方法、聞いたことーー！」

初めて耳にするその召喚方法。

相手方が驚愕する中、久遠が場の３体のモンスターカードを順に墓地へと送る。
すると３体のモンスターたちが、それぞれ九つの黒い球体に姿を変え、それらが久遠と相手を包み込むように円周を作り上げる。
そうしてからそれら球体全てから天空に向けて黒い光が直進し、ドームの天井を突き抜け、その先の雲を貫いた。
直後、始まる地震のような強い振動。
それは当然、観客にも伝わり歓声が一転して悲鳴へと変わった。
テンションの高いＭＣも、これは予想だにしない事態か、ただ慌てるばかりで、揺れに耐えられず地面を転がっている。

「ーー遂に、現れるな。
久遠の持つ『魔王』がーー」

「はい。
まさかこんな１回戦から召喚するとは思ってもみませんでしたが」

ーー強い揺れに晒されながら、変わらず余裕の佇まいのクリスとシェリル。
メリッサは反対に恐怖しているのか、地面に座り込んでいる。

「『魔王』……？」

アルフレッドは足に力を入れて何とか耐えていた。
クリスが口にした『魔王』。
一体それは如何なるカードだというのか。
ずっと共に時を過ごし、久遠のデッキを知り尽くしているはずの自分も知らないカードがあるというのかーー。

アルフレッドは敢然と立つ久遠の背を見る。

「ーーあははははっ！！
よく目に焼き付けなさいな！
『夢から覚める前に』、私の『魔王』の姿をね！」

久遠が握るカード。
本来あるべきレベルを表す『星』がない、異質のカード。
それがデュエルディスクへと置かれると、周りを覆う黒い球体から、光が横に向かって伸び、それが円の中に巨大な六芒星を作り出した。

「ーー出でよ、私の最強（フェイバリット）カード！」

六芒星から溢れる黒い霧、黒い稲光。
天空から今度は地に向かって青白い雷鳴が轟き、その波動から為す風圧が相手を吹き飛ばした。

「ひ、ひぃいいい！
な、何が起こってるんだっ！」

恐怖に顔が引きつる相手。
もはや立体映像の範疇を超えた、圧倒的な迫力・質量感が見る者を圧倒する。

「ーー『堕天の魔王（サタン・ルキフェル）』、招来っ！」

ーーその瞬間。
相手のモンスター、『クリスティア』、『聖なるあかり』が吹き飛ぶ。
モンスターだけでなく、永続魔法の『ヴァルハラ』さえも。

そして相手は最後の瞬間に『彼の姿』、その影を見たものの、そこで意識は途絶えた。
何故なら既にその時、彼のライフポイントは０を刻んでいたからである。

「ーーふふふ、あーはっはっはっはっ！！」

全てを超越する者。
『選ばれし者』のみが従えられるそのモンスター。

『魔王』と共に佇む久遠の残忍な高笑いが、混乱する会場の中でいつまでも響き続けていたーー。