水花の秘密　作：はにわ改

　
「ふー・・・っ」

ーー保健室。
電気の点いていない部屋が、窓から差し込む夕闇の光に染まる。

洒落っ気のない服装の上から白衣だけを着込んだ、この部屋の主・舞は疲れたように椅子に体重を預けながら煙草を吹かした。
彼女は普段からやる気無さそうにしてはいるが、今日は本当に全身に強い倦怠感を感じているかのようだった。

葉が焦げる小さな音が響く煙草をくわえたまま天井をぼんやり眺めるようにしていた舞。

そこへ入り口の引き戸が開かれて、二人の訪問者が姿を見せる。

「ーー舞、邪魔するぞ」

その内の１人、クロエが声を掛けるが、舞は聞こえていながら動かない。
だが、煙草の灰が崩れ落ちそうになったのを見て、取り出した携帯灰皿に押し付けて火を消した。

「ーーどうだ、進展は？」

来訪者の二人目・クリスが、クロエと共に舞に近付きながら聞く。
すると声で答える代わりに、肩を竦めて見せた。

「駄目・・・か」

クロエが落胆するように呟く。

「ーー任しとけ、って言っといて何だけど・・・中々、厳しいかもしれないねぇ」

ようやく口を開いた舞。
そんな舞の背に立つクリス。

「お前がアプローチしても・・・か」

「ーー色々試してみたけど、ね。
あの子の『封じられた記憶』の鎖は、生半可な事じゃ外せないだろうよ」

舞のその言葉を聞きながら、クロエは四方を仕切る白いカーテンの側に歩み寄り、そっと中を覗く。
カーテンに仕切られたその中には、ベッドで安らかな寝息を立てる水花の姿があった。
そんな水花を見たクロエが眉間にしわを寄せると、すぐにまたカーテンを閉じてしまう。

「舞・・・あの子の記憶が鍵なのだ」

「ーーああ、分かってるよ。
ただね、あたしのアプローチの仕方じゃ、多分ダメだ。
可能性があるとすればーー『デュ エル』、だな」

「『デュエル』・・・そうか。
確かに透矢とデュエルした時に、水花は過去の事を口走っていたからな」

「具体的なスイッチはあたしにもまだ分からない。
でも、水花の記憶を目覚めさせるためにはデュエルが大きな要素になりそうだね」

「デュエル・・・かーー」

クロエは考えるように口元を押さえる。
舞とクリスはそんなクロエの次の言葉を待つように、じっと見つめる。

ーーだが、クロエの考えを遮るように、不意に扉をノックする音が鳴る。
舞が椅子に座ったままだらけた返事をして、中に入るように促すと扉が開かれ、３人目の来訪者の姿が露になる。

「ーーあ、いたいた、探したよ、理事長先生！
それにクリス先生もお揃いで、丁度いいや」

「炎魅子・・・どうした？
私に何か用でもあったのか？」

来訪者は炎魅子。
まさか自分を訪ねてくるとは思っていなかったのか、意外そうな表情で炎魅子を見る。

「いやね、理事長先生にちょーっとお願いがあってさ」

「ほう・・・お前が改まって私にお願い、とは珍しいな。
・・・で、何だ？」

「うん。
あと、これはクリス先生にも、了解もらなわくちゃいけないんだけどーー」

「何？
私の了解も、だと？」

遠慮がちに笑う炎魅子に、顔を見合わせるクロエとクリス。
舞もさすがに気になるのか、炎魅子の方を凝視している。

炎魅子のクロエ・クリスを相手取っての願いとは果たして何なのか。
その唐突な願いは、普段滅多に驚かないクロエたちを大いに驚かせる内容だったーー。






ーーその頃、
アカデミアから忽然と姿を消していた久遠とアルフレッドは、アカデミアから駅を隔てた繁華街に繰り出していた。
もっともアルフレッドに限ってはそんなつもりはなく、ただ久遠の後を付けてきたきただけの事だ。

「あーもう、フレッド！
いつまで無言で付いてくるの！」

久遠は無言でアカデミアを抜け出し、気分の赴くまま繁華街へとやって来た訳だが、その後ろからはアルフレッドが付いてきている。

何も話さない、ただ付いてくるだけ、という異様な雰囲気に耐えられなくなった久遠が非難の声を上げた。

「何よっ、誰もあなたに付いてきて、なんて言ってないわよ！」

「・・・」

「何とか言いなさいよっ！」

夕方の繁華街。
人通りが増えてきたこの時間、久遠は人目を引くのも構わずアルフレッドに声を張り上げる。

「ーー君から目を離すわけにはいかないからな」

そしてようやく答えるアルフレッド。
それを聞いた久遠は、憮然とした態度で鼻を鳴らす。

「何よ。
お姉さまに言われたから？
お姉さまへの点数稼ぎってわけ？」

「・・・」

「それとも何？
お姉さまに相手してもらえないから、やっぱり私に乗り換えようってコト？
今さら遅いんだからね！」

「そのどちらでもない」

端から見れば言い争いをしているかのような二人。
しかもそれが、中々見られない美女・美男子の組み合わせであり、しかもアルフレッドは明らかに日本人ではない。
故に街行く者の殆どが、二人に少なからず注目していた。

「君の事が・・・心配なんだ、久遠」

「え・・・」

「確かに刹那に君に付いているよう、頼まれたのは事実だ。
でも俺だって、これでも君の事は心配しているんだ」

「ふ、ふん、よく言うわ！
私のコトなんてどうでもいいくせに！」

「久遠・・・」

「付いてこないで！
付いてきたら、ストーカーで警察呼んでやるから！」

一方的に怒号を浴びせて、踵を返す久遠。
そうして歩き去っていくその背中を、やはり無言で追うアルフレッド。

結局、久遠はせっかく繁華街に来たというのに、どこに寄るわけでもなく、ただ道なりに歩くだけとなってしまった。
あれだけの酷い言葉を浴びせたというのに尚、付いてくるアルフレッドに戸惑いを感じながら。