真希 避けられないデュエル　作：はにわ改

　
「ーーちょ、ちょっと、刹那！
それってどういうことよ！」

ーーその日の放課後。
刹那に呼び出された真希は、透矢と千鶴を連れ立って生徒会室へと来ていた。
アカデミアにいる間に、わざわざ自分が呼び出されるとしたら、世界大会の参加の是非についてか、と思っていた真希。
その予想を大きく裏切るその内容とは。

「・・・明日の放課後、
鳴瀬さんに入学実技試験の再試験を行ってもらうわ」

デスクに座る刹那が、一度伝えたその内容をもう一度繰り返す。
デスクの両隣りには地影、炎魅子の姿もある。

「刹那、入学試験の再試験、ってことは千鶴の・・・例の件、だよな」

「ええ」

「あの件は、その何て言うか・・・許容、ていうか・・・駄目、なのか？」

「真希が『風紀委員』の務めを果たしてくれてる内は、ね。
でもそれが無くなった以上、その約束も無し、ということね」

千鶴の件について、事情を知る透矢はやや遠慮がちな振る舞いだ。
許されるなら、所謂『なあなあ』で済ませたいと思っていたが、
やはり幼馴染みが不正な手段で入学していた事にどこか引っ掛かっていたのである。
もちろん、千鶴は何も知らなかったのだから、千鶴に責任はない。

透矢は千鶴を見る。
千鶴は何かの覚悟を決めたかのように、整然とした表情を見せていた。

「ちょっと待ってよ！
あたしの件も・・・千鶴ちゃんの事も、許してくれたんじゃないの！？」

デスクを平手で叩く真希。
憤る友達を前に、刹那は冷静沈着な振る舞いを崩さない。

「・・・真希の事はともかく、鳴瀬さんの事について言及された記憶はないわ」

「でも、刹那・・・！」

「それに・・・『不正』を『不正』のままにしていていいの？
もちろん再試験をしたところで『不正』が正されるわけではないけど、本人が気持ちよくアカデミアに通うためにも、少しでも『正しき』に近付ける必要はあるわ」

そこまで語って刹那は、黙ったままの千鶴を見る。

「どうかしら、鳴瀬さん？」

千鶴の意志を確かめるように聞いた刹那。
透矢と真希も千鶴の方を向く。

「わ、私・・・再試験、受けます！」

「千鶴ちゃんっ！？」

「そ、それで少しでも、た、正しい方向に持っていけるなら・・・」

千鶴の決断に、真希がまさか、という表情を見せる。
過ぎ去ってしまった事実は変えられない。
そういう意味ではこの再試験に受かったとしても、事実を都合の良いように塗り固めるだけの行いに過ぎない。

それでも千鶴は受ける決断をしたのだ。
彼女にも、少しでも己を納得させられればという思いか。

「鳴瀬さん。
再試験、と言っても本当の入学試験と同等の意味を持たせるわ。
もし落ちた場合は・・・」

「は、はい・・・。
その時は・・・こ、この、アカデミアを、辞めます・・・」

「千鶴！」

「千鶴ちゃん！」

そう、いくら形だけのもの、とはいえ、負けたときに何事も無し、ではそれこそ意味を成さない。
千鶴は己の首を賭けて臨む決意を露にする。
すると透矢が表情をひきつらせ、真希が千鶴の目の前に駆け寄る。

「どうして、千鶴ちゃん！
せっかく一緒に同じアカデミアに通えるのにーー！」

「お、お姉ちゃん・・・」

「もし、もし、辞めるなんて事になったら・・・、
あたしは何のためにーー」

「ご、ごめんなさい、お姉ちゃん・・・」

今にも泣きそうなほど、自分を心配してくれている姉。
そんな真希の表情を千鶴は正視できないのか、目を反らす。

「ーー止せ、真希」

「と、とうや・・・」

そんな真希を制するように、透矢が肩を抑える。
神妙な面持ちの透矢。
あるいは透矢がこの状況を何とかしてくれるのかーー真希は、そんな淡い希望を一瞬抱いた。

「・・・刹那、再試験に受かれば、千鶴を認めてくれるんだよな？」

「透矢！？」

「もちろん。
そのための再試験だから」

透矢が刹那に確認する。
それは即ち、千鶴が再試験を受けるのを認める、ということだ。

「千鶴も・・・本当に、いいんだよな」

「お兄ちゃん・・・」

「俺は、千鶴を信じてる。
お前ならきっと受かる、って」

「お兄ちゃん・・・。
ーーうん」

「・・・そうか」

千鶴を信じる、そう告げた上でもう一度その意志を確認した透矢。

千鶴がどこか安心したように小さく笑顔を見せながら頷くと、透矢も笑顔でそれに頷き返す。
そして真希の背中に立つと、肩をもって自分の方へと振り返らせた。

「真希、千鶴が決めたんだ。
俺たちはそれを大事にして、信じてやんないとな」

「透矢、でも・・・」

「それにこの事は何らかの形で決着（ケリ）つけとかないとな。
何より、千鶴本人のためにさ」

「・・・」

諭されるように透矢に言われて押し黙ってしまう真希。
真希はまだ踏み切れてはいないようである。

「ーーそれじゃもう一度確認するけど、明日の放課後に再試験。
それで構わないわね、鳴瀬さん？」

「は、はい！」

「うん。
快く応じてくれて嬉しいわ」

「そういえば刹那？
再試験の相手はどの先生が担当してくれるんだ？」

透矢が聞く。
対策を立てる、というわけでもなく、気になるから聞いただけのようだ。
だがその対戦相手を聞いて、透矢と真希は再び愕然とさせられる事となる。

「対戦相手は・・・真希よ」

「え・・・せ、刹那！」

「ちょ、ちょっと、刹那！
なんであたしと千鶴ちゃんがーー！」

再びデスクの前に迫り、両手を付いて身を乗り出すように声を張り上げる真希。
刹那の表情はぴくりとも動かない。

「再試験とはいえ非公式のデュエルですもの。
多忙な先生方に迷惑を掛けるわけにはいかないわ」

「だからって何であたしが！」

「それは真希がこのアカデミアで１、２を争うデュエリストだからよ」

「な、何よ、それ・・・」

「形式的なものとはいえ、既に半年もこのアカデミアに在籍している鳴瀬さんが、通常の入学試験と同じ実技試験では整合性が保たれないわ。
通常より厳しい相手を選ぶのは当然の事よ」

真希を試験相手に選んだ理由。
通常、入学実技試験、すなわちデュエル試験は教諭が担当するが、使用されるデッキはその教諭が持つ本来のデッキではなく、試験用に組まれたデッキである。
もちろんそのデッキのレベルが低いわけではないが、オベリスクブルーに入れるような者ならば軽く突破できるレベルだ。
となればアカデミア屈指の実力を持つ真希のデッキの方が、格段にレベルは高いということになる。

「で、でもよ、刹那！
いくらなんでも、真希と千鶴が試験デュエルってーー」

「当然、真希には本気でデュエルしてもらうわ。
言うまでもないけど、試験は私も見させてもらうから」

「刹那・・・」

ただしこの場合、透矢が訴えたように、デッキのレベルがどうこうというよりも、むしろ真希と千鶴がデュエルという事自体に問題がある。
何しろ、幼馴染みで、仲の良さは刹那も百も承知のはずだ。
それを考えれば、試験の相手にするには、色々な観点で相応しくない。

「刹那・・・！」

「なあに、真希」

「これって、デュエルキラー辞めたあたしに対する嫌がらせ、ってわけじゃないよね？」

「お、おい、やめろ、真希」

怒りに歪んだ真希。
今にも飛び掛かりそうな彼女を透矢が押さえる。
地影や炎魅子も心配そうにしているようだが、口は挟まない。

「ま、待って、お姉ちゃん！
これは私がーー」

「鳴瀬さん！」

「ーーっ！
か、会長さん・・・」

千鶴がたまらず何かを言いかけたが、刹那の声がそれを遮る。
透矢は千鶴の反応が気にはなったが、すぐに真希を押さえる事に意識が傾いた。

「真希、これは生徒会長である私の決定よ」

「刹那・・・っ！」

「それとも何？
鳴瀬さんじゃ、自分に勝てるわけないーーとでも思ってるのかしら？」

挑発的な刹那。
真希は思わず爆発しそうになるも、透矢の助勢もあって何とか自分を押さえた。
すると、透矢の手を振り払って真希は足早に生徒会室から出ていき、叩きつけられるように扉が閉められた。

「お、お姉ちゃん・・・！」

遅れて、千鶴がその後を追いかける。
透矢も当然、真希を追いたいところだったが、それをせずに刹那を見た。

「刹那・・・」

透矢の声。
様々な感情が入り混じったような声に、刹那は申し訳なさそうな表情を見せた。

「ーーごめんね、透矢くん。
でもね、ここは私を信じてほしいの」

「刹那・・・お前、一体・・・」

顔を伏せた刹那。

唐突に千鶴の試験のやり直しなどと切り出し、その相手に真希を選んだ刹那。
そこには見えざる刹那の意志があるらしいことは、透矢にもわかったが、それが何なのかは教えてくれる事はなかった。