『力』あるカード　作：はにわ改

　
ーー『魔王（サタン）』の降臨は、尋常ならざる影響を及ぼした。
地震に似た揺れ、演出というにはあまりに強烈な光と波動。
まるでそれは本当に神話に語られるような『力』をこの領域にもたらしたかのよう。

ーー実際、『魔王』のその姿を見る事が出来たのは、
召喚した久遠、その相手、そしてクリスたちワシントン校側の人間のみであるーー。


「ーーな、なんだい、なんだい。
一体、何が起きたっていうんだろうね？」

「画面が突然、途切れちゃうなんてーー」

ーー日本校の控え室。

砂嵐となった画面を前に、炎魅子と真希がそう口にした。
久遠が『魔王』を召喚したその直後、その圧倒的な迫力に押されたかのように、映像も吹き飛んだのである。

「機材トラブル……でしょうか。
さっきの地震、かなり揺れましたからね」

「で、でも……な、なんか、凄い音、鳴って……いませんでしたか？
何か、壊れるようなーー」

地影は先ほどの地震の影響で、映像が乱れたのだろう、と尤もらしい発言。
対して千鶴は不安そうに周りの顔を見ながら同意を求めるかのように話す。

「確かに……久遠が最後に召喚する瞬間、こっちにも、何て言うか……すげぇ『エネルギー』みたいなもの感じた……」

「そうかい？
あたしはそんなもん、感じなかったけどねぇ。
ま、迫力は凄まじかったけどさ」

透矢のその言葉に反応する炎魅子。
透矢は彼自身、上手く表現出来ない『何か』を感じ、
その煽りからくる影響からか、左胸を強く抑えていた。

「（ーー久遠め。
あの程度のデュエリスト相手に、浅はかな劣情を……。

ーー全く、扱いづらい奴だ）」

そんな中、クロエは動じずに静かに佇んでいるようであったが、内心では頭を悩ます思いを抱いていた。

「ーーていうかさ？
そういえば、刹那の奴、遅くね？」

炎魅子の声に、一同がはっとなる。
先ほど、突然出ていった刹那が未だに戻ってきていない。

「さっきの地震、強い揺れでしたからね……。
何もないとは思いますが、少し……心配ですね」

冷静に地影。
だがそう言いつつも、不安に思っているのが表情から窺える。

「俺……ちょっと様子、見に行ってくる」

「あ、あたしも！」

透矢がまず立ち上がると、真希も続く。

「……センセ？
行かせちゃっていいっすか？」

「……。

まぁ、あの刹那に限ってもしもの事は無かろうがーー好きにしろ」

「ほい。
センセのお許しが出たよ。
あんまり大人数で行ったってしょうがないからね。
悪いけど、二人で頼んだよ」

「はい、先輩！」

「行こ、透矢！」

炎魅子が二人に代わってクロエの了承を得て、透矢と真希が直ぐ様入り口へと駆ける。

「ーー待て、二人とも」

「え……っ？」

「先生？」

だがそこでクロエが二人を呼び止める。
勢いが付いていた足を止めたからか、止まる透矢の背中に真希が飛び込んだような形になる。

「ーーワシントン校側の入場口に行ってみろ。
おそらく刹那はそこにいるはずだ」

「ワシントン校側の入場口に？」

「あの、先生。
何でそんな事がーー？」

何も言わずに飛び出した刹那。
その行く先をクロエは、何故確信を持っているかのように口にしたのか。
真希が訊いてもクロエはそれ以上何も答えない。

「ーーよし、とにかく行ってみよう、真希」

「う、うん……！」

答えようとしないクロエを待っていても仕方がない、透矢と真希は部屋から出ていった。
炎魅子、地影、千鶴の視線を受けながら、クロエは目を閉じたまま微動だにしない。

「（大事の前だというのに……よくよく問題を重ねてくれるものだ）」

クロエがふっ、と息を吹き出させながら笑う。
万事が円滑に進まない事に対する、己の能力不足に対する自虐ーー。
ただ炎魅子たちには当然、その笑いの意味が何なのか、分かるはずもなかった。



ーー控え室を出た透矢、真希はクロエが言葉に従い、ワシントン校側の入場口へと駆ける。
ただ、トイレの帰り道ですら迷う透矢だから、先導するのは真希である。

「ーーなあ、真希。
クロエ先生の言う通り、刹那が入場口の方にいるとしてさ、
クロエ先生、なんでそんな事がわかったんだろうな？」

「んー、何でだろ？」

「刹那も何で、あのタイミングでーー」

「そんなの、あたしに聞かれてもわかんないよ」

駆けながら、ほどけない疑問を頭に過らせる二人。
するとあと数メートルで入場口、というところで探し人を見つける。

「ーー刹那っ！？」

二人が声を合わせる。
刹那のその姿を見た二人は、目を見開き、驚きのあまりに一瞬、顔を硬直させる。

神楽坂家の侍女・蓮華に身体を支えられた刹那。
その左の額にはハンカチが当てられ、その白い布の中央はうっすらと赤く滲んでいる。

「刹那、どうしたんだよっ？！
怪我したのかっ？！」

「透矢、くん……？
それに真希？
どうして、ここにーー？」

「そんなことより刹那！
どうしたの、その傷？！
やだ……血が出てるし……っ！」

矢も盾もたまらず駆け寄った透矢と真希。
ハンカチを当てられているから、傷口が見えず、打撲によるものか切り傷によるものか、知ることは出来ない。

「大丈夫。
さっき、強い揺れがあったときに、ちょっと壁に頭をぶつけてしまったの」

「ちょっと、って、そんな具合か？
めちゃくちゃ痛そうじゃねぇか！」

「だ、大丈夫……大丈夫だから……」

心配ない、と刹那は言うが、足元が覚束ないあたり、少なくとも軽傷ではないのは、医者でなくとも分かるだろう。
その身体を支える蓮華も、深刻な表情で刹那を気遣っている。

「申し訳ありません、遊戦名様、千歳様。
私が付いていながら、お嬢様にこのようなお怪我をさせてしまい、お二方にもご心配をーー」

「そんな……蓮華さんのせいじゃ……」

痛みに耐える刹那を心底、案じている蓮華。
それはまるで我が子を気遣う母親の眼差しーー透矢と真希の目にはそう映った。

「ーーあら、透矢くんに真希！」

ーーと、そこへ入場口の方から歩いてきたのは、刹那と同じ顔を持つ妹・久遠。
その後ろにはアルフレッドたちの姿もある。
大会１回戦が終わり、退場してきた帰りのようだ。

「ーーせ、刹那ぁっ！」

アルフレッドの目に刹那の姿が映るや、血相を変えて駆け寄る。

「どうしたんだ、その怪我は！？」

「大声出さないで、フレッド。
ちょっとぶつけただけなの」

「何言ってるんだ、早く医務室に……いや、病院にっ！」

普段は凛々しく、割と冷めた面持ちのアルフレッドも、思い人である刹那の怪我を見ては冷静ではいられない。
そんなアルフレッドを見ただからだろうか、シェリル、メリッサ、クリスの３人も刹那の周りに集った。

「刹那……お前、本当に大丈夫か？」

「ーーはい、ご心配なく、クリス先生」

「……済まない、な。刹那」

「いいえ、私の不注意ですから」

何故か謝るクリス。
まるで刹那の怪我の原因が自分であるかのような謝罪だが、この状況下ではそんな言葉の意味を聞こうとするものはいなかった。

「いいんじゃないの？
本人が大丈夫、って言ってるんだもの」

唯一、まるで関知しない、とドライな態度を取るのは他ならぬ妹の久遠。
姉が頭を怪我し、血を流しているというのに、心配の一欠片も感じさせない態度だ。

「ねぇ、透矢くん？
私の活躍、見ていてくれた？
私の相手、くッだらないメタ張ってきたから、後攻ワンキルしちゃった。

あはははははっ！」

そして透矢の前で、自らを高く評した上で高笑いまで上げた久遠。
透矢はそれを奇異なものを見るような目で捉える。

「おい、久遠……。
お前、お姉さんの刹那があんな怪我してるんだぞ？」

「そうみたいね」

「そうみたい、って……お前なぁ！」

「そんなことよりもぉ、私と一緒に食事でもしない？
私と透矢くん、二人きりで」

「ーーっ！」

透矢の中で強く怒りがこみ上げた。
相手が男ならば問答無用で殴り飛ばしていただろう。
それでもこらえきれず、腕を振り上げる。

ーーしかし、そんな透矢よりも早く、真希が透矢と久遠の間に入り、その頬を平手で叩いた。

「ーー久遠！」

「お嬢様！」

刹那と蓮華が声を上げる。

「真希！」

それ以上の暴力を抑えようとするためか、透矢は思わず真希を後ろから羽交い締めにした。
そうされながらも、真希は久遠を鬼の形相で睨み付ける。

「あんた……最っ低よ、久遠！」

そして言い放つその言葉。
殴られた久遠は、顔を起こすと、嫌らしく『微笑んで』見せた。

「はいはい、どーせ、あたしは最低な奴よ。
お姉さまと比べれば、ね」

「久遠……っ！」

「あーあ、やだやだ。
怒りっぽい人って、すぐ暴力でものを訴えるんだもの。
嫁入り前の女の顔叩くなんて、罪もいいところよ」

睨む真希をまるで相手にせず、その横をすり抜けて歩き始める久遠。

「ちょっとっ、待ちなさいよ、久遠！」

「止せ、真希……！」

独り、歩き去る久遠。
離したらどうなるか分からない真希を透矢はしっかり押さえつけた。
やがて久遠の姿が遠く、小さなものになると、ようやく真希も落ち着いたのだった。

「ーーやれやれ、あいつも仕方のないやつだ」

クリスが呟く。

「ーー蓮華さん、刹那をよろしくお願いします。
我々も一度、引き上げなくてはならないですから」

「万事、私にお任せください」

蓮華に声を掛けてから、クリスも久遠の後を追うように歩き出す。
シェリル、メリッサも刹那に眼を遣りつつも、それに追従する。

「ーーフレッド！
お前もだ、早く来いっ」

「お、俺は刹那に付いていてやりたいんですがーー」

「蓮華さんが付いていて下さるんだ。
お前も付き添う必要はないだろう」

言い分は確かにクリスが正しい。
だが刹那に付いていてやりたい、というのは刹那を心配しての事だろう。
透矢にはそれが痛いほどよく分かった。

「私は大丈夫。
だから早く行って、フレッド」

「刹那……」

「お願い、フレッド」

だが刹那本人からもそう言われ、アルフレッドは拠り所を失ったかのように、後退る。
蓮華も自分に任せてほしい、というニュアンスの頷きで応え、アルフレッドは後ろ髪を引かれながらもクリスの後を追う。

「アルフレッド！」

そんなアルフレッドに声を掛ける透矢。

「透矢……刹那を、頼んだよ」

「アルフレッド……」

本当は他人に託したりはしたくなかったであろうアルフレッド。
寂しそうに笑ったアルフレッドの表情が透矢の目に強く焼き付いた。