アラスカ・アカデミア　作：はにわ改

　
ーー会場から控え室へ帰って来た、透矢たち一同。
そこには待っていましたとばかりに、千鶴と水花が迎えてくれた。

「ーーお兄ちゃん、お姉ちゃん、お疲れ様！
かっこ良かったよ！」

「へへ、良いとこ見せられたぜ！
……なーんてな」

「あはは、あたしも！
なーんか、終わったらあっという間だったし！」

兄、姉と慕う二人が世界大会という大舞台で勝利を収めたからだろうか、千鶴も珍しく興奮している様子。
透矢、真希も無事に勝利の報せを届ける事が出来て、言うことはない、といった風情だ。

「朝霧先輩も……その、お疲れ様でした！
見ていてとても勉強になります！」

「ありがとう、鳴瀬さん。

ーー早速で申し訳ないけど、記録の方は大丈夫？」

「あ、はい！
確認、お願いします！」

次に千鶴は地影に祝福の言葉を送ると、地影本人は言葉も少なめに早速貸し与えたＰＣに記録されたデュエルの内容を二人で確認する。
真面目な地影だからこそではあるが、確認の最中の彼女の表情はどこか晴れ晴れとしていた。

「……透矢、真希。
お疲れ、さま」

「おー、水花！
俺たちの活躍、ちゃんと見ていてくれたか？」

「……（こくり）」

「ありがと、水花！
応援してくれてありがとね」

次に水花が祝福。
相変わらずの無表情ではあるが、少女なりの精一杯の賛辞に、二人は愛でるようにその頭を撫でるのだった。

「ーーさ、みんな！
もうすぐ１回戦の第二試合が始まるわ。
ゆっくり他の代表校の戦いぶりを見る事にしましょう？」

「一足先に勝ち上がったあたしたちは、余裕の高見の見物、ってやつさ！
ま、ゆっくり見させてもらうことにしようぜ！」

「はは、そうっすね！」

刹那と炎魅子がそう声を掛けると、透矢もそれに応じる。
だがそんな中、クロエだけは踵を返すと入り口の方へと向かっていく。

「あ、あれ、クロエ先生？
どっかに出掛けるんですか？」

「ーーああ。
少し、用事があってな」

「用事？」

「大した事ではない。
お前たちは気にしないで、ゆっくりと試合を観戦するといい」

透矢が訊くも、結局何の用事かは明かすことなく、クロエは部屋から出ていった。
そんなクロエの態度に気になるところがあったのだろうか、透矢はクロエが出ていってからもずっと入り口の方を見続けていた。
そんな透矢の肩を叩く刹那。

「さ、透矢くん。
一緒に観戦しましょ」

「あ、ああ……」

刹那に手を引かれるようにして、入り口から目を反らした透矢。
ところがクロエが去ったあとの入り口の扉が、今度は外から開かれる。
直後、ということもあり、てっきりクロエが戻ってきたのか、と透矢が再び目を向ける。

「やっほー、みんな。
１回戦勝利、おめでとう～」

だが中に入ってきたのは、刹那の妹・久遠。
その後ろからアルフレッドも続けて室内へと入ってくる。

「よぉー、久遠！
わざわざ祝いに来てくれたのかよ？」

「ふふん、まぁね」

まず炎魅子が声を掛けて、久遠はそれに応えると、そのままその視線を透矢に向ける。

「透矢、くぅうーん！」

そして透矢に駆け寄ると、その手を握りながら、姉の刹那を突き飛ばすように引き剥がす。

「大将戦、勝利おめでとう！
あのエリザに勝つなんて、私、もう感激しちゃった！」

「お、おう……ま、なんとかだけどな」

「さすが、日本校の期待のホープ！
私、胸がキュンと鳴っちゃったわ」

刹那と同じ顔をした久遠。
故にその態度の違いに若干、戸惑う透矢。
確かに刹那もこういう態度を取ることもあるが、久遠のそれはどうにも裏にある何かが見え隠れする。
それが共感しきれない部分となって、透矢の顔をひきつらせたのだ。

するとそんな透矢と久遠の間に割って入ったのは真希。
久遠は露骨に不満げな真顔に戻る。

「あたしも！……勝ったわよ、久遠」

「あぁ……そうだったわね。
おめでとう、真希」

「何よ、透矢とはえらいテンションの差じゃない。
あたしが勝っちゃご不満？」

「そ、そんな事あるわけないでしょ」

「あっそ。
んじゃ祝福のハグしてよ、久遠～！」

「きゃ？！な、何するのよ、真希ー！
は、離しなさいよっ、馬鹿！」

わざとらしくにやけた真希に不意に抱きつかれて、大いに焦っている様子の久遠。
そんな様を見て刹那と炎魅子は顔を見合わせながら、小さく笑っていた。

「ーー透矢、１回戦突破、おめでとう」

「おう、アルフレッド！
お前もわざわざ来てくれてありがとな！」

「……この調子で勝ち続けてくれよ。
俺と、決勝で当たるまで」

「へへ……任せとけ、って！」

真希と久遠がじゃれている余所で、透矢とアルフレッドが向き合う。
日本校で共に過ごした時間の中で、互いに通ずるものがあったからか、意気投合した二人。
だが久遠もそうだが、アルフレッドはワシントン・アカデミアの代表であり、この大会ではライバル。

そんな中でも二人はきっと互いにデュエリストとして向き合えるその時を信じ、今一度固い握手を交わした。

「ーーにしても、久遠とアルフレッドだけかい？
シェリルとメリッサは連れてこなかったんだ？」

「控え室を空けるわけにはいきませんもの。
あの二人はお留守番よ」

真希から解放された久遠が癒しを求めるように水花をあやしながら、炎魅子の問いかけに答える。

「クリス先生は如何なされたんですか？」

「さあ？
用事があるって言って、出ていってそれっきりよ」

「クリス先生もか」

続けて地影の言葉に答えた久遠に透矢が反応する。
あるいはクロエが席を外したのは、クリスに会いに行ったのだろうか？
透矢はふとそんな事を考えたりもした。

「ま、折角来てくれたんだ！
次の一戦くらいはここで観戦してきなよ！
あたしが持ってきた菓子で良かったら、馳走してやるぜ？」

「ありがとう、炎魅子。
そうさせてもらうわ」

初めからそのつもりだったか、これから始まる一戦をこの控え室で見る事になった久遠とアルフレッド。
テーブルに炎魅子が持参した菓子が広げられ、用意されたパイプ椅子の１つに久遠が腰を下ろすと、その隣に刹那が着く。

「ーー久遠？
クリス先生には断ったの？
あまり勝手な行動をとっては駄目よ？」

「あら、お姉さま。
私がお邪魔だからそんな事言うのかしら？」

「おい、久遠……！」

心配しての姉の言葉に、冷めた調子でそう口にする久遠。
アルフレッドがそんな言い方はないだろう、と肩を掴む。

「……邪魔なわけないでしょ。
妹が会いに来てくれたんだから」

「べ、別にお姉さまに会いに来たわけではないわ！」

だが穏やかな笑みを見せる姉に、久遠は意外そうな面持ちを一瞬見せてから視線を反らす。
すると刹那が何かに気付いたように久遠の柔らかい髪に触れる。

「久遠、髪の毛、ちゃんとお手入れしてるの？」

「さ、触らないで！」

「折角、綺麗な髪をしてるんだからちゃんとお手入れしないと駄目よ？

ーー待ってて、軽くとかしてあげるから」

「べ、別にいいわ！余計なお世話よ！」

「いいから。
昔はよくやってあげたでしょ」

そう言って手荷物からピンク色の髪ブラシを取り出した刹那が、久遠の後ろに立ち、その髪を優しく撫で上げていく。
最初は抵抗していた久遠も、やがて照れたように俯きながら黙ってしまう。

「くすくす……本当にいつまでも世話がかかる子なんだから」

「……」

姉に為されるがままの妹。

そんな二人の姿に他者は微笑ましくも温かいものを感じ、その一時に声を挟んで邪魔する者はいなかった。

「さて……もうすぐ始まりますね」

会場を映すスクリーンを前に、席に着いた一同。
地影は千鶴と共にＰＣと交互に見ながらの観戦となる。
次の一戦の勝者は２回戦の相手であり、ここで正確なデータを取ることがその戦いを有利に進めるために不可欠である。
もっともそれはお互いさまであり、相手も前の日本校のデュエルからある程度のデータを取っているのであろう。

「えーと……次はアラスカ・アカデミアとーー」

「ニューヨーク・アカデミアね」

透矢と真希がトーナメント表を確認しながらそう呟く。

「ニューヨーク・アカデミアはね、ワシントン・アカデミアの分校なの」

「へー、そうなのか！」

「ええ。
もちろん、分校とは言ってもデュエルの実力は本校に決してひけはとらないわ」

久遠が補足してくれる。

「んじゃ、このアラスカ・アカデミアってのは？」

「ふむ……、まだデータがありませんね。
世界大会も今回が初出場のようです」

「初出場、かーー」

透矢の問いに、地影が答える。

開催国であるアメリカは、出場枠が三枠あり、ワシントン・ニューヨークはシード枠で２つを埋め、残るひとつは予選を行った上で決定しているのだという。

「アラスカ・アカデミアって、確かちょっと変な雰囲気だったよね。
こう言ったら失礼だけど」

真希の言葉に、皆は開会式の様子を思い出して頷く。
確かに他の代表校は世界大会出場ということで、闘志を燃やしたり、目を輝かせたりとしていた中で、そこだけが暗い影を背負ったかのような、別な意味で印象を強く残していたのである。

「ま、所詮は予選勝ち上がり組。
シード枠のニューヨーク・アカデミアには敵いませんわ。
次のあなたたちの対戦相手はニューヨーク・アカデミアでほぼ決まりです」

久遠が自信をもって宣言する。
それだけニューヨーク・アカデミアに対する信頼が強いという事か。
ただ刹那は何かを考えるようにじっと画面を見つめている。

「お、いよいよだね」

画面に映し出された両校代表。

ーーなるほど、真希が語った印象通り。
改めて見て、やはりアラスカ・アカデミアの面々の雰囲気は暗く、闘志ややる気といったものをまるで感じさせない。

ーーとにも今、まさに始まろうという一回戦第二試合。
そんな中で透矢に異変が起こる。

「……やべ」

「何よ、透矢」

「急に……もよおしてきた」

「はぁ？ちょっとあんた、それマジで言ってんの！？」

「な、何でこんな時に……」

腹を抑える透矢。
あまりのタイミングの悪さに真希は思わず呆れ、炎魅子は可笑しそうにけらけら笑う。

「透矢くん、今行けばまだ間に合うかもしれないわ。
早く行ってきなさい」

「で、でもよ……」

「デュエルが佳境に入ってから行く事になってもいいの？
いいから、早く行ってきなさい」

世界大会という大舞台のデュエル。
透矢はその全てを目に焼き付けたい思いだ。
だが三戦が終わるまで、腹は持ちこたえられそうにない。
透矢は少し考えるも、刹那の助言に素直に従い、控え室を出てトイレに走るのだったーー。