『神子』　作：はにわ改

　
「ーー遅いぞっ！急げっ！」

ーー会場外。
入り口の近くに既に手配されていた黒いワゴン車の前にクロエが立ち、入り口から出てきた刹那・透矢を急かす。

「透矢くん、急いで！」

「あ、ああっ！」

全速力で会場内の通路を駆け抜けてきた透矢。
だが刹那はそんな透矢よりも足が早く、かつまるで息を乱していない。
心臓が激しく脈打つ自分とは雲泥の差、なのであった。

更にその透矢の背後から、蓮華、シェリルが追い抜いていく。
シェリルは一瞬、透矢を一瞥したが、スピードを緩める事なく先にワゴン車へと乗り込んでいった。

「ーーくそっ！」

何故か悔しい気持ちに似た思いに捕らわれた透矢は、最後にスピードを上げると、言われるがまま、刹那・蓮華と共にワゴン車の後部座席に乗り込む。
後部座席は二つの座席が向かい合うように配置されており、透矢・刹那・蓮華が並んで座ると、正面の席には先に乗り込んだシェリル、そしてクリスの姿があった。

「ーー透矢くんっ！？
何故、君までここに！」

「クリス先生も……」

透矢の姿を見たクリスが面食らう。

「私が連れてきました」

刹那が透矢に代わって答える。

「馬鹿な！
そんな事は聞いていないぞ！」

「彼は『敵』の『ＲＥＣ』に『耐性』を持っています。
ーーきっと、戦力になってくれるはずです」

『ーー刹那。
彼は何も知らないのだろう？
しかも素人だ。
足手まといを連れていっては、作戦に支障を来すぞ』

最後のシェリルだけは英語だったから、透矢にその意味を把握できない。
だが明らかに成り行きで参加した自分についての事、だというのはよく分かった。

ーーその透矢を連れてきた張本人である刹那も困っているような表情。

援護して上げたいとは思いつつも、すぐには透矢も言葉がでない。

『私にお任せください。
お嬢様も遊戦名様もーー私がお護り致します』

「蓮華さん……」

『ですから、どうかお嬢様の御言い分をお通し下さい』

シェリルに対しても聞かせるためか、流暢な英語で話す蓮華。
それを受けてクリス、シェリルは言葉をいくつか交わす。
そして意見がまとまったか、二人が頷き合う。

「ーー仕方あるまい。
とにかく今は時間がないから、現地までは連れていく事にしよう」

「ーーありがとうございます、クリス先生」

最終的にそう断を下したクリス。
蓮華の言葉によるところが大きかったのだろうか。
透矢はほっと一息つく。

「ーーよし、行くぞ」

助手席へと乗り込んだクロエが声を掛けると、シェリルが開いたままの後部座席側のドアを閉めようとする。

「ーー待って！！」

だがそこへ間一髪、その声が車内まで響いた。
見ると、会場入り口から１人、こちらに向かって走ってくるのが見える。

「ーー久遠っ！」

「久遠！」

「お嬢様！」

刹那、透矢、蓮華が続けざまにその名を呼ぶ。
シェリルがそれを見て小さく笑うと、閉めようとしたドアを再び開いた。

『早く乗れっ！』

シェリルが叫び、久遠がそれに合わせて速度を上げると、すぐに飛び乗った。
そして今度こそシェリルがドアを閉めきる。

「ーー久遠、どうした。
今回、お前は作戦から外したはずだ」

助手席からクリスとシェリルの間に座る久遠に話し掛けるクロエ。

「私も……参加させてください」

「ほう……」

「私も、助けたいんです。
舞先生を……水花を。

だから、私も……参加させてください。
ーーお願いします」

「久遠……」

座りながらではあるが、頭を下げる久遠。
その仕草に刹那が自然と久遠の膝に置かれた手の上に、自らの手を置く。

「ーーいいだろう、久遠。
頼りにしている。

ーーよし、出してくれ」

クロエが久遠の真摯な態度を認め、すぐに参加を認めると、同時に車も発車する。

「久遠……ありがとう」

「か、勘違いしないで。
べ、別にお姉さまのためじゃないから」

「分かってる。
力を合わせて、必ず舞先生と水花を助けましょう！」

「……うん」

嬉しそうに笑う刹那に、少し照れた様子の久遠。
その様を温かく見守る蓮華。
クリス・シェリルも視線を合わせながら、小さく笑い合っていた。

「ーーあの、それでさ。
これから何処に向かうんですか？」

耐えきれなくなった、というように透矢がクリスを見ながら質問する。
何しろ、飛び入り参加の彼は流れに身を任せる形で車に乗り込んだだけなのだ。

「一体、何が起こっているんだ？
会場で水花が消えちまった事とか、これからその水花と、舞先生を助けるとか、どうなってんだ？
そろそろ、ちゃんと説明してくれよ！」

次に刹那に訊く。
今、訊いた事も彼の聞きたいことの一部でしかない。

「落ち着いて、透矢くん。
移動する間に、１つ１つ透矢くんに教えていくから」

刹那が逸る透矢を宥める。

「ーーまず、今、私たちは水花が連れていかれた場所へと向かってるの」

「連れていかれた……って、水花は誰かに拐われたってのか！？」

「……うん。
アラスカ・アカデミアを名乗る、あの連中にね」

「あいつらがーー？」

思い出す透矢。

水花が消える直前、水花は相手側が召喚した不気味なモンスターに捕らわれていた。
そして煙幕が焚かれ、晴れた時には水花はいなくなっていたのである。

「ちょっと待てよ。
今、移動してるって話だけど、水花が連れていかれた場所がどこなのか、ちゃんと分かっているのかっ？」

透矢の素朴な疑問に、刹那は言葉を詰まらせてしまう。

「おい、どうなんだよ」

素朴ではあるが、大事な質問である。
まさかこうしてメンバーを揃えて車まで用意しながら、あてもなく移動しているわけではあるまい、と。

「ーー心配するな。
水花が何処に連れていかれたのか、はしっかり把握しているよ。

ーーちなみにまだ、移動中だ」

「移動中……？」

答えにくそうにしている刹那に代わって、クリスが答える。

「お姉さま……作戦の事、何も話さず透矢くんを連れてきたの？」

「……」

「だとするなら……透矢くん、私たちに幻滅するかもね」

「幻滅？」

更に久遠が口を開く。
姉が何故、答えにくそうにしているのか、久遠には当然、分かっているからだ。

「ーー反応が止まったぞ」

ーーそんな中で、助手席に座るクロエが声を発する。
クロエは助手席にてカー・ナビゲーションと接続された、ノート型のＰＣに目を遣り続けていた。

「『ここ』は……」

クロエがキーボードに指を走らせる。
その様を一同は固唾を呑むように見守る。

「……間違いない。
舞が交戦した場所から、携帯が落ちていた場所……その経路の先に『この場所』がある。
ーーふふふ、遂に突き止めたぞ、奴らの本拠を！」

そして勝ち誇ったように笑った。
画面に表示された地図、そしてそこのある地点で点滅を続ける、小さな赤い斑点。
その場所こそがずっと捜索を続けながら見つけられなかった、敵の本拠である。

クロエは直ぐ様、懐の携帯端末を取り出す。

「ーー皆！
見ての通りだ！
直ちに現場に急行し、周辺を包囲せよっ！
我々が現地に到着次第、突入を開始する！」

その指令は、各地に配備されていた部下たちに一斉に渡り、そして動き出す。
今宵、全ての決着を付ける。
クロエの属する組織が、一同に『その地』に集おうとしていたーー。








ーー『そこ』は暗く、湿った廃墟のような場所。
四方の壁に配置された、揺らめく炎のみが暗いこの場所を唯一、照らしてくれる明かり。
そしてそのほの暗い場所に、黒いローブを纏った者たちが数十人、
奥の壇上に立つ小さな影に向かって祈りを捧げるように片膝を付いている。

ーーすると、そこへ入ってきたのは気絶した小さな身体を担架のようなものの上に寝かし、それを運ぶ者が２人。
更に先行して歩く者が１人。
その３人は少し前までは、アラスカ・アカデミアを名乗り、アカデミア対抗の世界大会に参加していた者たち。

その彼らの真の目的でもあった、『神子（みこ）』を首尾よく捕らえ、こうしてこの場所へと連れてきたところだ。

『神子』の姿を見た、元々この場所にいた者たちが、一様に驚きの声を洩らしている。
そして先行して歩く、引率役を務めていた１人が壇上前で跪くと、『神子』を運ぶ２人もその場に担架を優しく地に下ろし、彼に倣って跪く。

「ーー『ラピス』様。
『神子』をお連れ致しました」

彼が壇上の小さな影に向かって語り掛けると、その影がこちらを振り向く。

「ーー『神子』、を……？」

「はい、お喜びください。
我々が長年、取り戻すべく追っていた『ラピス』様の半身である、『神子』でございます」

小さな影が声を発すると、彼が答えた。
壇上から見下ろす小さな影。
その左の瞳が怪しく、赤く煌めく。

「ーーおお、まさしく我が身体の半身」

「はい」

「よくここまで連れてきた……」

若く、幼い少女のような声が響く。
そして小さな影は、右手を上げて前に突き出させると、人差し指を『神子』に向ける。

「ーーと、言いたいところ、だが」

ーー瞬間。
人差し指が紫色に光ると、『神子』が付けていたペンダントが弾かれるようにして宙へと舞い上がる。

突然の事に驚く、『彼ら』。

すると落ちてきたペンダントの石が地を転がると、それが真っ二つに裂けて、中から小さな器械が現れる。

「こ、これは……っ！？」

「ーー迂闊な者、たちめ。
たかが人間の奸計に踊らされようとはーー」

その器械が何なのか、把握する間もなく、小さな影がその右手に突如現れた１枚のカードを握らせる。

「ーーはっ！？
お、お待ち下さいっ！
ご、ご慈悲をーーっ！」

それを見た彼が狼狽するが、小さな影は全く聞き入ることなく、そのカードを彼に向かって投げつけ、それが足元に突き刺さる。

ーー『サンダー・ボルト』。

同時に天井を突き抜け、鋭く波打つように降り注いだ『雷』が彼を瞬時に焼き尽くす。
有無を言わさぬ無慈悲の一撃。
小さな影の持つ恐るべき力にして、ここに集う者たちが崇める大いなる力の発現である。

「ーー聞け。
間もなく、我を討たんとする矮小な人間たちがこの地に集う。
汝らはその身を捧げ、我の復活までの幾ばくかの時を取り持つのだ」

『ーーはっ！』

「ーー行け」

小さな影の命に従い、黒いローブの者たちは一斉に部屋から出ていってしまう。

ーー残されたのは小さな影、そして『神子』。
小さな影は壇上から下り、『神子』へとゆっくり近付く。

「お帰りなさい……我が半身よ」

小さな影の小さな手が、『神子』の頬に触れる。
ほの暗いこの空間、灯りがあぶり出したその小さな影の顔。

それはまさしく『神子』と瓜二つのものであったーー。