水花の『龍』　作：はにわ改

　
ーー昨日の一回戦最終節、久遠の『魔王』召喚により、一時は騒然となった会場。
だが一夜明けてみれば、その事を口々にする者は居れど、会場の席はこれまで通り観客で埋め尽くされている。
一部施設が損害を被った事でそこは封鎖されているものの、大会そのものの進行にさした影響はない。

むしろその事と差し替えて話題の中心となるのは、日本校が送り出す代表・先鋒である。

ーー蒼井乃水花、若干９歳。

幼くも幼い、割れ物のような華奢で小さな身体の少女が、デュエル・ディスクを装着して勝負の壇上へと立っている。

前回も参加しているから、観客の中には知っている者もいるようだが、
ＭＣの紹介を聞いて、やはり驚きを隠せないものが大半のようだ。

ーー対するはアラスカ校・先鋒。

一回戦では俊敏な動きで相手を屠り去った、無名校でありながら今大会のダーク・ホースと目されている。

この先鋒戦を制した方が言うまでもなく有利な展開となるが、果たしてーー。

「ーーデュエル！」

「……デュエル……」

水花は既に臨戦態勢。
デュエル・ディスクを勇ましく構えて、掛け声にも普段からは信じられないような力が籠る。

対してアラスカ校の先鋒は相変わらず俯いたまま、力ない掛け声。
やる気があるのか、と思わず声を上げたくなるような振る舞いだ。

「水花の先攻！
手札を１枚捨てて、『アイス・ガーディアン』を特殊召喚！」

水花の手札からカードが墓地へ送られ、それをコストに特殊召喚されたのは、巨大な岩の塊を思わせる氷山。
登頂部には顔のような部分があり、内に響くようなうなり声を上げている。

レベルは６、守備力は３０００と、頑強な守りの力を得ている。

「カードを２枚セットして、ターン・エンド！」

そして残る３枚の手札の内、２枚を魔法・罠カードゾーンに置いた水花がターンを終わらせる。

「俺の……ターン」

替わって、アラスカ校側の後攻１ターン目。
デッキからカードをドローし、手札を６枚とする。

「……メイン。
手札からモンスターを召喚。
『深淵の騎士（アビス・ナイト）』を攻撃表示」

キレのある動きの水花とは対象に、ゆったりとした動きのアラスカ校・先鋒。
そうやって召喚されたのは、黒みを帯びた灰色の西洋の甲冑に全身を包んだモンスター。
中の正体を見る事は出来ないが、鎧の隙間からは、黒い煙のようなものが染み出ており、それが全身を包むようにしている。

レベルは４、攻撃力は１１００。

「ーーリバース・カード、オープン！」

相手がモンスターを召喚したタイミングですかさず動いた水花。
２枚あるリバース・カードの内の１枚を発動させる。

「『リミット・リバース』！」

ーー罠カード、『リミット・リバース』。
攻撃力１０００以下のモンスターを墓地から攻撃表示で特殊召喚するカードだ。

「墓地の『凍土の妖精（ブリザード・フェアリー）』を特殊召喚！」

墓地から甦ったのは、水色に透き通る身体を持った羽根を持つ、手の平に収まる程の小さな異世界の少女。

透矢との戦いでも現れたモンスターだ。

レベルは１、攻撃力は４００。
『アイス・ガーディアン』のコストによって、既に墓地に送られていたモンスターである。

だがこのタイミングで何故、わざわざ低攻撃力のモンスターを特殊召喚したのか。

それが今から明らかになる。

「ーー『凍土の妖精』の効果！
墓地から特殊召喚された時、デッキから別の『凍土の妖精』を特殊召喚できる！」

連動する動き。
その効果により、水花は２体目の『凍土の妖精』をデッキから特殊召喚させた。
水花のフィールドに『アイス・ガーディアン』と合わせて、２体の小さな妖精が並ぶ。

「ーーもう１枚！
罠カード、『永久凍土の到来（リバース・オブ・フリージング）』を発動！」

２枚目のリバース・カード。
水花のコンボの締めとなるカードである。

「場の２体の水属性モンスターをリリースして、デッキ・手札・墓地より、『永久凍土の帝龍（フリージング・エンペラー・ドラゴン）』を特殊召喚！」

２体の妖精が生け贄となり、水花のフィールドに対透矢戦では日の目を見なかった、彼女の真の『龍』が特殊召喚される。

銀色に輝く巨大な体躯と太い四肢。
頭からは左右後方に向かって雄々しく伸びる巨大な角。
そして青く煌めく両眼が敵の姿を捉えると、鰐のような口を大きく開き、天空に向かって轟く。

その瞬間、辺りを青白く映る冷気がデュエル・スペースを包み込み、その中を銀色の光が火花のように散りばめる。

レベル８、攻撃力３０００の最上級モンスター。
その姿に相手よりも透矢が度肝を抜かれる。

「ーーす、すっげぇ！
水花の奴、こんなカッチョいいモンスターを持ってやがったのか！」

「ああ、透矢はまだ見たことが無かったよね？
これが水花の本当の『龍』、んでもって最強のカードさ」

驚きながらも感動を露にする透矢に、炎魅子が教えてくれる。
透矢戦で召喚された『凍獄龍』とは別の、水花の最強モンスター。
それがこの『永久凍土の帝龍』である。
観客も早くから一味も二味も違うモンスターの召喚に、声をあげずにはいられない。

「初っぱなからこんなモンスター召喚するなんて、やってくれるぜ、水花の奴！」

「ああ、これで一気に水花が有利に立つはずさ。
下手したら次のターン辺りで決めちまうかもね？」

水花の活躍に嬉しそうな透矢と並んで、炎魅子も気も早い水花の勝利宣言すらしてしまう。
そんな中、刹那は冷ややかな目でデュエルを眺めているようだった。

「ーー『永久凍土の帝龍』、効果発動！
特殊召喚成功時にモンスター・魔法・罠から一種類を宣言！
宣言した種類のカードの発動をこのターン、封じる！
水花は、魔法カードを宣言！」

刹那から貰ったペンダントが宙に舞うような、激しい動きの水花。
『帝龍』がその力を解き放ち、アラスカ校先鋒のこのターンに於ける魔法カードの発動を封印する。

「ーーよしっ！
水花の場には、手札を１枚をコストに水属性モンスターの効果破壊を無効にする『アイス・ガーディアン』がいる！
それに魔法ロックとなりゃ、相手は何もできないはずさ！」

炎魅子も透矢に負けず劣らず、熱くなる。
圧倒的に水花が有利。
最早、水花の勝利を信じて疑う余地などあるはずがない。

ーーだが。

「ーーよし、おあつらえ向きだ。
さっさと目的を果たすことにしよう。

ーー行け」

「……はい」

アラスカ校の引率者の声が先鋒に届き、彼が頷く。
彼らにとってこのデュエルの勝敗、いや大会に於ける勝利などどうでもいいこと。

最大の目的はーー『神子』の確保。

それを果たすべく、遂に彼らが動き出す。
熱に湧く会場が一気に冷めるその瞬間が近付いていた。