戦いの結末　作：はにわ改

　
ーー今、『伝説の騎士』たちが『お姉さん』の呼び掛けによって出揃った。

『アリアス』。
『メルセディア』。
『ヴァルバレア』。
『リューゼリッド』。
『ベアトリーチェ』。

『天使と悪魔』が覇権を争う世界、その狭間でその力を振るった女性ばかりで構成された騎士団。
その力は巨大な力を持つ、『天使と悪魔』にもひけをとらないという。

「ーー『お姉さん』っ！」

透矢も見る。
デュエルの中で自分の戦いを支えてくれる騎士たちが勢揃いするという、ある意味で壮観ともいえる光景を。
そして同時に思い知らされる。
あの女性は他人のそら似などではなく、間違いなく自分が知るあの『お姉さん』なのだ、と。

『ーー“ミカエル”、“アスタロト”を一時引き上げさせて！
ここからは私の騎士たちが応戦するっ！』

『す、済まない……』

『お姉さん』の指示で、二人の『デュエリスト』がディスクからカードを抜く。
すると空中で戦っていた『ミカエル』、『アスタロト』が同時にその姿を消した。
『アスタロト』と対していた黒装束の女はその変化に、地上にいる『デュエリスト』たちを見る。
そして居並んだ『騎士』たちを見て、更に愉快そうに笑みを見せた。

『ーー“ベアトリーチェ”、“ヴァルバレア”！
“道”を切り開けっ！』

『お姉さん』が指令を下し、その二人が頷く。
まず動いたのは黒いワンピースドレスのような衣服を着る『ベアトリーチェ』。
膝を付いてしゃがみ、自らの影に右手を置くとその影から前方へ放射状に無数の線が伸びる。

ーー『影蜘蛛之巣結界之陣』！

次の瞬間、『ベアトリーチェ』のその異能力が敵を滅する。
瓦礫が積み上がる大地、そこにある影から伸びた無数の黒い線が空へ向かって伸び、それが敵たちを鋭く細切れに裂いてしまう。
反応すら許さないその一撃で、未だ増えつつある敵たちの数を一気に目減りさせた。

ーー次に続くのは『ヴァルバレア』。
燃え上がるような赤い髪に、女性ながら逞しく鍛え上げられた身体。
そして両手に炎の揺らめきのような湾曲した剣を携え、空中へと飛び上がる。
『ミカエル』や『アスタロト』のように翼はなくとも、空中を突き進む『ヴァルバレア』。
続々と迫る無数の敵を前にして、彼女は剣を構えた。

ーー『焦熱轟斬波（プロミネンス・ジ・エンド）』！

彼女の周りを赤い気（オーラ）が覆い、それが剣へと集まる。
するとそれ自体も剣の形に合わせた巨大なエネルギーの塊を作り出すと、『ヴァルバレア』は渾身の力を振るった。
剣から発した爆発的な超熱量が敵たちを焼き尽くす。
それは先に『ミカエル』が放った『ゴッド・ワーズ』と同等の威力。

『ベアトリーチェ』と『ヴァルバレア』の活躍により、一時的ではあるが敵の姿が完全に消え去った。
元々『ミカエル』が散らしてくれていた活躍もあるが、それに勝るとも劣らない二人の破壊力をまざまざと見せた格好だ。

ーー残るは黒い球体、そして二人の攻撃に晒されながら涼しい顔で佇む黒装束の女。
残る騎士３人が前に出る。

『ーー“アリアス”を先頭に“リューゼリッド”進撃！
“メルセディア”は後方援護！』

『お姉さん』の更なる指示によって、『アリアス』・『リューゼリッド』が空中へと飛ぶ。
そして役目を果たした『ヴァルバレア』の脇を抜け、黒装束の女へと迫る。

『……くす』

そんな２人の騎士に対し、黒装束の女は人差し指を向ける。
そこから放たれた紫色の光線。
だが先頭に立つ『アリアス』が白銀色の盾を構える。

ーー『先陣を征く盾』！

白銀の甲冑を身に纏う穏やかな騎士の顔が、絶対に攻撃を通さぬという強い決意に引き締まる。
後から続く『リューゼリッド』の勢いを殺さぬため、その盾が紫色の光線を弾き返した。

『ーーくすくす……』

だが黒装束の女は連続して同じ攻撃を繰り返し、一撃一撃を弾く毎に盾が深く抉られていく。
『アリアス』の表情が僅かだが歪んだ。

ーー『ピアース・スロゥ』！

だが放たれたその弾丸が黒装束の女の肩を撃ち抜き、光線による攻撃を中断させる。
放ったのは黄金色の鎧と、巨大な盾に護られた金髪の姫、メルセディア。
その手にはやはり黄金色の銃を握られており、その的確な腕が黒装束の身体を捉えた。

ーーそして。
『アリアス』、『メルセディア』が作ってくれた機会（チャンス）を逃さぬ、と『リューゼリッド』が更に高くへと飛翔し、黒装束の女を斜め前方下に捉える。
海のように青い髪を靡かせる軽装で華奢な身体つきの騎士。
だがその細い腕は自身の一回りも長い槍を自在に操れる。

ーー『四の型奥義・龍星衝』！

黒装束の女へと投げ放たれた槍。
直後にその周りを青い水の塊が覆い、龍の形を成す。
そしてその顎（あぎと）が黒装束の女に食らいつき、呑み込んだのだ。

『ーーやった！』

『ミカエル』の主が歓喜の声を上げる。
騎士たちの連携で、見事黒装束の女に一撃を加えたのだ。

ーーが、敵の力は人間の希望をあっさりと打ち砕く。
黒装束の女を呑み込んだ水龍が、内から弾けるように霧散すると、
同時に全方位に数十も放たれた紫色の光線が、『リューゼリッド』、そして盾を突き破り『アリアス』の身体を貫く。
それがそのまま致命傷となり、二人は砕け散るように消えてしまう。

『ーーぐ……っ！？』

同時に自ら『召喚』した騎士が倒されたことで、その命を削られる『お姉さん』。
苦しそうに胸を押さえ、膝を付いた。

『くすくすくすくす……あははははは、あははははっ！！』

高笑いが響く。
それに合わせて裂ける荒廃した大地。
そこから紫色の光が柱のように天空を貫き、更にそれは蛇行するように動きながら、空中に留まっていた『ヴァルバレア』を襲う。
だが危機を察した『ヴァルバレア』はいち早くその場から退き、『お姉さん』たちがいる場所へと舞い戻った。

『あがけ……足掻くがいい、か弱き人間たち……っ！
あっはっはっはっはっはっ！！』

突き出された右の掌。
すると『お姉さん』たちがいた廃ビルが上から押し潰されるかのように崩れ落ちる。
成す統べなく、『お姉さん』たちは地上へと落下し、更に崩れた瓦礫によって生き埋めとなった。


「ーー『お姉さん』っ！！」

その様を見ていた透矢がまた駆け寄ろうとするも、やはり身体が動かない。
ーー崩れた廃ビル。
ただの瓦礫の山と化し、『お姉さん』はその下敷きとなった。

透矢はわなわなと身体を震わせると、振り返り空中にいる黒装束の女を睨み付ける。

「あいつ……何なんだっ！
俺たちと同じ人間じゃねぇのかっ？！
何で、『お姉さん』はあいつと戦ってるんだっ！！」

黒装束の女に向かって叫ぶ透矢。
だが黒装束の女がそれに気付く様子はない。

『何だ、貴様……まだ気が付いていないのか？
あれは“我”だ』

「ーー『ラピス』っ！？」

『我は“デザイア”によって生み出された化身。
大いなる“深淵”の力を司る存在。
故に、個の人間が我に勝てぬは明らかな道理。
全て、無為、無駄な消耗。
報われぬ戦いなのだ。

ーーくすくすくす……』

ーーあの黒装束の女は、『ラピス』ーー？

確かに透矢に既視感が感じられるのはそのためだろうか。
まるで大人になった『ラピス』、いや『水花』を思わせる程にその面影を残している。
そしてその『ラピス』が振るう、圧倒的な力。
もはや人間たちに対抗する手段はないのか。


ーー崩れた瓦礫の山。
その瓦礫の１つが下から持ち上がると、１人の騎士が姿を現す。
ーー『ヴァルバレア』。
持ち上げた瓦礫を軽々と投げ捨て、自らの自由を確保すると、次に埋もれた瓦礫を次々に剥がして掘り返していく。
するとそこから出てきたのは彼女の主、『お姉さん』。
頭から血を流し、全身に酷い傷を負いながらも彼女は生きていた。
『ヴァルバレア』に手を借り、身体を起き上がらせる。

『ほ、他の、人たちはーー』

『お姉さん』が声を上げると、『ヴァルバレア』は更に他の瓦礫も剥がし始める。
その間に『メルセディア』が瓦礫の下から姿を見せ、『ベアトリーチェ』が影から浮かび上がるように姿を現す。

ーーやがて露になる仲間の『デュエリスト』たち。
無情にも、そのいずれもが既に事切れていた。

『ーーそう、いよいよ、残るは私１人、なのねーー』

こんな状況なのに、『お姉さん』はどこか悟ったように小さく笑う。
ふと見たディスクのライフ・カウンターに刻まれた数字。
残りは……僅か１００。
それは即ち彼女の命もまた、風前の灯でしかないことを残酷に表していた。

更に空を見上げれば、黒装束の女・『ラピス』と、その背後に再び空を埋め尽くすほどに召喚されたモンスターたち。
『お姉さん』はふと目を閉じた。

『ーー“アルシェリダ”……』

ーーその時。
彼女の傍らに、自らの意思で姿を現したのは『騎士団』の長たる人物。

『……“アレクシア”ーー。

……ありがとう。
今、私だけが助かったのも、あなたがいつも見守っていてくれたからだものね』

『お姉さん』こと、『アルシェリダ』がその人物に呼び掛ける。
騎士団の長ーー即ち、『女帝』。
全身を覆う黒のラバースーツの上に白い甲冑で身を包む、白と黒を要り混ぜたような色の髪を持つ女性。

名を、『ラグナシス・アレクシア』ーー。
『ヴァルバレア』たちを率いる騎士団の長にしてーー最強の力を持つ騎士。

『……“アレクシア”。
私の命はもう長くない。
お願い……最期にあなたの力を貸して』

『……“アルシェリダ”』

『私の残り僅かの命と引き換えにーーせめて、せめて、あの“ラピス”だけでもーー』

弱々しく伸ばされた手を『アレクシア』が握る。
哀しげな面持ちで『アルシェリダ』を見ながら、直ぐに決意したように表情を引き締める。

『ーー分かりました。
この“アレクシア”、必ず貴方の意志を無駄には致しません』

『……うん。

いつか……いつか、新しい“マスター”と共に、今度こそ……私の果たせなかった責務を果たして』

『……身命を賭してーー必ず……必ず！』

『アレクシア』が誓う。
もはや幾ばくもない、今の『マスター』の最期の願い、それを果たさん、と。
それを聞き届けた『アルシェリダ』は、デッキから１枚のカードを引き抜く。
それは、『ラグナシス・アレクシア』ーー。
それをディスクへとセットさせる。

『ーー“ヴァル”、“メルセディア”、“ベアトリーチェ”。
お前たちの力を我に』

『アレクシア』のその言葉に３人の騎士が頷く。
すると３人の身体が光る球体へと姿を変えて、それが『アレクシア』の胸元に集まり、体内へと入る。
そうすることで急速にその力の全てを取り戻させた『アレクシア』が、宙空にいる『ラピス』を捉える。

『……我が剣“ラグナロク”よーー』

『アレクシア』の手に不意に表れるその剣。
それを手に今、『アルシェリダ』の最期の思いを引き継ぐべく、単騎で立ち向かう。


「ーー『ラグナ……シア』？」

透矢がその名を呼ぶ。
それとほぼ同時、『アレクシア』は空中へと飛び上がり真っ直ぐ『ラピス』へと突き進む。

『ーーくすくす』

『ラピス』が人差し指を向けた。
それに合わせて召喚されたモンスターたちが一斉照射を開始。
天空から紫色の光線が大地に向けて降り注ぐーー。

『ーーはぁああああっ！！』

『アレクシア』がその剣を振るい、そこから放たれる巨大なるエネルギー。
放射状に広がったそれが、『ラピス』たちが放った光線と衝突し、互いに激しく弾け、凄まじい光となって辺りを染め上げる。

「ーーラ、『ラグナシア』っ！！」

そのあまりにも目映い光に視界を奪われ、同時に透矢の意識もそこで途絶えた。

ーー人間と『Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）』との戦い。
それは如何なる結末を迎えたのか。
透矢はそれを見届けることなく、その世界から意識を解放させたのだったーー。