舞、夜の街を往く③　作：はにわ改

　
ーー闇夜の下でのデュエル。

舞の凶悪なウイルス攻撃にデッキを冒された黒装束の男。
初期手札６枚の内、５枚を破壊されてしまい、残るは罠カード１枚。
しかもその罠カードは特定のモンスターをサポートするカードで、そのカード１枚では意味を成さない。
しかも舞の『真実の眼』によってその１枚も晒され、男の秘策であるカードのすり替えも出来ない。

『お、俺は・・・カードを１枚セットしてターンを終了する』

結局、その使い道のないカードを、取り敢えずセットさせた男。
正体を知られているから、ブラフにすらならない。
男は仮面の奥で汗を滲ませていた。

『（だが・・・見ていろ。
我らに授かった“力”・・・その恐ろしさを味合わせてくれる） 』

だが手札を破壊され、すり替えを封じられてなお、男には秘中の秘があるようだった。
だから今は屈辱に耐えて、目に物を見せてやる、と内心に息巻いていた。

「あたしのターン、ドロー」

ターンが舞に返り、ドローフェイズ。
舞はさっき手札を全て場にセットしたから、これで手札は１枚。
表向きは煙草を吸いたいから、という理由だったが、
水面下では『ウイルス』による攻撃を狙っていたのか。

「メインフェイズっと。
あたしは手札から『堕天使ナース リリー』を召喚」

舞が引いたそのカードはモンスターカード、『堕天使ナース リリー』。
通常とは真逆の黒い看護衣に身を包んだ、かなりのつり目をした少女。
手にはぶくぶくと泡立つ緑色の液体が入った、巨大な注射器を手に持っている。

レベルは３、攻撃力は１５００。

「『リリー』の効果。
ライフを５００ポイント払うことで、攻撃力を５００ポイント上げるか、下げるか、どちらかの効果を使用出来る」

『ぬぅ・・・』

「で、この効果は１ターンに二回まで発動出来る。
あたしは２回分のライフ１０００ポイントを払って、攻撃力を１０００ポイントアップするよ」

再び自由になった両手で、また新しい煙草に火を点けながら、『リリー』の効果を使用する。
舞のライフが３０００に減る代わりに、『リリー』の攻撃力が２５００へと上昇。
ただでさえ大きい注射器が、より巨大に膨れ上がる。

「ーーバトル。
行きな、『リリー』。
ーー『診殺』のお時間だ！」

『ーーあはは！お注射よぉっ！』

舞の攻撃宣言を受けて、据わった目で笑う『リリー』が、渾身の力で注射器を黒装束の男に投げつける。
巨大な注射針に、成す術なく突き刺された男。

『っが！？
ぐぅ・・・！』

攻撃力２５００のダイレクトアタック。
男のライフは残り２５００に半減する。

「ターンエンド」

そしてそのまま舞はターンを終了。
『リリー』の効果はエンドフェイズに切れて、攻撃力が元の１５００に戻る。

「分かってると思うけど、お前次のターンで、魔法か攻撃力１５００以下のモンスター引いたら、アウトだからね」

『うぐ・・・』

「ま、精々祈りな」

舞が済ました表情で語りながら、煙草の煙で輪を作る。
舞が発動した『闇』・『魔』の『デッキ破壊ウイルス』は、相手ターンで数えて３ターン効果が続く。
ドローしたカードが『ウイルス』に侵食されたカードならば、その時点で破壊。
男に手段はなく、効果を発動した上で『リリー』で攻撃されて敗北が確定する。

『俺の・・・ドローだ！』

とはいえ、是非のない男はカードを引く。
するとそのカードを凝視した男は、１拍間を置いてから突如笑い声を上げる。

「おうおう、どうしたい。
そんなにいいカードを引いたのかい？」

特に驚きはしないが、興味は引かれたか、舞が訊く。

『くっくっく・・・俺が引いたのはーーこれだ！』

男が引いたカードを舞に見せる。

『ダーク・スキュラー』。
種類は魔法カードである。

「ーーはっ！
自分の引き運の悪さに笑いが込み上げたのかい？

ーー『ウイルス』発動だよ！」

魔法カードは、『闇のデッキ破壊ウイルス』の効果破壊の対象になっている。
舞が指差し、男が握るそのカードにウイルスによる黒カビが生え始めた。

ーーが、その魔法カード全体から立ち上がった黒い煙が、そのウイルスを弾き飛ばした。
カード自体も破壊されていない。

「何・・・どういうこと？」

『悪いがな・・・このカードはこの世界には存在しない、
我らのみが使える特殊なカードなのだ。
そしてこのカードはこの世界のカードによる干渉は一切受け付けん！』

舞の表情が僅かに陰る。
対して男は水を得た魚のように覇気を取り戻す。

『ははは！
貴様の発動している“真実の眼”の効果により、スタンバイフェイズに俺が魔法カードを所持している場合、ライフを１０００回復する！』

この世界のものではないという、男の持つ不思議なカード。
だが魔法カードに変わりはないらしく、舞の『真実の眼』のデメリット効果が働き、ライフが回復。
男のライフは３５００になる。

『そして、魔法カード、“ダーク・スキュラー”、発動！
相手フィールド上のモンスター１体を破壊し、
貴様にその攻撃力分のダメージを、
俺はその攻撃力分、ライフを回復する！』

解き放たれる『闇のカード』。

そのカードから放たれた黒い影が舞の『リリー』を襲い、
帯状の影が『リリー』の華奢な身体を締め付ける。
やがて『リリー』は悲鳴を上げながら果て、続けてその影は舞をも襲った。
鋭利な針を象った影が、舞の腹部に突き刺さった。

「ーーあ・・・ぐっ！」

指から煙草がこぼれ落ち、火花散らしながら地面を跳ねる。
舞も同時に膝を付き、突き刺された部分を手で押さえながら、苦しそうに身体を震わせる。

『ははははっ！
どうだ、痛かろう。
我が“闇のカード”の威力、思い知っただろう！
くはははっ！』

高笑いする男。
男のライフは再び５０００まで回復し、舞のライフは１５００まで減らされてしまう。

『形勢逆転だな！

ーーそれと言い忘れたがこのデュエルは、闇の力が働いている。
今、お前もリアルな痛みを味わっているだろう！』

「・・・」

『そしてお前のライフが尽きた時、お前の魂は我らが『闇の意思』に永遠に囚われる！
お前も我らの同志となるがいい！』

常人には理解しがたい内容をまくし立てる男。
舞はしばらく痛みに耐えているようだったが、やがて再び地に足を付けて身体をよろめかせながらも立ち上がった。

「何だい・・・『裏ワザ』ありのデュエルだったのか」

舞が下を向いたまま呟く。

「だったら・・・あたしも遠慮はしないよ」

更に一言、呟いてから顔を上げた舞。
今までとは違う気迫に従わされるように満ちた眼差しが、男を捉える。
男は内心動揺した。
尋常ならざるダメージを受けたはずなのに、まだそんな気迫を生み出せるのか、とーー。

「あーいってぇ・・・！
久しぶりに『痛い思い』させられて、目ぇ覚めたよ。
『向こう』じゃ『死の天使』なんて呼ばれたあたしを本気にさせるたぁ、いい度胸じゃないか」

『ーーし、“死の天使”・・・だと？！』

男が激しい動揺に満ちた声になる。
周りの者たちも、その『単語』を聞いて、どよめき合う。

ーー『死の天使』。
彼ら黒装束の者たちにとって忌み名として知られる異名。

まさか、目の前のこの女がそうであるというのかーー。

「さぁて・・・本腰いれるとするかねぇ」

舞の不気味な笑いが辺りにこだまする。
右手の指を不規則に曲げて骨を鳴らし、そして彼女はいよいよ本気で敵を『殺し』にかかる。

養護教諭として自堕落な生活を楽しんでいた舞が、再び『死の天使』として甦った瞬間であった。