水花を取り戻せ！透矢＆刹那VSラピス！　作：はにわ改

　
「ーーちっ、繋がらないか……」

ーー走るクロエ。
その耳には携帯端末が当てられているが、聞こえてくるのは圏外を伝える無情のアナウンス。
舌打ちしながらもクロエは既に刹那たちが通過したルートを走り続ける。

「（私の認識が甘かった……か。
既に目覚めていたとはな。
あと１０年は掛かると見ていたが……）」

クロエはつい今しがた、クリスから舞の身柄を確保した事を聞くのと同時に、ある事実が伝えられる。
ーーそしてそこに全ての答えがあったのだ。

何故最近になって、『黒の一団』が急速に勢力を伸ばしたか。
何故舞ほどの実力者が、敵の手に落ちたか。
そして先日、拐われそうになった透矢が見たという、『もう一人の水花』。

その答えこそが、『彼の者』の目覚めである。

クロエは先を行った刹那たちにそれを伝えて止めようとしたが、何故か着信が繋がらない。
ならば、とクロエは直ぐ様次の手を打つ。

ーー『最悪の事態』だけは回避するために。

「ーー私だ。
緊急事態につき、コード・レッドを発令する。
大至急、少将にその旨をお伝えしてくれ」

走りながら端末を使い、ある命令を配下に伝える。
それは普段最も近くにいる、クリスにさえ伝えられていないものであったーー。






ーーそして、水路最奥。
立ちはだかる敵たちをなぎ倒し、透矢たちが到達したその場所に待っていたのは、目を疑う状況。

「ーーどういうことなんだ？
み、水花が二人ーー？」

透矢の絞り出すような声。
壇上、机台の上に寝かされている少女。
そして今、目の前に不敵な笑みを浮かべ、目を赤く光らせる少女。
そのどちらもが、どう見ても水花の姿に相違ない。

「ーー『ラピス』」

傷付き、意識のない久遠を抱えた刹那がそう口にする。

「ラピ……ス？」

「まさか……既に、目覚めていたなんてーー」

透矢が初めて聞くその単語を繰り返すと、刹那が更にそう続けた。

『ほう……お前は我を知っているようだな？』

口を開く『水花』。
口調こそ、普段聞きなれたそれとはかなりの違いはあるが、
その声色は確かに本人のものである。

ーー汗を落とす刹那。
ふとそれが落ちた先にある久遠の生死の有無を診て、
弱いながらも鼓動と胸の起伏を確認した刹那は、安心したように笑みを見せると、再びその身体を床に寝かせる。

そして立ち上がった刹那。
透矢もそれに合わせて立ち上がる。

「お、おい、刹那……？
これってどうなってるんだ？
何で、水花が『二人』いるんだ？」

何か知っているーー。
そう確信した透矢が刹那に訊く。
だが刹那は僅かに身体を震わせたまま、その質問に答えない。

『くす……その質問に、答えてお前をわだかまりから解き放ってやりたいところだがーー』

代わりに口を開いたのは『水花』。
右の人差し指が二人に向けられる。

『悪いが、今、その時間はない。

ーー消えろ』

そう冷たく言い放ち、同時に向けられた指先が青く光る。
それにいち早く反応した刹那。
咄嗟に懐から１枚のカードを取り出す。

「ーー『ホーリー・ライフ・バリア』！」

ーー１秒の遅れも許されなかった。
『水花』の指先から青白く細い光線が瞬間的に二人に向かって伸びるが、間一髪、薄紅色の柔らかい光が透矢と刹那を包み込む。
青白い光線は耳を裂く轟音と共に、その『障壁』に阻まれて拡散し、霧散する。
透矢は思わず後ろに仰け反るが、障壁から出ないように、と刹那が服の裾を捕まえて支えた。

『ほう……大した反応だ。
しかも我が一撃をカード１枚で防ぎきるとは。
そこに転がっている者よりは優秀だな』

「……くっ」

『ふむ、よく見れば顔が同じ……か？
ーーなるほど、双子、か。
だが双子とはいえ、出来の良し悪しに差があるようだな』

『水花』を知る者からは信じられない、饒舌な語り口調。
だがもし『水花』ならば、今さら刹那と久遠が双子、などと口にするはずがない。

「お前……誰だ。
水花、じゃないんだな？
水花じゃないんなら、誰なんだっ！？
何で久遠にこんなことをしたっ？！」

刹那が使った『ホーリー・ライフ・バリア』の障壁が、その効力を終えて静かに消失する。
すると透矢が一歩、前に踏み出しながら『水花』に語りかけた。

彼もこんな状況でありながら、既に確信した。
目の前の少女は『水花』ではない、と。

『確かに我はお前たちがそう呼ぶ“水花”ではない。
だが我も、そしてお前たちが“水花”と呼ぶあの“身体”も本来単一であるべき存在、だ』

「ど、どういう事だっ！
もっと分かるように言えっ！」

「透矢くん……！
あまり、前に出ては駄目！」

理解に苦しむ透矢が更に前に出ようとするのを、刹那がその肩を押さえて制止する。
その刹那の手は大きく震えていた。

『分かりやすく言おう。
今日、我はあの身体と融合し、完全なる我となる』

「融、合……？」

机台に寝かされた水花を指差す、水花の姿をした少女。

『そして我は“深淵を統べる存在”としてこの偽りの世界に生きる人間全てを解き放つ。
本来あるべき形にな』

「な、何を言ってるんだ……？
わ、わけわからねぇ……」

『くく……ふふふ、ははは。
お前は何も知らずにここまで来たのか？
ならば混乱するのも無理はない。
くすくす……』

透矢には全く理解する術がない。
何故なら、『水花』が口にしたように、何も知らないからだ。

『ーーお前は知った上で、ここに立っているようだな？
ならば、我が言うところの意味も理解出来るだろう？』

刹那を見る『水花』。

「そんなこと……そんなことはさせない！
水花をあなたに渡しはしない！」

『くすくす……“囮”に使っておいてどの口が言う？
まぁ、我としては手間が省けて、感謝しているがな』

「水花は……水花は私が取り戻すっ！
この、命に変えてもっ！」

刹那が踏み出る。
身体を震わせながらも、己の強い決意、それを果たさんがために。

「とにかく水花を返せ！
水花は刹那や久遠、そして俺にとっても大事な存在なんだ！
お前が水花の姿で何を企もうと、絶対に水花は取り返す！
そのために俺はここまで来たんだからなっ！」

「透矢くん……！」

刹那の横に並ぶ透矢。
久遠が倒れ、あるいは独りだったらどんなに心細かったろう。
だが今は透矢がいてくれる。
その彼の存在が今の刹那にとって大きな励みとなり、また心強い味方であった。

『ふ……よかろう。
ならば奪い取って見せるか？
我から、“水花”をーー』

『水花』が肌を晒した左腕を前に出すと、その皮膚がみるみる盛り上がり変化し、不気味な扇形を生み出される。
所々から幾つもの角が突き出し、眼球が透矢たちを睨んでもいる。
だが、その形は見慣れた『それ』と酷似していた。

「あ、あれは……『デュエル・ディスク』、か？」

『くすくす……その通り。
少し、お前たちに興味が湧いた。
お前たちの潜在能力、その深さを知りたい』

「な、何だと……」

『分からないか？
デュエルをして我に勝てれば、“水花”は返してやろう、と言っているのだ』

「お前がデュエルするってのか……？」

『ふ、我も元を返せば１枚のカードから生まれた存在。
お前たちデュエリストと呼ばれる者たちがそうであるように、我もこの“決闘（デュエル）”とは縁が深いのだ』

理解しがたい、謎めいた事を口にする『水花』。
透矢にはもちろんその意味を理解する事は敵わないが、デュエルを挑まれているというのは把握する。
そして勝てば水花を返す、と口にしている。
ならば、透矢にそれを断る理由などない。

「ーーわかった！
そのデュエル、受けてやるぜ！」

「透矢くん……」

「その代わり俺が勝ったら、本当に水花を返せよな！」

『くす……我に二言はない。
勝てれば、の話だがな』

デュエルを受けた透矢に、挑発の笑みを見せる『水花』。
その挑発に乗るように透矢なデュエル・ディスクを開き、勝負の態勢に入る。

「待って、透矢くん！
私も一緒に戦う！」

「刹那？」

「あいつは……『ラピス』は今までとは違うの。
多分、私たち一人ずつじゃ、勝てないわ」

「そう……なのか？」

「でも二人ならーー。
私と透矢くんが力を合わせれば、可能性を見いだせるかもしれない！」

「俺たちが力を合わせればーー」

「それに私の大事な妹……久遠をこんな目に遭わせた奴を……！

ーー私は許さないっ！！」

怒りに奮え、感情を剥き出しにする刹那。
妹の事を考えれば当然とはいえ、そんな刹那の姿を透矢は初めて見た気がしたのだった。

『ふ、良かろう。
お前たち二人、まとめて相手をしてやる。
それで少しでも勝負になるのなら、な』

「では２体１で。
ライフは私たちが４０００ずつ。
あなたは私たち二人分で８０００ーー」

『構わん。
我のライフも４０００でいい。
これで少しは楽しめるだろう』

「く……とことん馬鹿にしやがって！」

２体１。
一人で二人を相手にするなど、通常ならば問題にならない程のハンデであるはずだが、
まるでそう感じていない様子の『ラピス』。
透矢が業を煮やす。

『では……始めるとしようか』

水花を身柄を懸けたデュエル。
それぞれがデュエル・ディスクを構えて向かい合う。
２体１で圧倒的有利な立場であるはずの、透矢と刹那。

だが『ラピス』の持つ次元を越えた戦略は、そんな有利をあっさり消し去る力を秘めていたーー。