Ｒ・Ｅ・Ｃ　作：はにわ改

　
ーーまだ日も高いこの時間。
橋の下の、今は使われていないという放置された水路。
まるで洞窟へと続くような、コンクリートの壁にぽっかりと開いた入り口。
周辺は封鎖され、もはや関係者以外、誰一人として立ち入ることは出来ない。

「この奥に水花がーー？」

透矢が闇に覆われた水路の奥を見つめるようにしながら呟く。
遂に始まろうとしている突入作戦。
水の滴る音が無機質に響く、暗がりの中へと足を踏み入れようというのだ。

「中、真っ暗だけど……足場は大丈夫なのか？
あと、みんな、何て言うか、武器とか装備がないみたいだし……その『黒の一団』っていうのが出てきたら、どう戦うんだ？」

透矢が外から中を覗き込みながら訊く。
足場は歩くに不自由はしないが、それでも幅は狭い。
踏み外せば流れる水の中へと真っ逆さまである。
そしてその足場の悪い中で、見た目には大した装備を持っていない部隊で、果たしてまともに戦えるのだろうか？

透矢は半信半疑の眼差しでクロエを見る。

「ーー心配するな」

するとクロエがそれに答えながら、懐から取り出したのは１枚のカード。
ーー『シャイン スパーク』。
デュエルモンスターズのフィールド魔法の１つだが、それを指に握らせて何をするつもりなのか。

「ーーふっ！」

息を切りながら、水路の中に投げつけられるそのカード。
それは低い天井の一角に突き刺さる。
ーー直後。
目映い光がカードから放たれて、暗い水路を明るく照らし出す。

「これで灯りには不自由はしまい」

「い、今のって？
カードを投げつけたら、急に明るくなった……？」

「ふ、その辺りは後で刹那にでも聞け。

ーーこれより、突入開始する！
６名、私に付いてこい！
残りはこの場にて待機！
私の指示を待って、後から順次、突入せよっ！」

驚く透矢を無視して、指示を下すクロエ。
そして指示が下ると同時に、クロエと選ばれた６名の部下たちが明るく見渡せるようになった内部へと侵入し、そしてクリスとシェリルが後に続く。

「さ、透矢くん。
私たちも先に進むわよ」

刹那が呼び掛けながら、自らも足を踏み入れ、久遠、蓮華がその後を追う。
あっけにとられていた透矢は遅れて追いかけた。

「な、なぁ、刹那。
クロエ先生、今のどうやったんだ？
あのカード、普通のカードとは違うのか？」

「ううん、カードは普通のカード。
あれはね、クロエ先生たち『機関』の人たちが使える『超能力』の一種なの」

「ーー『超能力』？」

駆け足で、先行しているクロエたちを追いながら、二人が今の現象について話す。

「『Ｒ・Ｅ・Ｃ（Ｒｅａｌ Ｅｆｆｅｃｔ Ｃａｒｄ）』。
早い話、カードの能力を現実世界に反映できるの」

「はぁっ？
マジかよ、そんな『超能力』ありかっ！？」

「『機関』はね、その能力が使える人たちで構成されてるの。
『黒の一団』の能力に対抗するために、ね」

「ってことは……その一団も、同じような能力が使えるってのか？」

「ええ……！
さっき、会場で煙幕が張られたでしょ？
あれも『Ｒ・Ｅ・Ｃ』よ」

「あれがーー」

先の出来事。
よく思い出してみると、確かに自分の足元に何かのカードが突き刺さり、同時に煙幕が焚き上げられたのだ。

「人によって、使える力の大小、個体差はあるけどね。
中には爆発、炎や風を起こすものとか危険なカードもあるから、
普通の人がまともに戦ったら、ただでは済まないわ」

「そう……なのか」

そう言われて透矢は今になって少し不安に駆られる。
自分の身がどうこう、というよりは足手まといになってしまうことに、である。

「ーー心配しないで、透矢くん！
いざって時は私が守ってあげるから！」

「久遠……」

透矢の横に並んで、久遠が笑顔を向けてくる。
余裕のその姿を見て、透矢はふとその事に気付かされる。

「ひょっとして、刹那も久遠も……同じ『超能力者』なのか？」

自分を挟んで左右に並んで駆ける二人を交互に見ながら、遠慮がちに訊く。
すると二人は同時に頷いたのだった。

「マジか……。

何か、色々と現実離れした事が起きすぎていて、常識が分からなくなってきたな……」

思わず苦笑いの透矢。
ただでさえ庶民の自分とは家柄も格式も大差の財閥の令嬢という刹那・久遠に、
その影では世を惑わす一団と戦う組織の一員であり、超能力者、という設定が加わり、
今、自分がこうしてそんな二人と話せているのがむしろ不思議、とすら透矢は思っていた。

「ーー大丈夫。
私の見立てだと、透矢くんにも使えるはずよ」

「は？
俺にあんな超能力なんてつかえるわけないだろ」

「ううん、そんなことない。
『カードの声』が聞こえる透矢くんならーー」

「え……？」

ーーと、そこまで話した時。
後ろから付いてきた蓮華が刹那の横に並ぶ。

「ーーお嬢様」

顎を前に動かし、正面を見るように促す蓮華。
するとそこにはクロエ・クリス・シェリル、そして配下の人間たちが足を止めていた。

「ーーお前たち、遅いぞ！
モタモタするな、と言ったはずだ！」

「ごめんなさい、クロエ先生」

怒号が飛び、刹那が走りながら謝る。
そして程なく透矢たちが合流。
目の前には正面と左右に続く三つの道に分かれている。

「ーーよし、皆。
それぞれの端末にこの水路の内部構造は送ってあるが、
ここから３つのルートがあり、いずれも一方通行となっている」

言われた刹那・久遠・蓮華がそれぞれ携帯していた端末を確認する。
透矢が刹那のものを覗き込むと、そこには道が黄色く表示された、この水路の全体図が画面に浮かび上がっていた。

「ここから三手に分かれて行動する。
まずクリス・シェリルは左のルートを」

「了解した」

クリスが返事する。

「刹那、久遠、そして更科殿は正面ルートを頼む」

「はい、先生！」

刹那が頷いた。

「そして私は右のルートを行く。
お前たちは全員、私に付いてこい」

「Ｙｅｓ，ｓｉｒ！」

クロエの指揮の下、迅速に決められる三手の編成。
数こそ偏りが生じているが、それは即ち各々が持つ能力を把握した上での、クロエの編成である。

「いいか、第一目標は舞、そして水花の身柄の確保！
ここからは敵との交戦も必至であり、混戦も十二分に予想される！
各自、油断するな、気を引き締めていけ！」

士気を上げるような喝が飛び、透矢を除く全員が敬礼すると、同時に散開。
三手の編成が一斉に割り当てられた道へと走った。

ーー透矢を除いて。

「ーー透矢くん、何してるの！
早く付いてきて！」

「あ、ああ、悪いっ！」

呆然としている間もなく、刹那に呼び掛けられて透矢はその後を追う。
未だに『成り行き参加』を抜けきれていない透矢に出来る事は、ただ刹那に付いていく事だけだ。

「ーー遊戦名さま。
私が背後を監視しますので、私とお嬢様の間をお走り下さい」

「は、はい！」

前を行く刹那・久遠。
そして後ろを固める蓮華。
透矢はその間を走り、行動することとなった。

「ーー久遠、不意打ちには気を付けて」

「分かっているわ、お姉さま。
子供扱いしないで！」

「頼りにしてる、久遠」

「お姉さまこそ、しっかりね」

声を掛け合う姉妹。
やや久遠が反発しているように見えながらも、並んで駆ける姿はやはり双子特有の意思疏通を透矢に見せてもいた。

ーーそして、『その時』はある意味で当然と言うべきか、唐突に訪れる。
進行方向の遥か先、刹那・久遠の目に一瞬、赤い光が煌めいたように映ると、
その直後、炎を纏った背の高さ程の巨大な球体がこちらに疾走してくる。
水路内が赤く明るく照らされ、その目映い光に透矢が視界を奪われる中、刹那が冷静に指に挟んだカードを構える。

「ーー『魔法解除』！」

そうして投げ付けられるカード。

それが火球の中心を貫くと、瞬間的に弾けるようにして消し去ってしまう。

「な、何だ、今のはっ！？」

事なきを得た一同。
透矢が叫ぶ。

「決まっているでしょ！
ーー『敵』、よ！」

久遠が答える。

すると火球が飛んできた方向から、一人、また一人と姿を現す黒いローブで全身を覆い、仮面で顔を隠した一団。
それらは言葉もなく、デュエル・ディスクを付けた腕を一斉に構えると、それぞれがカードをディスクにセットさせる。

直後、現れる多種多様の『モンスター』たち。
『ミノタウロス』、『バーバリアン』、『ガーゴイル』ーー。

「デュ、デュエル・モンスターズっ！？」

透矢が見知ったその敵の姿に声を上げる。

「そう！
それも『Ｒ・Ｅ・Ｃ』によって実体化したモンスターよ！」

「実体化……」

「透矢くん、危ないから下がってて！」

久遠が右手で透矢の正面を塞ぎ、避難するように促す。

久遠の言葉通りならば、超能力により実体化したモンスターたち。
それらはまるで意志を持ったかのように獣の雄叫びを上げながら、重量感のある足踏みでこちらへと差し迫ってくる。

「ーーお姉さま！」

「ーー久遠！」

迫り来るモンスターたちを迎え撃つは、神楽坂姉妹。
二人もまた、当然のように装着していたデュエル・ディスクを構えると、自らのデッキをセットさせる。

「ーー『光神テテュス』！」

「ーー『軍神ガープ』！」

刹那、久遠が同時にモンスターをディスクにセットさせると、召喚されるそのモンスター。
だがこれもデュエル・ディスクの機能によるものではない。
彼女たちもまた同じく持つに至る、『Ｒ・Ｅ・Ｃ』による召喚。

刹那の『天使』と、久遠の『悪魔』が迫り来るモンスターたちを蹴散らす。

透矢は目の前で広がる光景を、ただ眺める事しか出来ない。

「ーー遊戦名さま、もう少しお下がりください」

すると透矢の背中に、自分の背中を合わせて押してくる蓮華。
ふと透矢が振り返ったその先には、どこから現れたのか、同じ『黒の一団』。
彼らもまた、構えたディスクにモンスターをセットすると、現れるモンスターの軍団。
それらが狭い通路の中を、こちらに向かって迫ってくる。

「ーーお相手致します」

モンスターの軍団を前にしながら動じない蓮華。
いつの間に左腕に装着したデュエル・ディスクに、慣れた動きでカードをセットさせる。

「ーー『守護侍女（ロイヤル・メイド・アームズ） オーレリア』、召喚」

そうして召喚された、大剣を装備した金色のエプロンドレスを身に纏う金髪の女性型モンスター。
その『オーレリア』が大剣を振るうと、そこから生じた真空波に似た衝撃波が敵を凪ぎ払う。

「す、すげぇ……」

思わず素直な感想を口にする透矢。
まざまざと見せつけられる戦いに、ただ驚愕するしかない。

ーーこうして水路内において、始まった『黒の一団』との闘争。
時同じくして、クリス・シェリル組と、クロエも戦闘に入っていた。

迫り来る『実像』のモンスターたちを相手に、少しずつ歩みを進めていく３つの組。
クロエ率いる『機関』と『黒の一団』との決戦は、まだ始まったばかりである。