アビス・デザイア④　作：はにわ改

　
透矢が絶命の間際に放った、起死回生の一撃。
『グラボイド』の効果を逆用し、効果ダメージを倍にして跳ね返した。
『ラピス』のライフは９００で、増幅して跳ね返されたダメージは３０００。

「ーー決まれぇえええっ！」

透矢が吠える。
『ラピス』の場にリバース・カードはない。
対抗策はないはずだ。

『……くす』

だが『ラピス』は嗤う。
眼前に迫る、『メルセディア』が放った黄色く輝くエネルギー。
当たれば終わりのその一撃を前にして。

ーーその時。

跳ね返されたそのエネルギーは、『ラピス』ではなく、宙空に舞うカードの１枚に当たった。
するとエネルギーが途端に方向を変えて明後日の方向へと向かうと、今度は別のカードに当たる。
更に同じことが起き、跳ね返されたエネルギーは、『ラピス』の周りを乱反射するように飛び交った。

「な、何だ、何が起きてるんだっ？！」

まるでエネルギーが意思を持ち、『ラピス』に当たる事を拒んでいるかのよう。
透矢は目の前に繰り広げられる光景が信じられないというように、体を前面に出しながら目を大きく開く。

「み、見て、透矢くん！」

「え？」

「跳ね返されたエネルギーがどんどん短く、弱くなってってる！」

刹那に言われて、改めて目を遣る透矢。
すると確かに刹那が言うように、乱反射するエネルギーは、最初と比べて明らかに細く、その光を弱くしていた。

ーーそして。

何回目かの乱反射を経て、エネルギーはその熱量を使いきったのか、完全に消失した。
エネルギーはカードには当たれど、『ラピス』には一度も当たっていない。
それを表すかのように、『ラピス』のライフは１ポイントも削られず、９００のままだ。

「ど、どうして……」

『くすくす……残念だったな。
お前がダメージを跳ね返した時、“アビス・デザイア”の効果が自動的に発動したのだ』

「効果……？」

『ラピス』が種明かしを始める。
すると、宙空に舞う何枚かのカードが、『ラピス』のデュエルディスクに吸い込まれる。
透矢たちに分かる筈もないが、それらのカードは全て、エネルギーを反射させたカードたちなのだ。

『“アビス・デザイア”の第二の能力。
それは我がダメージを受ける場合、除外されているカードを墓地に戻すことで、
１枚につき２００、ダメージを軽減する』

「だ、ダメージ、軽減……？」

『跳ね返されたダメージは３０００だったな。
ならば我は除外されているカードを１５枚墓地へ戻し、そのダメージを０とする』

ようやく今の現象を理解する二人。
つまりエネルギーが１枚のカードを反射する度に、その威力が中和されていったのだ。
そして最終的には完全に無力化したのである。

『くす……今のは少し驚いたぞ。
まさか自分のターン中に、この効果を使わされるとはな。

……だが、我にとってその計算違いは有利に働く事になるがな』

「何だと！」

『くす……デュエルを続けよう。
“グラボイド”の効果の続きだ。
こいつの攻撃力は相手の場のカード一枚につき、５００ポイント上昇する』

『ラピス』の言葉の意味、それを考えている余裕はない。
『グラボイド』の能力が発動し、透矢と刹那のカードの合計５枚、
つまり２５００ポイント分、攻撃力が上昇し、
元の数値２６００と合わせて５１００に至る。
伝説の竜剣士に代表される、攻撃力５０００という１つの基準をあっさり超えてしまう『ラピス』のモンスターの力に、二人は戦々恐々とせざるを得ない。

『更に手札から魔法カード、“暗黒物質（ダーク・マター）”を発動する』

「あれはこのターンの最初に加えた……」

『“深淵”・“深闇物質”が効果を適用している時に発動可能。
その効果は……相手のライフを１００にする、だ』

「ら、ライフを、１００に……」

形容しがたい、聞いたこともない、そのあまりの効果に冷静な刹那も身体を捩らせ、体勢が保てないほどに揺らぐ。

「そ、そんなカード、アリかよ……」

未知の戦術、未知のカードから生まれる千変万化のデュエルに興奮を覚える透矢も、ただ呆然とそう口ずさむしかない。
こちらに回避する手段がない以上、透矢か刹那、どちらかがライフ１００という半死の状態に追い込まれてしまうのである。

『もちろん……お前に対して使ってやる。
ーー女！』

刹那にカードを向ける『ラピス』。
透矢は残りライフ８００で、元より瀕死であり、
それに比べて刹那はまだ４０００以上のライフを残している。
どちらに撃つかは誰が考えても答えを同じにするだろう。

『言うまでもないが、単にライフを奪うだけではない。
４０００以上のライフから一気に１００にされる“痛み”は果たしてどれ程のものだろうな？』

「あ……っ」

透矢がはっとなる。
今まで自分も何度となく味合わされてきたこの『闇のゲーム』に於ける、ライフを失うという『痛み』。
透矢は小刻みにライフを失ってきたわけだが、その全てが同じ痛みではない。
やはりというべきだろうか、一度に失うライフが大きい程、比例して『痛み』も大きい。

だとするなら、刹那はーー。

「や、やめろ！
刹那に撃つんなら俺を撃て！」

「と、透矢くん……」

思わず、口から出た透矢のその言葉に刹那が見る。
今やよく知る彼の優しい性格、刹那も普段ならばそれに温かさを感じただろうが、今はそんな時ではない。
『ラピス』が可笑しそうに笑い、刹那から透矢へと視線を移す。

『くすくす……泣かせる事を言うな。

ーーそうか、お前はこの女に惚れてるのか』

「そんなんじゃねぇっ！
大事な友達が痛い目に遭うと知っていて、それをはいそうですか、って見過ごせるかよ！」

『だから代わりにお前が“痛み”を負う、か。
くすくす、あはははははっ！』

「何が可笑しいんだっ！」

腹を抱えて笑うかのような声に、透矢は強い不快感から怒りへと感情を揺れ動かす。

『０点だ。
……そんな事を言われたら余計に女が苦しむ様を見る、お前の姿が見たくなるではないか』

「て、てめぇ……」

『本当に自分に的を反らしたいなら、挑発でもした方がまだ可能性はあったな。

ーーもっとも、底の知れた貴様らの挑発に乗る我ではないが。
……くす』

嘲る『ラピス』に透矢はただ唇を噛むしかない。

ーー刹那を助ける手段はないのか。

何もないのを知りながら空しい模索をする。

「ーー私なら大丈夫よ、透矢くん」

「刹那……」

「何もこの１枚で私のライフが尽きるわけじゃない。

ーーそれに、今は私も透矢くんのパートナーだもの。
助け合うことはあっても、迷惑をかけるわけにはいかないわ」

刹那が微笑む。
その表情には、既にある種の覚悟に満ちた潔さがあった。

「それにあの『ラピス』は倒すべき敵なの。
デュエリストの誇りにかけても、許しを請うような事はしないわ」

『くす……』

「（それに……こんなところで負けるわけにはいかない。
囮にした水花のためにも、傷ついた久遠のためにもーー。
例えここで再起不能になろうと、私は……！）」

全身が奮える。
どんな激痛・苦痛に見舞われようと、四肢が引きちぎられようと耐えてみせる。

いつもクールさを失わない事を信条とする彼女が、初めて全身に熱い血を滾らせていたのだ。

『では、受け取れ。

“暗黒物質”、発動』

『ラピス』が無情に発動させたそのカード、『暗黒物質（ダーク・マター）』。
カード全体が紫色に怪しく煌めくと、刹那の身体全体が黒い霧に覆われる。
それが何なのか、と考えるよりも早く。

ーー『痛み』が襲い来た。

「ーーぅうううぁああああっ！！」

ーー絶叫。

これまで感じたことのない、全身の神経が悲鳴を上げたかのような『痛み』。
皮膚が、肉が、血が、臓物が、その全てが灼け、そして切り裂かれる。

刹那は地べたに両足を付け、ただ叫び、吠えるしかなかった。

「ーー刹那ァ！！」

刹那が最初に絶叫したのと同時に、透矢は彼女に駆け寄っていた。
ともすれば倒れてしまいそうな彼女を支えながら、何度となく呼び掛けるが、痛みに耐える刹那にその声は届くことはない。

『くすくすくすくすくすくす……』

自分の『歪んだ嗜好』に最大限に応えてくれている刹那、そして透矢の姿に『ラピス』は満足の極み。
か弱き存在が苦しみ、それを別の存在がまるで自分事のように哭き、喚く。
その哀れな様が、深淵の主たる彼女には堪らなく愉快であった。

ーーやがて、無限とも思えるような刹那の地獄が終わり、
その身体は力無く透矢の胸にもたれ掛かる。

「刹那、刹那！」

透矢は自らも座り込み、刹那の身体を抱き抱えて支える。
だが何度呼び掛けても、憔悴しきったその顔からは、僅かに返事にならない声を漏らすだけだ。

刹那のライフ、４７００から一気に１００へ。
その僅かに残った消え入りそうな命火が、今の刹那の様を物語っていた。

『ーーくす、まだだ。
続けてバトルフェイズに入る』

「ちょっと待て！ 刹那はーー」

『甘えるな。

ーー“グラボイド”でその女のフィールドにいる天使を攻撃する！
ーー“フォッサ・マグナ”！！』

倒れた骸も同然の刹那に非情なる一撃が下される。

ーー圧倒的な力を見せつけた『ラピス』。
倒れた刹那を庇いながら、透矢に対抗する手段を見出だせるのかーー。