サタン・ルキフェル②　作：はにわ改

　
「ーーデュエル！」

「……デュエル」

ーー始まった大将戦。

ただし久遠は上の空である。
その証拠に開始の掛け声には、意欲や熱意といったものがまるで感じられない。
消化試合には変わりないから、そう言った理由もあるのだろうがーー。

「ーー僕の先攻！」

相手側の先攻。
久遠はぼんやりと手札を眺めているだけだ。

「手札から永続魔法『神の居城 ーヴァルハラー』を発動！」

発動されたそのカード。
自分のフィールドにモンスターが存在しないとき、１ターンに１度だけレベルに関係なく天使族モンスターを手札から特殊召喚出来るカードだ。
１ターン目は当然だが、フィールドにカードがないため、最初に起動出来れば理想、というカードの１枚だ。

ーーだが、それを見たシェリルが首を傾げる。

「ーー妙だな」

「どうかしたのか、シェリル？」

今回は出番のないアルフレッドがシェリルに訊く。

「確か、相手は去年、植物族のデッキを使用していたはずだがーー」

「そうなのか？」

「間違いない。
私たちとは戦ってないが、豊富な特殊召喚を用いたデッキで、それなりに手強い印象を覚えたものだがーー」

「去年から今年にかけて、デッキを変えたということか」

「ふむ……ま、人のデッキ構築にとやかく言うつもりはないが、
思い切った変遷、だな」

シェリルはそう言うものの、植物から天使、というデッキの中身、丸ごとを変えた相手に、どこか納得いかなさそうな表情を浮かべる。

ーーだが、相手方がデッキをそのように変身させたのは、明確な意志があったからだった。

「ーー『ヴァルハラ』の効果発動！
手札から『大天使 クリスティア』を特殊召喚！」

「ーーふーん……」

早速『ヴァルハラ』の効果が発動し、手札のモンスターが無条件で特殊召喚される。
久遠が少し感心したように頷く。

ーー天空から差す輝き。
そこから現れたのは赤い翼を背中から生やし、赤いローブの上に白銀の甲冑を身につけた最上級天使。

レベルは８、攻撃力は２８００。
能力も立派なものだが、『クリスティア』の恐ろしさはその効果にある。

「あぅーー正直、あのカード嫌い～」

「ふ、あのカード出されて対策が無かったら、お前のデッキはほぼ封殺、だからな」

「そーそー、だからさ、天使デッキと戦うときはいつも警戒してるの」

『クリスティア』を見たメリッサが大きく項垂れ、それを見たシェリルが小さく笑う。

『クリスティア』にはいくつか効果があるが、その最大の能力は、自身がフィールドに居座る限り、お互いの『特殊召喚』を封じる能力にある。
融合・儀式、あるいはカード効果、と特殊召喚の手段は数多存在するが、それらを主体としたデッキに突き刺さるのが、この『クリスティア』なのだ。

「更に僕は手札から『聖なるあかり』を通常召喚！」

続けて通常召喚。
穏やかな笑みを浮かべた薄紅色の球体。
レベルは１、攻守は０だが、そこから放たれる聖なる輝きは闇たる存在の召喚を一切許さない。

「ーー『聖なるあかり』は、言わば闇属性潰しのカード……。
あのモンスターがいる限り、闇属性モンスターの召喚、特殊召喚、さらに攻撃をも封じるーー」

「……まさか」

アルフレッドが『聖なるあかり』の効果を口にしている中、シェリルがようやく相手方の『意志』を感じ取る。
その『意志』とはーー。

「カードを１枚、セットしてターンエンド！」

リバースカードが１枚。
相手方はある『意志』に基づいた布陣を１ターン目に完成させたことで、心なしか余裕の色を窺わせている。

「……（何、あれ……だっる～）。
ーー私のターン、ドロー」

思わずため息をついた久遠。
カードを引く所作も勢いがない。

実はこの時、久遠には並みならぬ『制約』が課せられていた。

久遠の手札にあるモンスターたちは軒並み『闇属性』モンスター。
すなわち『聖なるあかり』がいる今、その召喚、特殊召喚は封印されている。

「（しかも『クリスティア』まで置いちゃって？
どんだけこっちの召喚、封じ込めたいのよ）」

元々、機嫌の悪い久遠。
敵の戦法に更に苛つくものを感じる。

「ーー魔法カード、『デビルズ・シフト』を発動。

このカードは私の場にモンスターが存在しないとき、手札のレベル３以下の悪魔族モンスターを墓地に送る事で発動。
そのレベルの枚数だけ、デッキの上から順にカードをめくる」

久遠が発動させた魔法カードにより、レベル２の悪魔族モンスターカードが墓地へ送られる。
よってそのレベル分、すなわち２枚のカードをデッキの上からめくった。

「めくったカードの中に悪魔族モンスターカードがあれば、１枚を選択して手札に加えて、その他のカードは墓地へ送るーー。
私は悪魔族モンスター、『イビル・リッチ』を手札に加えて、残りの１枚は墓地へ」

めくられたカードを公開する久遠。
その２枚の内訳は『イビル・リッチ』と、魔法カードが１枚。
よって『イビル・リッチ』が手札に加わり、魔法カードの方は墓地へと送られた。

「ーーそして墓地へと送られた『イビル・グール』の効果発動。
このカードがフィールドまたは手札から墓地へと送られた場合、相手モンスター１体を裏側守備表示にーー」

「ーーさせないっ！
永続罠カード『暗闇を吸い込むマジックミラー』！」

「……（イラ……っ）」

抜け目ない久遠が『デビルズ・シフト』のコストとして墓地へと送ったモンスター、『イビル・グール』の効果を発動しようとしたが、
待っていたとばかりに相手がリバース・カードを発動させる。

ーー『暗闇を吸い込むマジックミラー』。
フィールド・墓地で発動する闇属性モンスターの効果を無効にするカードである。

「ーーやはりな」

「シェリル？」

頷くシェリルにメリッサが訊く。

「どうやら相手は、対久遠用にメタを張ってきたようだな」

「メタ？」

「しかもあそこまで露骨にやるとは、中々見上げた奴だ」

疑問の表情のメリッサに、シェリルは吹き出すように笑いながら語る。

「なるほど。
つまりあいつは対久遠用に、徹底した闇属性メタデッキを持ち込んできたというわけか」

アルフレッドも頷きながら、シェリルの言わんとする事を代弁する。

「そういうことだな。
彼はこの大会に参加した時から、対久遠用に絞ってデッキを作り直してきたというわけだ」

「久遠に絞って？」

「この大会ではサイドデッキ以外からでは、途中でデッキの中身は変えられないからな」

「ふ～ん……」

「ま、それだけ久遠のデッキを脅威に感じている、ということだろう」

シェリルは相手の思考がわかって納得しているようであるが、メリッサはつまらなさそうに口を尖らせている。

「ーーふ。
まぁ、彼が己のデッキをそうだ、と信じているのならともかくーー。

ただ久遠専用にデッキを作り替えたのだ、とするなら浅はかだな」

クリスが腕を組んだ姿勢で、久遠の相手を見つめながら語る。

「『そんな程度』の対策で事が済むなら、我がワシントン校の生徒たちも久遠相手に苦戦することは無かったであろう」

クリスが笑みを浮かべながら続けると、アルフレッド、シェリル、メリッサの３人が同時に頷いた。

ーーそう、久遠がワシントン校のトップデュエリストをほしいままにしているのは、決して他のデュエリストが不甲斐ないわけではない。

数多のデュエリストが織り成す数多のデッキ、それら全てを実力で伏せてきたからこそ、その地位を確立させている。

ーーこのターン、相手方はその事を思い知る事になる。