『お姉さん』の正体　作：はにわ改

　
「ーーな、なんで……あんなモンスターが何体も……？
この世界は……どうなってるんだ？」

宙に浮かぶ透矢が見下ろす世界。
最初に来た場所同様、破壊の限りを尽くされた下界。
それを行ったのは、我が物顔で横行闊歩するあの『グラボイド』を始めとする不気味なモンスターたちの仕業に違いないーーそれは透矢も自然と理解した。

「しかも、俺と同じ人間がモンスターと戦って……？
どうなってんだ……どうなってるんだっ、この世界はぁっ！！」

そして今再び、人間がモンスターに殺される様を目の当たりにして、透矢が狂乱したかのように叫ぶ。

ーー人間と『Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）』の戦い。
デュエル・ディスクを付けた人間が、デュエル・モンスターズのモンスターを召喚し、それを戦わせるという構図。
今、透矢が見たのはそれらの一幕に過ぎず、この世界の各地では同じように人間が凌ぎを削り、戦い続けているという事は考えるべくもない。

『ーーくすくす、まだ信じないか？
この荒廃した世こそが、お前が生きる“真実の世界”だと』

「ーーあっ？！
ら、『ラピス』！
てめぇ、いい加減姿を見せやがれっ！」

ーー透矢に聞こえる悪なる囁き。
透矢は怒りに身を任せて吠えるが、『ラピス』は一向に姿を見せない。

『ーー人間はこれ以降、徐々にその数を減らすと共に衰退し……追い詰められていく。

ーーそして、数か月後。
あの“技術”を完成させた人間ーーいや、デュエリストたちは我に最終決戦を挑むのだ』

「ぬかしてんじゃねぇっ！
俺はてめぇの言うことなんざ信じねぇっ！」

『ふむ……ならば、お前は今見てきた光景のすべてを、我が作り出した幻、だとでもいいたいのか？』

「知るかっ！！
とにかく俺はお前の言葉に耳を貸さねぇっ！
早く元の世界に戻せっ！」

『くす……聞く耳もたん、か。

“夢”に浸りすぎた人間というのは哀れだな』

『ラピス』が見えない場所でこちらを嘲るーーその表情が透矢の頭に浮かび、彼はただ悔しそうに怒りを剥き出しにするだけだ。

『まぁいい。それよりも、だ。

ーー貴様、あのカードをどこで手に入れた？』

「ああっ？
なんだよ、なんの事だっ！」

『“女帝”だ。
お前、何故あのカードを持っている？』

「『女帝（ラグナシア）』を……？

んなの、てめぇに関係ないだろ！」

『お前、まさか“あの女”の知り合いか？』

「あの女……？」

『“女帝”の本来の持ち主のことだ』

「本来の……持ち主、って、てめぇっ？！
まさか、『お姉さん』を知ってんのかっ？！」

『ラピス』の口から発せられたまさかのその内容。
透矢に『三騎士』のデッキを託し、しばしば『夢』に現れては透矢の話し相手になってくれる『お姉さん』。
素性、名前すら知らない『お姉さん』であるが、透矢にとっては心を大きく占める大事な存在である。

『やはり“あの女”を知っているようだな。

……ということは、あのデッキは“あの女”に託されたものか』

「ああ、そうだよっ！
あのデッキは『お姉さん』から預かった、命よりも大事なデッキなんだっ！」

『そうか……。

ーーくすくす、なるほど、なるほど。
“あの女”……中々、策士だな』

「お前、知ってるんだなっ？！『お姉さん』の事を！
何でお前が『お姉さん』を知ってるんだっ？！

ーー答えろっ！」

一人で納得しているかのような口調の『ラピス』。
一方、透矢は『お姉さん』の事についてからだろうか、どこかむきになったように見えない『ラピス』を問い質す。

『ーー良かろう。
最後に見せてやる。
この世界に於ける最終戦争の様をな』

「質問に答えろ！
質問にーーっ」

透矢の姿がその場から消え、声が途切れる。
『ラピス』の力が発動し、透矢はこれからその目で見ることになる。

『黒き太陽（アビス・デザイア）』。
そこから無限に産み出される『Ａ・Ｄ』。
それに立ち向かう、最後の砦たる『デュエリスト』。

その両雄による最終決戦の様を。



ーーそして一瞬暗転した透矢の視界に、再びその光景が広がる。
やはり破壊され尽くした人間の文明を、十数メートル高さの空中から見下ろす。
ただ今回は２度目だからか、空中に留まる自分に動揺したりはしない。

「く、くそ……こ、今度はどこにーー」

透矢が辺りを見回そうとすると、その右横を強い突風が駆け抜ける。
その風に煽られて押されるように、透矢の身体は左側に揺らいだ。

「な、なんだ……って、あ、あれはっ？！」

強い風が収まるのを待って、目を開いて正面を向くと、
そこには目を疑う光景が待ち受けていた。

透矢のすぐ目の前の空中に留まる、その姿。
人の姿をしながら、後ろに向けて尖るように伸びた耳や、背から生えた大鷲のような翼が、同じ人間ではないという事を教えてくれる。
だがその姿・形は、透矢の記憶に強く刻まれたある『モンスター』であった。

「ま、まさか、『ミサギ』？
真希の『ミサギ』じゃないかっ？！」

透矢の幼なじみである真希、その彼女のエースモンスター、『疾風の女王（ハイソニック・クイーン） ミサギ』。
何度か真希が使うのを見ているのに加え、彼自身、『ミサギ』と実際にデュエルの中で戦っているから、見間違えよう筈がない。

その『ミサギ』は透矢の存在に気付く様子はない。
そして一時その場に留まってから、背から生える大きく逞しい翼を羽ばたかせると、上空へと向かって飛行する。
するとその先には渦を巻くような灰色の雲の中心に鎮座する、黒い半球。

「あ、あれは……確か、『ラピス』が使ってたーー」

雲に隠れているが、恐らくその正体は黒い球体。
その姿は『ラピス』が召喚した、無敵の耐性と『Ａ・Ｄ』モンスターを呼ぶ能力を持つ『アビス・デザイア』と酷似していた。

そんな中、ふと透矢が後方を向くと、
やや離れた朽ち果てたビルの屋上に数人の、白い羽織りものを頭から被った人間らしき姿がある。
更に目を凝らしてみれば、それぞれの腕にはデュエル・ディスクが装着されているのも見てとれた。

「あれは……『デュエリスト』、なのか？」

数人いる内、一人が前に出て空に向けて指を差すような行動を取る。
『ミサギ』はそれに従い、ただひたすら空の黒い球体を目指す。
すると透矢の目に、黒い球体から小さな点々とした影が、雨のように無数に降りてくるのが見えた。
やがて遠目にもはっきり分かるようになる、不気味なその造形。
嫌悪感を催すようなそれらは、群れをなして『ミサギ』へと差し迫った。

『ミサギ』は迫る敵を前に、持っていた槍を横に振るうと、瞬間的に細い竜巻のような風がいくつも形成されて、その周囲を取り囲む。
そして身体を大きく開くように手足を大の字に広げると、その竜巻が意志を持ったように動き、敵を呑み込む。
無数の敵たちを強力な風の波が切り裂き、粉砕。
現れた一勢力を壊滅させた。

「すげぇ……これが『ミサギ』の力かっ！」

一度戦って、その強さが身に染みているからか、『ミサギ』の力の凄まじさを見て感激に似た声を上げる透矢。

ーーしかし、戦いは刻一刻の中で大きな変化をもたらす。
黒い球体の方から瞬間的に伸びた紫色の光線が『ミサギ』の左翼を貫く。
激痛に顔を歪ませ、バランスを崩してしまう『ミサギ』。
一時その場から引き上げて、『デュエリスト』たちがいる廃ビルまで避難する。
だが足止め役がいなくなったことで、黒い球体から現れる敵たちが瞬く間に増殖。
それは巨大な模様なものを作り出し、空全体を覆い始める。

「な、なんだよ、ありゃあ……あいつら、無限に出てくるってのか？」

ーー広がり続ける空の模様。
如何にあの『ミサギ』が強力な力を有しているにしても、これではキリがないのではないか。

「やっぱり、あのでかい奴を倒さないとーー」

自分と『ラピス』のデュエルの中でも、倒さなくてはならないだろう、最大の敵・黒い球体。
そうして睨み付けていると、黒い球体からそれまでとは違う、紫色の輝きを帯びた影が姿を見せる。
透矢にははっきりとその姿は映らないが、空の模様を紫色に大きく照らす存在はそれまでとは違うものだというのが、彼にも何となくわかった。
それはこちらに近付いてきているのか、徐々に姿が露になり始める。

ーーそして。

「人……女、か？」

黒いコートのような、衣服に身を包んだ不敵な笑みを浮かべる『女』。
露出した腿から足、また顔には紋様のような入れ墨が施されている。
年齢的には二十歳ぐらいの大人の女性であるが、その顔にはどこか見覚えがあった。

その女がビル上の『デュエリスト』に向けて指を差すと、空に模様を作る大勢力から星の海の如く光が散りばめる。
一斉に発射された光線。
それは放物線を作りながら、ビルに向かって降り注いだ。

「ぐ……」

透矢がビルの方へ向く。
ーー無数の光線。
果たしてあそこにいる『デュエリスト』たちは大丈夫なのか、と。

すると今まで前に出ていた『デュエリスト』に代わって、別の『デュエリスト』が前に出ると、
１枚のカードを迫りくる光線に向けて掲げた。
そのカードの『効果』により、淡い光の壁がビルを丸ごと包み込み、直後に降り注いだ光線を弾く。
周辺の建物や瓦礫は光線によって砕け散るが、光の壁はそれを完全に防ぎきり、『デュエリスト』たちの身を守り抜いた。

ーーその時。
光の壁が役割を果たして消えた直後、周りの爆風によって生じた風が、カードを掲げた『デュエリスト』の羽織りを脱がし、その顔が露となった。

ーーだが、その顔は。

透矢にとって、いつも会いたいと願ってやまない人物。

思うように勝てないで悩んでいた自分を励まし、デュエルの楽しみを教えてくれた恩人ーー。

「お……『お姉さん』っ！！」

透矢と会う時とは正反対に、厳しい眼差しで敵を捉えるその『デュエリスト』。
その正体は『お姉さん』ーー。

ーーまさかの『再会』に、透矢が叫ぶ。