残酷な真実　作：はにわ改

　
『ーーうやっ！透矢、しっかりしろっ！』

ーー誰かの呼ぶ声。
その声に引き戻されるかのように、闇に沈んでいた透矢の意識を再び覚醒へと促す。

「う……うぅ……」

『しっかりするんだ、目を覚ましてくれ！
透矢……！
ーーマスターっ！』

透矢が目を覚ますと、まず入ってきたのは必死の形相でこちらを見つめてくる顔。

「ーーラグナ……シア？」

『透矢……！』

自分を案じてくれているその人の名を呼ぶと、ようやく表情を弛めてくれる。

「こ、ここは……。
俺は……？
『還って』、きたのか……？」

『透矢！
大丈夫か、立てるかっ？』

意識の覚醒レベルが上がると同時に、状況の把握も進む。

ーー薄暗い部屋。
そこに横たわる自分を抱き抱えるように上半身を起こしてくれているラグナシア。
後ろからはラグナシアの他に、自分を呼ぶ多数の声。
蓮華・クリス・舞が部屋の外からラグナシアと同様に心配して、自分を呼んでいるようだった。

「か、還って、来たんだな。

く、くそ……でも、何がどうなってんだ……」

『ラグナシア』の助勢を頼りに身体を立ち上がらせた透矢。
この場所は、『元の世界』。
即ち、薄暗い地下水路の最奥の部屋。
『異世界』に連れられた自分がようやく『元の世界』へ還ってきたのである。

だが直前まで見せられていた光景が頭に強く刻まれていて、用意に頭を切り換えることが出来ないようだ。

『ーーくす……感想はどうだ？
“本当の世界”を見てきた感想は』

「ーーら、『ラピス』……っ！」

自分の対面。
そこに佇む水花の姿をした『ラピス』。
歪んだ笑みを浮かべる少女を、透矢は強く睨む。

『透矢……大丈夫か！
お前が倒れて、ずっと目を覚まさないから……我も、“メルセディア”たちも肝を冷やしたのだぞ』

「俺が倒れてーー」

デュエルフィールドから駆け寄ってくれたラグナシアと同様、フィールドに立つ『メルセディア』、
そして『影縫いの微刃（ベアトリーチェ）』、『蒼き槍迅（リューゼリッド）』も心配そうに自分を見つめてくれている。

そして混乱する記憶の中、『異世界』に連れられる直前の事も思い出す。
刹那を『死』へと追いやった『ラピス』のカード・『暗黒物質（ダーク・マター）』の発動をきっかけに、自分はあの『異世界』へと連れられた。

ふとデュエルディスクを見ると、自分の８００あった筈のライフが１００になっている。
それは『暗黒物質』の効果によるものだ。

『さあ……ゲーム、再開だ。
我は“デザイア”の効果で、“サードリウス”を裏側で帰還させ、
そのままターンを終了する』

まだ、己を取り戻していない透矢に構わずデュエルを進行させた『ラピス』。

『ーー透矢。
本当に大丈夫か？
“奴”に一体、何をされたのだ』

ラグナシアが訊く。
訊かれた透矢は『異世界』での出来事を、頭の中で懸命に整理していた。
だがその中でも、最も彼の中で深く印象に刻まれた事。

それは当然ーー。

「『お姉さん』が……いた」

『何……？』

「『お姉さん』がいたんだ。
何もかも、崩れちまった世界で……『お姉さん』が化け物と戦っていたっ！
俺が『お姉さん』から預かったデッキ……。
『アリアス』や……『ヴァルバレア』、みんなを召喚して！」

『な……何を言ってるんだ、透矢……』

「俺、見たんだ！
みんな、ぶっ壊れちまって……人間たちが戦ったりーー。

……こ、殺されたりする世界を！」

『と、透、矢……』

透矢の言うことを聞いたラグナシアが直ぐに『ラピス』を鋭い眼差しで捉える。
その『ラピス』は変わらず可笑しそうに笑っているだけだ。

「ーーなぁ、ラグナシア！
俺が見たあの『世界』って、全部嘘なんだよな？
あいつが作った幻かなんかなんだよなっ？」

『……』

「『お姉さん』、ぼろぼろになるまであの『ラピス』と戦ってた。
最後にあんたを召喚して……そこで目が覚めちまったけど……全部、嘘だよな？
『お姉さん』は……っ！」

透矢の問いかけに答えないラグナシア。
もっとも、透矢が見た光景がどんなものなのか、ラグナシアは知らない筈であり、
それに対してどうこう訊かれても答えようもないのだが、
ラグナシアが黙っているのはそれが理由では無いようである。
また、その透矢の声を聞いていた『メルセディア』たちは、人知れず肩を震わせていた。

「なあ、ラグナシア！
何とか言ってくれよ？
あんなのが『本当の世界』、とかアイツが抜かしてるけどよ！
全部、出鱈目なんだよな？」

『……』

「『お姉さん』は無事だよな？

いつも、俺の『夢』にでてくれる『お姉さん』の事、今まで何も知らなかったけど……。

どこかで元気に過ごしてるんだろ？」

『……』

「何とか言ってくれよ！
どうして黙ってるんだよ、ラグナシア！」

目を閉じたまま、固く口を閉ざすラグナシア。
するとそのまま歩き出した彼女は、元々いたデュエルフィールドのモンスターゾーンに立ち、『ラピス』を見据える。

「おい、ラグナシア！
何とか言ってくれたってーー」

『ーー透矢』

「え……？」

背を向けたままのラグナシア。
透矢は気のせいか、その後ろ姿にどこか物悲しい雰囲気を感じ取る。

『お前が見てきたという、その“世界”は間違いなく真実、だ』

「真、実……」

『今、お前がそれを受け止める必要はない。
お前は“あの時、あの世界”には居なかったのだからな。

……だがお前が見てきたものは、決して嘘偽りではない、真実、なのだ』

「じょ、冗談、だろ……？
あんなのが、真実なんて……そんな馬鹿なこと……」

否定してくれるはずだった。
まだ夢から覚めてないのか、と頬を叩いてくれるぐらいの事を期待して、聞いたはずだった問いかけ。

だがラグナシアは否定しなかった。

透矢が見てきたもの、それは真実だという。

『お前が“お姉さん”と呼ぶ、あの“アルシェリダ”は自らの意志を託せる人間を探していた。

ーーそれがお前だ、透矢』

「意志を……託せる、って……」

『だからこそ、今、お前は倒れるわけにはいかない。
お前はあの刹那、という命と、
“アルシェリダ”の魂が託されている。

ーーお前は“救世主”となるべき、選ばれた人間なのだ』

「わ、訳分かんねぇよ！

そんな事よりも！
『アルシェリダ』、って、『お姉さん』の名前か？」

『……そうだ。
本当なら“アルシェリダ”が救世主として、“世界”を救うはずだった。

……だが、“Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）”の力はあまりにも強大すぎるものだったのだ』

「お、『お姉さん』は……？
『あの後』、『お姉さん』はどうなったんだ？」

最早、ラグナシアの語る全てが透矢の頭の中には入っていかない。
理解するにはあまりに現実離れした内容だからだ。
そんな中でも透矢が確かめたいのは『お姉さん』の行方。
あれが『真実』ならば、『お姉さん』はあの後、どうなったのかーー？

『……正直、お前には話したくはなかった。
いずれ話さなくてはならない事とはいえ、お前には残酷過ぎる事だから……な』

「残酷、って……」

『“アルシェリダ”は……もういない。

“あの戦い”で“ラピス”を滅ぼすために、最後の生命力（ライフ）を私に託してーー』

「ま、まさかーー。
『お姉さん』は……！」

『……』

ーーラグナシアが無言で頷く。

それは透矢にとってあまりに残酷過ぎる真実だった。

ーーいつも『夢』の中で、優しい笑顔で自分を包んでくれた。

『夢』の中で、彼女とデュエルするのが何よりの楽しみ。
楽しそうにデュエルをする表情が、いつも初心を忘れさせない。

即ち、『デュエル』は楽しんでやるものなのだ、とーー。

それを教えてくれた大切な恩人。

いつか……いつか、『再会』した時、何らかの形でその恩を返そうと思っていた。

その筈、なのにーー。

「う、嘘、だ……。
そんなの嘘だ！
だって俺は、前に住んでたあの場所で確かに『お姉さん』とーー」

『……全て、“夢”だ』

初めて『お姉さん』と会った場所。

『夢』の舞台でもあり、傷心していた自分が気紛れに赴いていたあの丘。

あの場所で何回か『お姉さん』と会い、自分が引っ越す寸前で、今の『デッキ』を託された。

あの出来事すら、あるいは『夢』だったというのだろうか？

「嘘、嘘だ……嘘だっ！」

『透矢……』

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ！

嘘だぁああああっ！！」

あまりにも突然で、そして決して受け入れることの出来ない『真実』。

透矢の嘆きの咆哮が薄暗いこの部屋全体の空気を激しく震わせた。