世界大会開幕！　作：はにわ改

　
ーー翌日。
枕を変えた床で、それぞれの一夜を明かした日本・ワシントン代表組は、朝食を摂り終えた後、
開幕である１０時を前にロビーに集結していた。
これから会場へ、用意されたバスに乗って向かう事になる。

「ーーお、お兄ちゃん・・・。
な、何て言うかその・・・色んな国の人がいるね・・・」

「あ、ああ・・・。
本当に世界大会、ってのを感じさせられるな」

「うう・・・もう、胃が痛くなってきた・・・」

周りを見渡せば、各国の代表生徒たちの姿が見られる。
千鶴、透矢はしてはいけないと知りつつも、物珍しそうに辺りを見回している。
千鶴は代表選手ではないものの、記録係として透矢たちと共に会場に立つようだ。
そして真希はきりきりと絞まるような不調感を、胸下を押さえて訴える。
透矢と舞に元気付けられて多少心は軽くなったようだが、やはりまだ緊張の強さから真希は逃れられていないようだ。

「ーー透矢くん、やほぅ！」

「おぅ、久遠、それにアルフレッド！」

そんな３人に近寄ってきたのは久遠とアルフレッド。
久遠の視線は透矢のみだが、アルフレッドは気さくに真希や千鶴に声を掛けている。

「聞いたよ、透矢くん！
今日、大将戦に出るんでしょ？」

「ああ。
なんつーか、一発目から大将でいいのかな、なんて思ってんだけどさ」

「大丈夫、透矢くんなら！
応援してるからね！」

「ああ、ありがとな」

透矢と久遠が仲良さそうに笑顔を向けあっている。
あからさまにこちらを無視する久遠の態度が、真希が気にならないはずがなかった。

「ーー真希」

「え？
あ、な、何？アルフレッド」

そこへアルフレッドが真希に話しかけてくる。
真希は何故か慌てたように返事をした。

「・・・久遠の事は気にするな。
ただの気まぐれで、ああいう態度をとってるんだからな」

「あ、あははは、やだ、別にあたしは何とも思ってないよ」

「ははは、そうか。

ところで君も今日、出場するみたいだね」

「う、うん！
正直、心臓バクバク・・・なーんてね！」

「緊張するのは仕方ないさ。

でも意外とデュエルさえ始まってしまえばいつも通りやれるものだよ？
デュエルに集中さえすれば、あっという間に時間も過ぎ去るしね」

「ふ～ん・・・そういうもんかな」

「ま、何にしても応援させてもらうよ。
いつも通りの力が発揮出来るよう、祈ってる」

「う、うん。
ありがとう、アルフレッド」

アルフレッドに気を遣ってもらい、真希は不思議と安心するものを感じながら自然な笑顔を見せる。
アルフレッドも小さく頷くと、透矢に絡む久遠を無理矢理に引き連れて、場を離れていった。
真希はそんなアルフレッドの姿をしばらく見つめているのだった。

「ーーさて、そろそろ出発するぞ」

クロエの声が掛かる。

「ーークロエ先生。
暗木先生がまだいらっしゃっていませんがーー」

「放っておけ。
二日酔いでふらふらな奴を連れていくわけにもいかん。
我がアカデミアの恥さらしだ」

地影が訊くとクロエが憮然とした態度でそう言う。

「ったく～、舞先生もしょうがないねぇ。
仮にも引率者だろ？」

炎魅子が肩を竦めて呆れる。

ーー朝食の時から今まで姿を見せていない養護教諭・暗木舞。
クロエの話によれば舞は昨晩街を出歩いた挙げ句、酒酔いのまま部屋に戻り、そして今日二日酔いで部屋から出てこられないという。
舞の普段の生活態度をある程度知る者ならば、その話に疑いを持つ者はいなかった。

ーーかくして、一同はホテルから移動する事となる。
ホテルの駐車場に待機していた何台かのバスに、それぞれ３、４ヶ国の代表が乗り合わせるという形で分乗、現地に向かうこととなった。



ーーいよいよ間近に迫るその瞬間にバスの中でも口数が減る者も増えてくる。
そんなバスでの移動も２０分足らず。
会場の風景が窓から見えたかと思えば、バスは地下の駐車場へと入っていく。
そこで停まったバスから下りた透矢たちはすぐにクロエを先頭に、クリス率いるワシントン組の後に続いて会場内へと歩き出す。

そうして入場ゲート前までやって来た一同。
ゲートの外からは既に観客の声が聞こえ始めており、一同の緊張はピークに達する。

「さぁてお前ら！
覚悟はいいかい！
リハ無しの一発勝負、気合い入れていくよ！」

「あーはいはい。
分かりましたから、あまり大声出さないでください。
無用な注目を浴びて恥ずかしいのは私たちなんですからーー」

炎魅子の呼び掛けに、地影が冷ややかにしたためる。
炎魅子と地影の口喧嘩がささやかな笑いを誘い、透矢たちの緊張をほぐした。

「ーーいよいよだ。
皆、行くぞ」

しばらくして、クロエが声をかけてくる。
事前の打ち合わせで段取りはある程度把握しているとはいえ、炎魅子が言ったようにリハーサル無しの本番。
まず数万人という観客の前に、各国の代表が一同に会し、
その後主宰の人間による開会式が行われる。
その様は全国に特別にテレビ中継が為されるため、迂闊な振る舞いは一国の恥と為りうる。

真希、千鶴は当然、透矢でさえも今にもはち切れそうな鼓動を必死に押さえていた。

「ーー大丈夫？
透矢くん、真希。それに鳴瀬さんも」

水花の手を繋いで歩いてきた刹那。
透矢たちに声を掛けた。

「気を楽に・・・って言っても無理よね。
私も緊張してるから」

「刹那も？」

「全然そんな風には見えないけどーー」

「平静を装ってるだけ。
私だってあなたたちと同じで、緊張ぐらいするわ」

表面上は全く緊張していなさそうな刹那を見て、真希と透矢が訝しむ。
だが刹那も二回目の大会とはいえ、やはり日本代表という看板を背負って会場に立つ以上、気負いはするのだろう。

「でもね、ある程度の緊張は大事だと思うの。
それだけ、この大会がどんなに大事な意味を持つか分かってる、ということだから」

「いやいや、そんなの無しにしたって緊張はするって」

「くすくす。
大丈夫。
私は透矢くんと真希を信じてるから」

「ちょっと刹那～、その期待するような言葉が重いんだってば～」

「あははは！

とにかく私はあなたたちを信じてる。
だから・・・あなたたちも私を信じてほしい、かな」

刹那のその言葉にきょとんとする透矢と真希。

「あなたたちを信じる私を信じてほしいの。

ーーなーんて、ちょっとくさいね」

恥ずかしそうに微笑む刹那。
意味自体ははっきりとは分かりにくいが、刹那の言わんとする事は何となく感覚で分かり、二人は笑い合ったのだった。

「ーーよし、皆、行こう！」

ーーゲートが開く。
クリス率いるワシントン組に続いて、日本代表組も震える足を踏み出させた。
会場内に続々と入る代表メンバー。
アナウンスの声に合わせて、観客席を埋め尽くす数万からなる人たちが一斉に拍手を鳴らす。
身体にじんじんと強く響くものを感じながら、透矢たちは前を歩く者に遅れないよう歩く。

ーー会場内は正に野球球場を思わせる広さ。
代表メンバーは観客に対する顔見せも兼ねてか、陸上競技のトラックを思わせるラインに沿って半周することになる。

「（す、すっげぇ人だな、おい・・・）」

「（やだ、足が震えちゃう・・・）」

「（は、恥ずかしいよぉ・・・）」

透矢と真希は恥ずかしさに耐えながら何とか正面を向いて歩くが、千鶴は完全にうつむいているのだった。

やがて中央の特設ステージの前に、横並びに各代表が引率者を先頭に縦一列に並んでいく。
数人が乗れるほどのステージの後ろ側には、主宰を始めとしたこの大会に携わる関係者や来賓たちが肩を並べ、観客と同様に拍手をして代表者たちを迎えた。

そうして１６チームからなる代表組が並ぶと、司会を務めらしい、赤い布地に小さな宝石をまぶしたようなジャケットを着込んだ派手な装いをした男が立つ。
するとやたら気合いが入った大声をマイクで更に拡声させて、開会式の始まり宣言し、拍手は大歓声へと変わった。

「（あのおっさん、刹那と一緒に行ったアミューズメントパークにもいたような・・・）」

「（あの人、そんな有名人なのかな・・・）」

異様に突き出た前髪の塊。
透矢と真希が既視感を感じるなか、やたら高いテンションの下に開会式は進み、まず主催者の挨拶が行われることになった。
司会者に代わってステージの上に立ったのは、いかにも著名な実業家という装いと、立派な面構えをしながら、どこか穏やかな性格を感じさせる表情をした人物。
司会者が事前に紹介した通り、この人物こそ、この大会の主宰にして、神楽坂財閥の会長・神楽坂 宗介（そうすけ）、すなわち刹那と久遠の父である。

「（へー・・・あの人が刹那と久遠の親父か）」

初めて見る刹那と久遠の父の姿に、透矢はじっとその全体像を捉える。
なるほど、やはりこの世の経済の一端を担う人間は雰囲気からして違う、透矢は素直な感想としてそんな事を思ったりもした。

ーー１０分弱ほどの宗介会長による挨拶が終わると、続いて各来賓の短い話が挟まれ、
いよいよ各国代表による挨拶が始まる。
ステージに立つのは引率者ではなく、代表メンバーの中から選ばれた一名。

まずワシントン・アカデミア。
ステージの上に立ったのはやはり、久遠である。

主宰である神楽坂宗介の愛娘、ということと、ステージの上で映えるような生まれついての容姿。
そして緊張を感じさせない堂々とした挨拶が、こういった場での慣れを感じさせ、見る者は一目置くことになる。
そしてワシントン・アカデミアは前回の優勝校。
その自信からか久遠はーー。

「ーー目標は全勝。
完全勝利による優勝です」

他校に対する挑発とも言えるその言葉に会場が湧く。
それを単なる大言でないことは、この大会を進めていく中で結果で示していく。
他の代表メンバーをステージ上から一瞥し、久遠はそう目で訴えていた。

ーー続いて前回の準優勝校・日本。
壇上に入れ替わりで立つのは、一見すると久遠がまた立ったのかと錯覚する同じ顔の持ち主。
だがそうではなく、久遠に変わって立つのはその双子の姉・刹那。
同じ顔でありながら、どこか違った雰囲気を観客に感じさせる。
そして久遠にひけを取らない堂々とした挨拶を見せながらも、謙虚さも含めた意気込みを語った。

もしまたこの２校が決勝で当たるようなことがあれば、前回は実現しなかった双子姉妹対決は見られるのか。
前回も参加している観客たちはそんな事を期待する者もいた。

ーーだがそれからも他校の代表選手による意気込みを含めた挨拶は続けられる。
イギリス校のエリザを始め、決して刹那や久遠に負けていない立派な挨拶で占めた。
彼女たちも当然だが代表としてここに来ている以上、その内なる気迫は凄まじいものがあるだろう。
そうは簡単に、久遠の言う完全勝利や、双子姉妹対決を実現させはしないはずだ。

ーーそんな中、一校だけが他とは違った。
アラスカ・アカデミア。
代表の男子生徒がステージに立つも、うつ向いたような暗い面持ちで、あまり物も語らず司会者も困惑させる。
他のメンバーも皆、同じような感じであり、大会に臨む気迫などが全く感じられない。

とは言うものの、極度の緊張によるものかと納得する部分もあり、それほど気にする者も少なかった。

ーーそうして全代表校による挨拶を終えて、いよいよ大会の開会が宣言される。
各アカデミアは母国の期待と、己の内にあるプライドを懸けて、最終的に世界大会優勝という覇を目指すこととなる。