アビス・デザイア　作：はにわ改

　
『黒の一団』が根城としていた、使われていない下水道。
その最奥に控えていた『ラピス』と、透矢・刹那のコンビによる２対１のデュエル。
最初は『ラピス』の未知なる戦術にに、透矢が大きくライフを削られるなどしたが、
二人はそこから体制を立て直し、そして今ーー。

「よし、残り９００！
もう少しで……もう少しでーー！」

刹那が召喚した四大天使・『ウリエル』の一撃が『ラピス』を捉えた。
攻撃力３３００の直接攻撃が決まり、残りは９００。
あと一撃が入れば勝てるーーそこまで『ラピス』を追い詰めたのである。

「（透矢くんの言う通り……もう少し！
もう少しで……水花を！）」

『ラピス』の傍らで横たわる水花に目を移す刹那。
今回の『闇の一団』の一件で、『囮』として利用してしまった少女。
その水花を助けるためにも、このデュエルに負けることは許されない。

「（久遠……私はちゃんと責任を果たすから……）」

透矢・刹那のすぐ後ろの壁に、寄りかかる形で気絶したままの妹の久遠。
『ラピス』の人間業ではない『力』で傷つき、未だに目を覚まさない。
水花と久遠、二人の『妹』の命がこのデュエルの勝敗に懸かっていた。

「（大丈夫、勝てる……！

あの……あの『ラピス』が相手だとしてもーー）」

透矢を見る。
視線に気付いた彼が小さく微笑みかけてくれた。

「（透矢くんが……透矢くんが一緒なら！）」

自分も微笑み返す。
最も心強いと思える彼に対して。

『ーーくす。
無傷でここまでたどり着いただけの事はある。
今の一撃、脆弱なる人間にしては感心の至りだ』

そんな中、『ラピス』が口を開いた。
捕らわれた水花と同じ姿形でありながら、少女とは思えない邪悪で、更にある種の迫力に満ちた表情。
ライフが大幅に減りながらも尚、余裕の笑みを浮かべて見せたのだ。

『くす……だが今の一撃、会心の一撃ではありながら、僅かながら“温（ぬる）み”が感じられた』

「温、み……？」

「刹那の今の一発の何処が温いってんだ！」

『ラピス』の不敵な笑み。
透矢がすかさず言い返す。

『今の一撃で我のライフ全てを削れれば、勝ちをもぎ取れたものをーー。

我がリバース・カードを警戒したか？』

『ラピス』の場に伏せられている２枚のリバース・カード。
１ターン目に伏せられながら、未だ発動はおろか、忘れ去られたかのように静謐を保っている。

「（確かに……。
『ウリエル』ではなく、『ミカエル』ならばライフを削り切る事は可能だった。
攻撃が……通っていたら、の話ではあるけどーー）」

『ラピス』の言葉はある意味で的を射ていた事に、刹那は心で頷かされる。
即ち『ミカエル』が持つ２つの効果、除去能力と攻撃力を上昇する効果を用いて、リバースカードを掻い潜って攻撃を通せば勝利出来る可能性はあった。
ただ刹那は懸命な判断に従ったのであり、それは間違ってはいないと確信している。

『くす……お前の判断がこのデュエルにどのような結末をもたらすか、その目で見届けるがいい。

ーー我はこのタイミングでリバース・カードを発動させる』

『ラピス』が動いた。
刹那が、そして透矢が身構える。

『発動せよ、“深闇物質（アビス・マター）”！』

『ラピス』の場の２枚のリバース、刹那たちから見て、右側のカードが発動。
同時にフィールド全体に黒い霧が渦巻き、視界を狭めていく。

『“深闇物質”は“深淵”がその効果を適用している時のみ発動が可能。

その効果はーー我が墓地に存在する全てのカードをゲームから除外する！』

「な、なんですって？！」

「ぼ、墓地のカードを全て除外、って……！」

『ラピス』の未知なる戦術。
それが更に２人の常識を遥かに凌駕し、思考の限界を置き去りにして、新たなるステージへと進む。

『ラピス』の墓地には最初のターンに発動した『深淵（アビス）』によって、少なくともデッキの全てのカードが墓地へと送られていた。
ーーその枚数、現状実に３７枚。
それらがこのカードによって、今度は除外されるというのだ。

『くすくすくすくすくすくす……』

ーー『深淵』。
先の見通せぬ、何処までも無限に広がる闇。
空前絶後の能力を持つ、大いなる存在がその降誕を目前としていた。