久遠と真希　作：はにわ改

　
ーー透矢から必死に逃げるように走り続けた真希は、いつの間にか外のキャンパスにまで出てきていた。
日は完全に沈んではいないものの、時間的にはだいぶ遅い。
放課後直後は、帰りの生徒で賑わう表のキャンパスももう誰も他の生徒の姿はない。

ーーたった一人を除いて。

「ーーあら、真希？」

「く、久遠・・・」

「どうしたの、そんなに慌てて出て来て」

夕陽の光を背に、キャンパスに１人立っていたその人物は久遠。
真希は普段なら難なく見分けられる双子の妹の顔に、刹那の顔が重なって、一瞬心臓が縮まる。

「ーーお姉さま、屋上にいたでしょ？」

「・・・」

「・・・透矢くんと一緒に」

「う・・・っ！」

何かを見透かそうとするような久遠の瞳。
実際、その言葉に強く動揺してしまった真希。
久遠がその反応を見過ごすはずがない。

「ーーくすくす！
その様子だと、期待通りのものが見れたみたいね？」

「な・・・何よ、期待通りって！」

「うーん・・・例えばーー透矢くんとお姉さまが抱き合ってた、とか？」

「ーーっ！」

「あら、図星？
あは、あははは！
私の勘も馬鹿にならないわね！」

ーー事は久遠が望んだ通りに進行していた。
久遠は思わず真希の前で、普段は他人の前でしない高笑いを上げてしまう。

「いやね？
何か透矢くんとお姉さまが、何かいい雰囲気だからね？
真希にも見せてあげようと思ったら・・・そう、お姉さまったら大胆ねぇ」

「あ、あたしにも見せよう、って・・・じゃ、じゃあ飛び下りそうとかっていう話は？」

「半分嘘で、半分本当。
お姉さまが手すり乗り越えて何かしてたのを、透矢くんがたまたま通りかかって助けたみたいだけどーーその辺は私もよく知らなーい」

「く、久遠・・・っ！
あんた、どういうつもりよっ！」

小悪魔なーーいや、完全な悪魔のような笑いに真希の目には映った。
それは真希の知らない久遠の一面だったのである。

「ねぇ、真希。
あなたって透矢くんの事、好きなんでしょ？」

「な・・・っ、そ、そんな事ーー」

「隠したって駄目よ。
そんなの真希を見てれば、全部お見通しなんだから」

核心を突くような久遠の問いに、真希は否定しきれない。
否定するという事は、自分の気持ちに嘘をつく事に外ならないからだ。

「ねぇ、真希？
あなたと透矢くんは付き合い長いのかもしれないけど、
だからって油断してるとお姉さまに取られちゃうわよ？」

「そ、そんなことないっ！」

「そんなことない・・・って、どうしてそう言えるの？」

「せ、刹那は・・・刹那はーー」

真希は最近になって日頃感じずにはいられない不安を、久遠との会話で一気に膨らませていく。

「もしかして・・・お姉さまと真希は友達だから、遠慮してくれる、とか思ってる？」

「ぅう・・・っ！」

「あはははは、あはははっ！
だとしたら、真希はお姉さまの事、何にも分かってない！
『あの人』はね、自分の欲しいものは、何が何でも手に入れる『人』なのよっ！」

再び大きく高笑いした後、まるで実の姉にして双子である刹那を他人のように語り、時に醜悪な面を織り混ぜる久遠。

「ち、違う・・・刹那は、私にーー」

真希は、久遠と同じような事を刹那に言われている。
今の関係で終始したくないのならば、一歩踏み出さなければ駄目だ、と。
だがその時の刹那の口調は、自分を奮い立たせてくれるような、一種の応援のメッセージだと思っていたのだ。

だが同時に刹那が透矢を特別な眼で見ていたこともまた事実である。

「抱き合ってたんでしょ、透矢くんとお姉さま。
まずいわよ、このままじゃ。
透矢くん、こういう恋愛事に免疫無さそうだから、案外コロッといっちゃうかも？」

「そんなわけ・・・そんなわけないっ！」

「くすくす、ねぇ、真希？
いい加減、目を覚まさないと本当に『ただのいいお友達』、で終わってしまうわよ？
透矢くんとも・・・お姉さまともね」

「うるさい・・・うるさい、うるさいうるさい！」

「悲しいわよ？
自分が欲しかったものを、他人に取られるのって。
想像してみて？
透矢とお姉さまが連れ添う姿を、ただ後ろから未練たらしく眺めるだけの自分をーー」

「ーーぅううぅるさぁああいぃっ！！」

真希が咆哮を轟かせた。
久遠の嫌らしい声を遮るために。
そして膨れ上がる、現実味を帯びた不安を吹き飛ばすようにーー。

「ーーお、おい、真希！
どうしたんだよ、でっけぇ声上げやがって・・・こっちにまで聞こえてきたぞ」

「ーーあっ？！」

するとそこへ、後ろから現れたのは透矢。
真希を追ってきて、ようやくその姿を見つけたというところで、今の真希の叫び。
透矢でさえ今まで聞いた事のないその真希の叫びに、ひどく驚いた様子だ。

「あっ、透矢くん！やっほー」

「久遠、どうしたんだ、お前は」

「ごめんねー、真希とちょっとデュエルの事で言い争いになっちゃってね？
真希ったらすぐ感情的になるからさ」

久遠の表情が途端にいつもの、明るさを重視したスタイルに変わり、咄嗟に真希の怒号の理由付けを述べる。
だが久遠の言う事を鵜呑みにするほど、単純な出来事でもなく、透矢は真希の背に近寄る。

「真希、そうなのか？」

「・・・」

「なぁ、真希ーー」

呼び掛けながら肩に手を掛けようとしたが、真希は再び駆け出していった。
止める透矢の声も聞かず、正面にいた久遠を突き飛ばし、そのままアカデミアの正門の方へと走り去ってしまう。

「おい、久遠！
大丈夫か？」

「いたた・・・腰打っちゃった」

「立てそうか？」

「痛っ！
無理、痛くて立てない～」

真希に突き飛ばされて、腰を打ったと宣う久遠に、
透矢は駆け寄ってその身を案じる。
真希を追いたくとも、突き飛ばされた久遠をそのままには出来なかったのだ。
そしてもう一度視線を、真希の走り去った方向に向けるも、既に真希の姿はなくなっていた。

「真希・・・」

「ねぇ、透矢くん？
保健室まで連れてってくれる？
１人じゃ歩けない～」

「あ、ああ・・・分かった」

真希に思いを馳せる透矢だが、『歩けない』という久遠の言葉を疑いもしない彼は、仕方なく久遠に肩を貸す。

「ねー、透矢くん、おんぶして」

「馬鹿野郎、頑張って歩け」

「あはは、冗談、冗談。
透矢くんも単純なんだから。
くすくす・・・」

肩を貸し、久遠を保健室まで連れていく事となった透矢。
だがいざ保健室まで辿り着いてみれば、大したことない打ち身でしかなかった。
すなわち久遠が大袈裟に痛がっていただけの事である。

ーーそれから千鶴とも合流し、理由を話した後で、
真希が残していった荷物を届けるついでに様子を伺おうと家を訪ねたが、調子が悪い、という事で会わせてはくれなかった。
電話やメールにも当然の如く返信はなく、透矢はその日の夜、悶々とした気持ちで遅くまで寝付くことが出来なかった。