エピローグ　作：はにわ改

　
「ーーこれで……終わり、だな」

ーーホテル・クリスの部屋。
夜も刻、一刻と深まる中、
部屋の主であるクリスと、彼女の右腕とも言うべきシェリルがテーブルを挟んで椅子に座って向かい合う。
テーブルの上には互いのカードが並べられて、そして今、１つの決着を付けた。
その声を発したのはクリス。

「ーーありがとうございました」

シェリルは粛々と頭を下げる。
絶対的な信頼の下に、クリスに従うシェリル。
それはある時から今日まで、このデュエル・モンスターズを始めとして様々な面で自身を鍛えてくれた恩師であるからだ。

「今日はここまでにしようか。
お前も疲れただろう。
早く部屋に戻って休むといい。
明日からまた通常通りに大会も再開されるのだからな」

「はい、先生」

クリスが先ずカードをまとめていくと、シェリルがそれに続く。
シェリルを気遣うクリスだが、疲れているのは何より本人であろう、とシェリルは知っていた。

カードを仕舞い終えたクリスは、席を立つと、
力ない足取りでベッドに座り、前髪を掻きあげながら、浮かない顔色を見せる。
シェリルもカードを片付け終えると、そんなクリスの目の前に立つ。

「……先生」

「大丈夫だ、シェリル。
お前は何も気にする必要はない。

とにかくこの国に潜んでいた闇は排除出来たのだ。
気兼ねなく、お前は大会を楽しめばいい」

言わなくても分かる、と穏やかな笑顔を見せるクリス。
対してシェリルはいつもと同じ、感情を押し殺したような澄まし顔。

「ーー先生。
私は大義と先生、どちらを選ぶと問われれば、迷わず先生を選びます」

「ははは、おいおい。
それは私を慰めてくれているのか？」

「ですが先生は私ではなく、大義を選んでください。
私はそのための道具、ですから」

表情を変えず言い放たれたその言葉にクリスは視線を落とす。

「……覚えて、おこう」

クリスは結局顔を上げられないまま、そう答えるに留まった。
シェリルの言葉、その重みに彼女は顔を上げることが出来なかったようである。

ーーそのままの姿勢が１、２分続いただろうか。
入り口の扉を数回叩く音が聞こえ、二人は同時にその方向に目を向けた。

「……クロエ、か？
こんな時間に私を訪ねて来る者など、クロエ以外ではお前か、神楽坂の姉妹ぐらいのものだがーー」

「私が出ます」

首を傾げるクリスより先んじて、シェリルが入り口に向かって進む。
用心深い性格からだろうか、利き手である右手は自然と上着の裏に忍ばせた拳銃に伸びていた。
そして扉ののぞき穴から慎重に来訪者を確かめようとする。
するとその人物を見るや、シェリルはすぐに警戒を解き、扉を開いた。

「ーーフレッド」

「シェリル？
君も来ていたのか？」

来訪者の正体はアルフレッド。
シェリルにとっては共に切磋琢磨する同級生、クリスにとっては期待を寄せる生徒である。

「フレッド？
何だどうしたんだ、こんな時間に」

クリスもシェリルの後ろから姿を見せた。
その表情は少し意外そうである。

「こんな時間にすみません。

……ですが、クリス先生に是非お願いしたい事があります」

「お前が私に、お願い……か？

はは、珍しい。
お前が今までに私を頼ってきた事など、過去に覚えがないな」

「すみません」

「謝る必要はない。
教師が生徒に頼りにされるのは嬉しい事だからな。

まぁ、とにかく入れ。
中でゆっくり聞かせてもらおうじゃないか」

「ありがとうございます」

夜遅い時間、という失礼を知りながらクリスを訪ねたアルフレッド。
果たして彼はクリスにどんな願いを口にしたのか。
それは彼のデュエリストとしてのプライド、そして一途な思いが深く関係していたのであったーー。








ーーそれから更に夜は深まり。

『渇き』に耐えられなくなった夜の住人が仮初めの姿を脱ぎ去る。

彼女は貪る。

自分のチームメイトである筈の仲間の『血』を。

ーー『あなたたちには来年がある』

彼女は１回戦での敗退が確定した時に確かにそう嘯いた。

だが言った本人である彼女が、その仲間の未来を奪い去ったのである。

薄暗い部屋。

じゅる

じゅる

じゅる

空腹を満たさんと、己の渇望のままに貪り続ける。

貪欲に。

ただ貪欲に。

ーーああ、足りない。

ーーいくら吸っても。喰らっても。

ーー私の渇望を満たしてはくれない。

ーーでも、今は耐えよう。

ーー『彼』が選ばれた者であるならば。

ーー今、喰らうには早すぎる。

ーー『彼』ならば本当の意味で私の『渇き』を満たしてくれる。

ーーああ、それにしても。

ーーなんて、香しいの……。

さっきは危なかった。
神楽坂姉妹の片割れが制止してくれなければ。
己に課せられた大義など忘れ、欲望のままにしゃぶりついていたかもしれない。

だからこそ彼女は反省した。
そして改めて自分の中に潜む、魔獣としての部分との付き合い方を考えさせられた。

時には。

例え味の足りない、ひ弱なデュエリストの血でも。

強い渇望を和らげる鎮静剤にしなければ。

じゅる

じゅる

じゅる

ーー彼女は伝説に語られる存在。

彼女はこれからも人間に力を貸すのだろう。

全ては、己の渇望を満たしてくれる本当のデュエリストに会うために。

その人とーー『永遠』を共にするために。