消えた舞　作：はにわ改

　
「ーー舞が消えた？」

ーーホテル。
間もなく日付が変わろうかという時間に、クロエの部屋をクリスがただならぬ表情で訪れた。
そしてクリスの報告を一言一句変えず、疑問形として聞き直す。

「ーーああ、今『機関』から連絡が入った」

窓際の小さなテーブルに向かい合って座る二人。
そしてその背後には何故か、刹那に付いてきたはずの、神楽坂の待女、蓮華の姿もある。

「あいつのことだ。
タバコ吸うついでに、夜の街をぶらついているだけではないのか？」

舞の性格を知るクロエがそんな事を言う。
が、クリスは厳しい表情を横に振ってそれを否定した。

「ーー舞は奴らと交戦したようだ。
『機関』にその一報が入っている」

「何・・・？」

「『機関』の者たちが現場に駆けつけた時には、舞の姿はなかったらしい。
あったのは、気絶していたプロデュエリストが一人と、おなじく気絶していた黒装束の男が一人、だけだ」

クリス自身、『機関』から電話連絡で為された報告をそのままこの場で復唱するようにクロエに伝える。
聞いたクロエは深く椅子に座り直すと、口元で手を小さく動かしながら、窓の外を見た。

「ーー保護したプロデュエリストは通常通りに『処理』する。
問題は今回初めて確保に成功した黒装束の男だがーーやはり、以前拉致されたプロデュエリストの内の一人だった」

「ーー予想通り、か」

「ああ」

「様子は？
何か聞き出せそうか？」

「ーー現段階では、不可、だ。
本人の意識がない、一種の植物人間のような状態らしい。

ーーいずれにしても、こちらは帰すまでには時間がかかるそうだ」

「ふむ・・・まぁ、敵もこちらに情報となるものをわざわざ残していったりはしない、かーー。

例えその者の意識が戻ったとしても、有益な情報は得られまい」

クロエが立ち上がる。
どうやらコーヒーを飲もうとしたようだが、それを察した蓮華が一礼と共にそれを制し、代わりにその労を引き受ける。
クロエは一言礼を口にした上で、再び席に戻った。

「ーー舞の事に話を戻そう。

『機関』は舞が奴らに拉致された、と見ているのか？」

「ああ」

クロエの問いかけに、クリスが頷く。

「だが『死の天使』と異名を取るあの舞が簡単に敵の手に落ちるとも思えないがーー」

「私もそう思った。

ーーだが念のため、舞の携帯の電波から位置を探ったのだがーー」

「反応はあったのか？」

「ああ。

ーーだが、道路脇の草むらから舞の携帯だけが投げ捨てられたような状態で発見されたそうだ・・・」

「・・・そうか」

クリスのまさか、という報告を聞き、取り乱しはしないがクロエの表情が沈む。
そのタイミングで蓮華が二人のために入れたコーヒーを差し出した。
当然同じ空間にいて話を聞いている蓮華。
コーヒーを差し出す時、どこか彼女の振る舞いは緊張していた。

「ーーやれやれ、初日から問題続きだな。
遊戦名が拉致されそうになった事といい、奴らもこちらの予想を裏切ってくれる」

「ーークロエ。
『機関』からは慎重に動くよう指示されているがーー。

場合によっては『計画』を早めるか？」

「いや、早まった行為は敵の思う壺だ。
それに今、彼らを連れていったところで戦力にはなり得ない。
彼らの本来の力を発揮するよう促すために、この大会があるのだからな」

「だがクロエ！
お前も言った通り、敵の動きが予想以上に早い。
もしこれ以上奴らに他の者が捕らわれるなどの事態になればーー」

「ーーそんなことはさせません」

クロエとクリスがなお意見を交わしながら話していた中、
今まで口を挟まなかった蓮華が、ここで割って入った。

「翌朝にも、後続の者がここに到着いたします。
それに伴い、すぐに警護に配備させます。

私の命に変えましても、刹那お嬢様、久遠お嬢様、水花お嬢様を始めーー他の方々には指一本触れさせません」

鬼気迫るような決意に満ちた蓮華の瞳。
クロエとクリスは蓮華の内に秘めた思いの強さをまざまざと感じて、頷き合う。

「世話をかけるな、更科殿。
よろしく頼む」

「ーーお任せください」

クロエの言葉に蓮華が深々と頭を下げた。
礼儀正しさの裏には、クロエ・クリスの信頼に対する、そして己の役割に対する責任が思い入れとして込められている。

「ーーとにかく、舞の事は引き続き捜索を『機関』の者たちに頼む。
生徒たちには私から巧く取り繕っておこう」

「了解した。
だがクロエ。
奴らの本拠は未だに見当すら付いていない状態だ。
数日ではとてもーー」

「・・・私の方でも策は考える」

蓮華がいれてくれたコーヒーを口に含みながら、クロエは思案を巡らす。

ーー失踪したという養護教諭・舞。

彼女の身を案じながらも、クロエはその先にある『計画』の実行について、クロエは策を練っていた。