アビス・ドミネーター　作：はにわ改

　
ーー水花が相手ターン中に最上級モンスターを呼び出すという、離れ業をやってのけた事で、会場は今までにない盛況を見せている。
しかもそれが９歳の女の子だというのだから、思わず拍手を贈る者や、我が子のように褒め称える者も少なくない。

そして水花の最強カード、『永久凍土の帝龍（フリージング・エンペラー・ドラゴン）』の強力さは、その圧倒的な迫力や、攻撃力だけではない。
今、発動された魔法ロックという能力。
魔法カードは基本的に自分のターンに使うのが主だから、それを封印したということは、相手の戦術にかなりの制限を与えた事になる。

もし、このまま相手が何もせずにターンを終えれば、攻撃力３０００の帝龍を従えた上で水花は自分のターンを始められる。

炎魅子のように、早くも水花が有利に立ったと思うのも当然であろう。
実際そのはずであった。

だがーー。

「ーーバトルフェイズ。
『深淵の騎士（アビス・ナイト）』で『永久凍土の帝龍』を攻撃……」

「ーーえ……？」

そんな不利はまるで気にしない、という様相のアラスカ側の選手。
しかもあろう事か、攻撃力１１００しかない『深淵の騎士』で『帝龍』に攻撃を仕掛けたのである。
まさか、という幼い驚きの表情。

ーー持っていた剣で颯爽とした動きで『帝龍』に立ち向かう『騎士』。
だが半分にも届かない攻撃力の差は覆し難い。
『帝龍』は巨大な翼を大きく羽ばたかせると、そこから生じた『冷たい風』が『騎士』を足から凍らせ、その動きを封じ込めた。
そうして剛腕の一撃が『騎士』の鎧を粉砕。
跡形もなく消え去ったのだった。

攻撃力の差は１９００。
アラスカ側の選手のライフは２１００となる。

「……『深淵の騎士』、効果発動」

このままではただの自爆だが、戦闘で破壊された『騎士』の効果がこのタイミングで発現する。

「『深淵の騎士』が戦闘で破壊された時、その時受けたダメージ以下の攻撃力を持つ『Ａ・Ｄ（アビス・ドミネーター）』モンスターをデッキから特殊召喚する」

「アビス、ドミネーター……？」

聞きなれない単語に水花が首を傾げる。
アラスカ側の選手はそれに気にする事もなく、デッキから対象のカードを選び出す。

「ーー俺は、攻撃力９００の『Ａ・Ｄ アクティニオン』を特殊召喚」

選ばれたカードがディスクに置かれると、彼の持つ醜悪なモンスターの姿が露になる。
四方八方に向かって、黒光りする触手が無数に生えた物体。
その触手が何から生えているのか、その奥を見る事は出来ない。
だが触手の一本一本が意思を持っているかのように蠢く姿は、見るに耐えられない。

「な、なんだありゃあ？
さ、さすがにあれは気持ち悪い、としか言えないな……」

「や、やだ……寒気がする」

水花の後ろで見ている透矢、真希も身を退きながらそんな声を上げた。
炎魅子もまるで苦虫を噛み潰したかのようである。

「（ーー出たな、『アビス・ドミネーター』……っ！
我らの世界を奪った悪しき怪物どもめ……）」

クロエは１人、憎悪に満ちた視線でそのモンスターを捉えていた。

「（水花……ごめんね）」

刹那はこれから起こるであろう出来事を予期しているからか、不意に目を反らす。
だが何も知らない者からすれば、それはあの醜悪な姿に耐えられずに視線を泳がせたように映っただろう。

「バトルフェイズ、続行。
『アクティニオン』でプレイヤーにダイレクトアタック」

「直接攻撃、モンスターなの……？」

続けられるデュエル。
水花の場には『帝龍』に加えて『アイス・ガーディアン』もいるというのに、直接攻撃宣言。
それは『アクティニオン』か直接攻撃モンスターであるということを示唆していた。

ーーしかし。

それは『ただの直接攻撃』ではなかった。

「ーー『アクティニオン』！
『神子』を捕らえよっ！！」

突然、はち切れんばかりに見開かれたアラスカ側選手の目。
今までにない激しい掛け声で言い放つと、無数の触手の内の幾つかが水花に向かって伸びる。

そしてそれは、水花の腕・足・首に巻き付いたのだ。

「え？え？」

水花はすぐに異常を感じ取る。
ソリッドビジョンによる映像でしかないはずのそれに、明らかな物体的感触を肌で味わわされたのだ。
更にその触手は水花を強く締め上げ始める。

「ーーうっ？！ぐ……ぐぐ……あ……あ……」

映像でもなければ、幻覚でもない。
確かな『現物』が自分を強く締め上げる感触。
そして瞬間的に走る痛み・苦しみに、水花は苦悶の表情を見せる。

「水花っ！？」

「おいおい……あれって、本当に演出かい？
本当に捕まってるみたいじゃないか」

異変を感じた透矢。
炎魅子もそう感じつつも、演出の一部かもしれないという可能性を拭いされないでいる。

「た……た、たすけ……て……！
せ、せつ……な……。
とう……やぁ！」

やがてその小さな身体は触手によって宙へと持ち上げられた。
水花は苦しみに耐えながら途切れ途切れに言葉を発して助けを求める。

「水花っ！」

ーーこれは本当にただ事ではない。
透矢はそう確信した。
直ぐ様、水花を助けようと足を駆け出させて壇上へと上がろうとする。

「ーー邪魔をするなっ！」

その透矢の動きにすかさず反応したのはアラスカ校の引率教諭。
日本校側に向かって何かを投げつけると、それは透矢の足元に突き刺さった。

ーーカード、『スリープ・スモーク』。

透矢が思わず足を止めたのと同時、そのカードから凄まじい煙幕が一気に会場の中に広がり、一瞬にして視界は閉ざされたのだ。

「な、なんだ、これはっ！？」

「ちょ、ちょっと透矢！？
何、何なのっ！？何にも見えないよっ！？」

「と、透矢！真希っ？！」

不意を衝く出来事に慌てふためく透矢、真希、炎魅子。
最初は声を上げていたが、煙が口に入ったのか、それは激しい咳き込みへと変わる。

「ーークリス。
『作戦開始』だ。
手筈通りに行動に移れ」

会場中に広まった煙幕のせいで観客もパニックに陥る中、クロエは冷めた表情のまま携帯端末でやり取りを交わしていた。
彼女はこの煙幕をものともしていないようである。
またそれは、刹那も同様だ。

「み、水花っ！
ど、どこ、だ？！」

そんな中、透矢は遮られた視界の中を、方角だけを頼りに水花を探そうと試みる。
だが声を上げようとすれば激しい咳が襲う。
故に声を出すのをあきらめた透矢は、足だけを進めながらまるで手繰り寄せようとするように手を泳がせる。

「（水花……っ！！）」

見えない中を当てもなく探す行為。
それはさながら無謀で無意味な行動でありながら、水花を心配する気持ちだけが己を突き動かせた。
だからであろうか、会場の四方から聞こえてくるパニックの声が徐々に小さくなっている事に気付く由もない。

ーーやがて、会場は煙幕に包まれる中で、不気味な静寂に包まれる。

「ーー頃合いだな」

「はい」

クロエの声に頷いた刹那。
すると刹那は懐から１枚のカードを取り出す。

「ーー『サイクロン』！」

そしてそれを鋭く投げ付けると、回転しながら地面へと突き進み、角が地面へと刺さる。
同時に生じた大きな突風が煙幕を天空へと舞い上げ、瞬時に会場は元の景色を取り戻した。

「け、煙が……消えたーー？」

風に煽られて、地に膝を付いていた透矢が辺りを見回す。
するとそこには同じ景色が広がりながら、耳が痛くなる程の静寂に、まるで違う世界に迷い込んだのではないか、という錯覚を覚えさせる。

「ーーはっ！
水花はっ？！」

直ぐに思い出させる思考。
触手に捕らわれていたはずの水花を探すべく、壇上へと駆け上がるものの、そこには水花の姿も、水花を捕らえていたモンスター、更にアラスカ校選手の姿もない。

「ーー水花っ！！」

静寂に包まれる中、忽然と消えてしまった水花。
果たしてその運命や如何にーー。