生徒会長・神楽坂刹那の憂鬱再び　作：はにわ改

　
ーー都心に存在する、日本に数ある中で最高峰のデュエル・アカデミア。
数百人ににもなる生徒たちは、成績の低い順からレッド、イエロー、
そして優秀な成績を修めた者だけが入ることが許されるブルー、と３クラスに分けられる。

そして更にそのブルーの頂点に立つのが『生徒会』。
生徒会長である神楽坂刹那（かぐらざか せつな）を筆頭とし、その下に四天王と呼ばれる四人が各職務を担当し、
またアカデミアの様々な催事の中心に立って生徒たちを導く。
その権力は教諭を凌ぐとも言われ、文武を兼ね備えた彼女たちに刃向かえる生徒たちは皆無に等しい。

もっともーー彼女たちのバックには、その存在すら秘密にされた理事長の後押しもあっての事だとは、誰も想像すら出来ないーー。

ーーだがそんな生徒会にただ１人立ち向かったのは、転入生の遊戦名透矢。
それまでは一人目すら突破できなかった四天王を打ち破り、そして最強の王者、神楽坂刹那をも破った。
だがその結果の全ても、刹那の思惑通りであったのだ。


ーーそんな生徒会大戦から数日後、明くる日の生徒会室。

会長・刹那は専用の黒檀のデスク、愛用の椅子に腕を組んで座りながら頭を悩ませていた。

「ーーどうしたんですか？刹那さん」

そんな刹那にお茶を運んだのは、四天王の一人にして、冷静沈着が持ち味の書記・朝霧地影（あさぎり ちかげ）。
学校行事のスケジュール、イベントの設計、会計など重要な仕事を一手に引き受け、素早く、そして完璧にこなすことの出来る優れた人材。
他の生徒はもちろん、先生からもそのポテンシャルの高さを当てにされ、頼られている。

「ありがとう、地影。頂くわ」

「最近、ずっと悩んでいるみたいですが・・・良かったら話してくれませんか？」

眼鏡の位置を直しながら、地影が刹那を窺う。
刹那と地影は同年代だが、地影の丁寧語は例え下級生であっても共通である。

「うん。
実はね、大会のメンバーの事なの。

ーーあぁ・・・おいし・・・。
地影の煎れてくれるお茶はやはり格別だわ」

「ありがとうございます、刹那さんの舌に合うと、私も自信になります」

悩み、疲れた頭を癒してくれる地影のお茶。
刹那は恍惚の表情を見せた。

「ーー大会のメンバーって、もうほとんど決まったようなもんだろ。
刹那とあたしたち、そして透矢、だろ？」

刹那のデスクの正面に、向かい合わせに２台並んだソファー。
そこに寝転がるように座る女子生徒が、刹那に答えた。
彼女は副会長、紅月炎魅子（あかつき えみこ）。
刹那や地影のひとつ年上であり、来年の３月には卒業を控えている身である。
そうでありながら、生徒会の仕事に対してオールラウンドに立ち回る刹那の右腕だ。
気性は粗野なところがあるが、さばさばした性格がみんなに好かれている。

「そこなの・・・その透矢くんが・・・」

「遊戦名くんがどうしたんですか？」

「世界大会のメンバー、辞退するかもって～！」

地影が合いの手を入れると、刹那が続けたその言葉に、地影と炎魅子が驚きに声を張り上げる。

「それってどういうことさ、刹那！」

ソファーから立ち上がった炎魅子が黒檀のデスクを叩く。

「昨日、透矢くんからメールがあってーー」

刹那は二人に事の顛末を語る。

世界大会とは１ヶ月後に行われる予定の、全国のデュエルアカデミアが集まりその実力を競う大会の事。
場所はアメリカで行われる予定で、日本代表校として出場が決まっている、本校アカデミアからは刹那以下、生徒会のメンバーが参戦する。

しかしながら折角のアメリカ旅行、女だけで行くのは嫌だ、という刹那のよこしまな願いのもと、
ふと目に留まった転入生、遊戦名透矢に白羽の矢が立てられた。

だがーー。

「ーーそっか・・・真希が参加しないからか」

「遊戦名くんの気持ちも分かりますね」

刹那の話を聞いて、炎魅子、地影が納得するように頷く。
真希、とは生徒会四天王・風紀委員の千歳真希（ちとせ まき）であり、件の遊戦名透矢の幼馴染みだ。
その真希が世界大会出場を拒んだため、最初は勇んで参加を決めた透矢も、今では迷っているのだという。

「はぁあ・・・透矢くんが参加してくれないんじゃ、また女だけの寂しいアメリカ旅行になってしまうわ」

「おいおい、また言いやがったな。
そりゃお互い様だっつーの」

「アメリカにいる１週間の間に、透矢くんと既成事実を作って、そのままアメリカの両親に紹介する計画も・・・台無しだわ」

「せ、刹那さん・・・昨日今日知り合った仲でない私たちを差し置いてそんな企みを・・・」

「はぅ・・・水花、こっち来て？」

呆れる炎魅子と地影。
すると刹那はソファーにぬいぐるみを抱いて座る少女、蒼井乃水花（あおいの みずか）を呼び、
その水花が言われた通りに刹那の傍らまで来ると、小さな身体を膝の上に座らせ、ぬいぐるみのように羽交い締めにする刹那。

水花はまだ九歳であるが、デュエルの天才児として有名を馳せた少女。
それ故にその年でありながら、所謂飛び級扱いでこの高等部に所属している。
ただし、生徒会においてはマスコット的な存在である。
幼い頃のあるトラウマが原因で普段は無表情だが、デュエルをしている時のみ、表情の起伏が激しくなる特徴がある。

「ーーそもそも、真希は何で参加しないのさ」

「千歳さん、去年も参加しませんでしたしーー」

刹那、炎魅子、地影、真希。
彼女たちの付き合いは短くなく、互いに本音で語れる友達である。
同時にデュエルの実力も互いが互いを認め、切磋琢磨し、
そして今、最強の証である生徒会に属している。
その１人である真希が、世界大会という常人には巡らない機会を棒に振るのにはもちろん理由がある。

「鳴瀬さん・・・いるでしょ？」

「鳴瀬、千鶴さん、ですね」

「あいつがどうしたんだい？」

鳴瀬千鶴（なるせ ちづる）とは真希、透矢のひとつ下の幼馴染みであり、真希は刹那たちとの輪があるのと同時、幼馴染み二人と非常に仲が深い。
特に千鶴は真希が実の妹のように可愛がっており、気の弱い千鶴を守る事をある意味生き甲斐にしているような節もある。

刹那が言うには仮に真希、透矢が世界大会に参加すると、千鶴を一人日本に残すこととなる。
たった１週間とはいえ、千鶴だけが思い出を共有できないのは嫌だ、という事だ。

「なるほど・・・千歳さんの言う事も分かります」

「そうなの・・・だから、私も強く誘えなくてーー」

「せつな・・・痛い」

地影の頷きに、刹那は落胆する気持ちを慰めるように更に水花を強く抱き締める。
水花は小声でそう訴えるが、刹那は聞くつもりはない。

「なんならさ、鳴瀬も連れてくってのはどうだ？
そしたら真希も透矢も絶対行く、って言うぜ？」

「炎魅子さん？
またあなたはそんな突拍子もないことを」

「え、ダメか？」

「私たちはアメリカに行くんですよ？
鳴瀬さんの分の旅費はどうするんですか？
勝手に参加メンバーを増やして、アカデミアの負担を大きくするわけにはいきません」

炎魅子の案に、地影は鋭く指摘する。
参加メンバーの旅費を始めとした全費用はアカデミア持ち。
それも１週間だから、一人分にしても安くない費用がかかる。
いくら真希を参加させるためとはいえ、余分に負担を増やすわけにはいかないだろう。

「ーーいいえ、お金なら問題ないの。
炎魅子の案は私も考えてーー費用は私が出す、ということで、ね？」

「刹那さん！？」

「お、さすが、刹那！
太っ腹じゃないか！
刹那がそれで良いんなら、その方向で行けんじゃないか？」

刹那の家、神楽坂は日本有数の大財閥であり、かくいう本校アカデミアに対しても多額の投資を行っている。
その神楽坂財閥の娘である刹那なら、一人分の旅費ぐらいならば、思い出を買う、ということで自らのポケットマネーから出すことも考えた。

だが問題はそれだけではなかった。

「問題は鳴瀬さんを連れていく大義名分なのよ」

「大義名分・・・ですか？」

「仮に鳴瀬さんを連れていくとなると、選抜メンバーの補欠、ということになるわ。
補欠とはいえ、オシリス・レッドの彼女を連れていくにはーー理由付け、というものがね」

世界大会の選抜メンバー、とは選ばれた人材であるべきだ。
透矢のように実績を上げたのならともかく、何もない千鶴を連れていくのでは他の生徒たちが納得しないだろう、ということだ。

炎魅子、地影もそれに頷き、刹那と一緒に悩む。
一体どうすればいいのかーー。

ーーそんななか。
生徒会の扉を外からノックする音。

一体誰が、生徒会室を訪ねてきたのかーー。